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白き鎧 黒き鎧  作者: つづれ しういち
第二部 第三章 黒の王
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6 交信


 その夜、内藤はなかなか寝つけなかった。

 当然だろう。あの佐竹の父親が、すでに何年も前にこの南の国、ノエリオールに囚われていたなどと聞かされたのだ。それも自分と同じように、国王の意識の()()()として。

 与えられた寝室にある天蓋つきの寝台の上で、内藤は枕を抱えたまま、ひとつ寝返りをうった。

 付き人のアヒムは、この部屋の脇にある従者専用の小部屋にいる。すでに休んでいるはずだが、声を掛ければいつもすぐに起きてきてくれる。が、逆に言えば少しでも物音がすれば心配して起きてきてしまう、ということだ。

 だからあんまり、騒がしいことはできない。このところの彼の仕事は、自分のせいでなかなかの激務なのだから。


(佐竹はもちろん、知らないんだよな……? こんなこと)


 考えれば考えるほど、心臓がばくばくして痛いほどだ。

 内藤は知らず、親指の爪をきちり、と噛んだ。

 佐竹は、自分に巻き込まれる形でこの世界へやってきた。だから内藤は、彼をこんなことに関わらせてしまったのは自分だとずっと思ってきた。

 だが、そうではなかったのだ。

 彼は自分でも知らないうち、もうずっと前から、この世界の影響を受けていた。父親を奪われたその日から、すでにこの世界との関わりを持ってしまっていたのだ。


 もしかするとこれは、剣道の上級者だったにも関わらず、彼がそれを一度捨ててしまったことにも関係しているのかも知れなかった。

 思い返せば、七年前。向こうの世界で、あの山本師範とかいう男性を見たとき。

 あのときの佐竹は、普段見ることのないような、ひどく(つら)そうな顔をしていたような気がする。


(きっと、そうだよ……)


 今になって、やっと分かった。

 どんなに辛いことがあったとしても、ほとんどそれを表情(おもて)に出さない佐竹のことだ。その彼が、ああいう表情になったぐらいだということは。


(きっと、すんげえ辛かったんだ。……そうだよな? 佐竹……)


 彼がそういう性格でない以上は仕方がない。ないが、自分のようにすぐに泣いたり喚いたりできない分だけ、内藤にはあの友達が可哀想に思えてならない。

 彼にそっくりのあのサーティークでさえ、周囲に対してもう少し素直に感情を出している。

 あれだけ自分の感情を抑え、律して生きていく、そのこと自体には憧れさえ持つ。持つけれども、周りにいる人間にしてみれば、それをただ見ていなければならないのは辛いものだ。

 北の国にいたゾディアスやディフリードはじめ、彼の周囲の人々は、だからこそ彼の力になろうとするんだとは思うけれど。


(でも、なんかな……)


 それでも彼らは、彼が「弱みを見せる」相手とは違う気がする。

 もし彼がそんなことをするとすれば、今のところは彼の両親ぐらいしか思いつかない。そして、それが女性である母親にはちょっと無理そうだとなれば、もう父親ぐらいしか残っていないのではないか。

 そしてその父親が、すでに何年も前にこの世界に囚われた上、もはやこの世の人ではないとなれば──。


「……っ!」


 内藤は、がばっと寝台の上に起き上がった。

 慌ててまた、目もとをごしごし擦る。


「バカ……。俺が泣いたって、しょうがないだろっ……!」


 小さな声で、自分を叱咤する。

 ……と。


《……とう》


 耳もとで非常に小さな声が聞こえた気がして、目を上げた。

 誰かに呼ばれたのだろうか。きょろきょろと周囲を見回す。


(なんだ……?)


 枕を抱きしめたままの格好でじっと動きを止め、耳をすます。

 聞き覚えのある声だったような気がして、今度は違う意味でまた心臓の音が高鳴り始めた。


《……内藤》

「さたっ……!」


 思わず大きな声を出しそうになって、はっと口を押さえた。隣ではアヒムが眠っているのだ。こんな声量でしゃべったら、すぐに飛び起きてくるだろう。

 ばくばく言っている自分の心臓の音の大きさに苛立ちながら、内藤は必死に耳をすませた。が、なんの音もしない。

 しばらく黙ってそうしていたが、とうとう我慢できなくなり、ごく小さな声でそっと言ってみた。


「佐竹……なの?」

《よかった。(つな)がったようだな》

 静かな懐かしい声音がして、思わずぎゅうっと枕を抱きしめた。

「ど、どこ……? 佐竹。でも、なんで……?」

 まだきょろきょろと周囲を見回していると、再びその声が聞こえた。

《鎧の機能を使って交信している。俺の声はお前にしか聞こえないはずだ》 


 いつものように、ひどく冷静な声。

 間違いない。佐竹の声だ。落ち着いていて、聞いているとこちらまで気持ちが鎮まってくる。

 内藤の目に涙が溢れた。


「さ、佐竹っ……!」

《気持ちは分かるが、落ち着いて聞いてくれ。あまり、一度に長い時間は取れない。……いいか? 内藤》

「う……。わ、わかった……」

 相手には見えないのだろうが、ついこくこくと頷き返す。

《近くに人がいるのか? なるべく声が洩れないように、布団かなにかかぶれるか》

「あ、う、うん……」

 言われるまま、ごそごそと寝台の上掛けの中に潜り込む。それで頭をすっぽりと覆うようにした。


《……無事なのか? 内藤。どんな待遇を受けている?》


 佐竹がまず訊いたのはそのことだった。多少、訊きづらそうな声だった。内藤は、途端に申し訳なさと嬉しさでいっぱいになった。目の前がまた、追加された熱い雫で霞んでしまう。


「う、うん……大丈夫。ごめん。なんか、逆に信じらんないぐらい大事にされてて……」

《……それは良かった》

 佐竹は、少し意外そうながらも安堵したらしかった。

「陛下……っじゃなくて、サーティークって人、そんな、思ってたような怖い人じゃなかったんだ。俺もびっくりしちゃったけど――」


 今度はやや長い沈黙があった。驚いたのだろう。

 が、佐竹はそれには特に反応しないで、すぐに用件に入ったようだった。


《サーティークがそうしたように、お前を取り戻す計画を立てた。日時を示し合わせて、あの<門>をこちらから開く計画だ》

「え……」

《お前の都合のいい日時を教えて欲しい》

「あ、え、ええっと……」

 頭の中がぐるぐるして、すぐに考えがまとまらない。

 あまりに性急な話で、ちょっと追いつかないのだ。

「ちょっと待って、佐竹……。急にそう言われても、俺――」

《……何か、問題があるのか?》


 佐竹の声には、特に苛立つ風はなかった。

 しかし、どうやら背後にいる人々からざわついた声があがったようだった。佐竹は今、一人でいるわけではないらしい。

「あっ……」

 内藤は急に、あることに思い至って声を出した。

「あのっ、そこに、ヨシュアいるの……?」

 返事はなかったが、すぐに「え、私……?」と戸惑うような少年の声が聞こえてきた。マイクか何かの前で席を替わったのだろう。

《あ、あの……ヨシュアですが》

 間違いない。ヨシュアの声だ。だがそれは明らかに、かなりぎくしゃくして聞こえた。無理もない。

 内藤は、慌てて早口で言った。


「あの、ごめんね……! ヨシュア、俺……!」

《え……》 

「お、俺……お兄さん、守れなかった。本当に、ごめんなさい……。あの、それと!」

 これだけは伝えておかねば。

 ナイトから頼まれた、このことだけは。

「お兄さんから、伝言があるんだ。頼まれたんだ、俺……!」

《兄上、から……?》


 ヨシュアの声が、戸惑いながらも少し(かす)れたようだった。

 内藤は必死にその言葉を思い出そうとした。

 ちゃんと正確に伝えなくては。だって、これが最後かもしれないのだから。


「もしヨシュアに会えたら、『済まない』って……。それと、『皆をよろしく頼む』って──」

《…………》

「俺にも、言ってたよ? 『どうか、弟のことをよろしく頼む』って。最後まで、ほんとにヨシュアのこと思ってた。俺……でも、なんにも出来なくて……!」


 言いながらもう、涙がぽろぽろ零れた。

 でも、いいのだ。どうせ相手には見えないのだから。


《あり、がとう……。ナイトウ殿――》


 涙ぐんだような少年の声がした。

 と思ったら突然、ふつりとその声は途絶えた。

 それからはもう、何の声も聞こえてくる事はなかった。

 いっさいが、ただ静寂に包みこまれた。

 聞こえるのはただ、ひくひく言い続ける自分の喉の音だけだ。


(時間切れ、かあ……)


 内藤は、ぐしぐしと自分の目もとを擦りまくった。


 ……でも、いい。

 大事な話は、ちゃんとできた。


 このことさえヨシュアに伝えられれば、自分に思い残すことはない。

 たとえこのまま、もう永久に交信ができないのだとしても。

 「本当に何もないのか」と訊かれれば、そりゃあいっぱいあるけれど。

 だけどそんなのは、言い出したらきりがない。


(でも……よかった)


 不思議な満足感に(ひた)りながら、内藤はかぶっていた上掛けをそっと頭の上からとりのけた。外気を肺に取り込んで、ふうっと息をつく。

 アヒムの寝ている小部屋の扉をちらっと見てみたが、起こしてしまった様子はなかった。


(そうか……みんな)


 佐竹をはじめとする北の人々が、自分を助けようと動いてくれている。

 それはわかった。


(だけど……)


 このまま、ただ助けられるだけでいいのだろうか?

 このまま、北の国に戻ってしまうだけで。

 それだけで、本当に……?


 それで、問題はすべて解決すると言えるだろうか……?


 もしこれが、(さら)ってこられてすぐのことだったなら。

 自分も一も二もなく、彼らに助けて貰おうと考えていたかもしれない。

 でも。

 もう自分は、あの時の自分とは違ってしまっている。

 この国のことを知り、サーティークやマグナウトや、その他いろんな人たちと知り合って。今はもう、この国の歴史まで教えて貰えそうなところに来ているのだ。

 これだけの事を知ってしまって、ただフロイタールにこのまま戻ってしまうのか? それは本当の本当に、正解なのだろうか。


 このまま自分があの国に戻ったところで、両国の関係は何も変わるわけではない。

 サーティークは相変わらず、フロイタールを攻め滅ぼすと言っている。それは恐らく、北の「狂信者」たちが奉じる<白き鎧>の破壊が大きな目的なのだろう。

 このままでは、やっぱり両国の衝突は避けられない。

 ひいては佐竹とサーティークの争いも、避けることはできなくなるかもしれないのだ。二人の間に血の繋がりがない事は分かったけれども、それでも、やっぱり二人を闘わせるのは忍びない。


(だって、陛下もお父さんのこと知ってるんだぞ……!)


 内藤は、唇をきゅっと噛み締めた。


 そんなことは、させない。

 だれかが泣かねばならないようなことが起こると分かっていて、みすみすそれを見過ごすなんて。

 自分には佐竹のような高い能力はないけれども、それでも、何かできることはないのだろうか……?

 どんなに力がないとは言っても、いま自分のいる位置は、決してそんなに捨てたものでもないと思う。自分は今、図らずもあのサーティークのすぐ身近にいるのだ。別にそうなろうと(たく)んだわけではなかったけれども、日常的に普通に話さえできる立場にいるのである。


(レオノーラさんの話だって、まだちゃんと聞けてないし――)


 そうだ。

 この国の、その黒い歴史を知った上でなければ、サーティークたちを正当に評価するのは難しいだろう。

 サーティークがなぜ北の国から「狂王」とまで呼ばれるようになったのか。あれほど<鎧>というものを憎んでいるのか。

 すべての根源は、きっとそこにあるのだから。

 

(俺だって、もっともっと考えなくちゃ――)


 レオノーラの話を聞く。

 どんなに恐ろしい話でも、目を背けずにちゃんと聞くのだ。


(今度はちゃんと……最後まで)


 内藤は固く心に決めると、そっと寝床に潜り込んで目を閉じた。



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