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白き鎧 黒き鎧  作者: つづれ しういち
第二部 第二章 白き鎧
76/141

8 解読


 <白き鎧>の内部は、真っ暗だった。そして、埃によるものとは違う、今まで嗅いだことのないような、不思議に乾いた匂いがしていた。

 佐竹たち一行のうち数名は、持ってきた松明から火を移した灯火を手にしている。先頭に立つゾディアスだけは、そのまま松明をかざしていた。


 産道のような狭い通路をそろそろと進むと、やがて広い部屋に辿りついたようだった。足音の響き方が変わったのだ。

 ゾディアスが部屋の隅にあった松明台に松明を入れたの合図に、一行はそれぞれ壁面の灯火台をみつけては、慎重にそれに火を移していった。光源が増えるにつれて、部屋の内部の様子が次第に浮かび上がってくる。


 それは、以前にズールから聞かされていた通りのものだった。部屋の片隅に祭壇があり、白い甲冑が一領(いちりょう)だけ(まつ)られている。

 他方の壁にはコンソールパネルらしきものが設置されていた。なにやらうねうねとした曲線ばかりで構成されたデザインで、全体に有機的な印象をうける。


 佐竹とヨルムスは早速そのそばに行き、「覚書」を片手に調査を始めた。

 ヨシュアは明らかにほっとした様子だった。入っていきなり兄王の亡骸(なきがら)と対面する可能性を考えていたからだろう。幸いそんなこともなく、安堵したということらしい。だが、それでも彼の顔色は、決して良いものではなかった。

 この場で特段の仕事のない者たちは、事前に佐竹から「周囲の物には迂闊(うかつ)に手をふれないように」との注意を受けている。そのためもあって、ヨシュア以下の暇な者たちはみな、やや所在なさげな顔で作業を眺めているだけだった。


「ふむ……なるほど」


 やがて「覚書」とパネルを見比べるようにしていたヨルムスが、佐竹の方へ慎重に目配せをした。それにうなずき返してから、佐竹は皆の方を向いた。


「では、これより起動してみます。皆様、よろしいでしょうか」

 途端、一同にさっと緊張が走った。

「あ、……ああ。よろしく頼むよ」


 ヨシュアがやや固い声で答え、すぐに押し黙る。ディフリードとゾディアスは彼を守るようにして両脇に立ち、それぞれ佐竹にうなずいて見せた。

 佐竹は皆の様子を確認すると、パネルの端にある「χ(カイ)」のような不思議な図形の部分に触れた。これは「覚書」にも描き込まれている図形である。

 ヴヴヴ……と密やかな振動音がして、パネルにぼわりと光が(とも)った。

 光そのものは、(まぶ)しいと言うほどのものではない。光はパネル上に様々の紋様を描き出すようにして、ふわふわと揺らめいた。


「おお……」


 ヨルムスが驚嘆の声を上げる。そうして慌てて、手にしていた古代文字に関する巻物と、自作した分厚いメモを広げた。さっそく解読に入るのだ。


「む。おおむね、同じだ……。あの<召喚の間>の記述の仕方と──」


 忙しくそれらに目を走らせ、順々に読み解いてゆく。佐竹のほうでも、ズールの「覚書」で操作法の確認をしつつ、ヨルムスの作業を見つめている。

 やがてヨルムスが唇を舐めながら、解読内容を口にし始めた。


「歴代の……<稀人(まれびと)>、ここに眠る。……<母なる兄星>よりの使者、管理者……許されし者、数多(あまた)集いて……。むむ、ここから先は読めないな……」


 見れば、そこから先の文章はパネル上に表示されていない。佐竹は少し考えてから、ヨルムスの許可を貰い、文字の上に少し指を置いてみた。

 すると、さっとまた画面が動いた。


「おお、そうすれば次へゆくのだな!」


 ヨルムスが目を輝かせ、更に先を読んでいく。そこを読み終わると、また次々に新しい画面を表示させる。そうやって単語を拾いながらメモをとり、文章を読み解き続けていった。


「ああ、ええと……。<囚われし者>……<(あだ)なせし者>、その罪によりて堕ちし子ら……。こ、これは――」


 ヨルムスの声が次第に(かす)れ始めた。文字を追う指先もぶるぶると震えだす。思わずその場に膝をついて、しゃがみこむような姿勢になった。


「待ってくれ。そんな……まさか――」


 どんどん血の気の引いてゆく彼の顔を、佐竹をはじめ、その場の皆が凝視していた。重苦しい沈黙が流れる。

 ヨシュアは皆から少し離れたところで、壁に寄りかかるようにしていた。それでも固唾を呑んで、みなの様子を窺っている。顔色がひどく悪かった。

 佐竹は静かながらも鋭い視線で、ヨルムスの横顔を見つめていた。


(……やはり、あの『兄星』が関係するのか)


 断片的なヨルムスの言葉だけでは、まだ詳しいことは分からない。しかし、その内容からして明らかに、<鎧>の源流はあの惑星(ほし)にあることが窺えた。

 佐竹は愕然として固まってしまったヨルムスのそばに片膝をつくと、冷静な声で言葉を掛けた。


「文官長様。ひとまず今は、ここに書かれていることを記録することを優先させましょう。今の部分は、内容からして<鎧>の歴史に関することだと思われます。解読と考察は後に譲るとして、我々はまず、ナイト王陛下のお体の状況を調べる必要があるでしょう。一度にどれほどの時間、ここに滞在していられるのかもわかりません。先にそのあたりも調べませんと」

「お……おお。そうであるな」


 ズールの遺してくれた「覚書」には、<鎧>の基礎的な使い方のみが記されている。つまり、これは電気製品でいうところの使用説明書のようなものだ。要するに、<鎧>への行き方、出入りの仕方、儀式の手順、そして例の<暗黒門>の使い方等々、具体的なことがその(おも)な内容である。

 佐竹たちがこれから解き明かさなくてはならないことは、そのようなレベルにとどまらない。むしろ、それよりもはるかに多岐に(わた)り、深いレベルを求められている。

 それらを調べる間ずっと、ここのエネルギーを消費しつづけるというのは、いかにもまずいように思われた。

 いや、そもそもそんなエネルギーがあるのかどうかも分からないのだ。調査中に、急に「エネルギー切れ」を起こして調査団がここに閉じ込められるという事態は、是非とも避けねばならなかった。

 ヨルムスはそれでようよう、あまりの驚きで虚ろに見開いたままだった目を上げた。


「わかった。サタケ、手伝ってくれたまえ……」

「承りました」


 そこからはほかの者にも手伝ってもらい、佐竹とヨルムスはパネルに表示された膨大な文章を、大急ぎで羊皮紙上に写していった。それでも、おおかた写し終えるまで、優に三時間はかかってしまった。

 佐竹は最後にパネルの「χ」ボタンを再度押して、<鎧>の機能を停止させた。それからあらためて、写し終わった文書の中に、王たちの遺体について書かれた箇所がないかを探すことにした。


 そこからは一時間ばかり、<稀人>について書かれた箇所を探した。今度はゾディアスや他の兵らも参加してくれている。はじめのうち、ディフリードも手伝っていたのだが、やがて彼はさりげなくそこを離れた。どうやら、背後の壁に真っ青な顔色で(もた)れたままのヨシュアの様子を気遣ってのことのようだった。

 ヨシュアはもはや、彼に体を支えてもらうようにして、やっと立っているような状態である。


「これだ。間違いない……」


 問題の箇所が発見された時、ヨルムスが低く言った。

 佐竹がその部分を(にら)んで額に(しわ)を寄せる。

 血の気のうせた顔で、ヨルムスはそこをゆっくりと読み上げた。


「<鎧の稀人>……<儀式>の中にて失われし者、<鎧>に留めおく……。大いなる歴史の一部となりて……(ほまれ)あるその身をここに(まつ)り……歴代<稀人>の末に、連なるものとして──」

「……!」


 その途端、ヨシュアがぐしゃりと顔をゆがめた。そのまま、自分の肩を抱いてくれているディフリードの腕にしがみつく。その唇には、もう色らしい色も見えないほどだった。

 うつむいて、ぎゅっと目を閉じる。そこからはらはらと頬をつたって、熱い(しずく)(したた)った。

 ヨルムスがその様子を見て、心の痛みに()えるように言葉を切った。が、ヨシュアはそれに気づくと目を開き、「続けてくれ」と促した。


「ここに、その名が列挙されておりまする……。た、確かに、ございまする。最後に……『ナイト』と」


 遂にヨルムスの声もひび割れた。

「っ……!」

 とうとう、ヨシュアがディフリードの胸に顔を埋めてしまった。ディフリードがその体を抱きしめる。

「……陛下。一旦、外へ出ると致しましょう。あとは、彼らに──」

 美貌の将軍がそっと進言すると、ヨシュアは力なくうなずいた。


 ヨシュアが数名の護衛兵と共に、ディフリードに抱きかかえられるようにして出て行ってから、佐竹はヨルムス、ゾディアスとの三名で調査を続行した。

 まず、<鎧>のエネルギー源について。

 これは、やはり周囲の環境から取り込んで蓄積する形であるようだ。佐竹が予想していたとおり、その大部分は太陽エネルギーが占めているらしかった。使い方にもよるようだったが、どうやらこちらの<白き鎧>も、あちら<黒き鎧>と同様、年に一度しか使えないということでもないらしい。

 <鎧>の扉の開閉についても、王族の血がありさえすれば、年に何度でも開けることが可能のようだった。


 ここまでのことがわかった時点で、佐竹は一旦、ここを引き上げることを提案した。ヨルムスも同意して、三人は<鎧>の外へ出た。

 全員が外に出た途端、入り口は何事もなかったかのようにもとの姿に戻っていった。すなわち、その(くさむら)に飲み込まれるようにして姿を消したのである。


 外気はひんやりと冷たかった。だが、気分的にひどく閉塞し、死んだようになっていた調査隊の人々の肺にはありがたかった。新鮮な木々の香りを運んでくる森の空気は、爽やかなことこの上なかった。

 それはなにも、もといた場所が閉鎖された空間だったからというだけのことではなかっただろう。皆はなんとなく生き返ったような心持ちになって、自然に伸びをしたり、深呼吸をしたりした。


 先に外に出ていたヨシュアは、近くの岩に腰掛けていた。ディフリードとぽつりぽつりと言葉を交わしていたようである。先ほどよりは顔色もましになったようだ。だが、それでも十分、病人の域だと言えた。

 一行はミード村に戻ることになり、ヨシュアもすぐに馬上の人となった。

 一同は、来たとき同様に騎乗して、暗く冷えこむ冬場の森の道を、しずしずと村へと戻っていった。

 が、佐竹はすぐに異変に気付いた。


(陛下……?)


 すぐ前を行くヨシュアの体が、先ほどから馬上でぐらぐらと揺れているようなのである。不審に思い、さりげなく馬を進めてその(かたわ)らにつけた。


「陛下。いかがなさいましたか」


 低く訊ねて(のぞ)きこむ。フードの下のヨシュアの顔は、ひどくぼうっとしていて苦しげだった。佐竹は皆に合図して、一旦馬を止めてもらうと、すぐに下馬した。

 が、ヨシュアにも手を貸そうとした、その時だった。


「あ。すまぬ……」


 弱々しい声でそう言ったと思ったら、ヨシュアの体がぐらりと傾いたのだ。


(……!)


 少年の身体がそのまま鞍からずり落ちてきて、佐竹は驚いた。が、すんでの所で受け止める。そのまま地面に膝をつき、ほとんど抱きしめる形になった。


「陛下! いかがなさいました」

「陛下……!」


 即座にディフリードとゾディアスが駆け寄ってきたが、もうその声はヨシュアの耳には届いていないようだった。

 佐竹の呼びかけにも、答えはない。

 手袋の端を噛んで外し、ヨシュアの額に手を当ててみれば、(てのひら)が焼けるような熱さだった。体はがくがく震えており、紫色になった唇の下で、かちかちと歯が鳴っている。ひどい悪寒に襲われているのだろう。

 佐竹はすぐさま自分のマントを脱ぐと、ヨシュアの身に着けているマントの上からさらにぐるぐる巻きにした。


「ひどく発熱されています。急ぎ、村に戻りましょう」


 上官二人を見上げてそう言えば、ゾディアスとディフリードも即刻うなずき、己がマントを脱ぎ始めた。





 その後、伝令のために兵を一人、先に村へと走らせ、ヨシュアの体を皆のマントでさらに幾重にも(くる)んでから、一行は村へと急いだ。ディフリードが自分の鞍の前にヨシュアを抱くようにして乗せている。

 村へ戻ると、すぐさま宿所であるルツ家の別棟へと運び込んだ。

 連絡を受けてすぐに準備されいた寝床へヨシュアを寝かせ、そのまま侍従とマール、オルクにより、手厚い看護が始まった。


 ヨシュアはその間もずっと、近くにいるだれかれ構わず「すまぬ、すまぬ」と謝罪の言葉を繰り返していた。だが、あまり意識ははっきりしていないようだった。

 ルツは普段から、この村の医療にも携わっている。そのためディフリードが彼女にも協力を要請し、診察と、薬草その他の提供を受けた。

 この村長(むらおさ)の老婆の見立てによれば、ヨシュアは「ただの風邪であろう」という話だった。ただ、このところの無理続きで、体力はかなり落ちているようである。よって今後しばらくは、十分な休養を取らせるようにとのことだった。


「お、お(いたわ)しい……」


 一連の説明を受けた侍従の男は、またもや悲しげな顔で目元を(ぬぐ)った。

 ヨシュアは囲炉裏の脇に置かれた寝床で額に濡れた布を乗せられて苦しげに眠っている。そのそばにいたオルクは、少年王の顔をそっと見つめた。しかし何も言えず、なにもできずに、しょんぼりと俯くばかりだった。

 が、マールはそんな幼馴染みの背中をばしっと叩いて言い放った。


「ちょっと、オルク! 役に立つ気がないんなら出て行ってよね! とりあえず、看病は交代制にしましょう。今ここですることなんかないんだから、あんたは先に食事して、ちょっとでも寝てきてくれたほうがありがたいわ!」

「え? でも、マール……」


 言いかけるオルクの言葉など、マールは聞いてもいなかった。

 そして今度は憤然と、後ろで項垂(うなだ)れている男を見やる。


「あなたもよ、おじさん! ただ泣いてるだけの人なんて、ここには必要ないんですからねっ! 看病手伝うの、手伝わないのっ!?」


 凄まじい剣幕である。さらに、とんでもない呼び方である。

 こんな女官見習いの小娘からこっぴどく叱られてしまい、侍従の男もそれでやっと、ハッとなったようだった。慌ててその場で居住まいを正し、ぶんぶんと首を横に振る。


「い、いやいや! もちろん私も、ご看病させていただくに決まっておるわ……!」


 しかし、マールは殺気立った眼光でぎろりと男を睨み返しただけだった。それで侍従はあっけなく、「ひいっ」と情けない声をあげた。


「い、いや。ぜひともご看病()()()()()()()……!」

「あらそう。結構。よろしくね?」


 一転してにっこり笑っている。

 ここまで来ると、もはやどちらが目上なのだか分かったものではない。

 オルクはぽかんと、そんな幼なじみの少女を見上げていた。


 佐竹はしばらく、部屋の外からそんな様子をそっと(うかが)っていた。

 が、やがて安心したように頷くと、黙って音もなくそこを離れた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 鎧の存在自体がなんか怖い……(´・ω・`) 鎧から出てきて生きた心地がしたっての、読んでいる側からもそんな感じでした。 なんというか息が詰まるというか。 でもそこからわかってくるものを…
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