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白き鎧 黒き鎧  作者: つづれ しういち
第二部 第五章 流転
116/141

11 悲願


 その日の夕刻。

 フロイタール交渉班の面々は、あらためてヨシュアの宿所に集まった。

 ルツ宅の離れであるその建物の最も広い一室である。上座にはヨシュア、次いでその右手に宰相ドメニコス、竜将ディフリード。そして左手に竜騎長ゾディアス、上級三等文官佐竹という並びで座る。

 マールとオルクは一旦部屋の外に出されていたが、後ほど話があるからと、宿所の近くで待つように指示されていた。


 ヨシュアは、決して顔色は良くはなかった。だがそれでも決意を滲ませたような瞳をして、じっと敷物の上に座っている。このひたすらに心優しい少年王は、昼間、女官見習いの少女からきつい喝を入れられたことで何かが吹っ切れたのかも知れなかった。

 佐竹とゾディアスはそこに集まった一同に、まずはあれからサーティーク王との話し合いで出てきた新事実について話すことになった。

 つまり<黒き鎧>の力を使えば、佐竹が元の世界に戻れるはずだということ。そして佐竹がかのサーティークの身代わりとなり、<鎧の稀人>として<黒き鎧>に入って後<白き鎧>に入ることで、<白き鎧>も<黒き鎧>同様の、完全な性能を取り戻すという話をである。

 一同は静かにその話を聞いていた。が、やはり驚きは隠せぬ様子だった。


 やがてひとつ空咳をしてみせてから、宰相ドメニコスが鼻眼鏡をずり上げて話を始めた。老人はまず、ヨシュアに向かって礼をした。

「では、あらためまして、今後の方針についての確認を致したいと存じまする。今朝がた、かのサーティークが申した件について、陛下のご意見を伺う前に、皆の意見を聞かねばならぬと思いまする。……まずはディフリード卿、いかがか」

「はい」

 隣に座ったディフリードが、妖艶な微笑のままにひとつ頷いた。

「ここまでの南の対応を見ております限り、今までのところ、あちらはあらゆる件に関し、ごく真摯に対応してくれている様子。考えておりました以上に、サーティーク王はまともな理性と判断力をお持ちの王だったようで。これは何よりでございました」


 ふむふむ、とドメニコスが頷いている。ヨシュアも落ち着いた様子で聞いていた。

 ディフリードが続ける。


「今朝がたのあちらの提案そのほかにつきましても、ここなサタケさえ了承してくれるなら、あちらの申すとおりで構わぬかと存じます。要は、かの『兄星』の現状を知ること。および、こちらの<白き鎧>の完全化でございますね。特に後者はこちらにとって、願ってもない話でございましょう」


 一同、特に彼の意見に反対する様子はない。もともと、王都で開かれた御前会議にてある程度の話はまとまっているからだ。できることならなるべく早い段階で<白き鎧>の研究を進め、その性能を向上させるべきだと。

 今朝の会談においてサーティークからその具体的な方法までも伝授されるに及んで、こちらの重臣たちとしても俄然その気運は高まるというものだろう。

 ディフリードはしかし小首を傾げて、「ただ無論」とひとつ釘を刺した。


「これらすべてが初めから南の策略である、との予期はしておくほうが無難でございましょうね。こちらの<鎧>を完全にしてやると言いながら、これが実際にはこちらの<鎧>だけを破壊せんとする工作でないという保証もまた、どこにもありませぬゆえ」

「……む。左様であるな」ドメニコスが頷いて焦眉の顔になる。「なにか対策はあるか? ディフリード」

「最も簡単なのは、事前に()()でも頂いておくことなのでございましょうが――」


 美貌の将軍はにこにこしながら、不穏な単語をさらりと口にした。


「残念ながらと申しましょうか、かのサーティーク王ご自身が『すべてが終われば自分の命を差し上げても構わぬ』とまでおっしゃっていますので。王ご自身を人質にする意味は、あまりなかろうかと思われます。何よりご本人があまりに武辺に過ぎますしね」

「う、うむ……」

 ドメニコスはなんとなく顔色が悪い。

「その上、いまや身近な血族もおられないご様子ですし。となると、人質の人選が非常に難しゅうございますねえ――」


 人を食ったような麗しい笑顔を浮かべたまま滔々(とうとう)と話す。一同はそんな竜将を呆れたように見つめている。


「で、どうするのじゃ」

 困りきったような顔で老宰相が口を挟んだ。

 ディフリードはゆるりと老人の顔を見返した。

「ともあれ今回、交渉班として<黒き鎧>に姿を見せていたご老人、マグナウト卿と将軍ヴァイハルト卿につきましては、サーティーク公にとっても掛けがえのない近臣とお見受けしました。彼らのうちどちらかのお身柄を、サタケと引き換えにお預かりするということで、いかがでしょう」

「おお……」

 ドメニコスが感嘆の声を洩らす。

 ディフリードはそれには関心なさげに言葉を続けた。

「さすれば恐らくは、ひとつ安心を買う形にもなりましょう。唯々諾々(いいだくだく)と相手方の言うままということにもならず、こちらの名目も立つのではあるまいかと」

「な、なるほど!」

 ドメニコスの瞳が明らかに嬉しげに輝いた。そのままヨシュアの方へ向き直る。

「ではそのように、次回の会談で提案するということでよろしゅうございましょうか、陛下?」

「……そうだな。仕方あるまい――」


 ヨシュアは明らかにあまり気乗りはしなさそうだった。が、いかにもやむなくという様子でドメニコスに頷き返した。


「では皆、よいかな? 次回の会談では、あちらより人質を頂く話をまず致す。その上で、かの『兄星』の調査の件の相談に入るという流れじゃ。その結果次第のことではあろうが、さらには<白き鎧>の完全化を目指すこととする、と。──さて、それでじゃ……サタケ上級三等」

 次の話を始めるにあたり、ドメニコスは佐竹に目を転じた。

「そなた、この『<鎧>の完全化』について、まこと我らに協力するつもりがあるかや? さらにはなにか、陛下に申し上げるべきことがあるかや」

「……は」


 いきなりこちらに皆の目が集中する。佐竹は座ったまま一礼をした。


「かのサーティーク王が申す『そちらの国にとっても益になる』云々については、まだ何の確証もありません。しかし<白き鎧>の完全化については、試してみる価値は十分にあろうかと考えます。もちろん自分も、そのご協力を惜しむものではありません」


 静かな声で淡々と答える佐竹を、隣に座ったゾディアスがやや苦い瞳で眺めていた。

 そして、やがて憮然とした声で言った。


「だがよ。あのナイトウ殿がああまで不安がってんのは気に入らねえな。そんなに安全な方法でもねえんだろうが?」

「そのようですが、今はそういうことを言っている場合ではなかろうかと」

 いつも通りの表情でそう言うだけの佐竹を、ゾディアスは眉間に皺を寄せて横目で睨んでいる。

「ふむ? 具体的には、どんな結果になることが考えられるのかな? サタケ上級三等殿」

 ディフリードにそう訊かれて、佐竹は彼のほうに向き直った。


「はい。まずは<黒き鎧>での<鎧の稀人>としての<儀式>の中で、ある種、命の危険が起こる可能性がひとつ。そしてこちらへ戻って後、<白き鎧>の中へ入ってからのことですが、<鎧>によって命、()しくは人格を奪われる可能性があるようです」


 佐竹の声は静かで、やはり淡々としたものだった。

 それはまるで自分自身のことではなく、どこかにいる別の人間の身に起こることでも話しているかのような口ぶりだった。

 一同はそんな佐竹を、やや驚きを持って眺めている。

 先ほど(らい)、横合いから飛んでくるぴりぴりと刺すような殺気を首筋に感じてはいたが、佐竹はずっと気づかぬふりをしていた。隣に座るゾディアスが次第に苛立ってきていることは、顔を見るまでもなく分かっていた。


「……なるほど。それは、なかなかに厳しい作業になるようだ。本当にわが国のためにそんなことまで協力してくれるのかい? サタケ殿」

 白手袋をした指先で顎の辺りに触れながらディフリードが(たず)ねた。

 佐竹は静かに頷いた。

「無論です。どうやらこれが、内藤を元の世界に連れ帰るために自分にできる、最後のことでもあるようですので」


 一同は、しばし沈黙して佐竹を見つめた。

 ヨシュアも悲しげな瞳をいっぱいに見開いて、じっと佐竹を見つめている。

 そうして、遂に言った。

「しかし……。そのようなことまで、して貰うのは……」

 やっと搾り出したような声だった。佐竹は顔色も変えず、不安げな少年王にまた頭を下げた。


「いえ。どうぞお構いなく。これはもちろん、自分のためでもございますので」

「いや、そうは言っても――」

「陛下」

 一度頭を上げると、佐竹は青白い少年王の顔をまっすぐに見返した。

「どうか、自分からもお願い申し上げます。どうかこのお役目、この自分に果たさせて頂きたい」

 両拳を体の脇にがつんとつき、ヨシュアに向かって低く頭を下げる。

「かの南の王サーティークにとって、<鎧>の破壊が悲願であるのとの話を聞きました。それと同様、自分にとって内藤を元の世界に連れ帰ることが、何を()いてもなすべき目的でもあり、悲願と言ってもよいものです。……どうか、平にお願い申し上げたい。どうかこの儀、お許しを賜りたく──」

「いや、そのっ……」

 言いかけてヨシュアが片手を上げたが、佐竹は構わずさらに頭を下げた。

「どうか。……陛下」

「だ、だからっ……!」

 堪らなくなったように、ヨシュアがさっと立ち上がった。急いで佐竹の目の前にやってくるとその場に膝をつく。

「やめてくれ! 頼むのは、むしろこちらの方なのにっ……!」

 彼の両手が自分の肩に掛かったのが分かったが、佐竹は頭を上げなかった。


「私はただ、心配なのだ! そなたに万一、もしものことでもあったら……!」

 少年王は言い募る。その声はもう、狼狽と悲しみでいっぱいだった。

「私は、それこそ……あのナイトウ殿に――」

 「申し訳ない」なのか「合わす顔がない」なのか、ともかく続く言葉はもう、ヨシュアは紡ぐこともできなかった。ただ喉を詰まらせるようにして押し黙り、俯いてしまう。

 佐竹の肩を掴む手にぎゅうっと力が籠もった。

 それでも頭を上げないまま、佐竹は静かに言った。


「もとより、この世界に来た当初から覚悟はしてきたことなのです。今更、それに怖気づくわけにも参りません」

 周囲の一同も声もなくその言葉を聞いている。

「そもそも、初めのうちは言葉も文化も、何も分からぬままにこの地にやってきた自分です。そんな自分がここまで辿りつけましたことも、この村の皆、そして王国の皆様がたのお陰と深く感謝も致しております」


 そうだ。決して、一人でここまでやって来られたわけではない。彼らの多くの助力なしには、自分はあの内藤に会うことすら叶わなかったかも知れないではないか。


「ならば、一片の感謝の意味なりとも篭めて、どうか自分に、この役目だけは果たさせて頂きたい」

「…………」

 ヨシュアはもう一言もなく、佐竹の頭を見つめている。

「陛下。どうか――」


 隣で胡坐をかいているゾディアスの巨大な拳が、膝の上でぐっと握り締められたまま動かない。奥歯を噛み締めているらしいのが、顔を上げるまでもなく分かった。

 その場の一同はただ無言で、頭を下げたままの佐竹とその前で項垂(うなだ)れている、若き国王の姿を見つめていた。



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