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――5分たったか、10分たったか、しばらくそうやって戯れていた指は、ようやく私から離れた。
終わりかな、と思って顔をあげると、先輩はどこから取り出したのか、表紙の破れた参考書を、ぱらぱらと捲りながら眺めている。
「……それ、先輩のですか?」
「ん?いや、違うよ」
それきり答えて、またぱらぱらと所在無げにページを捲る。
静かな空間にしばらく、そのページを捲るかすかな音だけが響いていた。
私はぼんやりとしながら、その動作を見守る。
その指先は、私に触れていたときも、今ページを捲っているときも、そこに意思はないように思う。
ただそこにあったから触ってみる。
先輩の指は、好奇心旺盛な猫みたいだ。
先輩の興味は、ボロボロの参考書に移ったみたいだから、私はまた机の上に横になった。
横向きになって、丸くなる。
寝心地いい体勢に調節しながら、ふと目の前の教卓に目をやる。
薄暗い空間でもよくわかる、蛍光ピンクのスプレーで、「F」とか「CK」とか「U」といった英単語がでかでかと書かれてあった。
教卓の前に積み上げられた椅子のせいで、ところどころ切れて見えないけど、たぶん低俗な英語が書いてあるんだと思う。
そのまま目を閉じたら、鮮やかなピンクの残像だけが、目の裏に残る。
目を閉じたら、いろんな香水が混ざった異臭と、先輩の紙を捲る音が、世界を支配した。
眠気は思ったよりも早く来る。
黒い泥水が押し寄せるように、やがて私の頭のなかは真っ黒に染まって、深い深い眠りの中に、落ちていく。