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白き鎧 黒き鎧  作者: つづれ しういち
第二部 第六章 茫漠
123/141

3 死の惑星(ほし)


 <白き鎧>の面々は、息を呑んだ。

 画面の中が<(まなこ)>の明かりに照らされる。そこは彼らが見たこともないような人工物に(うず)まっていた。


 佐竹からすれば、それはちょうど地下の大きな商業施設のようにも見えた。素材がなんであるかまでは分からないが、丈夫そうで(なめ)らかな壁面を背景に、曲線的な柱が林立している。中には装飾的な形に彩られた人型の像なども見えた。

 通路らしき場所の両側に(そび)えるようにして立っている柱は、奇妙な形をしていた。どうやら相当に大きなもののようだが、<(まなこ)>から観察しているだけだと実際の大きさが判断しにくい。ちょうどテレビ画面で見知らぬ風景を見るのと同様の感覚だ。

 佐竹は眉間に皺を寄せ、腕組みをしたまま訊いてみた。


「このままですと、物体の大きさ等が分かりづらいようです。スケール……物差(ものさ)しの機能などはないのでしょうか」

『少し待て』


 サーティークの声がして、画面の隅に目盛りのついた棒状の画像が入った。近くの柱にピントが合わさるとそれが大きくなり、遠くの柱だと小さくなる。

 サーティークの静かな声が端的に解説した。


『それが大体、成人した人間の身長ということらしい』


(……なるほど)


 となるとその柱は、人の身長の十倍ほどはあるようだ。そのような建造物が地下にあるということは、そこにかつて間違いなく文明が存在した証拠だといえるだろう。

 しかし。


(まったく、人のいる気配がしない――)


 それどころか、画面からは相当に荒廃した印象を受けた。地表で吹き荒れていた砂嵐の影響なのか、床も大部分が分厚い砂の層でうずまっているようである。


「大気の組成等は、いかがなのでしょうか」


 佐竹の質問に応えて、サーティークが再び手許を操作したらしい。画像の隅に何かのデータが映し出された。やはり古代文字である。


「おお、待ってくれ……」


 宰相ドメニコスが慌てて羽根ペンを取り上げた。持参した羊皮紙にデータを写し取り始める。

 この場にあの文官長ヨルムスを連れてこられなかったのが悔やまれた。残念ながら佐竹には、あの男ほどの古代文字の造詣はない。

 この際、細かい検証は自分よりもずっと詳しいサーティークに任せるほうがいいだろう。そう決めて、佐竹は訊ねた。


「弟星の大気組成と比べて、この数値はどうなのでしょう」

『組成そのものに大きな差はないようだが。しかし……』


 黒の王はこともなげに答えたが、声の後半はややくぐもった。彼のほうでも佐竹のように腕組みをして口許を覆っているらしい。ものを考える時の癖なのだろう。


『人が暮らしてゆくには、所謂(いわゆる)毒性の強い成分が多すぎるようだ。手許の表示では、もし我々がそこへ行けば、百も数えぬうちに死に至るほど激烈なものらしい』

「…………」


 <白き鎧>のみならず、<黒き鎧>側の人々も慄然とした。場にはしばし重苦しい沈黙が流れる。

『この地点については、このぐらいと致しましょう』

 サーティークの声はむしろごく普通の調子だった。まるで絶句した一同の気持ちを鼓舞するかのようだ。

『さて次ですが――』

「お待ちください。お尋ねしたいことが」

『どうした? アキユキ』

「申し訳ありませんが、この地点をもっと高度のある場所から俯瞰(ふかん)することは(かな)いませんでしょうか」


 ここは国家の首都だったはずの場所なのだ。そこが全体的にどうなっているかを知るためには、やはり空撮のデータが欲しい。地表から三千メートル以上の地点でこの<眼>を使うことは可能なのだろうか。

 佐竹は大体このような事を、サーティークにも分かる語彙を選びつつ説明した。


『なるほど。了解した』


 サーティークは即座にそう言うと、またパネルを操作した。しばらく待つと、再び画面が明るくなった。

 幸い、その地点はいま太陽の光が当たっている、昼の状態らしかった。


『これが、最初の高度の千倍だ』


 ということはつまり、おおむね高度三千メートルということだろう。

 場の一同は画面にじっと目を凝らした。

 眼下にはうねうねと、砂嵐が吹き荒れる様子が観察できた。

 少し視点を変えると、緩やかな曲線で切り取られた先は濃紺から暗闇に沈む空間になっている。瞬かない星々の光り具合からして、それが宇宙空間だろう。


「あっ」


 視点がさらに移動したところで、ヨシュアが小さく声を上げた。

 丸い惑星が、上下に海らしい青い色を抱えた姿を見せたのだ。

 そこからそれぞれに緑や茶色や山脈らしい白灰色の帯が連なって、真ん中で赤茶色の太い帯――それが「赤い砂漠」であろう――で終わっている。全体を、ゆるやかな白い雲の渦が取り巻いていた。


 ──弟星だった。


 両<鎧>の皆は、しばらく声もなく自分たちのいる惑星(ほし)を見つめていた。

 命の輝きを伴っているその惑星(ほし)は、もちろん地球のそれほどではなかったけれども、それでも瑞々しく、美しかった。


『……ああ、すまん。地表に視点を戻す』


 はっとしたようなサーティークの声がして、<眼>の視線は再び「兄星」の地表へと向けられた。<白き鎧>の一同もその声で我に返り、改めて画面に意識を集中させた。

 砂嵐は、黄土色や茶色の混ざりこんだ奇妙な渦を巻きながら荒れ狂っている。だが、しばらくそうやって観察していると、やがてほんの少し渦が薄まって切れ目ができたようだった。


(……!)


 佐竹は目を見開いた。

 そこには、ちょうど料理用のボウルで砂場に跡をつけたように、ぼかりと遠大な穴が穿(うが)たれていた。

 月面クレーターのようなものが茫洋(ぼうよう)とした姿を現している。

 スケールのサイズを変更するようサーティークに頼み、佐竹はその大体の大きさを目測してみた。

 穴の直径はおよそ三十キロはあった。両<鎧>の一同は驚愕した。

 みなは声もなく、ただ沈黙して画面を凝視している。


(一体……なにがあった)


 単に、宇宙から飛来した隕石の(たぐい)でこうなったのだとは考えにくい。「兄星」ほどの科学力を持っていたなら、そうした物はずっと早くから発見し、破砕する技術も持っていたはずだからだ。


(……となれば)


 考えられることは、さほど多くはないように思われた。

 しかし佐竹は特に何もコメントはしなかった。そのまま「どうぞ続けてください」と言ったのみで、あとは黙って画面を見つめる姿勢に戻った。



 


 以降は同様にしていくつかの「元・国家」ともいうべき場所の首都を中心に<眼>による観察を続けた。

 だが、どこもかしこも厳しい砂嵐や氷原の氷嵐(ブリザード)が吹き荒れる上、大気に危険物質が大量に含まれており、とても人が普通に暮らせる環境ではなくなっていた。

 さらに、他の「もと都市」も上空から観察してみたが、いくつかは同様の巨大なクレーターという無残な姿を晒していた。


 数十箇所の観察が終了しても、画面の中には生命体と呼べるもののひとかけらすら見出すことができなかった。動くものといえば、ただ吹き荒れている砂や氷の粒ばかりだ。

 両<鎧>の人々は途中からもう押し黙り、暗澹たる面持ちでじっと画面を見つめているばかりになった。その中を、淡々と座標や高度を解説するサーティークの声だけが流れ続けた。


『大都市の首都であるはずの場所が、ほぼすべてこのような状態ということになりましょうか。次はもう少し、山や海などだった場所にも入ってみましょう――』


 そちらならもう少し希望のある画像が見られたかといえば、まったくそんなことはなかった。やはり、砂嵐と氷嵐。何処までも命の営みの見えない世界が、ただ延々と続いていた。

 動物ばかりではない。植物さえもその惑星(ほし)には存在しなかった。ほんの小さな地を這う虫の一匹すら、見つけ出すことは叶わなかった。


 ()()を始めて、すでに四時間ばかりが過ぎ去っていた。

 <鎧>の中は恐ろしい沈黙に包まれている。

 佐竹もじっと画面を見つめ、厳しい眼差しのまま、心がある種の虚無に(とら)われそうになるのを抑えることに努めていた。

 

 ──「死の惑星ほし」。


 「兄星」は、とうに滅び去っていたのだ。

 この星に生きる者で、その星が過去に自分たちに対して何を行なったかを知って怒りを覚えぬ者などいまい。かの「兄星」は、人口爆発に耐えかね、罪もない住民をだまし討ちのようにしてこの地へ追いやった。さらにはやがて帰る道を閉ざし、挙げ句にそこを「流刑地」にした。


(だが、それは……つまり)


 かの星のかつての為政者どもが、そこまで非人道的な挙に出たということは。

 つまりはそれが、彼らの文明としての最後の足掻(あが)き、また断末魔だったのだとも言えるのかも知れなかった。


『まだ、あと二十箇所ばかり残っておりますが――』

「もういい……!」


 ヨシュアがとうとう耐えかねるようにして叫んだ。

 彼はもう両手で顔を覆っている。少年王は、すでに体そのものも画面から背けて俯いている。


「もう……、たくさんだ」


 力なく呟く声は、その場の皆の気持ちを代弁していた。

 画面から響くサーティークの声は、やや嘲りと非情の色を帯びたようだった。


『どうぞ、ヨシュア公はご無理なさらずに。席を外して頂いても構いませぬぞ』

「いえ、結構。陛下もここで、最後まで見届けられますので」


 ディフリードが即答した。

 はっと顔を上げたヨシュアの目と、美貌の将軍の(すみれ)色の瞳がかち合った。いまや竜将ディフリードは、ただその視線だけでなにごとかを少年王に語りかけているようだった。

 ヨシュアは少し俯いてじっと考えるようだった。が、やがて静かに頷いた。


「申し訳、ありません……。お続けください」

『承りました。続行しますぞ』


 サーティークの冷ややかな声が短く答えた。

 それからまた、<眼>による「兄星」調査は続行された。

 もちろん、巨大な惑星上をたかだか百箇所ばかり見て回ったからといって、すべてのことが分かるはずもない。しかしこの調査によって、相当多くのことがわかってきたのは事実だった。

 まず、知的生命体の存在は皆無に近い。

 それどころか、動植物の存在も確認するのは難しい状況だ。

 水と空気が存在するので、生命体が存在してもおかしくはない。けれども、どの地点にも存在する毒性のある物質が、それをどこまでも邪魔し続けているらしかった。


 しかし。

 調査も終盤に差し掛かった、その時だった。

 佐竹は映し出されていたごつごつとした岩山のようなものを目にして、はっと目を見開いた。


「お待ち下さい。今のところを、もう一度……。できれば、拡大して見てみたいのですが」


 サーティークはもはや黙ったまま、佐竹の言うとおりに操作をした。

 画面の一部が大写しになる。

 一同はじっと目を凝らした。宰相ドメニコスは鼻眼鏡を懸命に持ち上げて凝視している。ヨシュアも恐るおそると言った風で画面をみつめていた。

 佐竹は画像の一点に人差し指をあてた。


「これです」

「えっ……?」


 ヨシュアが少し画面に近づいた。<黒き鎧>の側でも「なんだ?」という男の声がしている。将軍ヴァイハルトだろう。


「…………」


 皆の目が佐竹の指先に集中する。

 指差した岩肌が、じわり、とかすかに動いたようだった。


「うっ……!」


 一同は声にならない声をあげた。

 そこには、ほとんど岩肌と同じ色合いをした、どろどろと形の定まらないなにかがじわりじわりと蠢いていた。  



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