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白き鎧 黒き鎧  作者: つづれ しういち
第二部 第七章 帰還
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あの夕刻へ

第二部 第七章 帰還


    6  あの夕刻へ



 十日後。

 それぞれの交渉班の面々は、《白き鎧》と《黒き鎧》の中央制御室メイン・コントロール・ルームに集まって、遂にその時を迎えていた。


 まずサーティークが制御盤を操作して、《白き鎧》への《門》を開く。

 あのプラズマ音と焦げ臭いような匂いがし始めて、もはや見慣れた、あの真っ黒い円盤が室内の空中に姿を現した。


 佐竹と内藤は、それぞれマグナウト翁、ヴァイハルトに挨拶を済ませた。

「本当に、お世話になりました。マグナウト様……」

 内藤は涙に咽びつつ、小柄な老人の体を抱きしめた。

「おお、おお。ユウヤ殿も、どうぞどうぞ、お健やかにお過ごしなされよ――」

 老人の方でも、優しい瞳に少し光るものを浮かべている。


「サーティーク公。諸々、誠に有難うございました」

 「氷壺」を腰にした佐竹も、サーティークに一礼し、彼に右手を差し出した。握手をするだけのつもりだったのだが、その手を握って強引に引っ張られ、王に体ごと抱きしめられて、佐竹はちょっと面食らった。

「そなたに会えて良かった。……達者で暮らせ、『兄上殿』」

 ぱんぱんと、肩を叩かれ、佐竹も相手を同様に抱きしめた。

「まことにお世話になりました。有難うございました」

「こちらの台詞だ。世話になった」

 サーティークはそう言って、佐竹の体から離れると、今度もまた有無を言わさずに、内藤の肩を掴んで引き寄せたかと思うと、力いっぱい彼の体も抱きしめた。

「あ、あわわわっ!? へ、陛下……!?」

 内藤は完全に慌てふためいている。しかし、ちょっとしばらく躊躇ったあと、佐竹同様、サーティークの体を抱きしめ返した。

「俺も、お世話になりました。有難うございました、陛下……」

「元気でな。……ユウヤ」

 サーティークはほんの僅か、口の端を歪めたようだったが、やがてさばさばしたような笑顔に戻ると、内藤の体から手を離した。


「さあ、行くがよい。ご家族の皆様に、よろしくな」

 あとはもはや、青年王はただ明るい笑顔を浮かべたままで、《門》に向かって二人を追い立てるような風情だった。ゾディアスも、すぐにその後に続く。

 《門》に入ってからも内藤は、何度も背後の丸い白い出口を振り返った。佐竹は彼の腕を掴んだまま、一度も振り返らずに前に進んだ。



 《白き鎧》の面々は、無事な姿で戻ってきた佐竹を見て、心底ほっとしたようだった。

 以前の内藤の姿になっているナイト王、ヨシュア、そして竜将ディフリードと宰相ドメニコスがそこにいる。

 ヨシュアはナイトが戻ってきて早々に、王権を兄王に返上したということだった。重責から解き放たれたヨシュアの顔は、すっかり以前の優しいものに戻っている。

「サタケ殿。このたびは、まことに、……まことに――」

 言いかけて感極まり、ナイトの声はもう、あとは涙にまぎれてしまった。ただもう黙って、佐竹の手を握り締め、彼に頭を下げるばかりだ。

「陛下。もう、そのことは。……こちらこそ、内藤のこと、誠に有難うございました」

 佐竹は、内藤と体の交換をしてくれた件で、こちらも王に深々と頭を下げた。ナイトは涙を拭いつつ、にっこり笑って首を振った。

「当然のことをしたまでだ。どうか、どうか、そなたらには、この後、あちらの世界で達者に暮らして貰いたい。私たちのことでは、そなたらに、多大な迷惑を掛けてしまったからな……」

 ヨシュアも兄王の隣で、もう一緒に泣いていた。

「サタケ、本当に有難う……。ナイトウ殿も、本当に――」

 内藤などは、もうとっくの昔に大泣きで、ヨシュアをひしっと抱きしめている。

「うああああん! ヨシュア、良かったな! ほんと、元気でな! お兄さんと仲良くなああ――!」

 ディフリードとドメニコスは比較的落ち着いていて、そんな彼らを苦笑しながら見つめていた。

「あ、そうだ。佐竹、スマホ持ってるよな? 写真撮ろうぜ、写真! なっ!?」

 涙をぬぐった内藤が、出し抜けにそんな事を言い出して、佐竹は眉間に皺を寄せた。


(……なんなんだ、まったく。)


 多少、溜め息をつきながらも、懐から求められたものを出す。

 ぱしゃ、と軽い撮影音がして、しばし一同、その写真の話に花が咲いた。


 やがて、遂に《白き鎧》が稼動を始める。

 ディフリードが制御盤の向こうのサーティークと言葉を交わしつつ、慎重に操作をしてゆき、ついにその《道》が二人の前に口を開けた。


「さよなら……みんな」

 内藤はただ、ぼろぼろ涙をこぼしていた。何度ごしごし擦っても、それが枯れるということはなかった。

 佐竹はそんな内藤の隣で、一同に向かって深く頭を下げた。

「誠にお世話になりました。皆様、どうぞお達者で――」

 言いかけたところを、襟首をいきなり凄まじい力で持ち上げられたかと思うと、次の瞬間、佐竹はまた、丸太のような巨大な腕で固い胸元に抱きしめられていた。


(ゾ――)


 思う間もなく、頭上から怒号が響き渡る。

「ごちゃごちゃうるせえわ。さっさと行きやがれ!」

 そしてまた、ばしばしと頭を叩かれた。

 勿論、竜騎長ゾディアスである。

 そのまま首元を摘み上げられ、佐竹は《門》に放り込まれた。

 

 振り向けば、片頬に笑みを張り付かせた顔で、巨躯の男の鈍色の瞳が悪戯っぽく笑っていた。

 ゾディアスは内藤のことも、まるで子猫にするようにして首っ玉を摘み上げると、佐竹に向かって放り投げた。

「うわっぷ!」

 どすんと、佐竹の胸元に内藤の体がぶち当たる。佐竹は彼の体を受け止めて、《門》の入り口を見返した。


「ま、元気でやれや。お二人さん」

 明るく丸い窓の向こうで、巨躯の男がひらひらと手を振り、呵呵かかと笑った。

「二度と戻って来んじゃねえぞ!」

 そして最後に、取って置きのウインクが飛んできた。


「…………」

 佐竹と内藤は沈黙したまま、しばらくその《窓》を見つめていたが、やがて二人でそちらに、もう一度だけ礼をした。

 そうして振り向き、真っ直ぐに歩き出した。

 今度は、少しも離れることのないように、互いにしっかりと手を握っている。


 佐竹は、振り向かなかった。

 内藤の頬にはまだ雫がこぼれつづけていたけれども、それでも彼も、もう振り向くことはしなかった。



                ◇



「うわっ、わわわ! いいってえええ!」

 案の定、着地に失敗してコンクリートの路面に盛大に尻餅をついてしまった内藤が、あっさりと悲鳴を上げた。

 ひらりと軽い身のこなしで着地している佐竹とは大違いだが、まあそのあたりはご愛嬌だ。


 振り向けば、《白き鎧》の開いた《門》は、すぐに収縮を始めたようで、もう幅五十センチ程度になっている。

 佐竹は素早く周囲の状況を確認した。

 午後の住宅街。見慣れた風景。

 スーパーから内藤の自宅へ向かう、いつもの道だ。


 場所も時刻も、概ね間違いはないようだった。傍の道路脇には、あの時、佐竹が洋介を隠した電柱があり、その傍に、二人の物らしいスクールバッグと、買い物袋が転がっている。幸い、周囲に人影はない。

 佐竹は内藤に手を貸して立たせると、すぐさまそれらの荷物を拾い上げて担ぎあげ、目指す方角に向かって歩き出した。

「え? え……? どこ行くの、佐竹……??」

 戸惑ったような内藤の手を掴んだまま引きずってゆく。

「洋介がスーパーに向かって逃げているはずだ。先に捕まえたい」

「え? 洋介……?」

 内藤が驚いて目を見開く。

「あの時、一人で逃げろと言い聞かせた。スーパーで、警察に連絡しろとな」

 大股に歩きながら、佐竹は説明する。

「時間に誤差がほとんどないなら、まだ近くにいるはずだ。周囲の人間に知られて、騒ぎになる前に捕まえる」

 内藤がきゅっと緊張した面持ちになった。

「わ、わかった……!」 


 二人で足早にそちらへ向かうと、ランドセルを背負った小さな体が、半べそをかきながら前をよたよたと小走りに行く姿が見えた。

 内藤が、目を見開く。

 スーパーへと続く小さな横断歩道の手前、数メートルのところだった。その辺りまでくると、さすがに何人かの通行人が歩いている。


 内藤は、ひゅっと喉を鳴らして、声を失ったようだった。

 無理もない。彼にしてみれば、七年ぶりに見る実の弟の姿なのだ。

 声の出せなくなった兄の変わりに、佐竹がその背に向かって叫んだ。

「洋介! 止まれ! 洋介――!」

 びくりと、小さな背中が震えて立ち止まった。

 恐る恐る、こちらを向いた少年の顔は、もう真っ赤で、必死に泣くのを堪えていたのがまる分かりだった。

 その目が、こちらを視認した途端、びっくりしてまん丸に見開かれる。

「に……、にいちゃ……?」


 内藤が、佐竹の手を放して、突然走り出した。

 洋介が、大きく手を広げてこちらに駆け出してくる。

 その顔はもう、ぐしゃぐしゃに歪んでいた。


 やや珍妙な衣装を身に纏った兄と、普通の小学生の弟が、道端で抱き合って号泣するのを、スクールバッグを肩に担いで、佐竹は少し離れた場所からしばし眺めていた。

 が、さすがに五分もすると、道行く人々の好奇の視線に耐えられなくなり、早々に二人を引っぺがした。

「いい加減にしろ、二人とも」

 ノエリオール風の装束は品もあり、それはそれで典雅な雰囲気のあるものではあるが、さすがに現代の日本の街角にはあまりにもそぐわない。

 常識人の佐竹としては、「え、あれ、なんのアニメだっけ……?」とこそこそ言い交わしながら歩き去る、中学生らしき少女たちの視線が痛すぎる。

 とは言え、愛刀「氷壺」をそのまま帯刀してきているため、そういった扮装だと思って貰えた方が、銃刀法的にもなにかと助かりはするのだが。


 ……いや、駄目だ。

 耐え難い。


「さっさと行くぞ。続きは、家でゆっくりやってくれ」

 佐竹は殆ど内藤の襟首を掴んで引きずるようにしながら、半ば強引に彼らの家へと戻って行った。

 洋介は先ほどの大泣きなどもうすっかり忘れたようなにこにこ顔で、スキップをするぐらいに楽しげに、そんな二人について歩いて行った。

「にいちゃん、おもしろいかっこうだね! さたけさん、すっごい、かっこいいねっ! なにそれ、なんの『こすぷれ』なの……?」

 

(……どこでそんな単語を覚えてくるんだ。)


 佐竹は半眼になりながら、それでも黙って、まだ涙に咽んでいる内藤を引きずって、夕刻の街を歩いて行った。

 

 

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