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白き鎧 黒き鎧  作者: つづれ しういち
第一部 第二章 新参者
9/141

1 召喚の間



 はっと目を開けると、見知らぬ洞窟の中にいた。

 周囲はひどく薄暗く、人の気配はなかった。


(…………)


 ほんの数秒で、ここまでに起こったことを反芻する。

 あまり現実のこととも思えなかったが、そう考えるより仕方がなかった。

 佐竹はちょっと、溜め息をつきたい気持ちになる。

 酷い頭痛と悪寒がして、これが夢ではないことをはっきりと告げていた。


「…………」


 佐竹は、しばらくぼんやりと、そのままの姿勢でごつごつとした岩だらけの天井を見つめていた。が、やがて静かに体を動かし始めた。

 何処かに重傷を負っている可能性もあるため、体の各部をともかく慎重に動かしてゆく。まずは指先。そして二の腕、足先、肘、膝――。

 どのくらいの時間、関節が動かないままでいたのかが不明だったが、じわじわと動かす分には問題はなさそうだった。しかし、あまり力が入らないところを見ると、思っているよりもかなり長時間、いまの姿勢でいたようだった。

 ゆっくりと起き上がって体を調べてみたところ、あの黒い腕どもにやられた掻き傷以外では、幸い、擦過傷と軽い打撲がある程度で、大きな傷は負っていないようだった。ひとまずは動けるようである。佐竹は少し安堵しつつ、周囲を見回した。


 ざっと見ただけでも、かなり嫌な予感がした。

 周囲は、最近だれかが使った形跡がまったくなかった。

 そこは、どうやら洞窟の中らしいむき出しの岩壁に囲まれた、ちょっとした広間のような空間だった。床は人工的に整地されており、薄い石版を敷き詰めて平たく作られている。その上には、意味不明の込み入った文字らしきものと絵が、びっしりと描き込まれていた。

 一見して明らかに、いわゆる古代呪術的な代物であると思われた。

 自分の寝ていた場所が、その呪術的祭事の中心であるらしく、描かれた紋様はぐるりとその周囲を取り囲むようにして、直径四メートルほどの円形に広がっている。

 その外側には、松明を燃やすためらしい金属を組み合わせた台が、円状の()()()()を取り囲んで、八台ほど立てられていた。

 佐竹は慎重に起き上がり、立ち上がって、その松明台にそっと触れてみた。冷たかった。しかも、その上には結構な埃が積もっている。


(……これは、まずいな)


 ここに内藤が運ばれた可能性は高いとは思うのだが、どうやら随分な時間差が生じているらしい。それが一体どれほどの時間なのか、それは想像の域を越えないが。

 少しかがんで床の()()()()の上に積もった土埃に指先で触れてみた感じだと、少なくとも数ヶ月、下手をすれば数年が経過している恐れすらあった。


 ――非常にまずい。

 とうの昔に、内藤が命を奪われていてもおかしくないほどの経年だ。

 あちらでのたったの一分弱が、こちらでこれほどの差になるとは――。


 佐竹は眉間に深い皺を刻みつつ、洞窟の出口を探した。

 洞窟の中には、先ほどからうっすらと外からの光が入り込んできていた。一箇所だけ、大人の背丈でも十分に歩けるほどの高さの、通路らしき穴が開いているのだが、それは明らかにそこからの光だった。

 再び立ち上がり、そちらへ向かって、石壁に片手を添えながら慎重に歩き始める。石壁の表面は冷たかった。洞窟内の気温は、特に暑くも寒くもなかったが、外の気温は低いのかもしれなかった。

 先ほど黒い腕から受けた掻き傷がずきずきと痛んだが、そんなものは無視した。血が滲んであちこち裂けたシャツも、相当ひどい状態のようだったが、別に他人の目があるわけでもないので放っておく。

 ほんの十メートルほど歩いたところで、その石壁の通路は終わっていた。入り口部分から少しずつ見えてきた景色を、佐竹は初めから、ある程度の覚悟を持って見た。自分の「常識」を覆されるものが見えたとしても、下手に慌てないための方便だ。


 ……それでも。

 やはり、驚かずには済まなかった。


「…………」


 外界は、まだ「夜」であるようだった。頭上に広がる空らしき空間は、地球で見られる夜空よりは随分明るく、紺色の中に、一部薄桃色がマーブル模様に混ざりこんだようになっていた。星々は、そこに撒き散らされるようにして輝いている。

 しかし、その空のどこにも、「月」らしきものは見当たらなかった。


 その代わりに。

 巨大な惑星が、なにかおどろおどろしいような姿で勃然とその空間に大きく場を占めていた。惑星は、地球でいうところの月の、ちょうど十個分ほどの直径であり、その色は茶色、白、オレンジ色が複雑に混ざりこんだようになっている。

 その惑星に、恐らくは恒星からの光が反射して、地球の場合とは異なり、宇宙空間を真っ暗に見せることができないのに違いなかった。


(これは……夜はさぞかし、寝にくいだろうな)


 佐竹はまた、まるで他人事(ひとごと)のような感想を抱きながら、視線を下へと移した。


 自分が今出てきた洞窟の入り口は、地面からは少し小高いところにあるらしかった。

 岩山をくり抜いたようにしてできた洞窟の入り口から、下へと続く岩棚でできた坂道が、山肌に沿ってなだらかに続いていた。

 坂道に柵などはなく、転落すれば軽症では済まなさそうだった。ここから地面まで、ざっと十五メートルはあるようだった。

 この岩山の目の前は、見たところ針葉樹林らしい森がひたすらに広がっている。もちろん、針葉樹と決まったわけではない。木のてっぺんが尖った様子のその見た目が、そう思わせるというだけの話だ。実際に「植物」であるかどうかすら、知れたものではなかった。

 さらにその先に、これはむしろ見慣れたような、白い雪を被ったような高山が連なっているのが見晴らせた。

 とりあえず、いまこの場から見えるものは一通り観察できたところで、佐竹は岩棚の坂道を、また用心しながらゆっくりと下り始めた。


 思ったとおり、気温は少し低かった。

 日の出というものがあるとするなら、少し早めにそうなって貰いたい感じだった。

 時間を掛けて下の地面まで下り切ると、地面には地球とさほど変わらない下草が生えていた。佐竹はまた膝をついて、それらにそっと触れてみた。覚えのある植物の感触だった。


(…………)


 佐竹は、少し一人ごちた。

 この世界はある程度、地球の環境と大きく違う部分はないのかも知れなかった。実際、呼吸もこれといって苦しいわけでもなく、重力も地球と同じように思われる。

 そもそも、あの内藤をこのような大掛かりな真似をしてまでわざわざ連れ去るということは、とりもなおさず、()()()どもは、ああした「人類」をさほど異物扱いしない者らだということだろう。それは、普通に考えられる話ではある。


 考えながら、佐竹はゆっくりと歩を進めた。

 岩棚の下からは、下生えの草が薄くなり、明らかに小道のようになった部分が繋がっていた。()()()どもが使った道に違いなかった。そこが、ここを利用する何者かによって踏み固められ、道になっているのは明らかだった。


(まずは、この『道』を辿るか……)


 そう決めてから、佐竹は「森」のほうへ目をやった。

 ここまでの流れで考えれば、あの「森」もいわゆる植物である可能性が高い。だとすれば、この道を行く前に、やっておくべきことがあった。

 

 妙な生き物と鉢合わせするのは御免なので、佐竹は静かに、かつ慎重に歩を進めて森を目指した。やはり、針葉樹と見えたものは、地球で言うところの松や杉、(ひのき)といった植物とよく似ていた。木の幹は太く硬く、あまり人工的な手は加えられていないように見えた。

 佐竹はさほど奥までは行かないように気をつけつつ、足元を探しながら歩いた。そしてわりとすぐ、求めるものを見つけると、もとの道へと引き返した。

 それは、木刀ほどの長さ、太さの木の枝だった。

 小さなナイフすら手元にない状態なので苦労はしたものの、素手と、近くにあった石などで、なんとか周囲の小枝を払って棒状の形にする。雑すぎる造りだが、いまは贅沢は言っていられなかった。

 出来上がったものを、不思議な色の明るい夜空にちょっとかざして見直してみる。

 ふと、自嘲の笑みが口の端に上ってくるのを覚えた。


(……ああまでして、捨てた剣を)


 こんな土壇場になって、結局自分が頼るのはこれなのか。


 佐竹はしばし、視線を落として呼吸を整えた。

 そして、ついと立ち上がって姿勢を正すと、その()()を上段から、まっすぐに振り抜いた。

 ぴう、と空を切り裂く音がした。


 さらに足を進めて、下段から中段。

 次はつっと振り向いて、正眼から、突きへ――。


 剣の行く先に一瞬の真空が生まれ、

 風鳴りが、体の周囲で心地よい音を立てる。

 皮肉なほどの美しさで。


 佐竹はぴたりと動きを止めると、しばしまた、木刀を握る自分の拳を見つめた。


(それとも――)


 中天に懸かる、あの巨大な惑星に木刀をかざしてみる。


 それとも、この地で、見つかるのだろうか。


 自分が剣を振る、その意味が――。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 佐竹カッコいい!( ゜Д゜) こんな状況なのに、恐れず進んでいって、冷静に状況を判断して、戦う決意をして。 普通だったら内藤を追いかけていけないだろうし、たどり着いた先の時間経過なんてわ…
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