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白き鎧 黒き鎧  作者: つづれ しういち
第一部 第四章 王都
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2 蒼き馬



 ウルの村の入り口で、佐竹はケヴィン、ガンツと別れた。


「じゃあ……気をつけろよ? サタケ」

「頑張れよ」

「ああ。本当に世話になった」


 二人は名残惜しそうにしながらも、来た時と同じように農地の間を縫う道を辿り、ゆっくりとミード村のある山の方へと戻っていった。

 佐竹は少しの間、二人の背中を見送った。

 二人と別れてサイラスから指定されていた場所へ行くと、村を囲む高い柵のそばに、すでに四頭立ての馬車が停まっていた。近くに槍を携えた騎馬の兵士が三人ばかりついている。どうやら王の護衛兵であるらしい。


 馬車といっても、(くつわ)をつけられている馬たちは地球のそれとは姿が違う。なにより、その体の色が目を引いた。

 全体的な体の形と、四本足で(ひづめ)のある草食の動物であるところはほぼ同じだ。だが、それらは紫色や紺色、薄い水色などの寒色系の体色をしたものが中心で、佐竹の見慣れたような馬とは根本的に異なっていた。

 細かな部分としては鼻面の形状がやや平べったく見えるのと、少し体毛が長めであること、耳が大きめであるところが違うだろうか。ただ地球の馬たち同様、かれらの瞳も穏やかに優しく潤んだものだった。


 横から見ると、馬車そのものは逆さにした台形が丸みを帯びたような形だ。全体がうす紫色に塗装してある。王の気質を反映してか、さほどごてごてとした装飾は施されていなかった。

 四人乗りのようなのだが、旅の荷物を乗せれば二人でいっぱいというところだろう。窓は小さく、内側にやや厚めのカーテンが引かれていて、中を(うかが)い知ることはできない。


「遅いぞ! 陛下をお待たせするとは何事か!」


 こちらの姿を見つけるなり、早速サイラスのお小言が飛んできた。見るからに、今まで馬車のそばを苛々と歩き回っていたという風情である。

 その後のナイトの紹介により、この小柄で体のあちこちたるんだ中年男は王付きの侍従だということが分かった。

 一体どんな事情があって(おそ)れ多くも国王陛下の口にいかがわしい薬など流し込んでいるのかは知らないが、この男自身は至って小心で神経質な性格だという以外、特に見るべきところはないようだった。

 つまり、「黒幕」は王都にいるということだろう。この男はただの使い走りに過ぎない。

 と、馬車の中から柔らかな青年の声がした。


「サイラス。朝から大きな声はやめておけ」

 見るとカーテンが少し開いて、ナイトが顔を覗かせていた。

「早いな、サタケ。昨夜(ゆうべ)はよく眠れたかな?」


 にっこり笑って挨拶をしてくる。侍従の男とは対照的に、彼は常に、至ってざっくばらんな王であるようだった。それはどんな身分の低い相手に対しても同じらしい。

 周囲の兵たちの様子を(かんが)みるに、どうやら彼は、こうした穏やかで親しみやすい王として臣下から十分に敬愛されてもいるようだった。


「……お蔭様で」


 佐竹も彼に向かって一礼した。

 ナイトがにこやかに(うなず)いた。


「それは良かった。ときにサタケ。そなた、馬には乗れるだろうか?」

「馬、……ですか」


 佐竹はちょっと思案した。

 そういえば、これまでにきちんとした馬術の指南を受けた経験は一度もない。もちろんそれも向こうの世界での話であって、ここの馬の扱いとは大きく異なっている可能性もある。


「……いえ。まったく」


 仕方なく、正直にそう答えた。

 途端、「はあ!?」とばかりに隣にいたサイラスが明らかに小馬鹿にしたような目つきになった。


「そうか……」

 ナイトの方は別に驚いた風でもなかったが、顎に手をあて、ちょっと困ったように微笑んだ。

「馬車に乗って貰っても良いのだが、少し窮屈かもしれないね? どうしたものかな……」


(そうか。ここでは馬術も当然、必須か……)


 文化的、また工業技術的な進度の状況から考えても、この世界にはまだエンジンなどという便利なものはないらしい。畢竟(ひっきょう)、遠方への移動手段は主に動物に頼ることになるわけだ。

 たとえ単に便宜上でなっただけの「兵士」なのだとしても、馬に乗れないというのではまずすぎる。どうやらこれは、大急ぎで習得する必要がありそうだった。


 と、その時、後ろから野太い声がかかった。

「田舎育ちの新兵にゃ、そういう奴は多いわな?」

 言いながら大股に近づいてきたのは、昨日の金髪の大男だった。

「気にするこたあねえ、すぐ慣れらぁ。なあ? 兄ちゃん」

 再び、あの気色の悪いウインクが飛んでくる。ゾディアスだった。


 今日は昨日の出で立ちとは違い、兵士然とした皮製の軽鎧を身につけて、背中には巨大な戦斧(ハルバード)を担いでいる。これがどうやら、彼の通常のスタイルであるらしい。

 手には自分のものらしい馬の手綱を握っている。それはつやつやと黒光りするような濃い紫色の、いかにも精悍な面構えの馬だった。

 見れば彼の後ろに昨日の男たち数人もついてきている。みなゾディアス同様の軽鎧姿の旅装束で、それぞれ自分の馬を連れていた。


「ゾディアス? どうしたのだ、こんな所へ」

 サイラスが怪訝な顔になって早速尋ねる。

 ゾディアスは片側の肩を手で掴み、腕をぐるぐる回しながら答えた。

「いやね。俺らも今日、ちょうど王都に戻るんで。どうせなら、ついでに陛下にご同行して、お守りしてった方がいいかと思ったもんでよ~?」

 言いながら、周囲をぐるりと睥睨(へいげい)している。

「見たところ、護衛三人と御者以外は、この兄ちゃんだけみてえだし?」


 「あんたは役に立たねえし?」と言外に盛大に匂わせつつ、ゾディアスはにやりとサイラスを見下ろした。サイラスがそれを見上げて、口惜(くや)しげにぎりっと歯をくいしばる。それについては一言もないらしかった。

「ついでに、兄ちゃんに馬の指南もできようってもんだ。一石二鳥。いい具合だろ?」


 指を二本立てて豪快な笑みを浮かべ、そう言い放つ巨体の男を見やって、馬車の中でナイトがにっこり笑ったようだった。


「それは心強いな。よろしく頼む」

「了解~!」


 大きな体で、なにやら軽い敬礼などしている。

 周囲の兵士が別に彼のような軽い態度ではないところを見ると、どうやら彼だけがこういう「やんちゃな」キャラクターであるようだった。周囲はそれを、やめさせたくともやめさせられずにいるのだろう。当の王自身が特段、気にしていない様子なので尚更である。


「兄ちゃんはこの馬に乗っていきな。こん中じゃ、一番気性がマシだからよ」


 ゾディアスは一頭の紺色の馬を引いてくると、その手綱をぐいと佐竹の胸に押し付けた。佐竹がそれを受け取ると、そのままがしっと、その巨大な手が肩を掴んできた。


(……!)


 それは、痛いほどの力だった。

「……けどよ」

 男はまた、そのまま佐竹の耳に口を寄せた。

無料(ただ)ってわけじゃねえよ? 兄ちゃん」

 それは周囲には聞こえない程の、ごく低い声音だった。

「……?」

 怪訝な目で見返すと、ゾディアスは意味ありげな顔でにやりと笑った。

「なに、大したこっちゃねえ。王都に戻ったら一度、手合わせを願いてえのよ」

「…………」

 佐竹の視線がやや鋭くなる。だがそれを跳ね返すでもなく、男の鈍色(にびいろ)の瞳は笑っていた。そして一言、付け足した。


「……それも、できれば真剣でよ」


(……!)


 一瞬、言葉を失った。


(真剣で、だと……?)


 この男は、いったい何を考えているのだろう――?

 

 が、話はそこまでだった。

 ゾディアスはそのまま佐竹の肩を軽くぽんぽんと叩くと、何事もなかったかのように踵を返して、ひょいと自分の馬に(またが)った。それはまるで、その辺の椅子にでも座るかのように無造作な動きだった。

 佐竹も彼のやったことを真似する形で(あぶみ)に足を掛け、ぐいと鞍上(あんじょう)に体を引き上げて跨った。幸い、上背のお陰であまり苦労はしなかった。

 紺色の馬は佐竹を乗せると、一度ぶるる、と首を振りたてた。

 馬上の人となった佐竹を見やって、ゾディアスはまたにこにこ笑った。


「なんだ、兄ちゃん。結構サマになってんじゃねえか」


 そんなはずはないだろうと思いながらも、一応、佐竹は会釈した。


「そろそろよいか? 出立するぞ!」


 サイラスが痺れを切らしたように神経質な声で呼ばわると、佐竹に自分の馬を貸してくれた兵士は慌てて御者の隣におさまった。

一行はしずしずとウルの村の木戸を抜け、王都へと続く街道に出た。

 朝焼けに染まる空はすでに随分と明るくなっている。

 紅色(べにいろ)めいた陽光が、静かに広がる草原を灰から橙へと塗り替え始めていた。



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