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白き鎧 黒き鎧  作者: つづれ しういち
第一部 第三章 武術会
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2 ウルの村



「ううう……。うう~~……」

「ケヴィン。もうすぐウルの村に着く。そろそろ泣き止めよ」


 ウルの村の入り口に近づく頃になって、ガンツは(ようや)くケヴィンに声を掛けた。ごくごく普通の声である。


「だ、だあってよ~、ガンツ! これが泣かずにいられようかってんだよおお~!」

「…………」


 目の前で大泣きしているいい年をした青年を、佐竹とガンツはちょっと呆れたように眺めやった。

 周囲はすっかり夜が明けて、いまは赤っぽい太陽光が、紫色の夜空を明るい橙色で駆逐し終わろうとしているところだった。夜の空を見慣れた目には、金色に輝く雲がひどく眩しく映った。

 ミード村からの山道はとうに終わって、今では彼らの周りの景色はすっかり変貌している。見渡す限り草原と穀物畑が広がっており、ぽつぽつと朝の作業に出てきた村人たちらしき人々の姿も見えた。

 遠くに見える白く冠雪しているらしい山並みは、これだけ歩いてきたにも関わらず、あれから一向に近づいた風ではなかった。


「村には子供だっているんだからな、ケヴィン。俺らが恥ずかしいからやめてくれ」


 ガンツは再び、ケヴィンの泣き声を遮ってそう言った。

 この「ウル」という名の村に着くまでの道中、彼に求められるまま、佐竹は自分がここに飛ばされてきた経緯を説明したのだったが。

 内藤が連れ去られ、その幼い弟を逃がしてあの謎の黒い円盤に飛び込んだあたりから、ケヴィンの涙腺が決壊してしまったのだった。


「だってあんた……うぐっ、もしかしたら、か……帰れねえかもしんねえのに……!」


 ケヴィンはもうそこから、ひたすら号泣して手がつけられなくなってしまったのだ。

 これにはさすがの佐竹もちょっと参った。すでに内藤がこの世の人ではなくなっていたとかいうならばともかく、とりあえずはまだ、そこまで泣くほどの事態は起こっていないはずである。

 何よりも、佐竹自身がミード村の人々のお陰もあってこうして五体満足で生きているわけなのだし、内藤が実際どうなっているかがはっきりするのは、むしろこれからのことであろう。

 もちろん、話のどこかに彼なりの「泣き所」やら「ツボ」などというものがあったのかもしれない。しかし隣のガンツが飽くまでもしらっとした顔で立っているところからして、どうやらケヴィンは普段から過度の泣き虫であるようだった。


「ともかく行くぞ、ケヴィン。ここでこうしてても仕方ないからな」


 やがてガンツがひと言そう言って、有無を言わさずウルの村の入り口に向けて歩き出した。佐竹もすぐにそれに続き、ケヴィンはまだ鼻をすすりながらついてきた。





 ウルの村は、村は村でも、ミード村よりは遥かに規模が大きかった。

 村全体を人の背丈よりも高い丸太の柵が囲い、外敵の侵入を防いでいるのは同様だったが、その広さが全く違った。

 ミード村は村民が全部で百名ほどの小さな村で、村の端から端までせいぜい二百メートルほどしかなかった。だが、ここはそれの優に十倍の広さはあった。それだけに村民の数も相当に多いらしく、ちょっと足を踏み入れただけでもその賑わいがはっきりと感じられた。


 家々の作りはミード村とさほどの違いはなかったが、何しろその数がまったく違う。

 それら家の周りでは女たちがにぎやかに笑いあいながら洗濯をしたり、子供たちが歓声をあげて駆け回ったりしている。男たちも大声で何か喋りながらチェスのようなゲームに興じていたりして、いかにも活気に(あふ)れた様子であった。

 路地の向こうにちらりと見えたのは恐らくこの村の(いち)であろう。そこからは多くの人々が野菜や果物、(わら)で編んだかごや帽子などを売る呼び声がこちらまで高らかに届くほどだった。


 佐竹はそうやって周囲の様子を観察しながら、ガンツとケヴィンの後について歩いていたが、村に入った当初から、村人たちからの奇異の視線を感じていた。かれらは佐竹の顔を眼にした途端、ちょっと眉を(ひそ)めたり、互いにこそこそと囁き合ったりと、明らかに不審げな様子を隠そうともしていなかったのだ。


「気にすんなよ、サタケ」


 隣を歩いていたケヴィンが、慰めるような調子で声を掛けてきた。今ではとうに、例の「泣き虫の病」からは解放されている。


「みんな、あんたのその黒髪が珍しいのさ。なにしろその髪色の男は、ほとんどあの南の国でしか生まれないからな――」

「……ああ」


 その説明なら、佐竹もすでにミード村で聞いていた。だが、よもやこれほど周りじゅうからじろじろと無遠慮に見つめられるとは思わなかったのだ。

 それに彼らの視線には、単に「物珍しい」という以上の、なにか一種の恐れのような、または嫌悪のような感情が多量に含まれているように思われた。


(それほどに、南のノエリオールは恐れられているということか――)


 更に言うなら、その王「サーティーク」その人が。

 好戦的な南の国に対して、こちら北側のフロイタール王国の国王は、まったくそうした野心はないらしかった。こちらから南の国に攻め入ったことなど一度もなく、むしろ内政の充実に力を入れ、各地の開墾や治水に財力を注いで、常に国民(くにたみ)を豊かにすることのみを考えているのだという。

 ミード村の人々の話によれば、国王はまだごく若い年齢であるらしかったが、温厚で情に(あつ)く、臣民を非常に愛しておられ、非情さの欠片(かけら)もないお方なのだという。


 佐竹には、そこまで臣民から褒めちぎられている王というのも、どこか胡散臭い気がしないでもなかった。だが、ともあれ(くだん)の南の王よりはずっとましな人物だというところだけは頷けた。

 北の王には、下にもうひとり王弟殿下がおられるとのことだった。だが、こちらもごくごく穏健派の弟君で、兄弟仲はすこぶる良く、王位を巡る争い等、不穏な噂はまったくないらしかった。

 と、ケヴィンが立ち止まって村の中心部らしき所で佐竹のほうを振り向いた。


「あそこが大会の受付だ。サタケ、来いよ」


 促されるままについて行くと、村の中心部は広場になっており、そこに武術会のためのものらしい丸太に綱を渡して円く囲われた一角があった。

 その脇に、木製のテーブルを出して二人のいかつい男が座り込み、やってくる男たちの名前を書き取ったり番号札らしきものを配ったりしていた。彼らの前に、いかにも腕自慢らしいガンツのような体格の男たちが列を成して立っていた。

 ケヴィンと共にその列の最後尾に並ぶと、前に居た牡牛のような巨躯の男が、不思議そうな目でこちらを見下ろした。輝くような銀髪を、ちょうどモヒカン族のような形に刈り上げている。


「兄ちゃん、武術会に出るのかい?」

 見た目は怖いが、声は至って牧歌的で、朴訥としたものだった。上半身は裸のままで、むき出しにしている鋼のような背中の筋肉が陽光にぴかぴか光るようだった。

「……ああ」

 佐竹はごく静かに、短く答えた。男はちょっと驚いた風だった。

「やめといたほうがいいんじゃねえか? その細っこい身体じゃ、下手すりゃとんでもねえ怪我するぜ?」

 その声音はただ本当に、こちらを気遣って言ったものだとわかるような種類のものだった。

「お気遣い、感謝する。……だが、大丈夫だ」

 佐竹はこちらも相手の気分を逆撫でしないよう、ごく穏やかにそう言って会釈した。それを聞いていたケヴィンが、隣でちょっと吹き出した。

「兄さん、こいつ、こんな身体してっけど結構やるよ? 気ィつけな?」

 男は、また驚いたような目になった。

「へえ、そうなのかい。そりゃ、楽しみにしとこうか――」

 会話はそこで終了した。受付がその男の番になったのだ。


「次の奴! ……兄ちゃん、あんたか?」

 呼ばれて佐竹が前に出ると、受付のいかつい男も、不思議そうな目で佐竹を眺めた。勿論、黒髪のほうにも興味があるようではあったが、何より彼らが気にしたのは、やはり佐竹の体格だった。

 そこでも再び「そんな身体で大丈夫か」「怪我をしても責任は持てないぞ」等々、口々に散々止めだてされた挙げ句、ようやく参加手続きを終えることができた。

 佐竹はいい加減うんざりしていた。

 だが、これで後はもう、大会に出場するだけでいい。


 羊皮紙かパピルスのようにも見える参加票を貰ったあとは、しばらく自由時間となった。ここでは、まだ紙のような筆記用の記録媒体が存在しないらしかった。

 もちろん王都まで出れば、いわゆる「書物」が存在するはずである。そのことは、マールの祖母から聞いて佐竹もすでに知っていた。


 武術会では先日ガンツと仕合ったときと同様、木刀または木剣の使用だけは認められている。佐竹にはそれだけで十分だった。

 試合は午後からということなので、三人は一旦、その場から離れることにした。



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