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白き鎧 黒き鎧  作者: つづれ しういち
第二部 第四章 接近
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5 会議の間


 内藤との二度目の交信から、三日目の午後。

 フロイタールの面々は、その後ヨシュアを先頭にして早朝からミード村を出立し、急ぎ王都に戻った。そして帰城するや否や、ほとんど休む間もなく御前会議が召集される運びとなった。


 並みいる重臣たちは、まずはズールから宰相を引き継いだドメニコスという老人と、宮中伯ら十数名。それに武官の最高位である元帥、天将、竜将らである。無論、急な召集でこの場に間に合わない者もいるため、ここにいるのはその一部に過ぎない。

 文官、武官合わせて三十余名からなる御前会議は、それぞれの補佐官や書記官らも列席する中、フロイタール宮中央部に位置する「会議の()」にておこなわれるのが通例である。


 会議の()は、大体三十メートル四方のスペースだ。前方の中央には楕円形のテーブルが置かれ、その最も上座にあたる場所に王と元帥三名、宰相ドメニコスと宮中伯の老人二名が、王を挟むように両隣に分かれて着座している。

 あとの者は彼らを囲むようにして向かい合う半円形に設えられた細長い卓の向こうに座っていた。卓は前後三列に分かれていて、床には段差があり、後ろへ行くほど少しずつ高くなっている。

 要するに、ちょっとした大学等の大講義室のような作りだ。ただそれと少し違うのは、王の玉座のある場所が全体に高く作られていることだろうか。

 着座した王を周囲の臣下たちが見下ろすことのないように、王の玉座の据えられている床は、半円形の舞台のようにせり上がった雛壇の形に設計されていた。そこへの昇降は、脇の小さな階段を使う。

 午後の日光が、壁の少し高い場所に開けられたいくつもの細長い窓から、斜めに差し込んでいる。


 ドメニコスは、あの「冬至の変」以降、死んだズールから宰相の地位を受け継いだ人物だ。ズールよりは少し若いようだったが、やはり白髪の老人だった。

 全体に、色白でややふっくらした印象の老人だ。すっかり白くなった髪を耳の下あたりで切りそろえ、頭に小さな飾り帽を乗せている。小ぶりな丸い鼻眼鏡を大きなまるみのある鼻の上に掛け、隣に座る宮中伯の老人たちと言葉を交わす様子からして、比較的落ち着いた人柄であるように見受けられた。


 対する武官の席の元帥たちは、いかにも武官の最高位らしく、どっしりと威厳のある面持ちで静かに着座している。体格のいい五十がらみの将軍たちは、いずれ劣らぬ百戦錬磨の面構えで、さすがはゾディアスら無骨な武官連中の総元締めといった風貌だった。

 中でも目を引くのが、フロイタール軍最高幹部たる元帥、アキレアスである。大元帥が国家元首たるヨシュア国王陛下の兼任であるため、事実上、彼がこの国の軍隊の総指揮官と言っても過言ではない。

 短く刈り込んだ草色の髪にはすでに白いものが混ざりこんでいるものの、その威風堂々たる押し出しと体躯からはいささかの気後れも感じられない。口許には、同じ色目の口髭を豊かに蓄えている。

 基本的には薄茶色なのだが、見る角度によっては金色のようにも見える鷲のような眼光は、周囲を堂々と睥睨(へいげい)して、なんの遠慮もないようだった。彼はどっしりと椅子に座りこんで腕組みをし、時おりひと言ふた言、隣の同僚元帥と言葉を交わしている。


 アキレアスの隣にいる二人の元帥閣下がたは、王座の脇に立っている竜将ディフリードと佐竹のほうを、先ほどからちらちらと目の端で観察する風だった。いかにも「この若造どもは一体なんぞや」という胡散臭げな目であった。

 とはいえ、彼らも過日の「冬至の変」において、先王ナイトを南の王サーティークから守る一連の作戦に参加していた将軍たちである。ディフリードと佐竹の顔も、この王宮内でのある程度の立ち位置も、把握していないはずはなかった。

 ディフリードはすでに事前に、佐竹に向かって「かの閣下がたには要注意だよ」と、意味深なひと言を言い含めてきていた。


 本来なら、上級三等官である佐竹の身分ではまず参加の叶わない会議である。だが今回は、彼がノエリオールとの交渉を担当するよう、かの国から名指しまでされた立場ということで、特別に列席を許されている。とはいえ、飽くまでも傍聴人(オブザーバー)としての立場であって、基本的に会議への発言等は許されていない。

 

 やがて、会議の間の前方入り口で、下級文官が声を張り上げた。

「陛下の御成りにございまする!」

 ざわついていた室内が一瞬で静まり返り、一同は立ち上がった。いかにも重そうな扉が観音開きに開かれる。そこからヨシュアがいつもの侍従長の男を伴い、白いマントを翻して会議の間に入ってくると、一同は改めて居住まいを正した。

 少年王が階段を上って王座に近づいたところで、ディフリードと佐竹が礼をする。ヨシュアは少しにこりと笑って二人に頷くと、席に着いた。

 列席していた一同が一斉に王に対して深く頭を下げてから着座すると、速やかに会議が始められた。





「以上が、ここまでの経緯となります。今後の対応その他について、どうか皆様のご意見を伺いたく存じます」


 ひと通りの説明を終えて、ディフリードが秀麗な一礼をし、一歩下がった。佐竹はその半歩後ろで終始黙ってそれを聞いていたが、ディフリードはここまでの事実を、概ね包み隠さず話したように見えた。

 すぐにヨシュアが口を開いた。


「皆の忌憚のないところを聞きたく思う。どうか、遠慮せずに発言して貰いたい。まずはあちらからの停戦の申し入れについてだが。……皆は、どう思うか」

 歳に似合わぬ温厚な少年王の声を受けて、まず口火を切ったのは元帥アキレアスだった。

「大体の話は分かりましたが、かの南の王の申しよう、すぐに信ぜよと言われてもなかなかに難しゅうございましょうな。なにしろこの十年近くというもの、わが国に対してあれほどの進攻を続けてきた狂気の王にございまするぞ」

 堂々たる元帥閣下は、草色の口ひげをちょっと指先で(ひね)るようにしている。

「それを、すぐに停戦のなんのと性急に話を持ち込まれましてもな。手下(てか)の者どもも、すぐに納得するやには思われませぬが──」

 いかにも武官らしい、腹の底に響くような低音の声は、人を圧するような力で会議の間の隅々にまで届くようだった。


「左様、左様」

 宰相ドメニコスも、すぐにその言葉を受けるようにして、やんわりと言葉を継いだ。

「先王、ナイト陛下の影武者を務めおりましたその……『ナイトウ』とやら申す者につきましても、一体どこまで信用してよいものやら。かの者に交渉役を命じたのも、あの恐怖の王サーティークめではござりませぬか。その『ナイトウ』が、彼奴(きやつ)らに脅されて、そのような妄言を弄しておらぬという保証はどこにもござりますまい……」

 温順そうな老人の声には、明らかに懐疑的な色が(にじ)んでいる。鼻眼鏡をずり上げながら、いかにも焦慮に耐えぬといった風情だ。

「ノエリオールがこちらの隙を突いて、また先日のような策を弄しないという保証などありませぬ。陛下には、慎重の上にも慎重を期していただきたく……」

 「うむうむ」と、周囲の武官、文官たちが頷きあっている。


(……まあ、そうだろうな)


 ヨシュアとディフリードの後ろで黙って話を聞きながら、佐竹は腹の中で考えていた。

 御前会議の面々が、ここまで疑い深くなるのも無理はない。それほど、サーティークのこれまでの攻撃は熾烈だったのだ。今更、いきなり「停戦」だの「協力」だの言ったところで、すぐに納得できるものではないだろう。


(これは……時間が掛かりそうだな)


 やむをえない話ではある。だがそれでも、佐竹はやや自分の気持ちが(かげ)るのを禁じえなかった。

 そうは言っても、時間は有限なのだ。サーティークが次に連絡してくるまで、あと七日を切っている。<白き鎧>までの移動時間を考えれば、この会議では遅くとも、三日以内に何らかの結論を出さねばならない。


「そのことも勿論ではございますが、陛下」


 やがて、ぎろりと鷲の眼光をきらめかせてアキレアスが言った。その目が明らかに佐竹を()めつけている。

「そこな『サタケ』と申す者、まことに信用に足る者なのでございましょうか」

「おお、それよ……!」

 再び、宰相ドメニコスが元帥の言葉に乗っかるようにして言った。

「聞けばその者、あの『影武者』と同じところから<鎧>の力によって召喚されたそうにござりまするな? いや、だからこそ南の王が、そこな者を交渉役にと指名したというのは分かるのでござりまするが。なんと申しましょうか、その……」

 手巾(ハンカチ)で額の汗を拭うようにしながら、老人は少し言い澱んだ。

「そもそも、その『ナイトウ』や、そこなサタケがこの王宮に現れてから、様々の問題が起こってきておるように、わたくしには思われてなりませぬものでのう……」


 佐竹は、思わずぎらりとその老人を凝視した。


(……なんだと?)


「そこの者を疑うとまでは申しませぬが。しかし、あの『冬至の変』でも、結局はそこな者が、かのサーティークめをおめおめと取り逃がし──」


(……!)


 それを聞いた途端、佐竹の顔色が変わった。

 この老人は、どうやら疑いを持っているのだ。

 あの時、いや初めから、佐竹がノエリオールと通じていたのではないかと。


「その者は、あの武辺の王と斬り結びながら、それでもかすり傷ひとつ負わずに易々とナイト王を絡め取られ申した。しかも聞けばその際、なにやらかの王とぼそぼそと言葉を交わしておったとやら……。それは、わたくしどもの考えるに──」

「黙れ、ドメニコス!」

 ヨシュアがぴしゃりと言い放った。非常に珍しいことである。

「サタケはあの時、まこと、全力をもって兄上を……『ナイトウ』殿を守ろうとしてくれていた。そのことに噓偽りはない。このことだけは、私の口からしかと申しおくぞっ!」

 厳しく(まなじり)を決した少年王を見て、宰相の老人は驚きに目を見開き、やがてしおしおとうな垂れたようだった。

「……よいな、ドメニコス」

 静かな声の中にも毅然としたものを滲ませたヨシュアの双眸は、明らかに怒りを含んでいた。

「は、……はは……」


 ドメニコスは少年王の眼光から逃れるかのように、席に深く沈みこんで座りなおした。佐竹は黙り込んだ老人を、それでもしばらくじっと睨んでいた。

 と、佐竹の目つきをさりげなく窺うように見つめていた元帥アキレアスが、ゆっくりとこちらへ向きなおって言った。


「『サタケ上級三等』とやら申したな。あまり時間がないことは分かっておるが。ひとつ、頼みを聞いてもらっても構わんかな?」

「……は?」

 思わず怪訝な目を向けると、アキレアスはその苦みばしった顔に鷹揚な笑みを()いていた。

「これは、よい機会やも知れぬ。一度、そなたの話を聞いてみたいものだわと思っておったのよ」

 元帥閣下は意外にも、面白げな光を目に浮かべてこちらを眺めている。

「あの昇進嫌い、暴れ者のゾディアスが、このところ随分と毛色の変わった新入り文官を可愛がっている話は聞いている。『冬至の変』の時にはそこまでの余裕はなかったが──」


(ゾディアスが……?)


 佐竹はもちろん、隣のディフリードも意外そうにアキレアスを見返した。

 ゾディアスは身分上、この場には入ることを許されない。その彼が事前に、この元帥閣下に何かを吹き込んでいたのだろうか。いや単にこの元帥が、ゾディアスの噂を伝え聞いていたというだけのことかもしれないが。

 いずれにしてもこの将軍は、ゾディアスを憎からず思う者の一人ではあるようだった。


「そなたさえ良ければ、そなたらがここへ召喚されてきた顛末、我らにももう少し、分かるように説明してはくれんかな?」

「…………」


 佐竹は沈黙してヨシュアを見やった。

 ヨシュアはにっこり微笑んで、黙って頷き返してきた。

 佐竹は少年王の顔をしばし見つめたが、やがてひとつ、頷いた。

 晴れて王の許しを得、一歩前に出て一礼する。


「……では、お言葉に甘えまして。少し、皆様のお時間を拝借します」


 そうして。

 佐竹はこれまでの自分と内藤との顛末を、静かな声で語り始めた。



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