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だけど今日は、先輩は体をいつもより少しこちらに傾けていて、前よりちょっと、私に興味を示し始めたように感じる。
なんだか、野良猫になつかれてるみたい。
そこまで考えて、ふと、夢に出てきた黒猫のことを思い出す。
思い出せば思い出すほど、今目の前にいる先輩はあの夢の中の黒猫にそっくりで、先輩はもしかしたら猫が化けたのかもしれない、と思う。
思って、その古臭い発想に一人で笑ってしまった。
するとぴた、と先輩の指が止まる。
「くすぐったい?」
「あ、いえ、なんともないです」
どうぞ続けてください、という意味で目を閉じると、小さく、衣擦れの音がした。
けれどもいつまで経っても体に触れる感触がやって来なくて、その後しばらく、音が止む。
あれ、と思ってうっすらと目を開けると、
「……どうしたんですか」
また数分前のように、目の前に真っ黒な両目が覗き込んでいる。
聞いても、答えが返ってこない。
ただ、いつもあまり変化のない先輩の表情が、眉がほんの少しだけ、ひそめられているような気が、する。
確信はないけど。
「まどか」
「はい」
「なにも感じない?」
「は…?」
「ほんとに?」
「はあ」
それが先輩にとってそれほど重要な問題なのかと思うけれど、先輩の価値観はおそらく私の価値観とちょっと次元が違う気がするから、気にすまい。
私が曖昧に肯定すると、先輩は私の両脇に両手を差し込んだ。
そして、ひょい、と抱えあげて、机の上に座らせる。
されるがままに力を抜いていると、先輩はさっきのチョコレートの残りをまた手に取る。
そして、パッケージから取り出して、綺麗に包んだ銀紙をまた器用にはがして、チョコレートをぱきん、とひとかけら、一口大に割る。
残りのチョコレートをまた器用にしまいだすところで、私は声をかけた。
「いや、先輩。もうチョコはいいです」
「うん」
いやに潔く言われた先輩の「うん」に、ほんとにわかっているのか、と問いたくなる。
自分で食べるの? さっきそんなに好きじゃないみたいなこと、言ってたくせに。
まあ食べるなら、快く差し上げますけど。
綺麗にまたパッケージの中にしまって、机の端にそれを置いた先輩は、
手に持ったかけらを少しの間眺めてから、おもむろに口を開く。
「――ねぇ、キスしてみよっか」