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白き鎧 黒き鎧  作者: つづれ しういち
第一部 第一章 転落
3/141

1 佐竹


「それ、やめといた方がいいぞ。まだ今日の最安値じゃない」


 俺がはじめてあいつに掛けた言葉はこれだった。

 近所のスーパーの惣菜コーナー。

 学校が終わってすぐの時間帯。外はまだ明るかった。


「えっ、マジ? そうなの!?」


 売り場を真剣に見つめていた高校生が、びっくり(まなこ)でこっちを振り向く。

 白い半袖カッターシャツにグレーのスラックス姿。それは俺とまったく同じものだ。

 しかし。

 パック詰めされた小芋の煮物から目を上げたあいつは、人の顔を見たとたん、あからさまに「げっ」という表情(かお)になった。


(……こいつ)


 思わずむかつく。一応クラスメートである相手に向かってどういう態度だ。

 が、あいつはぱっとばつの悪そうな顔になった。その顔にありありと「しまった」と書いてある。それでひとまず許すことにした。


「六時まで待てば、また値引きシールの貼り替えがある。とはいえ材料を買って作ったほうが、ずっと安上がりなんだがな」

「えーと……そうなんだ」

 困った顔で作り笑いをされても、少しも嬉しくない。

「あ、ありがとう。えっと……佐竹君?」


 君づけと最後の「?」はやめろ。

 そう思ったから、半分だけそう伝えた。


「気色悪い。男から君づけされてもちっとも嬉しくない」

 冷たく言うと、あいつは分かりやすく慌てだした。

「あっ、ごめん! 佐竹く……ああっ、ごめん!!」


 バカか。こいつはバカなのか?

 俺の目線がますます冷たくなったのだろう。あいつは惣菜パックを売り場に戻すと、かごを片手にそそくさと後ろを向いた。


「あ、ありがと……。じゃ、俺──」

「待て」

「えっ?」


 なぜそこで、あいつを引き止めてしまったのか。

 それは今でもわからない。

 「もう放っておいて欲しい」という内面そのままの顔で振り向かれ、やっぱり少しむかついたが、それでも俺は()いてしまった。


「なんでこんな時間にこんなとこに? 部活は」


 こいつは確か、バスケ部のはず。

 そうは言っても身長はせいぜい俺と同じか、むしろやや低いぐらいだ。屋内スポーツであるせいか、野球部やサッカー部の連中ほどは日焼けもしていない。別に染めているわけでもないらしいが、髪は茶系で少し長めだ。

 一見して、多少見た目がいい程度の、どこにでもいる普通の高校生。

 内藤祐哉(ないとうゆうや)はそんな風情の少年だった。


 うちの高校のバスケ部は、なんとかいう昔の漫画が大好きな熱血教師が顧問をやっている。そのため、平日はおろか週末までも、あの汗臭い体育館で外が真っ暗になるまで練習をしているはずだ。

 そこの部員であるこいつは、間違ってもこんな明るい時間帯にスーパーで買い物なんてできる身分ではない。完全なる「帰宅部部員」の俺とは違って。


「あー……」

 今度はちょっと困った笑顔を浮かべて(うつむ)き、あいつは頭を掻いた。

「やめたから。部活」


 それが、あいつと俺との付き合いの始まりだった。





 内藤は確かに俺のクラスメートだった。

 だがそうなった高二の新学期からこっち、つまり丸三ヶ月というもの、一度も話したことのない相手でもあった。

 とはいえ基本的にクラスメートであろうがなかろうが、あまり他人と話をしない俺のことだ。それは別段、特別なことでもなんでもなかった。

 単に彼が、それまで十把一絡(じっぱひとから)げで「他人」というカテゴリーに入っていた大多数の人間の一人だったというに過ぎない。


「あ、あのさ~。佐竹く……っ、佐竹?」

「なんだ」


 人を呼ぶだけのことでいちいち(ども)るな。たかだか「君」を抜くだけのことに、一体どれだけの時間がかかるんだ、こいつは。

 スーパーを出て駅前の商店街を抜け、いま俺たちは少し離れた住宅街を目指している。二車線道路を挟んだ歩道をゆく人々の数は多くない。住宅街が近づくにつれ、犬を散歩させる住民と何度かすれ違ったぐらいだ。

 空はまだ明るく、夕刻というにはやや早い時間だった。


「え、え~っと……」


 結局、内藤は俺の勧めで(なま)の小芋と野菜などを少しばかり買って店を出た。だが、どうやら俺が同行することになにか不満があるらしい。

 「不満」と言うよりは「不安」と言ったほうが正しいのか。失礼な。

 自分から話しかけてきておきながら、内藤は俺と目が合うと、明らかに慌てて目をそらした。


「あの……。家、こっちなのかな~、と思って」 

「いや。図書館に返す本があるんでな」


 この道を行ったすぐ先に、この街の中央図書館がある。最近の俺は大抵、放課後にそこにいることが多かった。

 内藤は分かったような分からないような声で「ふ~ん?」と首をかしげたが、突然「あっ、そういえば」と何かに思い当たった顔になった。


「一年のとき、よく図書室にいたよな?」

「よく知ってるな」

「うん。俺、図書委員やってたから」

 内藤は少し笑った。やっと会話の糸口を見つけたのが嬉しいのだろう。わかりやすい奴だ。

「つってもまあ、しょっちゅう友達とふざけちゃあ、司書の先生に怒られてただけだったけどさ」

「そうだったな」

「え?」内藤の目が驚いた色になってこちらを見る。「って、覚えてるの?」


 それはそうだろう。こっちは静かに本を読んでいるというのに、あれだけ騒がれたのでは。離れていたとはいえ、あれで気にするなと言うほうが無理な話だ。

 そんな心の声が聞こえてしまったのだろう。内藤はまた困った顔になった。


「ごめん。そうだよな、あんだけ(にら)まれたもんな~、俺」


(なんだ。覚えてるんじゃないか)


 ちょっと意外に思って、少し黙った。

 まさかあの時、こいつが俺の方を注意して見ているとは思わなかった。


「そっちこそ覚えてたのか」

「ま、そりゃあ? あれだけ殺しそーな目で睨まれちゃ……って、あっ! ごめん!!」


 慌てて口を押さえている。

 だから、本当にバカなのか。

 とはいえ俺も、これまで教室やそのほかの場所で折に触れて観察してきて、こいつのこういうキャラクターは把握している。


「で? お前の家はこっちなのか」

 なにげなしに訊いてみると、「ああ、いや」と苦笑された。

「こっちは『学童』でさ──」


(『学童』?)


 一拍おいて、それがいわゆる「学童保育」のことだと気がついた。


「弟か妹でも迎えに行くのか」

「ん、弟。家もまあ近いんだけどさ……って! だから佐竹、どこまでついてくんの?」


 ようやく話題が戻ったか。あれこれ言っているうちに、もう図書館に着いてしまったんだが。

 俺は質問には答えないままスクールバッグから数冊の本を取り出すと、入り口脇の返却ボックスにそれらを落としこんだ。

 背を向けたままで訊ねる。


「小芋の煮方、わかるのか」

「へ?」


 見れば内藤は目を白黒させていた。

 突然話題が変わるとついてこられないらしい。

 まったくもってわかりやすい。


「まあ、ネットで何でも調べられるだろうが。見て覚えたほうが早いだろう」

「は? いやまあそれはそーかも知れないけど……って、だから??」


 話がまったく見えないらしい。頭の弱い男子高校生は放っておいて、俺は自分のスマホを出した。近くの学童保育の場所を調べる。検索結果はすぐに出た。


「こっちでいいな」

「って……おいって、佐竹!?」


 やっと頭が現実に引き戻されたらしい兄は無視して、俺は弟の方を探しに行く。


「待ってよ、佐竹。佐竹ってば……!」


 ようやく躊躇(ちゅうちょ)なく人を呼び捨てにできたことにも気付かないで、慌てて俺を追いかけてくる。

 俺は歩度をいっさい緩めず、目的地をめざして大股に歩いていった。



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