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「はい、どうぞ」
恭しく両手で差し出したカップのアイスを、咲ちゃんは満足そうに受け取った。
「うん、さすがまどか!私の好みよくわかってる!」
あるメーカーのキャラメルアイス。咲ちゃんはこれしか食べない。
このメーカーの、イチゴ味もおいしいのに。
よしよしよし、とまるで咲ちゃんの飼い犬になったかのように強烈に頭を撫でられて、少し、めまいがした。
「はい、じゃあまどか、お礼にこれあげる」
「チョコレート」
「うん、そう。チョコ好きでしょ?」
「……うん。ありがとう」
ありがとう、と言った私の声は、もはや咲ちゃんの耳には届いていなかった。
咲ちゃんの意識は完全にキャラメルアイスに注がれていた。
私は時計に目をやる。
昼休みは、あと半分。
***
なんとなく、もらったチョコを持って、あの薄暗い教室にやってきた。
先輩、チョコ好きだろうか。
なんかあの人、そもそも何か物を食べてるイメージがない。
「……こんにちはー…」
がらがら、と控えめにドアを開ければ、やっぱり甘ったるい香水の混ざった変な匂いがした。
教室の中は、いつものように薄暗くて、静かだ。
「……先輩?」
ぴしゃり、扉を閉ざせば、私は異空間の一員になる。
明るいところから暗いところにいきなり入ったから、目が利かない。
代わりに耳を澄ましてみるけれど、物音ひとつしなかった。
とりあえず、奥に入ってみる。
乱雑に積み上げられた机や椅子の合間を縫いながら、小さく開かれたその空間を目指す。
時々足が引っかかったりして、壊れた椅子が悲鳴を上げた。
「……先輩?」
「なに?」
「わっ」
いきなり背後から声がして、思わず体がびくりとはねた。
振り返ると、慣れてきた瞳にその輪郭が浮かび上がる。
「びっくりしたー…」
「それ、ほんとにびっくりしてる?」
先輩がくすくす笑う。
声出して笑ってるとこ、初めて見たかもしれない。
「来ないかと思って、帰ろうとしてた」
「来ました」
「うん、来たね」
そう言いながら先輩は、正面から私の腰に両手を添える。
と思ったら、体が浮いて、次の瞬間には、机の上に腰掛けていた。
そしてその隣に、先輩が座る。ほどよく開いた、2人の間。
そのわずかな空間のとり方が上手だな、と思う。
私は早速、咲ちゃんにもらったチョコレートを取り出した。
何の変哲もない、板チョコだ。
「先輩、チョコ好きですか?」
「きらいじゃない」
「好きでもない?」
「うーん、そうだね」
先輩はどこから取り出したのか、ペン回しをし始める。それがまた、無駄に上手い。
くるくると器用に回すその指先を見ながら、私はおもむろに銀紙を破る。
板状のチョコレートを一口大に割って口に放り込めば、カカオの独特の風味が広がった。
「――ねえ知ってる?」
ふとペン回しを止めて、先輩が向き直る。