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白き鎧 黒き鎧  作者: つづれ しういち
第一部 第二章 新参者
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7 豊穣の祭



 翌日、朝一番で、佐竹はルツの住む家へと呼ばれた。マールは当然のように佐竹についてきて、一緒にルツの家へと上がりこんだ。


 ルツの家は、同じ家といってもマールのそれとは大違いだった。

 それは村の中心部にあって、広さはずっと大きく、中は何部屋にも分かれていた。見たところ、ちょっとした一戸建て住宅とそう変わりはなかった。その建物を三棟並べて建てた上に、さらに続き廊下でつないである。

 それはこの家がこの村の中で、相当裕福かつ責任ある立場にあることを示していた。

 ただし、どれも平屋ではあったけれども。


 このあたりの建物は、大体が地面より少し高く作られている。いわゆる高床式倉庫とよく似ているようだった。穀物を貯蔵する倉の基礎の上部には、「鼠返(ねずみがえ)し」にあたる板が取り付けられている。小動物が食物を掠め取っていくのを避けるためのものだ。ここではそれが倉だけでなく、それぞれの家にも取り付けられていた。

 入り口に至るためには、丸太で作られた可動式の階段を上ることになる。夜に休む時などは、これを室内に取り込んでしまうのだ。

 佐竹はその入り口に着くと、中に声を掛け、(いら)えを待ってから革の短靴を脱いで扉の幕を開き、中へと入った。勿論、マールもその後ろからついてくる。


 最初の時、佐竹に食事を運んできたナオミという銀髪の女は、ルツの娘だった。彼女をひっそりと守るようにしていつもそばにいるバシスは、常にこの家で彼女らと生活をともにしているようだった。

 ナオミがそのバシスと共に入り口近くで待っており、すぐに二人をルツの元へと案内した。


 ルツは隣の部屋にいて、囲炉裏の前で毛皮の敷物の上に胡坐をかき、目の前の床に小石を並べて、何事かを考える風だった。

 一見したところ、なにかの呪術的な占いとか、先読みとかいったもののようだった。

 佐竹は黙って、ルツから二メートルばかり離れたところにある敷物の上に、ナオミに勧められるままに正座した。マールもすぐ傍に座り込む。少し離れて、ナオミとバシスも座を占めた。

 一通りの「占い」が終わったのか、ルツは静かに目を上げた。そして佐竹のほうに向き直ると、先日と同様、手を前に組んで礼をした。佐竹もいつもの一礼を返す。

 ルツは(おもむろ)に口を開いた。


「村の暮らしにはもうお慣れかね、若い方?」

 しわがれていはいるものの、相変わらず深くて温かみのある声音だった。

「はい。マールと村の皆様のお陰です」

 佐竹は会釈し、短く答えた。今ではもう、このくらいの挨拶なら、結構こなせるようになっている。老婆はにっこりと笑ったようだった。

「お言葉が、随分と達者におなりだね。マール嬢やが頑張ったようじゃ、偉かったのう」

 にこにことマールを見やる目も、至って優しい光を湛えている。マールが途端に真っ赤になった。

「い、いえ……! サタケが、すごいだけです……!」

 それは間違いではなかったかもしれないが、老婆はそれをマールの謙遜と受け取ってくれたようだった。さも満足げにマールに頷いてみせると、ルツは改めて佐竹に目を戻した。


「さて、話と言うは他でもない。そなた、なにやら武術の心得があるそうじゃのう?」

 老婆は早速、本題にはいったようだった。

 『武術』という聞きなれない単語が理解できなかったため、佐竹は少しマールの手を借りることになった。

 以降、時々マールの助けを借りつつ、佐竹は老婆との会話を続けた。

「……はい。故郷で少々、(たしな)んでおりましたので」

 佐竹は、多少控えめにそう答えた。ルツは静かに微笑んだ。

「実はのう。近いうちに、近在の村々での合同で毎年行われておる、『武術会』が催される。秋の豊穣の祭の一環としてのう。そこで、それぞれの村一番の腕自慢が、互いに腕を競うのじゃが……」

「…………」

「これには毎年、王都から、お役人様がたもおいでになることになっておる。そうして、もっとも優秀な若者の()る村は、その年、ある程度の(みつぎ)の免除が認められることになっておるのじゃよ」

「…………」

 そのあたりで大体の話の流れは分かってきたが、佐竹は黙って聞いていた。

「優勝した若者は、もし望むのなら、そのまま王宮への出仕も認められる。勿論、兵士の一人としてじゃ。……もしやそなたが、それに興味があるなれば――」


(………!)


 佐竹は目を見開いた。願っても無いことだ。

 少なくとも、この村にずっと居続けているだけでは、まず内藤の消息はわかるまい。

 先日から考えていたような、より文化的な地域に移動するにはもってこいの話でもある。話の流れとしても、無理がない。


(……しかし)


 佐竹はまず、最も疑問に思われることを聞いてみた。

「よろしいのですか。そもそも自分は、この村の者ではありません」

 老婆は静かに笑っただけだった。

「構わぬ、構わぬ。そなたの腕が本物なれば、そのようなことは瑣末(さまつ)なことじゃ」


(本当にいいのか……?)


 まだ多少の疑問は感じたが、佐竹は特に反論はしなかった。

 ルツにとってまず何よりも大切なのは、いかにこの村で村人を飢えさせず、平和に暮らしてゆくかなのであろう。

 老婆は静かに言葉を続けた。

「そなたさえ良いならば、一度、この村のガンツなる若者と、仕合(しお)うてみてくれぬかの? あれが昨年の、この村の代表であったのでのう……」

「なるほど、分かりました」


 佐竹は静かに一礼した。

 そういうことなら、試しにそのガンツとかいう若者と、試合をしてみるのもいいだろう。負けたら負けた時のことだ。その場合は、また次の方法を考えればいいだけのことである。

 ルツはしばらく佐竹の表情を見定める様子だったが、やがて満足げに頷いた。


「そうか、有難い。それではサタケ殿、手間をかけて申し訳ないのじゃが、どうかよろしく頼みまするぞ」

「はい。……ところで、ルツ様」

 佐竹はひとまず礼をしたが、しかし、すぐに言葉を継いだ。

「少し、よろしいでしょうか。……お尋ねしたいことが」

 せっかくこの老婆と話をする機会が持てたのだ。佐竹は以前から一度、どうしても彼女に訊いておきたいことがあったのである。

「……なんじゃな?」


 佐竹は改めて居住まいを正して、その質問を切り出した。

「自分がここへ来る数日前、またはもしかすると数ヶ月、数年前になるかも知れませんが、森の奥の岩山の方から、誰かがやってきたことはありませんか。……そう、ちょうど、自分と同様にして」

 老婆の目が、少し不思議そうに佐竹を見返した。

「そなたと同様にして……かのう?」

「はい。恐らくは、一人ではなく、数人でであろうと思われるのですが――」


 これは勿論、例の()()()どもが内藤を拉致して移動したのだとすれば、当然、そのぐらいの人数にはなるだろうという推測による。


「ふうむ……」

 老婆はしばし、考え込んだ。

「どうであろうかのう……。この村におるとはいえ、夜間はあまり、村人は外へは出ぬゆえのう……」

 ルツはそのまま沈黙してしまった。

「…………」


 ルツの言いたいことはよく分かった。この村の近くにあるあの森の中には、獰猛な野獣が何種類か生息しているらしいのだ。事実、マールの父親も、かつてそのひとつに襲われて命を失ったのだということだった。

 昼間でも安全とは言い切れないが、とくに夜間には、そうした生き物たちが森の中を縦横無尽に跋扈する。

 佐竹が最初に森の中を抜けてきた時、それらに襲われずに済んだのは、もちろん()を殺す(すべ)をを身につけていたからもあるのかもしれないが、単に運がよかっただけのことだったようである。


 残念ながら、彼女からはそれ以上の情報は得られないらしかった。佐竹は多少の失望は感じたものの、特にそれを顔には出さず、ルツに向かって礼をした。

「そうでしたか。有難うございました」

 そう言って、そろそろ(いとま)をしようと隣を見ると、マールが小さな拳を膝の上で握り締め、なにか思いつめたような顔をしてじっと床の一点を見つめていた。


(………?)


 佐竹が自分を見ていることにはっと気付くと、マールは急に真っ赤な顔になって、いきなり立ち上がった。


「じゃ、じゃあ、帰ります! ルツ婆様、ありがとうございました……!」


 なにやら取ってつけたような挨拶の言葉を叫んだかと思うと、マールはもう、次の瞬間、風のようにルツの家から飛び出していってしまった。

 佐竹が丁寧にルツとその家族に別れの挨拶をしてからその家を辞したときには、マールの姿はもうどこにも見えなくなっていた。

 完全な置いてきぼりを食らわされて、佐竹はちょっと溜め息をついた。


「なんなんだ、一体……」


 こちらの世界でもあちらの世界でも、とかく「女心」というものだけは理解しがたい。

 この村に来て数日過ごす間に、彼らの成長過程については次第に分かってきていた。

 結論から言って、見た目の年齢はそのまま、自分たちの世界のそれと、さほどは変わらないらしい。ただ、この世界において、子供から大人になる期間は、自分たちの世界よりは随分と短いらしかったが。


 ……ともあれ。

 今は、マールはまだ明らかに子供ではあるけれども、向こうの世界でもそうだったように、女性は男性よりもはるかに精神的な成長が早いようだった。つまり、こちらが子供だと思っていても、向こうではそうは思っていない可能性が十分にあるということだ。

 相手が子供だと思って、いつまでも男であるこの自分が、彼女の家の世話になっているべきではないのかもしれなかった。


 そうでなくとも、この世界の言語についてかなりの知識を得ることが出来た以上、佐竹はそろそろ、マールの家だけでなく、この村そのものからも出ることを本気で考える段階にきていると考え始めていた。

 そして、さきほどルツから提案された『武術会』への参加はどうやら、その良いきっかけにもなりそうだった。


 佐竹はそんなことを考えつつも、姿を消したマールをあちらこちらと探しつつ、静かに坂道を下りていった。



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