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白き鎧 黒き鎧  作者: つづれ しういち
第二部 第二章 白き鎧
79/141

11 奪還作戦


「打ち込みが(あめ)えぞ! サタケ!」


 夕闇のような空の下、木剣を手にした二つの影が、ミード村のはずれの空き地で朝稽古に励んでいる。すぐそばの木陰には、もうひとつの影が(たたず)んでいる。


「殺す気で掛かってきやがれっつってんだろうが!」


 巨躯の男の容赦ない叱咤が飛ぶ。普段は無骨な戦斧(ハルバード)を得物とする竜騎長は、相手のために長剣仕様の木製の剣を振るっている。


「相手を倒すためには、どんな手でも使え! 絶対に躊躇すんな。死ぬぞッ!」


 二人の間に交わされている剣戟の激しさは、もはや常人の目には留まらないほどのものだ。

 巨躯の男は、その体躯からは考えられぬほどの身軽さで、右に、左に(たい)(かわ)しつつ、あらゆる角度から鋭い突きを繰り出している。

 ひゅん、と足元を払いにきたその剣を、佐竹は一瞥すらしなかった。そのまま飛び上がって躱す。間髪を()れず、袈裟にゾディアスの顔面に切りつけるところを、軽く片手の剣で止められる。

 かん、と夜空に乾いた木剣の音がはじけた。


(かり)いんだよッ!」


 ぐん、とそのまま剣ごと体を弾き飛ばされる。難なく両足で着地し、即座に突進しようとしたときだった。


「そこまで!」


 ディフリードである。二人はぴたりと動きを止めた。


「今日はこのぐらいにしておこう。そろそろ時間だ」


 佐竹が元の位置に戻って蹲踞(そんきょ)し、ゾディアスに向かって一礼する。巨躯の上官はちょっと苦笑して、立ったまま片手を上げて見せただけだった。

 ディフリードが白手袋をつけた手で軽く拍手などしてみせながら木の下から出てくる。そうして、いつもの涼やかな笑顔で講評した。


「速さとしては、すでに相当なところまで来ているとは思うが。まあ、相手が相手だけに、『これで十分』とはとても言えないかな。なにより、問題は実戦経験だしね──」

「はい」


 蹲踞した姿勢のまま答える。少し話すだけでも、早朝の冷たい空気にあてられて、口もとで白い霧がふわりと浮かんでは消えていく。

 あの「黒の王」サーティークが「ナイト王を攫う」と宣言してきてこの方。この二人は朝晩の稽古にこうして付き合ってくれている。

 さすがにディフリードの方は、立場上、毎日という訳にはいかなかった。だがゾディアスはもはや糞真面目なほどに、本当に根気よく佐竹に付き合ってくれている。それも決して仕方なくという風ではなく、むしろひどく楽しげに見えるのが不思議だった。


 ディフリードは、そうでなくとも多忙な中、まことにいつ眠っているのかと思うほどの働きぶりである。それでいて、やつれたような素振りは一切見せない。むしろ最近のほうが生き生きとして、肌つやも良いように見えるから驚きだった。それどころか、その美貌にはさらに磨きが掛かっていると言っても過言ではなかった。

 もはやこの男は人間とは言えないのかも知れぬ。佐竹ですら心密かに、そんな風に思わぬではないほどなのだ。


「お二人とも、ありがとうございました」


 立ち上がり、改めて二人に向かって礼をした佐竹を、上官二名は頼もしげに見やってひとつ頷いた。


「では私は、引き続き<鎧>の文書調査に当たる。君も来るよね? サタケ」


 佐竹が「はい」と頷くと、ゾディアスは頭を掻いて、途端にいつもの面倒くさげな顔になった。


「そっちは任す。俺は陛下の顔でも拝んでくらあ――」


 この男はとにかくとことん、込み入った面倒ごとを考えるのが嫌いなのだ。<鎧>に関する秘密についても、「ディフリードと佐竹から要所のみをかいつまんで聞けば十分」といった風で、細かなことには決して頭を突っ込んでこない。

 むしろ彼は、ヨシュアや子供たちをはじめ、ここに駐屯している兵たちに目を配ることを自然に引き受けてくれていた。


 もともとフロイタール兵たちは士気も高く、規律を守る者が(ほとん)どではある。けれども、それでも村の女たちなど目にすれば、あまり相応(ふさわ)しくない行動に出る者がないとも限らない。

 別に、大人同士のことであり、両者が合意の上でならば問題はないのだが、間違っても相手の意思を無視して無体な真似などさせないよう、彼が目を光らせておくことは重要だった。

 また、ヨシュアについても同様だった。加えて最近お側に仕えるようになった年若い少年少女のことも、この男は佐竹の代わりにさりげなく、何かと気に掛けてくれている様子である。この男、無骨に見えて実は意外にも気遣いの人だったのだ。

 それやこれやで、佐竹はこの巨躯の上官にまったく頭が上がらないという気持ちでいる。


「どうぞ、よろしくお願いします。ゾディアス竜騎長殿」

「ああ。そっちもな」


 頭を下げた佐竹に向かって軽く片目をつぶってみせると、ゾディアスは肩に木剣を乗せて、何気ない足取りで村の中心部へと歩いていった。





「へ~。ヨシュアって、俺らと一コぐらいしか年、違わねえの?」


 朝餉(あさげ)(かゆ)を凄まじい勢いで口に掻きこみながら、意外そうな声で赤毛の少年が言った。

 ルツ宅の別棟である。ヨシュアはすでに、かなり体も楽になり、こうして普通に食事も摂れるようになっている。


「もっと上かと思ってたわ~。そんで『王様』やってんだもんなあ。偉いな~、ヨシュア……」

「な、なに……? 何言ってるの? オルク」


 侍従がちょっと席を外した途端、オルクが急にヨシュアに馴れなれしく話しかけはじめて、マールは先ほどから目が点である。囲炉裏(いろり)にかけた鉄鍋から粥のお代わりをついでヨシュアに渡しながらも、ひたすらに怪訝な顔だった。


「へっへ~ん……」


 オルクはちょっと得意げに、そして意味ありげに目を細めてマールを見返した。

 途端、マールはきっとなって幼馴染みの少年を睨みつけた。


「ちょっとあんた、なんなのよっ……!」

「だ~ってよ。俺ら、もう『おトモダチ』なんだもん。な~? ヨシュア」

 オルクがさも嬉しそうに、かつわざとらしくヨシュアに向かって首を(かし)げて見せる。

「あ、ああ……。そうだな」

 ヨシュアが申し訳なさそうに答えた。どうやら、マールの目つきのあまりの怖さにびっくりしているらしい。

「す、すまぬな……マール」

「あっ、いえいえ! 別に陛下に謝っていただくようなことではございませんわ……! わたくしこそ、申し訳ございません!」


 慌ててマールが頭を下げると、オルクは必要以上ににやにやしながらその頭を見下ろした。明らかに優越感に(ひた)っているらしい。マールが頭を下げた状態からオルクをぎりっと睨み上げる。


「あ、と、で、覚えてなさいよ~~? オルク」

「え? 何のこと~?」


 けらけら笑っているオルクと悔しげなマールを見比べるようにして、ヨシュアは困ったような笑顔を浮かべていた。だが、それでもひどく嬉しげだった。


(楽しそうだね、お子様連中はよ──)


 彼らの部屋の扉の外では、腕組みをして壁に寄りかかった巨躯の竜騎長が、そっと中の様子を(うかが)っていた。

 侍従の男は先ほど所用から戻ってきたのだったが、そいつには「静かに」と目配せして、その場に足止めしたままである。

 怪訝な顔をしてちらちらとこちらを見やる男を無視して、ゾディアスはにやりと片頬に嬉しげな笑みを乗せた。


(まあ若もんは、そーでなきゃってぇ話だあな──)


 なんといっても、これから未来を作り上げてゆくのは彼らなのだ。先達(せんだつ)たる自分たちは、その道筋を残しておいてやるのが使命というものであろう。

 彼らの未来を潰さぬためにも、かの呪われし<鎧>の件は、この世代で決着をつけたいところだった。


(ま、ほんとはあいつも『そっち側』なんだけどよ──)


 なんのかのと言っても、あの佐竹もまだほんの若者に過ぎないのだ。少なくとも自分たちよりは確実に、部屋の中の少年少女たちに年も近いはずである。その彼が、友を奪われ、今また元の世界へ帰る希望までをも失いかけて、それでも、どんな無理をしてでも<鎧>の謎を解明しようとしている。


(……どうやら、それだけでもねえようだがな)


 実はゾディアスは、佐竹がいつも懐に忍ばせている手紙の存在に気づいている。かの青年が一人でいるとき、そっとそれを開いて見つめているのを、たまたま物陰から見てしまったことがあるのだ。


(ありゃあ、ズールの爺さんのもんだろうが──)


 今は亡き宰相ズール。かの老人が佐竹に何を託したものか。

 それは、想像するまでもない気がしていた。そして、それがたとえ自分の想像通りのことだったとしても、だからといって今後とも、佐竹への助力を惜しむつもりはさらさらなかった。

 ゾディアスは、遂に今では、彼があらゆる困難を排しても成し遂げようとすることならば、一も二もなく助勢しようとまで考えるようになっている。そういう自分が少し不可解でもあり、また、なにやら嬉しくもあるから妙な気持ちだ。


(なんつーか……。俺も、あいつには甘いやねえ)


 にやりと口角を引き上げる。

 隣で侍従の男が変な目で自分を見つめているのに気づいて、ゾディアスは少しばかり自分の顔を引き締めた。こほんとひとつ、空咳(からぜき)をする。

 やがてごつい拳で(おもむろ)に壁を二、三度たたくと、「邪魔するぜ」とひと声掛けて、ゾディアスは部屋に入っていった。



◇ 



 佐竹はディフリードと共に宿舎に戻った。

 そこでは夜通し仕事をしていたヨルムス以下、担当の文官たちが、目を真っ赤にして文書の翻訳を続行中である。

 文書の内容については、ほぼ解読を終えている。あとは細かい部分の確認といったところまで来ているが、これらをまとめ、さらにヨシュア王にお見せできる形にするには、まだまだやることが残っているらしかった。

 ともあれ、体調が回復してきたヨシュアには、そろそろ話をしにいかなくてはならないだろう。このことで、またあの若すぎる王が心労を抱えることになるかと思うと気の毒なのは否めない。だが、こればかりはやむを得なかった。


 朝餉の後、とりあえずここまででまとまった資料を持って、佐竹とディフリード、ヨルムスの三人はヨシュアの宿所へ向かった。

 ゾディアスはすでにそこで胡坐(あぐら)をかいて、腕組みをしつつ待っていた。

 ヨシュアは寝床の上に起き上がって、どうやらマールやオルクと話をしていたようだった。随分と楽しそうな雰囲気だ。さすがに年の近い者同士だけあって、すぐに仲良くなってしまったらしい。

 佐竹はそんなヨシュアの姿を見て、少しばかり安堵した。


「あ。じゃあ、俺らはこれで……」


 やってきた佐竹らを見て、オルクが席を立つ。マールと侍従の男も立ち上がり、いつも通りに席を外した。「まだ彼らには、そこまでの重荷を負わせるべきでない」というディフリードの判断である。

 佐竹の横を通り過ぎながら、オルクがひらひらと控えめに手を振ってくる。マールもちらっとだけ目線を寄越したが、なぜか急に赤面したようだった。


(……?)


 目だけで「どうした」と訊ねたが、マールは何も言わなかった。そのままぐいと前を向き、やや不必要なほど大股になって、ずんずん部屋を出て行ってしまう。

 なにげなくそちらを振り返っていたゾディアスとディフリードが、半眼になって「やれやれ」とばかりに首を竦めた。が、佐竹がそれに気づくことはなかった。


 彼らが席を外してから、改めてヨルムスが差し出した資料を前に、皆はヨシュアにこれまでの経緯を説明した。

 ヨシュアは寝床の上に座ったまま、黙って説明を聞いていた。特に、この惑星(ほし)がそもそも「兄星」の植民惑星だったこと、そして後には流刑星になったことに話が及んだ時には驚きを隠せない様子だったが、それでもただ沈黙していた。

 ディフリードが更に続ける。


「今後の対応につきましてでございますが。一度王都に戻られて、御前会議に(はか)られる必要がありましょう」

「ああ……うん」

「ですが、いましばし時を与えていただけましたなら、あの<白き鎧>の操作についても、ここなヨルムスとサタケ上級三等がより詳しく解明し、精通すると申しております。かの黒の王に対抗するためには、我々も一刻も早く、あの<白き鎧>の操作に通じておく必要もありますれば──」

 ヨシュアは「分かっている」とうなずいた。

「<鎧>の扉を開くために、また私が同行せねばならないんだろう? もちろん、共に行くよ。心配いらぬ」

「恐れ入ります」


 言ってディフリードが頭を下げる。佐竹、ゾディアス、ヨルムスもそれに倣って礼をした。


「……サタケ」

「はい」


 答えて顔を上げたのだったが、ヨシュアは質問する前にほんの少し口ごもった。


「それで……そなた、『ナイトウ』殿のことはいかが致す?」

「は……」

 佐竹は驚いてヨシュアを見つめた。

「今後、<白き鎧>がかのサーティーク王のように自在に扱えるようになったとして……。そなた、ナイトウ殿を連れ戻すこと、当然、考えておるのであろう?」

 ディフリードとゾディアス、ヨルムスも、その言葉を受けて佐竹を見つめた。

「御前会議の皆は、ああ申したが。私にしてみれば、ナイトウ殿にはもはや、返しようもないほどの恩義がある。申したであろう? 『どんなことでも助けになりたい』と」


 佐竹は沈黙したままだ。

 ヨシュアは明らかに、内藤がまだ生きていることを前提に話をしている。

 しかし。

 まず、彼が生きているという保証はどこにもない。もちろん、そう考えることは佐竹にとって身を切られるような痛みを伴うものだったけれども。

 だが、相手はあのサーティークなのだ。残念ながら、内藤がすでにこの世の人ではないと考えるほうが、はるかに自然なことだった。


 さらに、たとえまだ彼が生きているのだとしても。

 その体の中にいた「ナイト」の意識がすでに失われたのだとすれば、そこから先はもはや、このフロイタール王国が関わるべき問題ではないだろう。客観的に見て、これに関しては御前会議の重臣たちの出した結論の方が正しい。これはもう、佐竹や内藤個人と、ノエリオールとの問題になっているからだ。

 もしここからこちらの国が下手な動き方をして、それが国同士の全面戦争にでも発展することになれば。それはもう、とても佐竹一人で責任の負える話ではなくなってくる。

 ヨシュア王の申し出はもちろんありがたい。ありがたいが、そんなことまで甘えてしまって本当にいいのものかどうか。

 沈黙し、考え込んでしまった佐竹を、一同はしばらく無言のままに見つめていた。


「では、こうしませぬか」

 口火を切ったのは、やはりディフリードだった。

「まずは、ナイトウ殿の生死を確認いたしましょう」


(……!)


 佐竹は目を上げた。


(そうか──)


「かのサーティークも、兄王陛下を拉致する前に、一度、声だけで接触してきたという話ではありませんでしたか? でしたらそれは、こちらにもできないわけはありますまい。あれを、こちらでもやってみるのでございますよ」


 佐竹の考えを代弁するかのように、美貌の将軍はゆるやかな微笑を浮かべながら先を続けた。それは、とてもそんなことを語っているとは信じられぬような、ごく柔らかな声だった。


「兄王陛下の時と同様、夜間を狙えば、かのサーティークめに気取(けど)られる心配も少なくて済みましょう。……どうだい? 試してみる価値はあると思うけれどね? 私は」


 最後の台詞(せりふ)は、もちろん佐竹に対するものだ。にっこり微笑んだディフリードを見返して、佐竹は言葉をなくしていた。


「閣下……」

「そうだな、そうしよーぜ」


 一も二もなくゾディアスが同意する。

 腕を組んだまま、短い金髪の頭を力強く縦に振っていた。


「とにかくよ。ここでなんもしねーで諦めるって訳にゃあいかねえだろうよ。な? サタケ」

「…………」

「少なくとも、お前はこんな程度で諦めるために、こんな世界(とこ)まで来たんじゃねえはずだ。……だろ?」


 例によって、また無骨なウインクが飛んでくる。

 佐竹は呆気にとられてその顔を見つめたが、眉間に皺を寄せて少し俯き、黙って床に視線を落とした。何も、言葉が見つからなかった。

 ヨシュアも続けた。


「そうだ。そうしようではないか、サタケ。どうか私たちにも、あなたとナイトウ殿に対する恩返しの機会を与えて欲しい」


 それはまるで、そんな佐竹を励ますかのように熱をこめた声だった。

 ディフリードも言う。


「それでもし、ナイトウ殿がご存命であるならば、示し合わせて後日、こちらからあの<門>を開く。今度は、いやがる相手を無理やりに拉致するのとは訳が違うのだ。ナイトウ殿さえこちらの指示通りに動いてくだされば、連れ帰ることは容易(たやす)かろう」

「……いいな。決まりだ」


 有無を言わさぬ調子でそう言って、ゾディアスがにやりと笑った。

 一同は互いにうなずき交わしている。

 佐竹がひと言も発さないうちに、皆の意思決定は完了したようだった。


「……皆様」


 ようやく佐竹がそう言って、皆はいっせいに彼を見た。

 佐竹は床に両の拳をつけて、すっと皆のいる位置からいざり、最も下座にあたる場所へ座り直すと、深々と全員に向かって頭を下げた。


「皆様のご厚情、心より御礼(おんれい)申し上げます──」


 一同は、ヨルムスも含め、その姿を見てしばし言葉をなくしたようだった。

 だが、やがて静かに笑いあい、嬉しげに目を見交わした。



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