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黒猫  作者:
1/37


「横になって」


 小さく笑んで、静かに落とされた言葉に、素直に従った。


 電気をつけていない教室は薄暗く、少し煙くさい。

 また上級生が隠れてここでタバコを吸ったんだろうな、とぼんやり頭の中で思った。


 教室の奥の奥にある、一畳にも満たない小さな空間。

 辺りは壊れた椅子や予備の教卓たちが乱雑に押し込まれて、万が一誰かがこの教室に入ってきても、たぶん奥にあるこの小さな空間にはすぐには気づかない。


 もっとも、この教室自体が忘れ去られたように校舎の端にひっそりあるから、人自体、来ることは少ないんだけど。

 ただ、興味本位ではじめたタバコがやめられないニコチン中毒者の先輩たちや、学校で燃え上がるように“コト”をすませたい人たちが、たまにこっそりとここにやってくる。


 ――と、聞いたことがある。

 そんな現場に遭遇したことはないから、ほんとかどうかは知らないけど。

 今のタバコの匂いだって、ただの私の勘違いかもしれない。


 はっきり言って、ここはタバコよりも香水の混ざったような匂いのほうが強い。

 表から見れば健全な進学校なのに、この薄暗い教室はどこか少しだけ、異空間だと思う。


 そしてその異空間で、私は今、黒髪の先輩に押し倒されている。

 いや、私一人が横になってるだけで、先輩はあくまで側に腰掛けているだけだけど。


 いくつか並べた机の上に、横になった私と、腰掛けた先輩。

 薄暗い空間で見える先輩の輪郭を見上げると、さっきの続きがはじまった。


 下心は、ない……と、思う。

 先輩の指が私の輪郭をたどる。

 正直言って、何かが始まるような異様な雰囲気も何も、そこにはない。


 ここにはただ先輩がいて、私がいて、先輩の指が興味本位に私に触ってる。

 ただそれだけ。


 先輩の指は私のお腹の上を軽くたどって、ブレザーの前ボタンの装飾を興味深そうに玩んで。


 時々気まぐれに、机の上に広がった髪を掬い取ってみたりしながら、ゆっくりとゆったりと、先輩の指は動く。


 意識すると、たまに結構際どい所も触れられたりしてるけど、それはすぐに離れて、また別のところを彷徨う。


 なにが楽しいんだろうかと、正直思う。

 まあ別に嫌でもないから、止めはしないけど。



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