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白き鎧 黒き鎧  作者: つづれ しういち
第一部 第五章 秘密
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6 天騎長


「でもさ~。ほんっと、ついて来て大丈夫だったのかよ? お前ら……」


 小柄な金髪の青年が、隣の少年少女を見やって溜め息をついている。ひどく心配そうな声だ。

 周囲はすでに刈り取りの終わった穀物畑や、のんびりと草を()む牧畜牛や羊たちが放牧されている草原ばかりの、しごく暢気(のんき)な風景である。とはいえ風はもう冬のそれになっており、午後のこの時間でも結構な寒さを感じた。太陽ももうすでに、地平線を這うようにしか出てこない。

 と、野菜や穀物の乗せられた農家の荷車の荷台の隅で、桃色の髪をした少女が憤然と振り向いた。


「もう、ケヴィン! いい加減しつっこい!」


 年のころは、隣にいる少年同様、十二、三歳といったところか。着ている物はごく質素だが、輝くばかりの美貌の少女である。


「だあってよ~……。俺、全っ然、そんなつもりなかったのにさ~……」


 がたごとと揺れる荷台の上で、ケヴィンと呼ばれた青年は小さくなった。膝にはなにやら長い包みを挟むようにして抱えている。


「ああ……やっぱ、ルツ(ばあ)に怒られっかなあ、俺……」

 情けない声を出して頭を抱えてしまった青年を見て、少女の脇に座っていた少年が気の毒そうに助け舟を出した。

「ご、ごめんよ? ケヴィン。俺も、何度も止めようとしたんだけどさ……」


 実のところ、ケヴィンはこの少年少女を伴って来るつもりなどさらさらなかった。

 あの不思議な黒髪の青年サタケがウルの村での武術会に優勝し、王都に向けて旅立ってからかれこれ三月(みつき)になる。

 ケヴィンはあの時、その村のいかにも頑固そうな刀鍛冶の老人から一方的にされたとある約束のために、再びその村に行くことにしたのだったが。

 幼馴染みであるガンツと共に村をでて半日ほども歩いたところで、いきなりこの少年少女が現れて「一緒に連れて行け」とせがんできたのだ。いや、せがんだのは約一名だけで、あとの一名は明らかにその「お供」だったが。

 

「ちょっと、オルク? あんた、どっちの味方なのよ!?」


 すかさず隣からきらきら光る(みどり)の瞳に厳しく睨まれて、赤い髪色の少年も肩を(すく)めた。

「いや、味方とかそういうことじゃなくてさ……」

 少年は所在なさげに、ぽりぽり頭を掻いている。

 と、荷台で馬の手綱を握っていた農家の老人がのんびりと声を掛けてきた。

「兄さんがた、そろそろ見えてきたぞ。あれが王都、アイゼンシェーレンじゃ」


 一人だけ荷車には乗らず、その隣を足早に歩いていたがっしりとした体躯の青年も、黙ってそちらに目をやった。彼の体躯では、その荷車に乗り込むスペースがなかったらしい。


「うわ~……。俺も、来るのは初めてだぜ。すっげーなあ!」


 途端、先ほどまでのしょげた顔などどこへやら、ケヴィンは少し腰を浮かし、遠くを見はるかすようにした。嬉しそうににこにこと屈託なく笑っている。少年オルクも紫色の瞳を輝かせてそちらを見た。


「でっけえ……。あれが全部、街なのかよ? へ~……」


 あとは言葉も出ないようで、一行はただ黙って、午後の日光に照らされている王都の威容をしばらく眺めやっていた。

 ただ一人、桃色の髪をした少女だけは、その頬にある種の決意を滲ませて拳を握り締めていた。


(やっと、来たんだわ……!)


 翠の瞳がさらに輝きを増したようだった。

 彼女の目的は、たったひとつだ。


 あの人に会う。

 会って、言いたいことを全部、言ってやるのだ。

 今度こそ。


(待ってなさいよ、サタケ……!)


 期待と不安に胸を焼かれながら、少女はその都市をまるで親の(かたき)でも見るような眼で睨みつけた。

 少女の胸の内など知らぬげに、荷車はただのどかな様子で、のんびりと畑の間の街道を進んでいった。

 


 


 王都アイゼンシェーレン、フロイタール宮。

 その書庫の間では相変わらず、黙々と資料整理の作業が行なわれている。

 いまや佐竹は、文官長ヨルムスの補佐役として、若い文官たちの指導にあたりつつ、その作業の責任者として働いていた。佐竹がここに配属されてから本格的に着手してきた資料の整理と目録作りも、そろそろ大詰めを迎えている。


 あの夜、初めて本当の「内藤」と会うことが出来てから、はや二ヶ月あまりが過ぎていた。しかし、あれからあの部屋で内藤に会えたのは、せいぜい五、六回程度のことである。佐竹の方では毎晩同じ時刻にあの部屋で待ってはいるのだが、やはり状況が状況であるため、内藤は思うようには動けないようだった。

 佐竹はそこに仕事の残りを持ち込んで、作業を行ないつつ待つだけなので、巡回してくる警備兵にさえ気をつければどうということはない。だが内藤には毎回、越えなくてはならないハードルが多すぎるらしかった。


 それでも佐竹と会えるようになってからは、内藤は随分と精神的に落ち着いたように見えた。最近では、ちょっとしたことでもよく笑うようにもなってきている。

 そして、今まではほとんど関心のなかったこの世界の言葉その他を、もっと積極的に覚えようともし始めていた。もちろん佐竹が依頼した、ズール以下の王の身辺にいる臣下たちの情報も出来る限り集めてくれている。


 ちなみにズールとは、今のところ幸いにも顔を合わせることなく済んでいる。いくら城の中で毛色の変わった若い文官が噂になっているとは言っても、たかだか尉官レベルの若造一人、多忙な政府の高官がいちいち気にするはずもないのであろう。

 内藤によれば、どういう訳かナイト王自身も、ズールの前で佐竹のことを意識的に話題にしないようにしているようだという。あの腰巾着サイラスも、ズールの顔色を窺うことに常に汲々(きゅうきゅう)としているあまり、佐竹のことなど思い出しもしていないらしかった。

 そのような訳で今に至るまで、この書庫にあのズールやサイラスがわざわざやってくるということもなかったのである。これらのことは、佐竹にとっては願ったりの話だった。


 ゾディアスはその後、少しずつ信頼できる部下や同僚、戦友などに声を掛けてくれ、今では五、六人の協力者が集まっている。みな宰相ズールの秘密主義で高圧的な態度や温情の欠片もない部下の扱いように、普段から反感を抱いている者たちであるらしい。

 彼らは任務の合い間を縫っては様々な情報収集や、いざという時のための下準備等にあたってくれているとのことだった。ちなみにここには、佐竹の元同僚ユージェスと、例のゾディアスとの真剣勝負の立会人をしてくれたダイスも加わってくれていた。


「実はあともう一人、どうしても引き込みてえ奴がいる」


 そんな事をゾディアスが言ったのは、随分と朝晩の冷え込みも厳しくなった、ある冬の日のことだった。

 いつものようにふらりと書庫にやってきて、他の文官の目を盗むように書架の陰に隠れ、ゾディアスは佐竹に説明した。


「ちょいと忙しい奴でな。あちこちの城塞を見て回って、最近こっちに戻ったはずだ。今日あたり、話しに行こうかと思ってる。お前も付き合え」


 相変わらず、元上官は有無を言わさない。

 が、佐竹の方でも、上の階級の人間に会うともなれば、やはり自分も同席したほうがいいと判断した。これまでも協力すると言ってくれた兵たちにはなるべく(じか)に顔を合わせるようにしてきている。

 なにより相手の人となりは、この目で見て知っておく必要があった。またもちろん、向こうでも佐竹に直に会って判断したいこともあるだろうと思ったのだ。


「了解しました」


 ゾディアス本人の希望により「千騎長殿」とは呼ばなくなったものの、やはり佐竹はこの男には敬語で話をしている。佐竹としては、十歳以上も年上であり、人間的にであれ能力的にであれ尊敬できる相手にはそうするのが当然だからだ。

 ただ今のところ、彼を名前で呼んだことはない。まだ呼び捨てにはしにくい上、「様」でも「さん」でも、なにやら気持ちが悪いからだ。いずれまた昇進でもできて、文官として「中級一等」、つまりゾディアスと同等以上になれれば、それを機に呼び捨てにしようかとは考えていたが。





 その日の午後。

 佐竹はゾディアスに、武官の執務室であるらしい、とある部屋の前まで連れて行かれた。


「俺だ。入るぞ」


 上官の部屋に入るにしては相当ぞんざいな口調でひと言いうと、ゾディアスは返事も待たないでその扉を開けた。佐竹は一応、中の人物に敬意を払い、入り口のところで足を止めた。


「何だ、お前か。相変わらず唐突な奴だ」

 部屋の中から、柔らかで品のいい男の声がした。ゾディアスは声の主のいう事など全く無視といった風情で、すぐに後ろを振り向いた。

「おい! サタケ。とっとと入って来ねえかよ。そこに居たんじゃ話にならねえ」


 言われて仕方なく佐竹も入室し、背後の扉を閉めた。部屋にはこの三人以外、今は誰もいない。

 そこで初めて、部屋の(あるじ)と目が合った。


「紹介しとく。悪友のディフリードだ。今ぁ一応、天騎長をやってやがる」

「一応とはなんだ、人聞きの悪い」

 苦笑しながらこちらを見やった男は、佐竹に向かってにっこり笑った。

「んで、こっちが例のサタケだ」

 ゾディアスから紹介されて、佐竹は改めてディフリードに向かって一礼した。

「佐竹と申します。以後、お見知りおき下さい」

「ゾディアスから聞いてるよ。いや、その前に、城の中の噂でもね。何でも、剣の腕も凄いのに、わざわざ文官になったんだって? 変わってるねえ、君」

 男はにこにこ笑ってそう言った。

「……いえ。(おおむ)ね、成り行きのようなものですので」


 佐竹は頭を上げ、改めて男を見た。

 美しい男だった。

 悪友と言うぐらいだから、ゾディアスと年のころは変わらないのだろうか。しかし、ともかく醸し出す雰囲気がまったく違う。

 まず、その瞳が印象的だった。菫色(すみれいろ)のその瞳は、理知的で涼やかに輝いていた。長く癖のない銀色の髪を後ろでゆるく編んで束ねている。(ほど)けばおそらく、背中の中ほどまであるのではないだろうか。

 細面(ほそおもて)で非の打ちどころなく整った顔立ちは、色白ではあるものの、決して脆弱な様子ではない。むしろ健康的で生気に満ち、前向きで明るい人柄が滲み出ていた。

 細身で長身なところは佐竹とも似通っている。背丈もほぼ同じぐらいか。この王国で将官クラスが着るオリーブ色の軍服に身を包み、肩から白いマントを流していたが、またそれがどこかの貴公子然として、ひどく良く似合っていた。

 向こうでも、その聡明げな瞳でひと通りこちらを観察し終えた様子である。


「機会があれば、是非一度、お手合わせ願いたいね。君の腕には興味があるよ」


 そう言って微笑む姿が、またとてものこと武官には見えない。が、それでもやはりその目の奥には、ある種鷹のように相手を見通す、鋭い何かを隠し持っているようにも思われた。

 佐竹は黙って会釈した。

 と、突然、隣でゾディアスが、何を思ったかしれっと言った。


「あ、そうそう。女のこたあこいつに聞けや。なんでもみ~っちり、教えてくれるだろーからよ」

「…………」

 「いきなり何を言い出す」、という目で見上げれば、にやりと意味深な目で見下ろされた。

「お前、相当、朴念仁(ぼくねんじん)だろ? これから苦労しそうだからよ――」

 言ってにやにやと楽しそうに顎など掻いている。


(……大きなお世話だ)


 半眼になって睨み返すと、執務机の向こうのディフリードが吹き出した。

「なんだか、いいコンビだね」

 くすくす笑うその声が、楽しげに執務室を満たしていった。


 だが、さすがにこの時の佐竹はまだ知る由もなかった。

 このゾディアスのお節介極まりないアドバイスが、程なく必要になるなどとということは。

 


軍制について、また補足です。今回は上から(笑)

大元帥(大元帥)=国王陛下←ナイト王(内藤)

元帥 (元帥)

天将 (大将)

竜将 (中将)

天騎長(少将)←ディフリード

竜騎長(准将)

万騎長(大佐)

千騎長(少佐・中佐)←ゾディアス

百騎調(大尉)

十騎長(少尉・中尉)←佐竹(文官・中級三等官と同等)

こんな感じです。また長くなっちゃいました^^;

これより下は、第四章4節「王都アイゼンシェーレン」のあとがきをご覧下さい。

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