プロローグ 第1話「もぅ帰りたい」
「異世界なのにチートじゃない!」
Yu-
プロローグ
カコーン……カコーン……と、リズムよく刻まれる音が森の中に響く。
その音を出している当の本人は、苦虫を噛み潰したような顔で薪を割っているのだが。
「だぁ~。めんどくせぇ!何で異世界まで来て薪割りしなきゃならないんだよ!」
とうとう腕の筋肉に限界がきたらしく、持っていた斧を地面に放り投げる。投げられた
斧はズドンと、到底斧とは思えないほど土にめり込んだ。
「大体……なんだよこの斧は!重すぎだろ!?」
異世界に来て一週間。やっている事といえば、薪割りと狩猟ばかり、立派なマタギにな
れそうだ。
どうしてこうなった!
一週間前。俺、佐藤太郎(見本や例文の名前じゃないぜ)は田舎に住む、平凡で普通の
友達がいない高校生だった。
どのくらい平凡かと言うと、中学の頃にボランティア活動で、クラス全員が市から表彰
された事があるんだが、キラキラネームやら、いかにもリア充っぽい名前が呼ばれる中、
俺の時だけ、市長がコッソリ”後で、ちゃんと名前を書くから”と言われたほどだ。え?
ちゃんとしてない名前なの?
ぼっちな俺の楽しみは週末にラノベを買い溜めし、好きな時間に寝て好きな時間に起き、
ラノベを読み漁るという、夢と妄想に溢れた生活だ。なんてファンタジー。
金曜日の放課後は、ファンタジーの始まり。学校帰りに大型スーパーに立ち寄り、異世
界召喚もののラノベを数冊選んだ。最近はいろんな出版社がラノベを出してくれるので、
マジ助かる。
スーパーにしか本が売っていないようなド田舎なので、移動は自転車か徒歩だ。強者な
ら二〇kmくらいは自転車で学校まで通う。”自転車置き場は社交の場”とは、俺が考え
た言葉だ。ちゃんと韻も踏んでる。たぶん。自転車置き場で繰り広げられる人間ドラマが
大っ嫌いなので俺は徒歩メインだ。”今日どこに寄ってく?””そのバック超かわいい”
など、俺には関係ない。さっさと乗って行ってくれませんかね?
バスもあるが、そもそもバス停まで遠い。バス停まで歩いても、バスは三〇分置きだ。
待っている間に余裕で家まで歩けるし、そもそもバスの乗り方がわからない。お金って先
払い?ボタンっていつ押すの?
もちろん徒歩にも障害がある。例えば、今の状況がそうだ。ただでさえ狭い田舎の歩道
なのに、前を歩く男女四人の高校生は四列になりワイワイキャーキャーと、雑音をまき散
らしながら歩いている。ドラクエを見習って一列で歩いてほしい。しかも遅い……
ぼっちはとにかく歩くのが速い。オリンピックの入賞者はおそらくぼっちだ。などと考
えている内に、前との距離が詰まってくる。ここが一番、神経を使うところだ。
「あのぅ、すみません。ちょっと避けてくれませんか?」と、声をかけたとしよう。おそ
らく聞こえずにスルーであろう。
「すみません!避けてもらえませんか!」と、声を大にして言ったとしよう。多分、避け
るだろう。そして少し後から聞こえる”ぷーくすくす。なにあれ?くすくす”に耐えられ
ない。
車道に出て追い越すか?いや、これも悪手だ。早足で車道を歩き、追い越して歩道に戻
る。その少し後に聞こえる”なにあれ?ヒソヒソ。邪魔だったら言えばいいのに”これも
耐えられない。
ここは、隙をみてすり抜ける。これであろう。中学の頃に林の中を木にぶつからずに駆
け抜ける修行をしていた俺には、この程度は難易度一くらいだ。
そうこうしている間にチャンスはやってきた。左側の女子高生とガードレールの間に一
人分のスペースができる。今だ!と、世界記録並のスピードで間をすり抜ける。ヌルっと
靴が滑るが気にせずに進む。ヌルっ……ヌルっ……
「ぷーくすくす」
「あいつ、犬のウ○コ踏んでいったぞ」
「だせぇ(笑)」
「あいつ佐藤じゃね?」
もう、ね。死にたい。と、楽しみにしていた週末ラノベファンタジーも忘れ、週明けに
は平凡な名前に終わりを告げ、新たな二つ名で呼ばれるだろうと、高校生活の終末を妄想
しながら、ひたすらに進む。
ズンズンと二〇分くらい歩いただろうか。辺りは薄暗く、木々が立ち並んでいる。どう
やら裏山に入ってしまったようだ。
家の裏が山になっているので、こういう事はよくある。えへへ、妄想しすぎちゃった。
テヘペロである。
しかし、裏山など俺にとっては修行の場と、すぐに帰り道を捜す。
山中を歩きまわるが、全く道らしきものは見つからない。それどころか家の明かりさえ
見えない。遭難して救助されるほとんどの人は、迷った時に動かずジッとしているらしい。
というのを思い出したのは、どっぷり日が暮れてからだ。
「やべぇ……マジで洒落にならねぇ。家の裏で遭難とかカッコ悪すぎるだろぉ……」
独りで途方に暮れていると、ポケットに振動を感じ、同時にアラームが鳴りだす。六時
の再放送アニメの時間だ。
「うお!ブルったぁ~。って昭和か!あー……今日観れないじゃん」と、ノリツッコッミ
していたら、ある事に気付いた。
「スマホ持ってた……馬鹿か俺は」
さっきまでの絶望感は何処かに消え、一気にテンションが上がってくる。
「こういう時は電話で救助は恥ずかしいから、なんとかマップで……」
と鼻歌まで歌っていた俺、アホすぎ。
「圏外じゃん……てか、いくら山でもこの辺は電波届くだろ!?名前だけじゃなく電波も
ソフトすぎだな!?こうなったら仕方ないな。諦めて買ってきたラノベでも読んで救助を
待とう。フフフ……こんな事もあろうかと、ポテチとコーラも買ってきたから、飢えの心
配はないのだ。」
スマホの懐中電灯アプリを使い、木の幹に座りラノベを読みだす。菓子も食う。コーラ
も飲む。あー、幸せ。
二時間程読んで、一冊読み切ったが、まだまだスマホの電池は切れないので、二冊目を
読みだす。
さらに二時間経過……読み切った!
「ぷ……くくく……。面白すぎるだろこれ!主人公強すぎ!馬鹿すぎ!はぁ……この爽快
感が異世界ものの醍醐味だな!面白かったぁ……」
その時、スマホから盛大にアラームが鳴りだした。深夜一時のアニメの時間だ。アラー
ムを解除しようと指を走らせるが、解除する前に止まってしまった。とうとう電池切れだ。
「ぐっ、お前まで俺を見捨てるのか。真っ暗になったじゃねーか」
時間は深夜一時だ。いくら平凡な佐藤さんでも、そろそろ捜索願を出しているはず。大
丈夫だ。佐藤太郎など、どこにでもいる名前。ニュースになっても、みんなすぐに忘れて
くれる。
「いや、週明けにはウ○コ佐藤かウ○コ太郎になっているかもしれん。それどころか、遭
難ウ○コとか、もはや佐藤でも太郎でもない事が……リア充どもの情報伝達は恐ろしいか
らな。グスッ」
しん
と静まってしまった。
今まではラノベに夢中で周りの音は気にならなかったが、静かになってしまうと小さな
音でも気になってしまう。
風で葉がカサカサと鳴っている。チチチチチチチ……は虫だろうか。
「ギョエェェェー」
これ知らない……
日本に「ギョエェェェー」とか鳴く動物はいたっけ?地球ならいたか?
冷静に考えても思い当たらない。聞き間違いだろう。この辺はたまに熊が出るからそれ
が怖い。
また、何かの鳴き声が聞こえる。
「クルッポン。クルッポン」
これも知らない……
クルッポンってなんだよ(笑)便利グッズの宣伝文句かよ。”溜まったゴミも手を汚さ
ずにクルッポン”って感じか?
ガサッ!
と何処かの茂みから音が聞こえた。ビクッ!とし、下半身から力が抜ける。ちびりそう
だ。
ガサガサガサガサガサ!
ヤバい!これはヤバい!尋常ではないガサガサは目の前の茂みからだった。逃げないと
マズい。熊かもしれない。でも、動くことができない。
結局動くことができずに固まっていると、茂みの中から何かがピョコンと出てきた。ピ
ョコンだ。
暗くてよく分からないが、星明かりで微かに見える物体は、身長175cmある俺の半
分程しかない、お婆ちゃんだった。
季節は五月、山菜採りにでもきたのか。それにしてもカゴとか持ってないし、身長に不
釣合いな長い杖持ってるし……まぁ、とにかく人だ。助かったー。
「お婆ちゃん。山菜採り?俺、山の麓の佐藤っていうんだけど、道に迷って、困ってたん
だ。捜索隊とか出てるはずなんだけど、お婆ちゃん何か聞いてない?」
焦っていたのと、安心感から、つい、早口になってしまう。
俺の言葉が終わると、お婆ちゃんが目を見開き喋りだした。
「~~~~~~~~~~!」
「は!?」
田舎ではよくある事で、年寄りが話す言葉は訛っててよく解らないことがある。
「ちょっとわかんなかった。もう一回お願い」
「~~~~~~~~~~!」
田舎の年寄りの話す言葉はフランス語に聞こえる事もあるが、お婆ちゃんの言葉は全く
聞き取れなかった。てか、驚いてるような怒ってるような、そんな口調だ。
「電話の電池も切れちゃってさ、ほら、全然連絡も取れないんだ。よかったら人のいる場
所まで案内してくれない?」
と電池の切れたスマホを見せながら話すと、お婆ちゃんは見開いた目をさらに大きくし、
大声で喋りだす。その目怖いです。
「!?~~~~~~~~~!?~~~~~~~~!!」
お婆ちゃんは杖を放り投げ、アニメの女子高生みたいにピョンピョンと飛び跳ねている。
なんか喜んでいるように見える。近所の人なのか?俺が見つかって、そんなに嬉しいのか、
ただ、お婆ちゃんなのであまり可愛くない。
お婆ちゃんには悪いけど、早く家に帰りたいので話を切り出す。
「あのぉ。喜んでるところ悪いんだけど、そろそろ移動しませんか?」
すると、お婆ちゃんは投げた杖を拾い手招きをする。ついて来いということなのか、そ
の割にお婆ちゃん一歩も動かないんだけど……
近づいてみると、やはり小さく、俺の半分くらいの身長しかない。必然的に見下ろす形
になる。てか、いくら老人でもここまで小さな老人は見たことがない。
今度は下に向けてヒョイヒョイと指先を動かしている。屈めってことなのか?
指示どおりに屈むと、お婆ちゃんの顔が近づく。すると、お婆ちゃんが目を瞑り顔を近
づけてきた。何?キスするの!?
かなり動揺して、立ち上がろうとした、その時だった。
左側頭部に強い衝撃が走る。
そのままの勢いで地面に顔から倒れる。
振り向くとお婆ちゃ……いや、ババァが杖を振りぬいた形で立っていた。どうやら杖で
思いっきり殴られたようだ。
「いってぇぇ!クソババァ、何しやがる!」
「ババァってなによ!失礼ね!」
「見るからにババァだろうが!いきなり頭殴るとか何してくれんの!?」
「こうしないと話ができないからなの!それと、ババァじゃないし」
「ババァのくせに女子っぽく喋んなよ。気持ちわりぃ」
「ほら、さっきまでは解らなかった言葉が解るようになったじゃない。馬鹿は杖で頭を振
り抜けってことわざどおりだわ」
「そんなことわざ絶対ねーだろ。この状況限定じゃねーか……てか、話せるんだったら最
初から日本語で話してくれよな」
ここまで話して、ようやく違和感に気付いた。目の前のババァが話している言葉は日本
語ではないし、TVなどでも聞いたことがない言語であること、自分は日本語を話してい
るつもりなのに、口からは全く違う言葉が出ていること。
つまり、あれだ。夢か何かだろう。よかった……遭難してなかったんだな。できればウ
○コ踏んだあたりも夢ならいいなぁ。
と考えたところで急に眠くなってきた。きっと起きたら家のベッドだろう……明日から
ラノベ読み放題の休日だ。あれ?さっき読んだのも夢だったのか?やたらリアルだったな。
「ちょっと!こんな所で寝ないでよ」
まぁ、いいや。早くこの悪夢から目覚めよう。ババァが何か言ってるが、どうせ夢だし、
気にしないでおこう。
そのまま俺は”現実の”夢の世界へ落ちていった。
「はぁ!?散々ババァババァ言っておいて寝るとか、信じられない。まぁ、いいわ。召喚
は成功したみたいだし、とりあえず、家まで運んであげるわ。」
老婆が杖で合図すると、巨大な影が大きな嘴でもって、太郎を咥え動き出す。老婆はそ
の背中に軽く飛び乗る。
「クルッポン、家まで運んでちょうだい。多少ぶつけても問題ないわ。むしろぶつけて」
クルッポンと呼ばれた巨大な影は「クルッポン♪クルッポン♪」と嬉しそうに鳴き、森
の奥へと消えていった。 185
第一章 異世界は
朝は苦手だ。朝日を浴びて”清々しい朝だ”とか全く思わない。寒いし、朝日で目が潰
れそう。近所の犬やら鳥の鳴き声など、騒音以外の何物でもない。”飼い主何とかしろよ”
と思う。特に、隣の家のじいさんが、朝からトラクターを動かしたら最悪だ。トラクター
のエンジン音はとにかく五月蠅い。今の時期になると農繁期なので、毎朝五時には作業し
始める。ハイブリットとかにしてくれませんかね?
「そういえば、今日はトラクター動いてないな。じいさん、入院でもしたのか?まだ五時
前なのか……」
ふと、時間が気になり、制服のポケットに入っていたスマートフォンを見るが、電源ボ
タンを押しても雷マークしか表示されない。
「電池切れ?電話なんてそんなに使わないのに……。大体、なんで制服のまま寝てるんだ
?このまま寝てるにしても制服は気持ち悪いなぁ」
諦めた俺は、痛む身体を動かし、ようやっと布団から這い起きる。ベッドの脇に並んで
いたシューズを履き……?いつからウチはアメリカンスタイルになったんだよ……。
「俺の部屋じゃない……」
俺の部屋は和室だが、ここは剝き出しの丸太の壁だし、家具もほとんどない。小さなテ
ーブルと椅子。本棚に数冊の辞書みたいな本が収められているのみだ。
「昨日、どうしたんだっけ……」
頭を抱え、昨日の行動を思い出してみる。てか、頭がすげー歪な形になってることに気
付いてしまった。そして思い出した。
「遭難して、ババァに殴られた……夢じゃなかったのかよ。ここは山小屋か何かか?てか、
あのババァ、思いっきり殴りやがって!」
昨日の事を思い出したら、つい、腹が立って大声で叫んでしまった。
「だからババァじゃないわよ!」
バンッ!と勢いよく部屋のドアが開かれる。
そこに立っていたのは、腰まであろうかという長い銀色の髪と大きな青色の瞳、肌は透
き通るように白く、西洋人形のような印象を持つ美少女だった。
俺が言葉を失い、茫然としていると少女が呆れたように話し始める。
「まぁ、あたしも見た目は老人だったし、勘違いするのも仕方ないわね。それより、あな
たいつまで寝てる気?さっさと起きてくれないかしら?その臭くて変な服も着替えて欲し
いし」
美少女に臭くて変と言われて少しショックを受けるが、臭いのは認めるが、ダサいも何
も学生服だ。俺から見たら、どこぞの魔法少女のような恰好をしている少女のほうが、よ
っぽどおかしいので、反論しておく。
「ちょっと臭いかもしれないが、どこにでもある学生服だぜ?俺からしたら、あんたのそ
の恰好は、レイヤーさんですか?それとも慢性的な中二病?って感じなんだが」
「レイヤーとか中二病が何かわかないけど、あなたはコレに着替えて、さっさと起きて頂
戴」
と、何やら服のような物を投げつけ少女は部屋を出ていく。
「なんなんだ?大体、この服でかすぎだろぉ」
投げつけられた服は袖やら裾が一〇cm以上も長い。俺だって小さいほうではないが、
どこの大男の服だよコレ……。しかも、まるでロールプレイングゲームのLv1か村人み
たいなデザインじゃねーか。そんなことをブツブツと呟きながら着替えていくと、身体の
あちこちに青アザができていた。特に腹部は青い腹巻でも履いているようになっている。
身体中の痛みはこれだったのね……
痛みと格闘しながら、なんとか着替え終わり無事村人Aと変身を遂げ、少女が出ていっ
たドアを開ける。
ドアを開けると、すぐにリビングと思われるスペースになっていた。さっきまで寝てい
た部屋と同じように、壁は剝き出しの丸太であり、ログハウスのような造りになっている。
中央には木でできた大き目のテーブルと、丸太そのままのイスが見える。丸太剝き出しの
壁には銀色の鞘に納められた剣が飾られてる。窓から見えるのは木ばかりで、ここが森の
中なのが想像できる。やたらでかいダチョウのような影が見えたのは気のせいだろう。
リビングには誰もいないようなので、勝手に椅子に座らせていただく。朝食はまだかし
ら。
昨日のが夢じゃなかったとしたら、ここは何処なんだ?さっきの少女も俺もやはり、日
本語ではない言葉を使っていた。夢じゃないとすると異世界なのか!?ラノベ好きの誰し
もが憧れる異世界召喚なのか!?その割に扱いがひどすぎるような気がするが……
などと考えていると、ログハウスの玄関らしきドアから先程の少女が手に黒い物体を持
ち現れる。そのまま中に入ってくると、椅子に腰かける。丁度、俺と向かい合う形だ。少
女は手に持っていた黒い物体を俺の目の前に置き、先程からは想像もできないようなかわ
いらしい笑顔で口を開く。
「さっきはごめんね。昨日の事もあって、ちょっとイライラしてたの。おなか空いたでし
ょ?よかったらコレ食べて」
コレとは黒い物体のことなのか?コレ食べ物なの?
恐る恐る手を伸ばし、黒い物体を掴んでみると、カッチカチだ。炭のようでもあるし、
鉄のような質感だ。炭を食べるような習慣はないので、そのままテーブルに戻す。
「おなかは減ってるけど、炭は食べたことがないんだ。」
と、笑顔で返す。
目の前の少女の顔から笑みが消える。というか表情はそのままなのだが、目が笑ってな
い。
「炭じゃなくて”パン”なんですけど?」
これがパンだったら”あなた、こっちのパンは焼けてるみたいよ”ってバーベキューは
パン食べ放題じゃねーか。
「いやいやいや。黒いし、堅いし、ちょっとパンには見えない」
今度は少女が捲し立てる。
「せっかく焼いたのになんなのよ!?ちょっとくらい我慢して食べなさいよ」
今、我慢とか言わなかったか?我慢って……
「じゃぁ、お前食ってみろよ」
「え?あたし……?あたしは、その……おなかいっぱいだし……いい……」
と言いながら明後日の方向を向いているが、目の前の美少女からは想像もできないよう
な、ギュルルルルという音が聴こえてきた。うん、分かる。出すまいと思ってる時はいい
けど、ちょっと気が抜けると出ちゃうもんね。全校集会のときのオナラとかマジでヤバい。
「遠慮しないで、どうぞ。俺ははおなかいっぱいだから」
「ちがっ、これは違うの。これはおなかが空いて鳴ってるんじゃないわ。あたしもおなか
いっぱいだし」
また、ギュルルルと先程よりも大きな音が響く。
今度は、言い訳もできず、うつむいて黙ってしまった。
「まぁまぁ、二人とも落ち着いてくだされ。それに、見た目はともかく、結構いけますぞ。
堅めではありますが」
急におっさんの声が聴こえたため、俺は慌てて立ち上がってしまった。辺りを見まわす
が、おっさんと思わしき声の主が見当たらない。
「ごめんなさい、クリフ。やっぱりあたしじゃ無理だったみたい……」
「そんなに気を落とさずともよいではないですか。ワシの方こそ、姫様にこのような不憫
な思いをさせてしまい、本当に面目ない」
一体、誰と話しているんだ?しかも姫様?
必至に声の主を捜していると、すぐ左側から声が聴こえた。
「少年。こっちだ」
左側には誰もいないが?
「こっちだ。下だ」
言われたとおりに下を見ると、大柄なおっさんがうつ伏せで寝たまま炭のような物体を
ガリガリと口にしていた。あまりに異様な光景にビックリして、飛びのいた拍子で尻餅を
ついてしまう。
「いいいい、いつからそこに!?」
「ん?少年が椅子に座って間もなくここに移動したが……驚かせてしまったようだな……
すまん」
転んだために、おっさんの顔がよく見えるようになった。その顔は刃物で切れたような
傷跡がいくつもあり、、まるで、漫画に登場するする戦士のような顔つきである。
「よく来てくれたな少年よ。ワシの名前はクリフ・バロウズ。こんな恰好でも元は騎士を
しておった。もし、よければ少年の名前も教えてもらってもいいかな?」
棋士?将棋指しか?名前も外人っぽいし、チェスの棋士?騎士ってこともあるのか?だ
としたらやっぱりここは異世界ということなのか……
丁寧に名乗られたので、こちらも名乗らないわけにはいかない。西洋っぽくするとこん
な感じか?
「俺は、タロウ・サトウ。高校二年生だ」
「ぷ……変な名前……」
お前は炭パン作って落ち込んでたんじゃねーのかよ!
「変な名前じゃねぇ。日本でも五指に入る程、平凡な名前だ!」
ムッとして、立ち上がり反論する。
「あら、そうなの?それは失礼したわね。あなたは日本というところから来たの?」
「あぁ、そうだよ。地球の日本というところから来た。やっぱりここは地球じゃないのか
?」
「地球も日本もここにはないわ。ここはナルセル大陸のカトレキアという国よ。それにし
ても、よく来てくれたわ。タロ、さっそく頼みたいことがあるのだけれど」
と急に嬉しそうに喋りだす。
「ちょ、何言ってる?全く状況が把握できないんだが?しかも、タロとか犬みたいに呼ぶ
な。タロウだ」
「あら、ごめんなさい。じゃぁ、タロウ、お願いしてもいいかしら?」
「いや、名前じゃなくて、状況だよ。ジョーキョー!」
「まぁまぁ、二人とも落ち着いてくだされ。タロウ殿は、この世界に来たばかり、混乱す
るのも無理はないと思いますぞ」
あんたの、その恰好が一番落ち着かないんだが。
「ところで、なんで俺が異世界から来たのを知ってるんだ?普通は驚くだろ。俺もよく解
らないのに……」
「あたしが召喚したんだもの。驚くわけないじゃない」
と、サラッと言う。そりゃ驚かない。
「召喚?どうやって?」
すると、少女は立ち上がり部屋の隅を指差す。そこには、直径一m程の魔法陣のような
ものがあり、薄らと青く光を放っている。
「その魔法陣で、異世界から召喚したのよ。あたしくらいの魔法使いなら、召喚くらい簡
単にできるわ。普通なら場所指定したうえに、人間くらい大きいものは召喚できないもの
」
手を腰に当て、いかにも偉そうに言っているが、魔法陣の横に置いてある”サルでもわ
かる召喚入門編”という本は見間違いだろうか。しかし、魔法である。異世界で魔法とい
えば、テンションは上がらずにはいられない。
「おぉ!すげーな!じゃぁ、お前は魔法使えるのか?」
魔法の使える異世界とか超楽しみだ。
「フフン、もちろんよ。というか、お前じゃなくてアイナよ。アイナ・マルドゥーク。ち
なみに、異世界から召喚できるほどの魔力があるのは、この大陸でもあたしくらいのもの
だわ」
「何?そんなにすごいの?おま、じゃなく、アイナは。わざわざ異世界から召喚ってこと
は、俺は超人的パワーで魔物倒したり、悪者とか倒すの?そういえば、さっき姫とか呼ば
れてたな。なんだ、守って欲しいとか?よし!まかせておけ」
嬉しさのあまり一気に喋ったが、多分、俺の目には星が輝いていただろう。
「ど、どう?身体中に凄い魔力や力を感じる?」
「言われてみれば、なんでもできそうな気がしてきたぜ」
って、なんで明後日の方見てるんですか。
「よ、よかったわね……」
あの、こっち見て話してくれませんか?なんか不安になってきたんですけど……
「アイナ様。本当の事を話した方が良いのでは?」
黙って見守っていたおっさんが口を開いた。てか、なんで立たないの?
「で、でも……」
「いえ、ここは話しておいたほうがいいでしょう。真実を知らねば身の危険もありますゆ
え……。タロウ殿」
「……はい」
嫌な予感しかしない……
「タロウ殿はさっき、魔法が使える事に驚いていたが、タロウ殿の世界では魔法は使えな
かったのですかな?」
「俺のいた世界には魔法はなかったよ。」
「では、そちらの世界では魔物や敵国からどうやって身を守っていたのです?」
「いや、魔物はいなかったから、いたって平和に暮らしていたけど……」
「………………………………申し訳ない」
うわぁ……。本当に申し訳なさそうだよ。
「でも、俺も前から魔物とかいるような世界で魔法使ったり、剣とか持って冒険したいと
思ってたんだよ!だから、おっさんがそんな気にすんなよ!大体、召喚される人間って、
滅茶苦茶凄い事ができたりするんだろ?チート級のさ!そうだよ!だって、異世界に来た
ばかりなのに、もう、こっちの言葉使えてるじゃん。字も読めるしさ。これって、能力の
一つみたいな……」
「ないわ」
俺が喋り終わる前に、さっきまで明後日の方を見ていたアイナが口を開いた。
「は?なんて?」
「だから……ないのよ……。あなたには、凄い魔力も、超人的なパワーも何もないのよ。
言葉を理解できるのは、あたしが言葉を理解できる魔法をかけたからよ。覚えてるでしょ
?夜中に老人に出会ったこと。あれは魔法で姿を変えたあたしだったのよ」
え?あのババァがこいつで、魔法をかけた?異世界なのに力もない?
「ババァにはあったが、魔法をかけられた覚えはないぞ?」
「かけたわよ。杖でコツンと頭を叩いたでしょぅ……ババァじゃないし……」
コツン……コツン……?
「どこがコツンだ!?ゴスッ!とかガスッ!ってレベルだったじゃねーか」
「だって!あなた……あたしに、その……キ、キ……スしようとしてたじゃない!」
「自意識過剰すぎんだろ!なんでババァにキスしなくちゃなんねーんだよ。いや、そんな
ことより、話を戻そうぜ。なんで召喚されたのに普通の人間なんだ?強くして召喚するも
んなんじゃねーか?それともこれから強くなるのか?」
こいつ……また、明後日の方見てやがる。すると、目の前の自意識過剰女の代わりに、
おっさんが話し始めた。
「タロウ殿……。ワシをよく見てくれんか?」
「あ、あぁ……」
「どう思われる?」
「どうって……いい歳したおっさんが床に寝ているとしか……」
「まず、なぜこのような姿になったのか、というところから話さねばなるまいな……。あ
れは三日前、今日の様によく晴れた日のことであったな……。ワシはいつもの様に、朝起
きると、焼きたてのパンを作るため、台所に立ったのだ。やはりパンは焼きたてがおいし
いからな。台所に立つと、アイナ様が夜更かしして食べたであろう、夜食の食器がたくさ
ん残されていた。ワシはいつもの様に食器を片付け、朝食の準備をすすめた。次は洗濯だ、
その日も良い天気だったから、絶好の洗濯日和であってな。アイナ様は一日に何回も服を
取り換えるから、洗濯物もたくさんあった。いつもの様に洗濯を終わらせると、今度は薪
割りとせねばならん。アイナ様は、毎日入浴されるからな。たくさん薪を割らなければな
らんのだ。その薪を割っている最中に異変はおこったのだ!斧を振りかぶった瞬間に、腰
がギクッっとなってしまってな。それ以来ワシは痛みで歩けなくなってしまったのだ。そ
れで今の状態なのだ」
いい話風に喋ったが……ただのギックリ腰の話じゃねーかよ……
「ようは、そこの我が儘姫様のせいでギックリ腰になったって話ね……」
「いやいや、タロウ殿!アイナ様はワシの事を心配されてな……ワシに休んでるように言
うと、普段することのない家事を一生懸命してくださったのだ。だが、初めてのことだっ
たために、なかなか上手くはいかなくてな。二日目には何か別の方法をと部屋に籠って、
魔法書で研究されておったのだ。そうして、たどり着いた答えが異世界からの召喚だった。
しかし、アイナ様は国を亡ぼすほどの魔力を持ちながら、魔法の知識は初心者レベルだっ
たために、難しい魔法陣は組めなくてな……。タロウ殿には申し訳ないが、特別な力を付
与するような召喚はできなかったのだ……」
嫌な予感が的中したようだ。何のために異世界に来たの?観光かしら……
「えーっと……じゃぁ、俺って全く普通?魔法も使えないの?てか、一日で投げ出すとか
とんでもお姫様だな、おい。何の力もない善良な一般人を召喚しておいて、何をさせよう
としてたの?まさか……ねぇ……ないよな?」
「……じ、よ」
「は!?聴こえないんですけど!?」
「だから、家事よ!」
アイナの叫びにも似た”家事よ!”が、頭……いや、世界中に響いた気がした。てか、
逆切れだし……
しーん
どれくらいの時間が経っただろうか……おっさんもアイナも口を開かない。俺は、呆れ
てものが言えないといった状態だ。時間にすれば一分か二分であろう無言の時間が何も考
えれない状態では数十分にも感じられた。やっと口を開いたのはおっさんだった。
「タロウ殿!本当に申し訳ない!」
と、おっさんはうつ伏せのまま何度も床に頭を打ち付ける。土下座よりも低いスタイル
は何座だろう?
「ワシがもっとしっかりしておれば、こんな事には……」
たぶん、あれだ……今まで異世界召喚もののラノベで元の世界に帰れた主人公は見たこ
とがない。これも例に漏れずだろう。それでも恐る恐る聞いてみる。
「いちおう聞くけどさ……俺って元の世界に戻れる?」




