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白き鎧 黒き鎧  作者: つづれ しういち
第二部 第三章 黒の王
86/141

7 尖塔にて


 フロイタール王国、<白き鎧>のコンソール室。


 通信の途絶えたパネルを前に、フロイタールの面々はしばし沈黙していた。

 パネルの前では、ヨシュアが静かに涙を(こぼ)している。その肩を抱くようにして、ディフリードが立ち尽くしていた。

 その脇に立ち、眉間に皺を寄せたまま、佐竹も思案顔になっている。

 背後には、ゾディアスとヨルムスが彼らの背中を見ながら(たたず)んでいた。


「ま、今日のところはここまで、ってこったあな?」沈黙を破ったのはゾディアスだ。「時間切れなもんは、しゃあねえわ。また交信はできんだろ?」

「……はい。少し充電期間は必要ですが」

 佐竹が静かな声で応じた。

 「交信」や「充電」云々といった単語については、<鎧>の古代文字の中から拾ってきて、適当な単語を()てている。

「しかしあれだね? どうもナイトウ殿は、すぐに帰ることには積極的でないように見受けられたんだが。どう思う? サタケ」

 ディフリードが水を向ける。

「そう思います。……彼なりに、何か考えがあるのかも知れません」

「ふむ?」

「こちらとしては、すぐにも救出をと考えていましたが。しばらくは、内藤と情報交換を重ねる必要があるかも知れません。いずれにしても、あちらの情報は少しでも欲しいわけですし」

 顎に手をあてたまま提案すると、ディフリードもうなずいた。

「なるほどね」

 彼がヨシュアのほうを見ると、少年王も涙を拭って、しっかりとそれにうなずき返した。

「……そうだな。数日のことなら、大臣たちも否やは言うまい」


 実はあれ以来、ヨシュアとディフリードたちは王都に戻り、御前会議の面々とも情報の共有と打ち合わせを行ってきた。その間、佐竹ら<鎧>研究班はミード村にとどまって、その操作方法の解明に注力してきたのである。

 御前会議の結論としては、こうである。

 しばらくは、なるべくノエリオールを刺激するような行動は避け、まず<鎧>の秘密を解明すること。それを使用する能力についても、なるべく早くあちらと同程度の水準まで持ってゆく。これこそ急務、なによりの最優先事項である。

 その後は佐竹たちの研究進度に応じ、扉を開くために時々ヨシュアが<鎧>まで出向く。そういう形で、どうやらこの数ヶ月が過ぎたのだった。

 実は今日のこの交信も、言ってみればほんの実験的なものに過ぎなかった。しかし、幸いにしてうまく内藤とつながり、込み入った話までできた。これは思いもかけぬ大きな成果だったと言える。


 コンソールパネルの操作方法については、基本的な考え方として佐竹のよく知るコンピュータと類似している部分が多かった。ある程度の慣れは必要だけれども、そこさえ越えれば自在に使用可能のようだ。

 とはいえもちろん、<鎧>はこの世界の人々にとってまだまだ「魔道」の域を出ない技術だ。今や研究の第一人者となったヨルムスでさえ、その操作に精通するにはほど遠い。

 とは言え、できることは日々、どんどんと増えてきている。

 例えば、これまで<鎧>に関係してきて、すでに内部にDNA情報が保存されている人物の居場所の特定だ。これについてはわりと簡単に可能になった。これは佐竹にとって大いに有難いことだった。

 一方、そうでない人物の特定については、今の段階では不可能である。まだ座標の設定方法などが解明されていないためだ。この点、北はまだまだ南の研究進度に及ばないといえる。

 


「ナイトウ殿は、『サーティークはそんなに怖い人ではない』と言っていたな」

 ディフリードが何ごとかを考えるように、腕組みをして言った。

「もしも奴が、本当に理性的に話のできる相手なら……。あるいは、交渉の道もあるのやも──」

 ふっと一同が沈黙する。

 その沈黙はまだまだ疑念に満ちたものではあったが、すぐに反対を唱える者もいなかった。なにより、あの内藤が無事に保護され、丁重な扱いを受けているという事実が大きいのだろう。

「そうだな。戦にならずに済むなら、それは何よりのことなのだから」

 ヨシュアが静かにそう言うと、ゾディアスとディフリードが少し驚いたように目を見交わした。が、そのままうなずき返し、すっと頭を下げた。 

 佐竹も少年王の顔をじっと見つめた。


 決して派手ではないが、このヨシュアも相当に理性的な王だといえる。

 彼の兄王、ナイトは、その心も体もあのサーティークによって奪われている。かの黒の王は、ナイト王の仇と言っていい相手なのだ。ヨシュア王の若さを考えれば、本来なら(たぎ)るように復讐を考えて当然の場面であろう。

 それなのにこの少年王は、まず、国益と民の安全を優先させて考えることができるのだ。目立たないようではあるが、それは驚くべきことだった。


「仰せの通りにございます、陛下。その道を探ることは、今後の王国にとっても決して無駄にはなりますまい」

「まっ、ちいっと予想外な展開だったがな。こりゃあお前の友達に、思った以上に頑張ってもらわにゃならねえかもなあ。……な? サタケ」

 尊敬の念を滲ませたディフリードの言を受け、ゾディアスも顎を掻き、片目をつぶってそう言った。にやりと佐竹を見て笑っている。佐竹もひとつうなずいた。

「はい。ただ陛下には今後もまた、こちらへ何度もご足労頂くことになってしまうかと思いますが──」

「構わぬ。何度も言わせないでくれ。なんならいっそ、政務もミード村でするぞ、私は!」

 佐竹の言葉を遮った少年王は、少し膨れっ面ぎみになっている。その顔は、やはりまだ子供らしいものだ。ディフリードが隣で密かに苦笑したようだった。

「……恐れ入ります」

 佐竹は深く頭を下げた。

「今後は、事前に十分に内藤と話を詰めたいと思います。またこちらでも、次の交信までに協議内容などを詰めておきます。交信時間についても、もう少し長くできないか、ヨルムス様と検討させていただければ──」

「もちろんだとも、サタケ。もっと工夫できる道がないか、考えてみようではないか!」

 ヨルムスがすぐにうなずき返し、力強く言い放った。

「わかった、任せる。みな、どうか諸々よろしく頼む」

 ヨシュアが決意の籠もった声で宣言し、一同を見回すと、みなも佐竹同様、少年王に頭を下げた。


 そこで一旦、解散となった。

 皆は<鎧>を出るとまた騎乗して、春に向かって冷え込みの緩み始めたフロイタールの森の中を、またしずしずとミード村へと戻っていった。





 その後の数日、なかなかサーティークたちからその話を聞く機会は訪れなかった。


 秋が近づくこの時期は、フロイタール同様ノエリオールでも、各地で収穫祭や豊穣を祈る祭などが催される。それらを視察するために、サーティークにはどうしても、あちこちの村や小都市などに出向く用事が増えるらしかった。そのついでに、各地の所領を管理する貴族連中や、大地主、商業ギルドの頭目たちとの顔つなぎや、城砦の兵らを鼓舞する催しなどをもこなすらしい。

 もちろん往復の途上でも、開墾中の農地の検分やら治水工事の進捗の視察やらと、ともかく政務が目白押しであるらしかった。

 敵国の王ながら、あの働き者ぶりには本当に頭が下がる。

 いや、あのナイトだって相当多忙な王だったとは思う。彼は彼なりに、素晴らしい王だった。けれど、彼我(ひが)のもともとの体力差はいかんともしがたい。また、なんと言っても文武両道であるだけに、やっぱりサーティークの方がはるかに有能な王だと認めざるを得なかった。


(さすがは佐竹のそっくりさんだなあ……)


 内藤は妙なところで納得していた。


「はあ……」


 深夜。

 ノエリオール王宮の尖塔にのぼって、その夜、内藤は溜め息をついていた。

 あれ以来、佐竹たちからの交信はないままである。

 だが、じっと部屋にいるのはどうも躊躇(ためら)われた。先日のように寝室にいたのでは、たとえ交信があったとしても落ち着いて話ができない。それで内藤はこの一週間ばかり、こうやってアヒムと衛兵の目を盗んでは、深更にここへやってくることが増えている。


(なんか、北の王宮にいた時とおんなじようなことやってるなあ……俺)


 尖塔の広く開いた窓辺には、木製の小さなベンチが置かれている。内藤はそこに座り込み、窓の縁に頬杖をついて夜空を見上げた。

 今では見慣れた巨大な「兄星」は、今日も空の真ん中にご健在だ。


(ほんっと、駄目だなあ……俺って)


 正直なところ、内藤は心底、後悔していた。

 自分があの夜、宗之の話を聞いて驚きのあまりに取り乱したりさえしなければ。そうすれば、サーティークやヴァイハルトが途中で話を切り上げることもなかったのだ。今にして思えば、あれは明らかに、彼らが自分を気遣ってくれてのことだったのだ。


(困っちゃう、よな……)


 サーティークにしてもヴァイハルトにしても、またあの老マグナウトにしても。どうしてこう、この国の偉い人たちは、こんなにもさりげなく優しいのだろうか。

 いや、偉い人たちばかりではない。隣でいつも甲斐がいしく働いてくれるアヒムも、講義を聞きに来てくれる生徒の文官たちや、学問所の算術教師の面々も。さらには街の木工職人や市場のみんなも。だれもかれも、本当に明るくて温かい。

 もちろん、そんな人ばかりでないだろうことは分かっている。どこにだって犯罪者はいるだろうし、意地悪な人も冷酷な人もいるのだろう。でもそれは、フロイタールだって同じだったはずなのだ。


 内藤はもう、とっくに気がついている。

 この国の人たちが、もうこんなに好きになってしまっている自分にだ。


(なんか……。それもどうなんだよ、俺……)


 ちょっと肩を落としてしまう。ぐしゃりと髪をかきまわす。

 敵国の王とその旧友とも言うべき天騎長が、あんなに他人に気遣いのできる人たちだったというのも驚きなのだが、そうやって普通に気遣われてしまう虜囚──いや、もうそう呼ぶこと自体まちがっているような気もするが──というのも、いかがなものか。しかも、子供でも女性でもないというのに。

 考え出すと、もう色々情けなくて、なんだか泣きたくなってくる。だから内藤はここしばらく、それらを振り払うようにして目の前の仕事に没頭するしかなかった。


 と。


「ユウヤ……か?」

「ひゃあああっ!」


 いきなり背後から名を呼ばれて、飛び上がった。がたがたと、座っていたベンチから転がり落ちかける。

 見れば、尖塔にあがってくる螺旋階段への入り口にサーティークが立っていた。手には小さめの燭台を持ち、少し呆気に取られた顔でこちらを見つめている。夜着にガウンを羽織った姿は、いつもよりもやや艶めいた風情だった。


「こんな時分に、こんな所で何をやってる」

 自分のことは棚に上げてそう訊ね、黒髪の青年王は遠慮のない足取りで近づいてきた。

「え……、えとえと……」

 咄嗟のことにすぐに対応できないのはいつものことだ。だが、今回はちょっと後ろめたいこともあるために、内藤は余計に混乱し、挙動不審になったようだった。

 サーティークがすうっと目を細める。


「……貴様。なにか良からぬ事を考えてるな」

「いっ、いえいえ! 良からぬ事なんて、なんにもっ……!」


 手と首をぶんぶん振って否定する。

 佐竹たちとの交信は、確かに少し後ろめたい。けれども内藤としては、決して何かの陰謀を企んだり、この王を裏切ったりしているつもりはないのだ。とはいえもちろん、彼に素直に話していいことではなかったけれども。

 サーティークは疑いの籠もった視線でしばらく内藤を見つめていた。が、やがて軽く吐息をつくと、内藤の持ってきていた灯火のそばに自分の燭台を置いた。そのまま内藤の隣に座り込む。


「不思議なものだな。お前がこの場所にいるとは――」

 ぽつりと、そんな事を言う。

「……え?」


 意味がよく分からなくて聞き返したが、サーティークはそれ以上は何も言わなかった。ふいと、視線を夜空のほうに向ける。

 しばし、部屋の中がしんとした。

 やがて、サーティークは窓の外を眺めたまま、静かな声で言った。


「ユウヤ。……覚悟はあるか?」

「えっ?」

 見れば黒髪の王は、やっぱり窓外を眺めたまま、端正な横顔を夜風になぶらせている。

「先日は、途中までしか話せなかったからな。……お前さえいいなら、俺は今でも構わんが」


 思わぬ言葉が来て、驚いた。

 沈黙して見つめ返すと、その漆黒の瞳がついとこちらを向いた。

 その瞳の色を見て、内藤はなぜか胸を衝かれた。


 なぜだろう。

 佐竹と同じ瞳のはずなのに、そこにはこれまで見たこともないような色が宿っている。

 そんな瞳を、佐竹はしない。

 いや、少なくとも自分には、見せたことがない。


 そして、理解した。

 彼が、自分に()()()をしようとしていることを。


「…………」


 内藤は黙って、ただ静かに頷いた。



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