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白き鎧 黒き鎧  作者: つづれ しういち
第一部 第二章 新参者
13/141

5 赤い太陽



《サタケ! こっちよ! こっちで早く食べましょう!》


 元気なマールの声がする。

 佐竹は彼女の水汲みの手伝いをするため、木製の桶を天秤棒に提げ、肩に担いでその後について歩いていた。今日は、オルクという名の少年も一緒だった。彼は最初に、佐竹を見つけてくれた子供の一人である。二人とも、手には小さめの桶を持っている。

 この村では、水汲みは、女性や子供たちの仕事であるようだった。


《サタケ、早くしてよう! 俺、もうおなかぺっこぺこ〜!》


 赤い髪、紫の瞳の少年も、跳びはねるようにして坂道の上から佐竹を急かしていた。かれらにはもうすっかり、佐竹は「近所のお兄ちゃん」扱いされている。

 上背があって強面で、大抵、初対面の大人からはちょっと引かれることの多い自分が、なぜこうも子供には好かれることが多いのか、どうも佐竹にはよくわからない。

だが、ともかくこれだけは、向こうの世界でもこちらでも変わりはないようだった。

 最初に着ていた制服は、もう使い物にならないほど裂けていたので処分し、今の佐竹は村の人々とさして変わらない服装になっている。靴だけはまだ置いてあるが、いまは鹿革の靴を履いていた。山道では、遥かにこちらのほうが歩きやすかったからだ。



 佐竹がこの村に辿りついてから、すでに十日あまりが過ぎていた。

 勿論、地球の一日とここでの一日には多少の時間差があるようなので、正確なところはよくわからない。しかし、とりもなおさず、「日の出」と「日の入り」が存在し、太陽を基準にして丸一日を数えることは、この地でも変わらないようだった。月がない以上、()()()は存在しないのだろう。

 あの巨大な空の「惑星」は、恐らくはこの惑星との兄弟星、連星なのだろうと推測される。だが今のところ、この地の暦にどう影響しているのかはわからなかった。

 そういう訳で、十日というのは飽くまでも「ここでの十日」ということにはなる。


 この地の太陽そのものも、地球のそれとは異なっていた。

 この惑星の恒星は、太陽よりもはるかに年を取った恒星のようだった。地球を照らす太陽は、白色から黄色の中間ぐらいの色合いの光で輝いているが、ここのそれは、はるかにそれよりも赤っぽかった。橙色と朱色の中間ぐらいであろうか。

 太陽系の太陽は、確か昔、科学読本などで読んだ記憶を辿れば、恒星の年齢としては中年期にあたるはずだ。そこから次第に年を取って赤味を増してゆき、老年期には赤色巨星となって、最終的には惑星系の全てを飲み込むほどに膨張し、四散して、その恒星系と共に、恒星としての命を終える。


 少し、その高度についても疑問があったので、この十日の間に、佐竹はその太陽高度も、仔細に観察してみた。

 まずは、日当たりの良い地面に五十センチほどの棒を立てておき、それが作る影の先を地面に印をつけて記録した。それでちょうど正午に当たる時刻を割り出し、その時刻に太陽の高度を観察したのだ。つまり、いわゆる南中高度というものである。

 目分量なのは致し方ないが、驚くべきことに、それがたったの二十度にも満たなかったのである。このぐらいの知識は、日本でなら普通に中学でも教えられるものなので、さしたる苦労は必要なかった。


(……それにしても)


 二十度。


 それは、「地球人」かつ「日本人」である佐竹にしてみれば、結構な驚きを禁じえない数字だった。

 九十度からそれを引いたものが、おおよそのこの場所の緯度を示すことになるので、そうなると、この土地はこの惑星の、北緯約七十度か、それ以上に北にあることになる。

 地球で言うなら、それはシベリア北部やノルウェー、フィンランドの北部であり、相当寒い地域になるはずだ。今がどういう季節であるのか、はたまた、季節そのものが存在するのかどうかもまだ分からないので断定はできないが、ここは地球に比べると、全体的に随分と温度の高い惑星ということができそうだった。


《遅いよ、サタケー!》


 頬を膨らませて腰に手を当てているオルクが、腰のあたりから佐竹を見上げて声を張り上げた。

 そこは、谷の小川から水を汲んで、村まで帰る途中の木陰だった。午前の水汲みの仕事が終わると、そこで昼餉にするのがかれらの日課であるらしかった。


《早く昼飯にしないと、すぐに日が暮れちゃうよお!》

《すまない、オルク》


 覚えたてのかれらの言葉で少年にひと言謝って、佐竹は天秤棒を下ろした。マールはもう、持参していた昼の弁当を広げ始めている。

 オルクの台詞には、実感がこもっていた。ここでの日中の時間は、それほどに短いのだ。逆に、夜は非常に長くなる。


 山間のこの集落は、名をミード村という。

 深い山間(やまあい)の村であるため、殆ど平らな道などなく、少しでもなだらかな場所にはすべて、畑や牧草地などといったものが所狭しと作られていた。牧草地には、のんびりと草食動物が放されている。要は、羊や山羊や牛といった牧畜用の家畜だ。勿論それらも、地球のそれとは毛並みや色、角の形などが異なっている。


 先ほど()()と断定して言ったのにも、実は理由がある。

 ミード村の人々と話をしたり、これら子供たちから話を聞く中で、次第に佐竹にもこの土地の周辺の環境について分かってきたからである。

 子供たちの弁を借りれば、ここは大きな大陸の北に位置する王国の一部なのだという。砂地に棒で簡単な絵を描いて説明してくれたところによると、大まかにいって、以下のようなことだった。



 大陸北側に位置するこのフロイタール王国は、畏れ多くも白き聖なる王によって支配される、由緒正しき大国である。

 この地の伝説によれば、かつて空から堕ちてきたという二つの宝が大陸の北と南に位置を占めてよりこの方、この大陸は赤道をはさみ、それらを戴く二つの勢力によって支配されてきた。


 北のフロイタール。そして、南のノエリオールだ。


 赤道付近では巨大な赤い太陽が乾いた大地を焦がし、そこが人の住める地域でなくなって、すでに数千年を数えるという。

 かつて、何千、何万年の昔には、そこにも多くの人々が暮らしていたとはいうのだが、いまはその地域の全ては砂に覆われ、水の一滴も湧き出ない。今では「赤い砂漠」と呼ばれるそこは、まさしく死の大地となっているのだ。


 少年たちや村人たちの話す内容には、少なからず「伝説」や「神話」といった(たぐい)の話も多く、佐竹としては用心深くそれらの内容を取捨選択して聞いてゆく必要があった。そんな訳で、話の内容そのものは膨大なものだったのだが、結果、わかったのは以上のようなことだけだった。


 そして、さらに興味深いのが、人の髪の色の話だった。

 北側のフロイタールでは、滅多に黒髪の男子は生まれないのだという。女性でも珍しいが、まず男子はいないらしい。

 そして、黒髪の男子が生まれるのは、南のノエリオールに限られる。そこを治める、悪鬼の如き「黒の王」その人も、漆黒の髪色をした、それは恐ろしい魔王なのだという話だった。

 そして、その話の中に、あの言葉が出てきたのだ。


《サーティーク》。


 それは、他でもない、その「黒の王」その人の名前なのだった。

 その名が、この地の人々に恐れを持って語られるのも当然だった。かの南の国の「黒の王」は、強権を振るい、国民(くにたみ)を虐げ、恐怖と圧制でその国を支配しているのだと言う。

 そればかりでなく、その王は、この十年の間に、何度もこちらの国へ攻め入っても来たらしい。

 そう、あの恐ろしい「赤い砂漠」をも越えてだ。

 あの砂漠を渡ろうとするだけで、その兵は暑さと、乾きと、非情なまでの強行軍のために疲れ果て、こちらの国にたどり着く前に、数百、いや下手をすれば数千もの貴重な命を落とすのだという。

 それ程までのことをして、一体、かの南の国に、なんの得があるというのだろう。

 彼の目的が何であるのか、それは誰にも分からなかった。

 だからこそ、この北の国の人々の、彼に対する恐怖も尋常のものではなかったのだ。


《サタケ、どうしたの》


 ふと気がつくと、美しい(みどり)の瞳が、じっと佐竹を見つめていた。

 少女マールは、あれから本当によく佐竹の「面倒」を見てくれていた。祖母と二人暮らしだという自分の家に連れて帰り、身の回りの世話や怪我の手当てをしてくれた。

 そして少しずつ、佐竹にこの土地の言語の指南もしてくれている。

 小さな体の少女なのだが、なかなか芯のしっかりした性格で、佐竹は彼女には心から感謝していた。同居している祖母は相当な高齢で、目の見えない人だったため、佐竹を必要以上に恐れずにいてくれたのは助かった。


《……いや。なんでもない》


 佐竹は静かにそう答えた。勿論、ここの言語である。

 幸いなことに、ここの言葉は、単語さえ身につけてしまえば、あとは基本的にそれをつなぎ合わせていくだけで事足りた。文法的には、日本語や韓国語に近いのかもしれなかった。

 勿論、より難しい敬語や、形而上学的な単語についてはまったく語彙が追いついてはいなかったが、それでも、日常会話のレベルで、こうした牧歌的な村で暮らす分には、さほど困らないほどにはなってきていた。

 佐竹としては、出来ることならもう少し文化的に高度な地域に移動して、各種の書物などを目にしてみたい気持ちも湧いてきていた。そうしたものから得られる体系的な知識は、この世界で内藤を探しだすためにも、やはりどうしても必要だった。


《ほんと? なんか、信用できないなあ……》


 マールは、再び物思いに(ふけ)り始めた佐竹の顔を疑わしげに覗きこんでいたが、急に、持ってきていた果物にかぶりついた。

 しばらくそんな風に、林檎に良く似た果物をしゃくしゃくと齧る音が聞こえていたが、やがてその音がやみ、桃色の髪の陰から、小さな声がぽつりと聞こえた。


《……どっかいっちゃうんじゃないの?》


(………?)


 彼女の言葉がよく聞き取れなかったので、佐竹は聞き返した。


《なんだ? マール》

《――なんでもないっ!》


 途端、ぷいっと向こうをむいたかと思うと、マールはぱっと立ち上がって、桶を掴み、一目散に村へ向かって走っていってしまった。せっかく苦労して汲んできた水が、桶から盛大に零れるのもお構いなしに。


《なんだよ? マールのやつ……》

 隣に座っていたオルクが、呆気にとられてそれを見送った。

 佐竹は少し、肩を竦めた。

《……さあな》

 オルクが溜め息をついた。

《最近、変なんだよな、あいつ。なんでだと思う? ねえ、サタケ》


 だがそれは、その時の佐竹には、なんとも答えようのない質問だった。

 

 

もともとの投稿で「赤色矮星」と書いていたものを、読者さまの有難いご指摘により「赤色巨星」と訂正しました。有難うございました^^


「やってみなくちゃ、わからない。大科学実験で」っていう、教育TV某番組のあの台詞を思い出す話でしたね…なんとなく^^;

タイトル見ると、某、初代特撮戦隊のテーマ曲が頭を駆け巡るし!

頭、本当に腐ってるんじゃないのわたし…!

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