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白き鎧 黒き鎧  作者: つづれ しういち
第一部 第六章 暗転
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11 殺人剣


 そこからは、あっという間の日々だった。

 佐竹は「サーティーク役」として一連の作戦訓練に参加し、朝から晩まで武官たちの一斉攻撃の的になるという難行に取り組むことになった。

 もちろん、この話はディフリードよりさらに上の元帥、天将、竜将の面々にも通され、武官のすべてに告知済みだ。その後、他の将官クラスからも腕に覚えのある武官を集めてもらい、今では総勢百名ほどになっている。


 佐竹はまず、遠目からでもかの男──黒の王サーティーク──を目にしたことのある武官数名から話を聞いて、その戦闘スタイルを研究した。

 ディフリードが予測した通り、それはやはり基本的には日本刀を用いる戦闘方法に酷似していた。だがその一方で、佐竹の知るいわゆる「剣道」とはまったく異質のものだった。


 それは、紛れもない「殺人剣」である。

 相手をいかに効率的に無力化し、こちらの体力を温存して戦い続けるか。殺すことと生き残ることがすべての、修羅の剣と言っていい。

 単に剣を振り回すだけでなく、拳による突き、肘や膝による打撃、蹴り等々、ありとあらゆる攻撃技を組み合わせた全身攻撃だ。サーティークの体格はほぼ佐竹と互角といえたが、その脚力、跳躍力のほどは常軌を逸するものらしかった。


 彼と(やいば)を合わせる以上、佐竹自身もその域に少しでも近づく必要がある。またそうでなくては、この訓練の「サーティーク役」をこなすことすら困難だった。

 付け焼き刃の感はどうにも否めなかったが、佐竹はともかくも教えられたサーティークの戦い方を研究し、日々の鍛錬に取り入れて練度をあげた。無論、体力面を下支えする、基礎訓練の積み上げは当然である。

 さらに剣の俊敏さに磨きを掛けるべく、天騎長ディフリードも幾度も鍛錬の相手を務めてくれた。彼は細剣(レイピア)使いであり、剣戟の速さではこの軍の右に出る者はないのだという。


 しかし、その「半人前のサーティーク」に過ぎない佐竹をして、集められた「精鋭」の武官たちは手にした木剣を(かす)らせることもできなかった。


「そっちへ行ったぞ! 囲め、囲めえッ!」

「くッ、(はえ)え……!」


 そんな兵らの声を右に左に聞きながら、佐竹は練兵場を風のように駆け抜けた。片手に木剣を一振り持ったのみだ。

 周りじゅうから木剣やら棍棒やらによる攻撃が、上に下にと繰り出されてくる。それらを払い落としたり跳びこえたりしつつ、佐竹は瞬時に相手を無力化して突き進む。

 目標は、「国王役」を務める武官ただ一人だ。

 その速さと剣戟の正確さに、兵どもは舌を巻いた。


「ちいッ……!」


 かねての計画通り、「国王役」の武官をその場から退避させつつ防御役の武官が佐竹の行く手を阻む。周囲の武官たちは息もつかせぬ勢いで連続して斬りかかってゆく。しかし。

 錚々(そうそう)たる精鋭の兵たちが、次々にその得物を跳ね飛ばされる。頭に、胴に、足にと剣戟を入れられては「斃れて」行く。むろん訓練である以上、佐竹の攻撃はすべて寸止めだ。


「なんっなんだよ、あのガキは……!」


 「斬られた」兵の一人が地面に座り込み、肩で息をしながら吐き捨てた。

 集められた兵たちは、あまりの彼我(ひが)の実力差に唖然としている。

 「五分」など、とても持つものではなかった。

 毎回ものの一分もあれば、佐竹自身は不本意なことながら「国王役」の武官の首根っこを捕まえることになった。

 一連の訓練を見つめていたディフリードもゾディアスも、焦眉を隠そうともしていない。


「情けない……」


 溜め息とともに額に指をあてる美貌の天騎長の隣で、巨躯の千騎長も腕組みをして首を振っている。


「ま、しゃーねえな。今回ばかりは、サタケに『手加減しろ』とも言えねえしよ」


 もちろん本番ではこのディフリードもゾディアスも、そして佐竹も防衛組に参加することになる。だから防御力が格段に上がることは確かだった。しかしそれを加味しても、心許(こころもと)ないことに変わりはない。


「あの野郎。涼しい顔しやがって」


 ゾディアスの言う通りだった。

 武官らは肩で息をつき、しゃがみこんだり座り込んだりしては顎を出している。その真ん中で「国王役」の武官の襟元を掴んで、佐竹だけがいつも静かに立ち尽くしていた。

 息が上がるどころか、汗ひとつかいていない。しかしその表情は、何度やっても同じ結果になることに明らかな苛立ちを見せていた。

 その顔は間違いなく「こんなことでは奴には勝てん」と言っている。


「馬鹿もん。嬉しそうにするんじゃないよ、お前も」


 ゾディアスの隣で、ディフリードが呆れた声を出した。巨躯の千騎長は悪友の突っ込みなど聞こえぬふりで、ちょっと頭を掻いただけだった。


「んじゃ、ちょっくら俺も参加してきますかねえ?」


 そんな事を(うそぶ)きつつ、例によって肩を掴み、腕をぶんぶん振り回しながらのしのしと練兵場の真ん中へと歩いてゆく。その広い背中を見送って、ディフリードは諦めたように肩を(すく)めた。


「はいはい。気持ちは分かるが、可愛がるのも大概にして貰いたいものだよ、まったく……」


 対サーティーク作戦については、その後も何度も練り直しが行なわれた。武官たちからも広く様々な作戦案を募って、ひとつひとつが検討されていった。

 たとえば「例の<門>が開くまで、陛下に常に乗馬しておいて頂くのはどうか」という案もあった。

 どうやらこれまでの経験上、<門>そのものは出現後、あちこちに移動はしないらしい。だからたとえ陛下の真後ろに<門>が開いたとしても、常に乗馬なさっておられれば、即座に逃げられるのではないのかと。

 しかしこれは、あまり現実的とは言えなかった。北の国フロイタールにあって、今は寒さの厳しい折柄である。昼夜を問わずに陛下にずっと乗馬して戸外に居ていただくというのは、あまりに条件が過酷だったのだ。ゆえにこの案は却下された。


 では、屋内だとすればどうするのか。奴を待ち受ける場所として、どんな部屋ならよいのかも、当然ながら議論された。

 恐らく長い得物を使っての戦闘になるため、狭い室内の方が彼奴(きやつ)が動きにくくなるのは事実だろう。だが、その条件はこちらの兵も同じこと。万が一、陛下が部屋の隅にでも追い込まれたら、そこで作戦は失敗だ。陛下の命を盾に取られた時点で、こちらはお手上げになるのだから。


 というわけで、場所は王宮内で最も広い大広間と決まった。ただし各種の障害物を準備した上、陛下の逃走経路と兵の配置を練ることにしたのである。

 大広間は見たところ、天井が相当に高く、縦に八十メートル、横に四十メートルほどの広さだった。周囲のあちこちに合計五つの大扉があり、逃げる際にも都合がいい。

 また、サーティークが一人で来ると決まったものでもないため、敵が複数いた場合の作戦も考えておく必要があった。

 そんなこんなで、時間は瞬く間に過ぎ去っていった。気が付けばもう、サーティークが予告した「冬至の日」まであと五日というところまできていたのである。


 ナイト王とヨシュアはといえば、この(かん)かなり多忙な日々を過ごされていた。

 文官たちを集めての、膨大な公務内容について昼夜を問わずの引継ぎ。商業ギルドの頭目や近隣の村々の(おさ)、小都市の顔役たちとの顔合わせ。それらのことでぎっしりとスケジュールが埋まっている。それらをこなしているだけで、お二人の時間はどんどん削られていくようだった。

 王宮内の廊下などで行き会う時、ヨシュアは補佐の文官たちと歩きながらもふらふらと体が揺れて、半分眠っているかのように見えた。一見するだけでも相当、疲れている様子だった。


 愛する兄との迫り来る別れ。

 そして、その若さでこの国の全てを背負うことへのプレッシャー。

 それらのことを思いやれば、それも無理からぬことと思われた。





 そして。

 遂にその日がやってきた。


 結局、そこまでの五日間、サーティークは自ら宣言した期日を守った。つまり、ナイト王の近くに現れるということは遂になかった。またあれ以来、ナイトの耳元に何かを言ってくるということもなかった。


 いまや王宮の大広間は、普段とはすっかり様相を異にしていた。

 金属鎧姿の武官たちが金属製の大盾と槍を持ってひしめきあい、あちこちに敵の障害物となる木製の巨大な柵を立て並べてある。また、その間を大盾の兵士が並んで壁を作り、まるで迷路のような通路を形成していた。

 ナイト自身にも事前に逃走経路が知らされており、ここに至るまで、何度も逃走訓練を繰り返してもらっている。


 そして、日付が冬至の日に移り変わる前夜の深更。

 あちこちに篝火(かがりび)が焚かれ、一種異様な雰囲気につつまれた大広間に、遂にナイトが現れた。周囲を物々しい警備の兵が十数人で囲んでいる。

 王族の着る白銀の鎧に身を包み、白のマントを流したナイト王の姿は、なにか神々しいようにも見えた。手には白銀製の兜を抱えている。そばにはあのズールが文官姿のまま、影のようにつき従っていた。

 このような場面であるにも関わらず、ナイトはいつもと変わらぬ優しい笑みを口元に浮かべ、作戦に参加している武官一人ひとりに、できるだけ声を掛けるようにしながらやってきた。

 この場に来させることそのものが危険であるため、ナイトはすでに弟との別れを済ませてきたらしかった。ヨシュア自身はここから最も離れた王城の奥の一室にいる。そこで警護の兵士に守られつつ、作戦の結果報告を待つことになっていた。


 ナイトが大広間の中心部までやってくると、そこに佐竹、ゾディアス、ディフリードが待ち構えていた。

 ディフリードは王と同様の白銀製の鎧姿に兜を被り、彼の得物である流麗な細剣(レイピア)を手挟んでいる。一方のゾディアスは使い込まれて黒ずんだ銀色の金属鎧と兜に、見るからにどっしりとした巨大な戦斧(ハルバード)を背負っていた。

 佐竹は体の動きを阻害されにくい革製の軽鎧を着込み、「氷壺の剣」を手挟んでいる。マントなどは邪魔になるので着けていない。ゾディアスにうるさく言われ、頭には仕方なく下士官用の兜を被っている。

 厳しい訓練を積んできたとはいえ、他の兵たちでは初動からしてまだ心許ない。そのため、奴が現れてしばらくはこの三人が相手をすることになっていた。

 作戦は、この三人で何分もたせることができるかに掛かっていると言えた。

 彼らの(もと)までやってくると、国王ナイトは三人に会釈をし、皆に向き直ってひとつ礼をした。


「このたびは、皆にまことに大変な手数をかけてしまって済まない。どうかなにぶん、よろしく頼む」


 ふわりと笑ってそれだけ言うと、ナイトは用意されていた国王のための椅子に座った。その様子は、いつもの夕餉の席に座るのとなんら変わりのないものだった。自分の命に関わるこの殺所(せっしょ)にあって、この泰然とした王の態度。これを見て、その場の武官で感服しない者はなかった。

 やがてズールがしずしずと王の耳元に口を寄せた。


「陛下。そろそろ、日付の変わる時刻にござりまする」

「うん、爺。いよいよだね」


 ナイトも静かな声でそれに応えた。


 そして。

 この王室始まって以来の、最も長い夜が始まった。



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