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白き鎧 黒き鎧  作者: つづれ しういち
第二部 第二章 白き鎧
73/141

5 王の血


「何を恥じることがある? 堂々としていればよかろうが」


 夕餉の席で、内藤はまた「先生」として王宮で扱われることについてなんとかならないものかとサーティークに訴えていた。

 だが、返事は予想通りのものだった。

 いつもの王の食事の間である。サーティークはもう「その話なら聞き飽きた」とい言わんばかり(てい)で、子羊の骨付き肉を器用に(かじ)っている。


「経理の文官どもはもちろん、木工職人どもからも、仕事が増えたと感謝されているのは事実だ。もともとお前の考えた方法であろうがなかろうが、人の役に立ったことには間違いない。役立つ者には位と報酬を(さず)ける。当然の話だ」

「いや、そうなんですけど……」


 なにか釈然としないまま、内藤はぽそぽそと雑穀パンを齧った。


「今後は、街の子供らにも同じ技術を習得させる。そのためには、お前と同様に指導できる教師の養成も必要だろう。仕事はいくらでもある。悩んでいる暇などないぞ」

「え、えええ~~~~……」


 この上、まだ自分は「先生」呼ばわりされなくてはならないのか。いい加減、通常の経理の仕事に戻して欲しい。内藤は力なく肩を落とした。


「なんだ、その情けない顔は」

「だって俺、向かないですよ~、先生なんて……」


 サーティークがそれを見て、くすくす笑っている。その顔は、とてもあの「恐怖の狂王サーティーク」のものとは思われない。周囲の召使いや女官たちも、そんな楽しげな彼の様子を、少し驚いたように見つめていた。


(……?)


 なんだろう。

 内藤は、不思議に思う。

 いや、気のせいなのかも知れない。けれども最近、あの宮宰の老人といいこの人たちといい、(そば)に仕える人々の様子が少し違ってきているようなのだ。内藤自身については、当初のころの緊張が少しほぐれてきたとはいえ、基本的に何も変わっていないと思っているのだが。

 だとすれば。


(変わったのは、俺の方じゃないってこと──?)


 が、内藤の頭に(ひらめ)いた微かな疑問は、サーティークの次の言葉ですぐに片隅に追いやられた。


「仕事と地位を与えてやって、ここまで不満顔をされたのは初めてだ。まったくお前は面白い──」

「は、はあ……」


 何が面白いんだ、失礼な。

 人を珍獣みたいに言うなよな。

 サーティークの黒い瞳は、相変わらず楽しげに笑っている。


「ともかく、お前みずから言い出したことだ。せいぜい励め」

「はあ~い……」 


 まるで叱られ坊主のような生返事を聞いて、再びサーティークが吹き出した。





 北の国、フロイタール王国、北方辺境。

 その辺境の村に、十数騎の騎馬兵と共に、少し豪華な設えの馬車がしずしずとやってきた。<白き鎧>発見から、七日ほど経った午後のことだった。周囲はまだ薄暗いが、それでも足元が見えないほどではなくなってきている。


 馬車から降り立った小柄な貴人とその侍従を出迎えたのは、王宮付き見習い女官マールと、数名の兵士である。他の面々は<鎧>の調査のために出払っているのと、<鎧>捜索のために集められた兵の大半はすでに王都に戻って、村には残っていないためだ。

 ルツを初めとする村人たちも、先日同様、村の入り口まで挨拶に出てきていた。

 しとやかに膝を曲げて、マールがまだ習い覚えたばかりの女官の礼をする。


「陛下。長旅、お疲れ様でございました」

「ああ、そなたは……」

 王宮の廊下で会ったことを思い出したらしい。少年王はにっこりと優しげな笑顔を少女に向けた。

「なにかと世話を掛けることになると思うが、よろしく頼むよ。……あ、ええと──」

「マールと申します、国王陛下。以後、どうぞお見知りおきくださいませ」


 口ごもった少年王に、頭を下げたままマールは答えた。

 簡単な自己紹介が済むと、彼女はすぐにヨシュアをルツや村の長老たちに引き合わせた。ルツたちが、また深々と臣下の礼をする。

 そうやっていつになく大人らしく振舞うマールを、少し離れたところにいたオルクやケヴィン、ガンツが不思議そうな目をして眺めていた。頭を下げたまま、ちらちらと彼女を盗み見たり、互いの顔を見交わしたりしている。


「な~んか、こうして見てると、どっかの知らねえお姉ちゃんって感じだよなあ?」

 こそっと言うのはケヴィン。

「し~っ! 聞こえるぞ」

 そう言って、オルクはケヴィンを黙らせた。そうしてまた、品よく微笑みながら国王陛下と言葉を交わす幼馴染みの少女を見つめた。少年のその紫色の瞳にほんの少し(かげ)りが宿ったようだったが、周囲のだれもそれに気づくことはなかった。


 ヨシュアのためには、ルツが家の別棟をまるまる空けてくれる手はずになっている。マールはヨシュアとその侍従を案内すると、きびきびと王の身の回りの世話を手伝った。ひと通りの仕事が終わったところで、マールはそろそろ戻ってくるであろう佐竹たちを出迎えるべく、ルツの家を後にした。

 せかせかと早足に通りを歩いてゆくと、もうすっかり暗くなった山の方から、折りよく騎乗した佐竹たちが帰ってくるところに行き会った。

 聞くところによると、<鎧>は王がいなければその扉を開くこと自体ができないらしい。こんな辺境の小さな村まであの多忙なヨシュア王におでまし願ったのも、ひとえにそれが理由であるらしかった。

 分厚い書類を手にした佐竹は、マールを見るとすぐに下馬して、まっすぐにこちらに歩いてきた。


「おかえりなさい、サタケ」

「ああ。……陛下は」

「もういらっしゃってるわ。ルツ婆様の家よ」

「そうか、手数をかけた」


 そんな簡単な言葉を交わしただけで、もう佐竹は大股にそちらに歩き始める。

 と、何を思ったのか急に足を止め、もう一度マールに向き直った。


「悪いが、今から内密の話になると思う。しばらくお婆様のところへ戻っていてくれ。必要があれば後で呼ぶ」

「……わかった」


 マールは大人しく返事をした。

 佐竹はひとつ頷いて、再びルツの家に向かって歩き出した。すぐあとからやってきたゾディアスとディフリードも、それぞれにマールに声を掛けては歩き過ぎる。


「おう、嬢ちゃん。お疲れ」

「ご苦労様だったね、マール嬢」

「はい、お帰りなさいませ」


 マールはそれぞれに向かって会釈をし、みなの背中を見送った。彼らの姿がルツの家に消えてから、マールは密かに溜め息をついた。


(なんだか結局、ろくにサタケと話してないなあ……)


 こんな時だ、仕方がないのは分かっている。が、せっかくこうして顔を合わせていられるのに、こんな事務的な会話だけで一日が終わっていくばかりなのは、何となくやりきれなかった。

 ここへ連れてきてもらえただけでも感謝しなくてはいけないのだ。そのことはよく分かっている。マールはひと言だって、佐竹に文句など言うつもりはなかった。

 与えられた仕事を、とにかくきちんとやり遂げる。それ以外、今の自分にできることなどないのだから。

 マールは両手で自分の頬をぴしゃぴしゃ叩いた。そうして「よしっ!」と気合を入れなおし、自宅に続く道を足早に戻っていった。





「扉を開くため、国王の血が要ると……? それは本当なのか」


 ルツの家では、驚いたようなヨシュア王の声が聞こえている。

 すでに人払いのなされた部屋には、今はヨシュアとディフリード、ゾディアス、佐竹の四名しかいない。上座にヨシュア。それに対するように臣下三名が、それぞれ胡坐をかいて向かい合っている。

 佐竹が例の「覚書」を前に、ヨシュアに静かに頷いた。


「はい。とは申しましても、指先から、ほんの一滴で良いとのことです。そのために、まずは陛下にご足労を頂きました」


 ゾディアスは腕組みをして、「やっぱ胡散臭え」と言わんばかりに口をへの字に曲げている。ディフリードは顎に手をやり、様々に考える風だった。


「もちろん、その程度のことなら構わぬ。それで? その後は」

「はい。<鎧>の扉を開いた後は、しばらく内部の調査になろうかと思います。大変申し訳なきことですが、陛下にどのぐらいこちらへ逗留していただけばよいのかは、その後、改めて考えることになろうかと──」


 佐竹は一旦、言葉を切った。隣に座るゾディアスとディフリードにちらりと目配せをする。二人がそれぞれに頷いたのを確認して、再び口を開いた。


「陛下。大変、申し上げにくいことですが……よろしいでしょうか」

 ヨシュアが怪訝な目になった。

「……なんだ?」


 少し、沈黙が下りる。


「陛下の兄上であらせられます、ナイト殿下のことなのですが。こちらで様々に調査する中で、どうやら……そのご遺体が、あの<白き鎧>の中に安置されているのではないかという話がでてきております」

「な……に?」


 ヨシュアが絶句した。

 目を大きく見開いて佐竹を凝視する。


「あ……兄上の、お体が……?」

「はい。書庫の文官長、ヨルムス様の古代遺跡の研究によりますと、あの<白き鎧>は──いえ、これは恐らく<黒き鎧>でも同様ではないかと思われますが──太古の昔より、この国の王族様がたの霊廟として存在してきたようなのでございます」

「…………」

 ヨシュアはただもう、呆然としているようだ。

「もちろん、王宮にてご病死などされた方についてはその限りではないのかも知れません。しかし、ナイト殿下については間違いなく、その玉体はあの<鎧>に今もあるものと思われます」


 ヨシュアの元々青白かった頬が、さらに色味を失っていく。

 いまや、完全に蒼白だった。


「兄、うえが……まだ、そこに――」

 ぐらり、とその上体がゆらいだところを、ディフリードが素早く(そば)に寄って支えた。

「……陛下。お気を確かに」

 ヨシュアは「大丈夫だ」と言うように片手を上げてそれに応え、再び佐竹を見つめた。

「そ……それで?」


 佐竹は少し躊躇(ためら)ったが、静かな声で先を続けた。


「調査を進めてゆくにあたり、どうなってくるかは分かりませんが……。陛下にとっては、いかにもお(つら)いものをお見せする仕儀にもなろうかと。……お覚悟をなさっていただく必要があろうかと思います」


 それだけ言って口を閉ざし、佐竹は頭を下げた。

 ヨシュアはもう何も言えずに、涙の浮かんだ目で佐竹を見つめた。体が少し、震えているようだった。肩を支えたディフリードが、柔らかな声で言う。


「もし、陛下がお望みでしたら、調査を我々に一任してくださいませ。陛下は扉を開くのみになさり、<鎧>の中には入られずに済まされる、ということも──」

「……いや。それはできない」


 真っ青な顔でいながらも、ヨシュアは首を振り、きっぱりと言い切った。

 一同は、黙って気丈な少年王の顔を見つめた。


「兄上がそこにおられるというのに……、もう何年も、そこにそうしておられたというのに……。その弟たる私が、何もかもを臣下に任せてのんびりなどしていられようか──」

 そして自分の肩に触れていたディフリードの手を、そっと離させた。

「私も入るとも。……兄上の、<鎧>の真実をこの目で見届けるとも……!」


 決意のこもった少年王の瞳をじっと見つめて、佐竹はひとつ頷いた。そうして、そこまでは胡坐だった足を正座に組みかえ、深々と一礼をした。





 ルツの家の別棟を辞してから、ディフリードがふと言った。

「しかし、あれだね? サタケ」

「はい?」

「陛下には、いかにもお気の毒ではあるけれど……。今までのように、おすがりする兄上がおられないのは、もはや仕方のないことなんだが」

「……はい」

「だとしても、誰か、陛下のお気持ちをお慰めできる者が、もっとお(そば)に必要なのではないだろうか」


 ごく優しげな声音だった。いつものように物柔らかな仕草で頬に指など添えている。何をしていても絵になる姿だ。そんな様子ではありながらも、ディフリードは彼なりに若き国王を心から心配する様子だった。


「侍従や女官たちだけでは、いかにも心細い。最近きまったズール殿の後任も、陛下にとっては物慣れない新顔でしかないだろうしね。もっと、お互い何でも言い合えてお心に寄り添える誰かが、陛下のおそばには必要な気がするのだけれど──」


 それは、佐竹も考えなかったわけではなかった。しかし今の自分の立場で、そこまで口を出せるわけもない。

 そもそもこの国では、<鎧>に関する秘密事項が多すぎるのだ。そのためなのか、王族の子弟のために、所謂(いわゆる)「側近」を幼少時から一緒に育てるという慣例がないらしかった。


「手っ取り(ばえ)えのは女だけどな。でもまあ、陛下はまだあのお年だ。そーゆーのは(はえ)えんじゃね?」


 面倒くさげな声で顎など掻きながら、背後で巨躯の竜騎長が口を出す。美貌の竜将は、きらりと菫色(すみれいろ)の瞳をきらめかせた。


「おや。荒事しか自慢できることはないのかと思っていたが。たまにはいいことを言うじゃないか? ゾディアス竜騎長殿も」

 にこにこと上機嫌な、しかし皮肉めいた笑顔を向ける。ゾディアスはあからさまに憮然とした顔になった。

「……てめえ。いい加減にしねえとほんっと、そのお綺麗な顔、ぶっ(つぶ)すぞ」


 その途端、ディフリードの顔が麗しい苦笑に変わった。薄暗い夜道の上で、そこだけが急に明るくなる。まことに花が咲いたかのようだ。だが男はその顔で、わざとらしくももの憂げな溜め息を洩らした。


「なんだろうねえ。褒め言葉のはずなのに、ちっとも嬉しくないこの感じ……」

「ほ、め、て、ねええええ────!」


 ぶん、とまた巨大な拳が空を切る。

 いつもの楽しげな光景が背後で展開されるのを、佐竹は半眼になったまま、もはや完全無視の(てい)で歩いた。

 と、通りの向こうから足音がした。何か言い争う少年少女の声がする。


「ついて来ないでよっ! オルク」


 つんけんした声でそう言って大股にこちらにやってくるのは、女官姿のマールである。木の皮に包んだ何かを、大事そうに胸に抱えている。その後ろから、赤い髪の少年オルクが小走りについてきていた。


「だって、一応夜道なんだしさ……って、あ、サタケ!」

 やっとこちらに気づいたらしく、二人とも立ち止まった。マールがぱっと笑顔になる。

「ちょうどよかったわ。今、広場でみんなで焚き火してるの! お芋焼いたから、皆さんもどうかと思って」

 言って、持っていた物を佐竹の胸に押し付けるようにしてくる。持ってみるとまだ熱いぐらいで、包みの隙間からふわりと甘い香りがした。

「……ああ、ありがとう。マール」

 背後のゾディアスとディフリードが、ちらっと目を見交わしたようだった。

「大事なお話、終わったの? じゃああたし、陛下の所に戻ったほうがいいのよね?」

「ああ、頼む」

「いやいや!」


 と、いきなりディフリードが両手を上げて、二人の会話に割って入った。

 マールが何事かと目を丸くする。美貌の竜将はひどく嬉しげな顔で、一同をぐるりと見渡すと、腰に手をあてて宣言した。


「この際、みんなで行くとしよう。せっかくなれば陛下にも、この田舎の美味をご堪能いただく方がよろしかろうしね?」

 そう言って華麗なウインクを投げたかと思うと、ディフリードはすぐに白いマントを翻して、もと来た道を戻り始めた。

「おい、こら……」

 「なに考えてる」と眉間に皺を寄せて睨みつける悪友のことなど、当然のように完全無視だ。その背中に、ゾディアスは「ちっ」と舌打ちをした。

 と、オルクが急に体を固くして一歩後ずさった。どうやら一同の中で、自分だけが場違いな立場だということに思い至ったらしい。


「あ、えっと……じゃあ俺、これで──」

「おっと、逃がさねえぞ?」


 一人戻ろうとしたオルクの首に、いきなり丸太のような太い腕がぐわしっと巻きついた。もちろん、ゾディアスである。


「ぐわ……!」


 ちょっと締め付けすぎたのか、途端にオルクが白目を()いた。


「聞こえなかったか~? 坊主。あの女ったらしは、一応『みんなで』って言いやがったぜ~?」


 さも楽しげな声音なのだが、鈍色(にびいろ)の瞳が全く笑っていない。オルクの顔からさあっと血の気が引いた。


「え……? でも俺──きゅうう!!」


 危うく呼吸困難になりかけ、酸素と助けを求めてオルクは足掻(あが)いた。そんな少年を引きずるようにして、ゾディアスもぐいぐいと歩き始める。

 佐竹とマールは一瞬だけ、少し首をかしげるようにして互いを見やった。が、「やれやれ」とばかりに肩を(すく)めると、そのあとから大人しくついていった。



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