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白き鎧 黒き鎧  作者: つづれ しういち
第一部 第二章 新参者
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4 ルツ


  

 やがて、さほど待つこともなく、桃色の髪の少女は二人の人物と共に戻ってきた。

 食事らしきものを盆に乗せて持った女性と、いかにもといった風で彼女を守るかのようにして脇に控えている男性である。

 小屋の中は土足では上がらないことになっているらしく、二人とも履物を履かずに直に床に膝をついて座った。男性のほうは、いつでも飛び出せるようにか、両膝を少し突いて膝立ちのような坐り方である。


 女性は長い銀色の髪をした細身の女で、見るからに物静かな雰囲気だった。貫頭衣のような長い衣の上に袖なしの衣を羽織り、上から帯でまとめるのが基本的なこの村のスタイルであるようだ。桃色の髪の少女よりは明らかに年上には見えたが、なにしろこの世界の年齢がどういう段階を踏むのかも分からないので、判断は難しかった。

 対する男性は、逆に赤い髪、赤ら顔のいかめしい男で、粗末な上衣に下穿き姿だった。彼は終始、厳しい視線で佐竹の動向を(うかが)っていた。佐竹が見る限り、この場に居る誰よりも年嵩には見えたが、女性同様、それも断定はできなかった。

 佐竹は、どうやら、この女性がこの場所でそれなりの身分の者であり、男はそれを警護する者なのだろうと見当を付けた。


 女性は(おもむろ)に、盆を床に置いて佐竹の傍に押しやると、そのまますぐに出て行った。傍といっても、優に二メートルは向こうだった。男も同様に、即座にそのあとについて出て行った。全てが、まるで当然のように沈黙のうちに行われた。会話の糸口など皆無に等しかった。

 桃色の髪をした少女は黙ってそれを見ていたが、彼らが出てゆくと、あからさまに呆れたような顔になり、佐竹に向き直ってまた何か言った。

《気にしないで? 大人はみんな、余所者(よそもの)が嫌いなのよ》


 なんとなく、慰められたらしいことは分かったが、佐竹は彼女に向かって、坐ったまま軽く一礼しただけだった。別に慰められる必要などない。命を助けて貰ったというだけで、十分な感謝に値するのだ。何の文句があると言うのか。


《あ、食べてね! おなかすいてるんでしょ?》


 少女がまた何か言って、床の盆をさらにこちらにずりずりと押しやってきたので、佐竹はお言葉に甘えて、有難く頂くことにした。正直なところ、空腹は限界まできており、逆にそのために、もはや空腹感を覚えないほどになっていた。

 盆の上には、木をくり抜いて作った椀が二つに、やはり木で作った匙がついていた。


「頂きます」


 そちらに向き直って胡坐をかき、一応「日本式」で、体の前で手を合わせてから、佐竹は椀のひとつを取った。

 その仕草を、少女はさも面白げに、目を丸くして見つめていた。

 椀の中身は豆や穀物といったものを煮たもので、口をつけてみると、殆ど材料以外の味はしなかった。どうやらここでは、調味料などは貴重品であるらしい。もうひとつの椀には、水が入っていた。

 佐竹が少しずつそれらを口に運ぶのを、少女はちょっと離れた所でしゃがみこんで、両腕で頬杖をつき、にこにこと嬉しそうに眺めていた。





 やがて、佐竹がひととおり食事を終えた頃を見計らってか、その集落の者らしい人々が五、六人ばかり、先ほどの女性、男性と共に小屋の中に入ってきた。

 見ていると、少女は明らかに「あっちへ行っていろ」とばかりに大人の一人に追い払われそうになったが、しつこく食い下がって、どうやらその場に残ることを許されたようだった。


 人々の先頭には、かなり高齢の老婆がおり、その重々しい雰囲気から、佐竹はこの人物が、恐らくはこの集落の(おさ)長らしいと見当をつけた。

 老婆は真っ白な髪を頭頂部で団子のようにまとめ、そこに動物の骨から削りだしたらしい(かんざし)らしきものを刺していた。

 髪の色とは対照的に、その顔色は非常に黒くて、ほとんど茶色といって差し支えなかった。顔中が深い皺に彩られ、歯はほとんど残っていないように思われる。ただ、垂れ下がった瞼の下から見える瞳の光は、不思議なほど落ち着いて穏やかだった。

 首からは、貝殻や骨や磨いた石などをつないだ長い首輪を何本も掛け、明らかに他の人々とは様子が異なっていた。あまり予断をするべきではないのかも知れないが、どうやら地球でいうところの、古代世界における祈祷師や呪術師、巫女などといったものが集落の長となるのと同様なのかもしれなかった。


 人々が静かに着座したところで、佐竹の方でも居住まいを正し、(しとね)の上で胡坐をかいた姿勢から正座になって、ひとまず皆に対して一礼した。剣士としての一礼である。

 他でもない命を救ってもらった相手に対して、とりも直さず誠意を持って礼をするのは当然のことである。この場でそれを表現するに相応しい方法のほうは分からなかったが、今の自分にできるのはこのぐらいのことしかなかった。

 勿論、それがここの礼儀に適うかどうかは分からなかったのだが。


《…………》


 部屋の空気が、少し変わったようだった。

 まず、部屋の隅にいた桃色の髪の少女が、それを見てちょっと両手で口をおさえた。

 なぜかは知らないが、何か嬉しそうな()を発しているように思われた。

 同様に、居並んでいた大人たちも、沈黙はしていたものの、やや意外そうな様子で、見直したような顔をして佐竹を眺めたようだった。

 やがて、老婆が体の前で手を組んで、静かに頭を下げてきた。なるほど、ここでは礼が通用するらしい。佐竹も再び一礼を返した。


 そうして、老婆がしわがれてはいるものの、瞳と同じ穏やかな声音で話を始めた。

 もちろん佐竹には、彼女が何を言っているかは分からなかった。が、老婆が自分の胸元をおさえて「ルツ」と何度か繰り返したことで、彼女の名前がそれなのだろうと見当をつけた。

 老婆は言葉を一旦切ると、「そなたは?」と言うように佐竹のほうへ手のひらを差し出した。

 佐竹は答えた。なるべく、ゆっくりめに発音した。


「佐竹。佐竹煌之(さたけあきゆき)と申します」


 一応、言葉の通じる相手に対するのと代わらぬ(いら)えをしてから、もう一度改めて、より分かりやすい答え方をした。つまり、老婆同様、自分の胸をおさえて「サタケ」の音を繰り返したのだ。


 今度は、一同が少しざわめいた。


(………?)


 何か、空気が不穏になったのを感じて、佐竹は不思議に思った。

 彼らは、何かを恐れているようにも見えたのだ。

 やがて、彼らの中からその単語が聞こえて、佐竹はその理由を知った。


《サーティーク……?》 


 佐竹は我が耳を疑った。


(『サーティーク』だと……?)


 それは、内藤を奪われたあの時に、あの謎の声が呟いた単語ではなかったか。

 なるほど、自分の苗字と多少、音は似ている。が、確かあの時、あの声は、自分の顔を見ただけでその単語を発したはずだ。


(それは、一体なんのことだ……?)


 だが、ひとまず思考はそこで中断せざるを得なかった。

 目の前の人々が明らかに動揺し、恐れを抱いている様子なのを、このままにしておくわけにはいかなかったからだ。下手をすればこちらの命にも関わりかねない。

 佐竹は、静かに首を横にふり、手を振って見せた。勿論これも、通じるジェスチャーかどうかは不明だったが。

 そうして、「サ、タ、ケ」となるべく音を区切って発音し、「サーティーク」とは違うことを強調した。

 多少時間は掛かったが、やがて老婆がゆっくりと頷いた。それを見て、後ろに居並んだ一同も(ようや)く少し安心した空気になった。


 ルツと名乗った老婆はそれから、後ろの人々の名前を一人ずつ紹介した。

 先ほどの食事を持ってきた女性がナオミといい、そのお付きの者らしき男がバシスというらしかった。

 さらにルツは、互いの言語の違いを乗り越えるべく、様々な方法について考えているようなことを述べたらしかった。

 と、いきなり部屋の隅から、あの少女が声を上げた。彼女の名は、確かマールと紹介されていたはずだった。彼女は少女らしい甲高い声で、大人たちに向かってあれこれと提案し、何度か佐竹を見たり指差したりした。

 その後しばらく、大人たちは頭を寄せて話し合い、最終的にはどうやら「それでいい」ということになったらしかった。


 自分のことでありながら、完全に蚊帳の外に置かれた状態で、佐竹はしばらく待っていた。見ているだけで、話の流れは大体わかった。

 要するに、この少女が自分の面倒を見たいと申し出てくれたのだろう。何故だかはわからないが、どうやら強面で目つきの悪いこの自分を、どういうわけかこの少女は気に入ったらしい。


 ……しかし。


(子供のペットにされるのは御免なんだがな)


 人々があれこれと目の前で相談しているのを眺めながら、佐竹は心の中でそんなことを呟いていた。


               

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