対決
第10層に向かうカズキ。
通路は第2層の隠し扉がある所以外は、50メートル程進むと階段があるの繰り返しで、塔の外壁に沿った回廊のような造りになっていた。
とはいえ、階段の高さだけでも約10メートル。
地下1階から登ると、100メートル以上登る事になる。
これは、かなり疲れる。
これで第10層まで通じてなければ詐欺だなと、思いながら黙々と進むカズキの前に、やっと第10層の扉が現れた。
「行くか……」
カズキはゆっくりと扉を開ける。
そこは今までと同じように、およそ50メートル四方ぐらいの広さに天井は10メートルぐらい、それに円柱が何本か立っている造りだった。
そして中央には、黒いローブを着た男が椅子に座っていて、右手には赤色、緑色、青色、茶色に光る四つのクリスタルが付いた魔法の杖を持っている。
その男の左側には長さが1メートルはありそうな縦長のクリスタルが浮いていて、その中心には黒色の雲のような物が渦巻いていた。
「よくぞここまでたどり着けた、冒険者殿。私はシンザキと言う者です。一応、名前を伺ってもいいですかな」
「カズキだ」
カズキはシンザキを睨みながら答える。
「おやおや、そんなに怖い顔をしなくても。こんな時の定番な質問ですが、私の仲間になる気は無いですか?」
「断る!!」
シンザキの質問に即答で答えるカズキ。
「理由を聞いてもいいですか」
「レンさんやフィオナさん、サトマルさんに、あんな酷い事をする奴を信用出来るか」
「そうですか、残念です」
シンザキはそう言って立ち上がる。
「お前の目的は何だ」
今度はカズキがシンザキに問いかける。
「そうですね、しいて言うなら世界平和ですかね」
「はあ?」
「世界平和ですよ、皆が幸せに暮らせる世界造りです」
「何人もの人を、軟禁するようなまねをして何を言ってるんだ」
「それは、最低限の犠牲と言うやつですよ」
「何を言って……」
「昔から大きな事を為し遂げるには、犠牲は付きものじゃないですか。歴史がそれを証明していますよ」
「だからと言って、やって良い事と悪い事がある」
「少し話をしましょう。我々の未来について」
シンザキはそう言って語りだした。
元々シンザキはFISの開発者の一人だった。
FISが完成後は医療分野で、利用者のその後の変化を観察する仕事に就いていた。
人間が自分の限界を超えれる事を知った後、どのように変われるのかを。
それと同時期に、アメリカ、EU、日本が主体となって”世界シミュレーター”と言う地球を1万分の1サイズにして、気象や環境変化をシミュレートするシステムが作られた。
当初は気象災害などを予測するためのものだったが、人口がどう変化するのかの実験も始まった。
その時、FIS使用者のデータをAIに組み込み、より人間らしく行動するように設定された。
シミュレーターと同サイズに1万分の1の60万人分のAIが、その仮想地球で暮らすと未来はどう変化するのかを予測するためだ。
そのシミュレーションを繰り返す事、数万回。
出た答えは、約30年後に人口が90万人を越えた辺りで、大規模な世界戦争がおこるものだった。
その確率は約95%。
実に人口の90%以上が死滅する核戦争になるものだった。
当然、その事態を回避する方法も考えられた。
シミュレートの結果、三つの回避する答えが出た。
一つ目は、人類が滅亡の危機に陥るような大災害が起こる事だが、これは約30%の人口が死ぬ結果になった。
二つ目は、人類を一つにまとめる事が出来る英雄が出現して、世界を統一するというものだったが、30年後までに出現する確率は0,00000001%だった。
そして最後の三つ目は、人類共通の敵生物の出現だった。
これは人類の10%程度の犠牲で収まるものだった。
ただし、このような事実は発表されるわけが無い。
この事を知っているのは、世界中で数十人程度だった。
そんな中でシンザキは、FISによる仮想世界で英雄になれる素質がある者が居ないか探していた。
そして偶然にもゲーム”フリーダムファンタジアン”の中で、オスミム共和国から、この世界に召還された。
この世界ではガリム帝国が力をつけつつあり、三国の拮抗した状態が近々崩れて大規模な戦争が起こりそうなので、それを止めて欲しいと。
と、建前では言っているが、実はオスミム共和国がこの世界を統一するのに力を貸して欲しいのだ。
シンザキ程のマナの力があれば、伝説の武器”スタッフ・オブ・ゴッテス”が使え、その力は天変地異を起こすこともでき最強の存在になれると。
作り方などは、オスミム共和国で全面的に支援すると。
ただ、他国に知られないようにコーベリアン王国にある、この塔で計画を進めて欲しいと。
最初はこんな冗談みたいな話しに興味が無かったのだが、この世界を知るうちに気づいてしまった。
召還が出来るなら、その逆も出来るのではないのかと。
その事を、オスミム共和国の魔導士に聞くと、”ゲート”と言う高位魔法で、念じた者が知っている場所なら移動する門を開く事が出来ると言う。
ただし、この魔法は一方通行で戻れないらしいが、それはまさに好都合だった。
ここでシンザキは思いついた。
この方法なら、人類共通の敵を現実世界に送り込む事が出来る。
ならば、このオスミム共和国の提案に乗ってもいいと。
そして今日、やっと伝説の武器”スタッフ・オブ・ゴッテス”が完成したと。
「ここまでの話を理解出来たかな」
シンザキはカズキに問いかける。
「理解するのと納得するのは違うぜ」
「ほう」
「あんたが今、やろうとしている事は来るかどうかもわからない未来のために、現在生きている人々を何億人も殺すって事だろう」
「そうだよ。未来に80億人、現在に6億人、単純な引き算さ」
「そんな事、許されるか」
「じゃあ、どうすればいいのかね」
「そのシミュレーションの結果を公表すればいい。人類の英知は、きっとその苦難も越えられる」
「皆が理解してくれるとも思わないし、それこそパニックが起きて戦争にでもなるのではないかね」
「それこそ何の根拠も無い話しだ」
「まあ、いい」
シンザキは一度言葉をくぎる。
「私は自分の考えを変える気は無い。もう準備は終わっている。この世界に16ヶ所の門を配置した。そしてこのクリスタルを起動させれば、全世界64ヶ所に門は繋がり、こちらの世界からモンスターが襲いかかるだろう」
シンザキは左側に浮いているクリスタルを指差し話を続ける。
「だが私も、シミュレーションの結果だけが全てとは思ってはいない。人類の新たな可能性も信じ、今日この日まで私を止めれる者が現れたら、その運命に従おうと思っていた。カズキ君、君は私を止めれる存在になれるかね」
「なら、止めてやるよ」
カズキは片手剣を抜き、シンザキに斬りかかる。
「ふん」
シンザキが杖をかざすと、カズキは後ろに弾き飛ばされる。
「何だ?」
カズキは呟く。
何か見えない壁にでも当たったかのようだ。
「これが”スタッフ・オブ・ゴッテス”の力だよ。四種の魔法のクリスタルに512種類のマナの力を合わせた最強の武器だ。そのような単純な攻撃など無駄な事だよ」
「512種類のマナって……」
「ほう察しがいいね。もちろん冒険者達512人分のマナの事さ」
「お前、何て事を!!」
「先程も言ったが、多少の犠牲だよ。これで全世界が救えるなら安いものじゃないかね」
「人の命は、そんなに安いものじゃない!!」
カズキは左手をかかげ魔法を唱える。
「ファイアエクスプローション!!」
爆裂魔法がシンザキに襲いかかるが、その体の手前で爆煙がかき消されてしまう。
これが、杖の力か。
「だから無駄だと言っているのに。では、そろそろ反撃するよ」
シンザキはそう言って杖を掲げると、赤色のクリスタルが光り炎の矢が数十本カズキに襲いかかる。
「シールドウインド!!」
カズキは防御の魔法を唱えた。
しかし、数本の矢を防げただけで、何本かは魔法の障壁を打ち消しカズキに当たる。
「なん…だと……」
カズキはうめくように呟く。
魔力自体が強いため、カズキの魔法を打ち砕いているのだ。
それも魔法の詠唱も無しでこの威力だ。
「ちょっとまずいか」
カズキは呟く。
「まだまだ行くよ」
シンザキが杖を掲げると今度は青色のクリスタルが光り、氷の矢が数十本放たれた。
「ファランクス!!」
カズキは魔法を唱え、今度は左手でも短剣を抜き、二刀で氷の矢をはじき返す。
何本かは、はじき返せず体に当たるがファランクスの魔法を唱えているので、先程の炎の矢よりダメージは少ない。
「なかなかやるね。でも、こんなのはどうかな」
シンザキが杖を掲げると、今度は緑色のクリスタルが光り出す。
「まずい。サンダーボルト!!」
カズキが魔法を唱えるとほぼ同時にシンザキの杖から雷撃が放たれ、雷撃どうしが打ち消しあうが、その衝撃波でカズキは後方に飛ばされ壁に叩き付けられる。
「ぐっ…」
うめくように呟き、なんとか立ち上がるカズキ。
このままではまずい。
シンザキの魔力は圧倒的だ。
「こうなりゃMPがあるうちに、イチかバチかやるしかないか」
カズキは短剣を鞘に戻すと、左手をかざして魔法を唱える。
「我が友、イーフリートよ血の盟約に従いその力をここに示せ……」
「ほう、これはおもしろい」
シンザキも杖を掲げ赤色のクリスタルが光り出す。
「メガフレア!!」
「メガフレア!!」
二人の魔法が同時に発動し、膨大な炎がぶつかり合う。
行き場を失った膨大な炎は、塔の天井を吹き飛ばした。
一見互角に見えたが、天井が吹き飛ぶ時にカズキの後ろの壁まで吹き飛ばしていた。
シンザキの魔力の方が一枚上なのだ。
ハアハアと肩で息をしながらカズキは、左膝を床に着き片手剣を杖がわりにしてやっと立っている状態だった。
「やはりこの程度か。この第10層まで到達出来たのだから、少しは期待をしたのに……」
シンザキはカズキに失望したような目を向け話しを続ける。
「ここで私を止められるようなら、もっと人間の可能性を信じられたのに」
シンザキは杖を掲げると茶色のクリスタルが光り出した。
「ここまでか……」
カズキは呟いて倒れた次の瞬間、
「エアースラッシュ!!」
風の刃がシンザキを襲い、クリスタルの光が消える。
続いて炎がシンザキに浴びせられる。
レンの風魔法と、フィオナが召還したサラマンダーのブレス攻撃だった。
回復した二人がカズキの後を追って来てくれたのだ。
「カズキ様、大丈夫ですか」
レンが走りよってくる。
フィオナはサラマンダーを操り、何とかシンザキの足止めをしている。
「ああ、助かったよ」
カズキはそう言って立ち上がる。
「ところで、あの黒い魔導士は?」
「ここの親玉だそうだ」
「そうですか、では何とかしないと」
「ただ、すごく強大な魔力を持っていて、魔法がほとんど通じない」
「それでは、どうすれば……」
「あの杖を何とか出来ればいいんだが。ひとつやってみたい事がある。レンさん強力してくれますか」
「もちろんです」
「では、この位置から魔法で牽制して、自分が合図をしたらバハムートの動きを抑えた魔法で、一瞬でいいので相手の動きを止めて下さい」
「わかりました」
レンの返事を聞いたカズキはマントの下からスクロールを出した。
「リフレッシュ!!」
スクロールは青い炎で燃え尽き、カズキにMP回復の魔法がかかる。
そしてカズキは走り、シンザキを中心にして、レン、フィオナと三方向から攻撃出来る位置まで移動する。
「エアースラッシュ!!」
風の刃がシンザキを襲う。
「ライトニング!!」
カズキの電撃の魔法がシンザキを襲う。
フィオナの召還したサラマンダーがブレス攻撃を続ける。
三方向から攻撃を仕掛けているのだが、シンザキは余裕の表情で魔法やブレスをはじき返している。
「カズキ君、お仲間が増えたようだが、この程度の攻撃では私は倒せないよ。この杖がある限りはね」
「それはどうかな。世の中には、やってみないとわからない事は結構あるんだぜ」
「やれやれ、物わかりが悪いものだ」
シンザキはそう言って杖を掲げた。
大きな魔法で3人とも、いっぺんにに始末するつもりだ。
「今だ、レンさん!!」
カズキは叫びシンザキに向けて走り出す。
「風の精霊シルフのご加護よ、かの者をおさえたまえ……エアーシール!!」
レンの魔法にシンザキの動きが一瞬止まる。
「何を無駄な事を」
シンザキはレンの方に杖を向ける。
「そこだ!!」
カズキはシンザキに斬りかかる。
「ブレイカーブレイド!!」
カズキはシンザキの杖に剣スキルを叩き込むが、あと数センチメートルの所で障壁に阻まれ届かない。
「セブンストライク!!」
カズキは渾身の力を込め7連撃を叩き込む。
1連撃、2連撃と加えるうちに障壁が少なくなり7連撃目は、シンザキの杖の赤色のクリスタルに届いた。
バキッと音がして、砕ける片手剣。
剣の強度が限界に達してたのだ。
「まだだ!!」
カズキは短剣を抜いて障壁の隙間にねじ込んだ。
「アイテムブレイク!!」
カズキの短剣は砕け散ったが、シンザキの持つ杖の赤色のクリスタルも砕け散った。
「何……だと……」
うめくように呟くシンザキ。
「どうだ、見たか。人間の可能性って奴をよ」
カズキはシンザキに言った。
「フフッ……フフフ……フハハハハッ」
シンザキは肩を振るわしている。
「おもしろい。おもしろいよカズキ君。まさかこの杖のクリスタルを砕くなんてね。でも、クリスタルは後3個あるよ。君の武器はもう無いようだけれど、これからどうするのかね」
シンザキがカズキに問いかける。
「そ、それは……」
口ごもるカズキに杖を向けるシンザキ。
「フッ……冗談だよ、カズキ君。一つでもクリスタルを壊された時点で、私の目標は達成出来なくなった」
「それはどういう事で……」
「この杖の力が万全で無ければ別世界への門は開けないって事さ」
シンザキは肩を落とし、やれやれそ言うように話を続ける。
「まあ、門を開く準備は出来ているから、あのクリスタルが暴走したらどうなるかは、わからないけどね」
シンザキは部屋の中央にある縦長のクリスタルを指差す。
「あれの処理は君達に任せるよ。さて、カズキ君」
「なんですか」
「私のした事は何だと思う。犯罪か、それともテロか。自分としては正義のために行ったと今でも思っているけどね」
「正直わかりません」
「そうか、ならば私はこのまま去るとしよう。今の状態なら私は現実世界では間違いなく犯罪者だ。しかし間違った事をしたとは思って無い。もう少し人間の可能性について考えてから答えを出すとするよ」
「そうですか」
「では、さらばだカズキ君。もう会うこともあるまい」
シンザキはそう言って杖を掲げる。
「ゲート・オープン」
シンザキの前に人間ほどの大きさの黒い固まりが現れる。
そこにシンザキが入ると、その黒い固まりは消えて無くなった。
塔の最上階にはカズキ、レン、フィオナの3人に夕日が差していた。




