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白き鎧 黒き鎧  作者: つづれ しういち
第一部 第五章 秘密
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4 告白


 その夕刻。

 書庫での一連の仕事をいつになく早めに切り上げて、佐竹は城の中庭に立っていた。ここが、昼間ゾディアスから指定された場所だった。


 王宮の中庭は、通路を石畳で整備されており、その脇に様々な草花や木々が心地よく配置されている。そこここには美術品でもあるらしい、この世界の神話の神々の像が設置されていた。草木はよく手入れされているらしく、夕刻の少し冷たくなった風にも、まだ瑞々しい香りを放っていた。

 夕餉(ゆうげ)の時間帯でもあり、周囲に人影はない。

 朝晩は冷える時候でもあり、わざわざ庭園に出てくる者もないらしかった。

 が、それでも用心に越したことはない。佐竹はなるべくどこからも見えないような木陰を見繕い、そこで元上官を待ち受けた。


 ゾディアスはさほど待つまでもなくやって来た。その巨体でぐいぐいと周囲の空気を押しのけるような歩き方である。いつもの軍服姿だ。首が太すぎて苦しいためか、襟のあたりは開けっ放しのことが多い。

 ゾディアスは佐竹を見つけると、ごく軽く手を上げた。


「おう。待ったか?」

「……いえ」

 佐竹が軽く一礼するのを、ゾディアスはちらりと見下ろしてまた口角を上げた。

「むかつくが、似合ってんな。文官服もよ」

「恐れ入ります」


 しらっとした顔で即答する佐竹をまた一発ぶん殴りたそうな顔になったものの、ゾディアスはすぐに本題に入った。

「で? 話って何よ」

 首の後ろをぼりぼり掻きながら訊いてくる。佐竹もあまり、もったいぶるつもりはなかった。

「その前に、少しご質問してもよろしいでしょうか」

 ごく静かな声だ。ゾディアスが片眉を上げた。

「ああん? 相変わらずだな~、お前……」

 ゾディアスは呆れた顔になったが、「どうぞ」と言わんばかりにぞんざいに手を上げて見せた。


「千騎長殿が忠誠を誓っておられるのは、何に、またどなたに対してでしょうか」

 ゾディアスが一瞬、呆気に取られた顔になった。 

「……えらいまた、ど真ん中に来たね、こりゃあ――」

 佐竹は黙って男を見返している。

 ゾディアスはその真剣な瞳の色を見て、ちょっと肩を竦めてみせた。

「そらまあよ。この国と、国王陛下に決まってらあな。ほかに何があるってえのよ?」

 さも面倒くさげな答え方だった。いかにも「当然だろう」といった風情だ。

 佐竹はさらに踏み込んだ。

 

「では、宰相ズール閣下のことは? いかがお考えでしょうか」

「ズールだあ……?」


 途端、あからさまにゾディアスの雰囲気が剣吞なものになった。眉根を寄せ、「なぜお前がそんな事を訊く」と言わんばかりの目で睨み返される。

 佐竹にはそれだけで、彼がその老人に対して抱いている感情のほとんどが読み取れた。


「あの(ジジ)いがどうかしたのか? ってか、いい加減お前の話をしねえかよ! まだるっこしいのは敵わねえや」


 佐竹は少し沈黙した。

 ここからは、確かに賭けだ。


(……だが)


 このゾディアスの能力とその人間性には、賭けてみるだけの価値がある。

 内藤を救い出すためにはどうあっても、この千騎長を味方にしておきたかった。

 いや「味方に」というのが高望みなら、せめても「敵でない」状態を確保するだけでもいい。彼を敵に回すことは兵士千人、いやそれ以上を敵にするのと同じだからだ。


「お約束いただきたいのです」

 ようやく佐竹は口を開いた。

「今からする話、決して口外しないで頂きたい――」


 そして真っすぐ、巨躯の男の瞳を見据えた。

 ゾディアスのほうでも腕を組み、それを平然と見返してきた。


「……分かった、約束だ。男に二言はねえよ。言ってみな」





 四半刻後。


「噓だろ、おい……」


 さすがのゾディアスも、呆気にとられてしばし呆然の(てい)である。

 半ば頭を抱えるようにして、ここまでの佐竹の話を整理しているようだ。


「なんだ、つまり……お前は()()()()()の人間じゃねえ。陛下も実は、向こうから連れて来られた偽者(にせもん)で……今は薬かなんかで操られてて、裏にはあのズールの爺いがいやがると?」

「……有り(てい)に言えば、まあそうです」


 あまりに有り体過ぎて佐竹は少々呆れたが、まあ間違っているわけではない。

 が、ゾディアスはある事に思い至って、ぐいっと佐竹を睨みつけた。


「ってえか、ちょっと待てや、お前……。ってことは、陛下は? 本物の陛下はどうしちまったんだよ?」


 「まさか」という懸念満載の顔で詰め寄ってくる。

 そればかりは、佐竹の考えも憶測の域を出ない。しかし様々に考え合わせると、やはりそうだとしか考えられなかった。

 本物のナイト王が健在なのなら、あの内藤がその身代わりに、ここへ呼ばれなくてはならなかった筈がないではないか。

 だとすれば。


「恐らくは、すでに――」


(崩御されているのだろう……残念だが)


 佐竹は、心中密かにそう思った。

 沈黙したまま少し目線を落とした佐竹を見つめて、しばしゾディアスも絶句した。


「…………」


 佐竹は少し気の毒げな目で、その巨躯の元上官を眺めやった。

 ゾディアスの驚愕と衝撃は理解できるが、そこは早めに乗り越えてもらわねば、次の話が始められない。

 ゾディアスのほうでも「冗談が過ぎるぜ、坊主」などと、軽く()なして笑い飛ばしたいのは山々だっただろう。しかし、残念ながら相手はこの佐竹である。とてものこと、冗談など言うキャラクターではない。ましてやこれは、人の生き死にの問題である。


「いや……、うん。そう、考えるしかねえわな……やっぱ」

 ゾディアスは口元を覆って、考え考えやっと言った。

「まあ……まだ信じられねえが、今はそこはいいや。……んで? おめえは俺に何をして欲しいわけよ?」


 佐竹はちょっと感心したように相手を見やった。

 さすがは機転と順応性の鬼である。彼は有難いことに、そこを考えるのは後回しにしてくれたようだった。


「自分の目的は飽くまでも、攫われた友人、内藤の奪還です。しかしそのために、この王国や皆様の生活まで害するつもりは一片たりともありません」

「……んむ」

 巨漢はひとつ、頷いた。

「そのために、お知恵を拝借したいのです。それと――」

 佐竹は一度、言葉を切った。


「お教え願いたい。『鎧の稀人(まれびと)』の、なんたるかを――」

「……!」


 その単語を聞いた途端、ゾディアスが目を()いた。しばし、その鈍色の瞳と睨み合う。その瞳には驚きと共に、微かに戸惑いが見えたようだった。

 話をして貰うためには、ある程度こちらの手の内を晒す必要もある。佐竹は更に言葉を継いだ。


「実は、書庫の文献にはひと通り当たってみたのですが。どうもその言葉は、神話や昔話の中にしか出てこないようなので」

「…………」

 やはりゾディアスは沈黙している。珍しく眉間に皺を刻み、厳しい瞳で佐竹を見返しているばかりだ。

「しかし自分は、明らかにそれが実在し、この世界で実際に機能している何かだと踏んでおります。この王国でそれを語れる人間が、どうやら限られていることも」

「…………」


 それでもなお沈黙したまま、顎に手をやり、ゾディアスは何事かを考えあぐねる様子だった。

 返事をしなくなった元上官を見て、佐竹は下腹に力を入れた。


(……やはりな)


 すべては、そこに繋がっている。

 その真実を知らずして、どんな計画もありえない。

 と、遂にゾディアスが口を開いた。


「んじゃあ、サタケ。俺もひとつ、訊いてもいいかよ?」

 ひどく重々しい声だった。

「……どうぞ」

 佐竹は静かに答えた。

 ゾディアスは一度息を吐くと、再び佐竹の目をぐっと見返して、こう訊いた。腹に響くような低音の、ゆっくりとした声だった。


「お前の『お友達』を助けたら、この世界が滅びるとする。……だとしたら、お前は一体どうすんだ?」

「…………」


 今度は佐竹が、言葉を失う番だった。





 眉間に厳しく皺を寄せ、足元の一点を見つめて沈黙してしまった佐竹を見下ろして、ゾディアスは軽く頬を掻いた。

 心の中で苦笑する。


(意地が悪いやね。……俺も)


 そんな質問に、即答で答えられる者などいまい。

 そしてもちろん万が一、佐竹がそんな男であったなら。自分は当然、彼を生かしてなどはおくまい。なんならこの場で首の骨をへし折ってでも、彼の命を終わらせる。

 それで、この問題のすべては終わりだ。


(……だが)


 実のところ、彼の出身地であるというミード村に放った部下たちは、昨日王都に戻ってきた。そしてゾディアスは彼らから、佐竹に関する驚くべき報告をすでに聞いて知っている。

 彼はゾディアスの予想した通り、ミード村の出身者ではなかった。それどころかごく最近、北の果ての森の奥から、突然ふらりと現れた謎の青年だということだった。

 当初はこの国の言葉も分からず、服装もひどく珍妙なもので、傷だらけで森のはずれに倒れていたのだという。そして、それを最初に見つけた村の子供の話として、彼自身が「空から来た」と言ったとか、言わなかったとか――。


 そして今日、この場で佐竹が何を言うかによって、自分は今後の自分の行動を決めるつもりでいた。

 佐竹がもし、部下の持ち帰ってきた情報と(わず)かでも違うことを──つまり「噓」や「誤魔化し」を──この場で自分に言ったなら。

 自分はすぐさま彼の首を絞めあげて、息の根を止めるつもりでここへ来た。

 別に面と向かって言いはしないが、剣を持たない丸腰の彼などそもそも自分の敵ではない。必要とあらば、これまでいつでもそうすることはできた。

 佐竹には申し訳ないが、それがこの王国の一兵士である自分の役目だと思っている。「獅子身中の虫」など、この王宮には不要なのだ。


(けどなあ……)


 ゾディアスはどうにも、この佐竹という青年が憎めない。

 彼の話を信じるなら、彼はただ友人を救わんがため、自分の身の危険も顧みず、見知らぬこの世界に自ら飛び込んできたということになる。普通に考えてそんなことの出来る人間が、この世にどれほどいるのだろう。自分とて、それがたとえ親兄弟であったとしても、咄嗟にそんな真似ができるかどうかはわからない。

 そして今こうして見ている通り、彼には嘘も、誤魔化(ごまか)しもない。

 自分のような、彼にとってはまだ敵か味方かもあやふやな者に対してすら、彼はできるだけ真摯に、真っ直ぐに当たろうとしているようだ。それは、すでにこれまでの人生で相当な汚れ仕事もこなしてきている自分のような「汚れた大人」からしてみれば、ひどく可愛いようでもあり、また危なっかしいようにも見える。


(……ま、要するに)


 結論から言えば、ゾディアスは、自分の今の立場を越えて、ただこの目の前の佐竹の力になってやりたいということになろうか。

 それに、これは個人的な見解なのだが、この佐竹とあの宰相ズールを並べてどちらに(くみ)したいかと問われれば、(おの)ずと答えは明らかだった。

 自分が仕えているのは、飽くまでもこの国と国王陛下だ。(まか)り間違ってもその腰巾着の、あの胡散臭い老人どもではない。まして奴らは秘密裏に、他ならぬ国王陛下ご自身に対してなにやら怪しげな真似をしているというのだ。

 それが事実なら論外である。たとえその「国王陛下」が佐竹の言うように、偽者であるのだとしてもだ。

 ……しかし。


(そんな事でいいのかねえ? 俺)


 ちょっとまた、ばりばり頭を掻いてしまう。

 ともあれ。


「……ま、あれだ」

 そう言えば、元部下の青年はまだ厳しい表情のまま目を上げた。

「結局は、俺もそこに噛んでたほうが、なにかと都合がいいわけだあな? ……お前も、俺もよ――」

 にやりと笑って見下ろすと、青年はまだ何かを思い悩むように目を逸らした。

「…………」

「はっは!」

 ゾディアスは意識的に明るい声を出して笑って見せた。

「ま、いいってことよ。別にまだ、『滅ぶ』って決まったわけでもねえんだしよ?」

 言って、ばしばしと佐竹の背中を叩く。

「そんじゃま、『鎧の稀人』についちゃあ、俺の知ってる範囲で話してやるわ。心して聞け~?」

 いやに軽い調子でそう言うと、ゾディアスは佐竹にいつものウインクを飛ばしてやった。

「…………」

 彼は例によってなんとも知れない不快げな顔になったが、特に何も言わなかった。


 宮殿の中庭は、すでに冬の兆しが仄見(ほのみ)え始めている。

 ゾディアスは秋の色を纏ったその木の下で、改めて佐竹に向き直った。

 そしてごく落ち着いた声音で、ゆっくりとその話を始めたのだった。



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