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白き鎧 黒き鎧  作者: つづれ しういち
第二部 第五章 流転
114/141

9 希望


『だっ、駄目だっ……!』

 内藤が大声で叫んで、再びサーティークのマントを握りしめた。

『そんなことっ、駄目だ! 駄目だぞ、佐竹……!』


 画面のこちらを必死に見ながら、ひたすらそう言い続けている。

 佐竹はそれを静かな視線で見返していた。


 要するにサーティークはこう言っているのだ。佐竹が自らの体を、つまり脳を用いて<黒き鎧>の中のデータを運ぶ。それ以外に<白き鎧>を完全にする方法はないのだと。

 仮に<黒き鎧の儀式>が完遂できたとしても、<白き鎧>に入ったあと、佐竹がもとの人格を持ったまま無事に生還できるという保証はないのだと。

 内藤はまだ叫んでいる。


『だって、お前は帰らなくちゃいけないんだ! ちゃんと無事に、あっちの世界に帰らなくちゃ……!』

「…………」


 佐竹は無言のまま、画面の中の友人を見返した。


(また言ったな、こいつ)


 「()()()」という言い方をするということは。

 少なくとも自分については、もう元の世界へ戻る気持ちがないということではないのか。

 それでは一体、自分は何のためにここへ来たのか。佐竹は自分の身体の脇で、密かにぎゅっと拳を握りしめた。

 そのまましばらく怪訝な顔で内藤の顔を見やっていたが、やがてサーティークに視線を戻した。


「おっしゃることは分かりました。確かにそれは、こちらで一度検討する必要があるようです。しばらくお時間を頂く形になろうかと」

 静かな声でそれだけ言う。青年王のほうも腕組みをして、緩やかに微笑んだようだった。

『もちろん、構わぬ。ゆっくり考えて貰えば良い』

 マグナウトとヴァイハルトの方を見やって頷きあったうえ、こちらを向いて頷いた。

『とりあえず、公式の会談はここまでということに致そう。かの<兄星>の調査についてとアキユキ殿の件も含め、続く話は五日後に再開、ということでいかがか』

「承知いたしました。では、そのように」


 佐竹もこちらでドメニコス、ゾディアスと目を見交わし、意見を合わせて返事をした。





 そこで一旦、本日の公式の会談はお開きとなった。

 両<鎧>の中には先ほどの話の通り、あちらにはサーティークと内藤が、こちらには佐竹とゾディアスのみが残り、()()()()()非公式の会話を続ける運びとなった。


『まずは、ムネユキの件であろうな──』


 サーティークはマグナウトが座っていた椅子にどかりと座り、佐竹にも着座を促してから話を始めた。

 それは、内藤に語ったのとほぼ同じ内容だった。内藤も王の隣で黙って目を伏せて話を聞いている。こちらではゾディアスが多少憮然とした顔のまま腕組みをし、佐竹の背後で沈黙して聞いている。


 サーティークが子供時代、夜中に尖塔の上で初めて宗之に出会ったこと。

 その後、夜に何度も交流し、剣を教わる間柄になったこと。

 もうひとつの世界にいる「アキユキ」という名の息子の話をしてくれたこと。


 そして、その晩年、病床で。

 最期まで母のため、父王として振る舞い続けてくれたこと──。


 佐竹はただ静かに前を向き、すべての話を黙って聞いた。すでに前回の内藤の言葉によって、ある程度の心構えができていたことは大きい。

 むしろ内藤の方が動揺しているように見えた。サーティークの斜め後ろに立ち尽くしたまま、時々涙ぐんでいるようだ。

 最後にサーティークは少し黙り、佐竹の顔をまっすぐに見据えてから言った。


『まこと、最期の瞬間まで立派なご父君(ふくん)であらせられた。図らずもそなたの父の意に反し、その人生の最後の時間をこちらに頂く運びとなったこと……ノエリオールの国王として、心よりお詫び申し上げたい──』


 ごく真摯な声だった。

 深く頭を下げたサーティークを、佐竹はやはり静かな瞳で見返していた。

 が、やがて居住まいを正して一礼を返した。


「……いえ。ご丁寧にお話しいただき、まことに有難うございました」

 頭を上げ、再び青年王の瞳を見つめる。

「父の最期を看取って頂きましたこと、心より御礼申し上げます──」


 常と変わらぬ表情のままそう言って、もう一度頭を下げる。

 そんな佐竹を、サーティークもゾディアスも内藤も、なんとも知れぬ目の色でしばし沈黙して見つめていた。


『……ほら。またそなたは』

 サーティークが、ふと背後を見やって苦笑した。

『そなたが泣いては、アキユキ殿がそうできまいが。気を遣って差し上げよ』

 意外なほどに優しげな声で、青年王がそんなことを言っている。

『は、はい……。すみません……』


 例によって内藤がまた、ごしごしと目もとを(こす)っていた。

 なんだか不思議なぐらい、ごく自然なやりとりだった。

 ゾディアスがちょっと呆れたような顔になる。


「……んで? 次は何の話をすんだ? ノエリオールの国王さんよ」


 ぽりぽりと頬のあたりを掻きながら、面倒くさそうに言葉を投げる。

 巨躯の男の不敬な物言いに、一瞬ぎらりとサーティークの目が険しくなった。だがゾディアスはしれっとした顔で、こきこきと首など鳴らしているだけだ。

 男の様子を一瞥すると、サーティークはなぜか一転して片頬を緩めた。「なるほどな」といわぬばかりの顔だった。一瞬、佐竹の固い表情にちらりと目をやったところを見ると、この男にも何か思うところがあるようだ。

 ゾディアスは相手の身分や反応などどこ吹く風で、いつもと変わらず「言いたいことを言うばかり」といった様子である。


「時間がねえんじゃねえのかい? 俺、もう腹減っちまってよ~。とっとと済ませて、そろそろ引き上げてえんだが?」

『同感だ。あとはこのお二人の話ではなかったかな? 早速始めていただくとしよう』


 サーティークもそれには賛成のようだった。すぐに椅子から立ち上がり、遠慮している内藤の首根っこを捕まえるようにして、無理やりにそこに座らせる。

『え? えと……俺の話??』

 おろおろしている内藤を見て、途端に佐竹は剣吞な目になった。

「内藤。正直なところ、どうなんだ」

『え? ど、どうって……』

 戸惑っている内藤を前に、佐竹は少し言葉を切った。


「貴様、先日から元の世界に帰る気がないようなことを言ってるが。それは本気か、と訊いている」

 声が地を這っている。

 内藤はぶるっと身を竦ませたようだった。

『え~……、えっと……』


 相当逡巡していたらしかったが、内藤はやっとぽつりぽつりと話し始めた。


『だって、佐竹……。考えてみろよ。俺、もう二十四になってんだよ? このままお前と帰ったとして、どうするんだよ。そのまま高校に戻れるわけでもないんだし――』

 佐竹は黙ったまま、言い募る彼の顔を厳しい瞳で見つめている。

『お前は大丈夫だろうけど、俺はもう……。帰ったってきっと、父さんにも洋介にも、ぜったい迷惑掛けるだけだもん……』

 声が震えて、語尾は今にも消え入りそうになっている。

『俺のこと助けに来てくれた佐竹には、本当に悪いって思うけど……。でも――』


 佐竹はしばし、目を細めてじっと内藤を睨みすえていた。

 が、次の瞬間いきなり椅子を蹴って立ち上がった。


「……わかった」

 木製の椅子がガタンと床に転がって派手な音をたてる。

「そういう事なら、俺も元の世界には戻らない」

『え……!?』


 内藤がぎょっとしてこちらを凝視した。


「聞こえなかったか? 『俺も帰らない』と言ったんだ。お前を連れて帰れないのに、俺だけ戻ることに意味などあるか」

 佐竹の声はいつになく尖っている。

『さ……佐竹――』

 内藤は呆然として、すぐには言葉も出ない様子だ。それには構わず、言葉を続けた。

「洋介と約束した。『お前の兄貴は、必ず俺が連れ帰る』とな。その約束が果たせない以上、俺が帰れる道理はない」

『さっ、佐竹! でもそれはっ……!』

 内藤も立ち上がり、画面のそばまで近寄ってきた。もう必死の顔だった。

『そんなの、駄目だろっ……! せっかく、帰れるのに! 帰れるって、分かったのに……!』


 両手がばしりと画面を叩いたのが見えた。

 佐竹の目がぎらっと光った。

 一瞬聞き逃しかかったが、そこに驚くべき内容があったのに気づいたのだ。


(帰れると、分かった……だと?)


 内藤はハッとして、瞬間的にサーティークの方を振り返った。ひどく心配そうな顔だった。対するサーティークは涼しい顔だ。彼に向かって「続けよ」とばかりに軽く片手を上げて見せただけだった。

 あからさまにほっとした顔になり、内藤は改めてこちらを向いた。


『多分……帰れるんだ。完全になった<黒き鎧>を使えば。お前は、今すぐにでも……!』


 佐竹は沈黙した。

 もちろん驚きは大きかった。しかし他方で、予期したような喜びは不思議なほどに湧いてこなかった。

 なぜなら。


「だが。お前は帰らないと……?」


 佐竹の声には、もはや隠しようのない苛立ちが(あふ)れている。握りしめた拳には今にも血が滲みそうだった。

 ゾディアスはその後ろで「やれやれ」とばかりにこの険悪なやりとりを眺めている。サーティークはと言うと、腕組みをして立ち尽くしてはいるものの至って静かな表情だった。


『洋介には、まだ父さんがいる! だから一人ぼっちにはならないんだ。俺がいなくなったって、きっとちゃんとやっていけるよ』

 内藤は悲しげな目で訴えている。

『でもっ……、お前のところは、お母さんだけが残ってんだろ!? だって、お父さんまでこっちの世界に連れてこられちゃったんだからっ……!』

 さっきから、もう必死で首を横に振り続けている。

『これで……俺のせいでお前まで、こっちに残ることになっちゃったら──』

 遂にその目から涙が零れた。

『お母さんが、一人ぼっちになっちゃうじゃんか……!』


 ばんばんと両手で激しく画面を叩き続けている。


『そんなの、駄目だ……! 絶対、ぜったい……駄目なんだよっ……!』


 とうとう何も言えなくなり、内藤の姿は画面の下方へずるずる下がって見えなくなった。そのままそこにくずおれてしまったのだろう。画面から、嗚咽だけが低く届いている。

 佐竹ももう何も言わず、そこに立ち尽くしていた。拳を握り締めたまま画面を睨みつけているばかりだ。

 しばし、なんとも知れない沈黙が部屋の中を支配した。

 やがて静かな声がそれを破った。


『……まあ、それもあっての話なのよ』

 サーティークだった。

『先ほどの、<白き鎧>を完全体にしてはいかがか、という提案はな──』


 王はそっと画面に近寄り、そこにしゃがみこんでいたらしい内藤の肩を掴んで引き起こした。内藤は両手で顔を覆って肩を震わせている。

 サーティークはそのまま彼を自分の胸に抱きこむようにしてこちらを見やった。


(この男……)


 その様子がまた、佐竹をさらに苛立たせた。

「どういう意味でしょうか」

 押し殺した声で問う。サーティークは少し笑った。

『まあ、先ほども言ったように、このことに確証はない。だが──』

 ぽすぽすと、抱きしめた内藤の頭を叩く。まるで子供を(なだ)めるようだ。

『<白き鎧>が完全体となることで、もしかするとお前たちのことも解決する方策が見出せるかもしれんのさ。……飽くまでも、可能性の問題ではあるが』

 サーティークの表情はむしろいくらか愉しげにさえ見えた。

『なればこそ、言うのよ。……アキユキ』


 男の瞳が画面越しに、真っすぐ佐竹の瞳を射抜いた。そこにまやかしの光はなかった。


『できればそなたに、二つの<儀式>を完遂させて貰いたい。そうすることでしか、恐らく問題の解決は図れぬであろうからな──』


 内藤がパッと顔を上げた。

『へっ、陛下……! だから、それは──!』

 だがサーティークは内藤の唇に指先を押し当ててそれをとどめた。「黙れ」と言わんばかりだった。涙に濡れた瞳を大きく見開いて、内藤が言葉を失う。そのままこちらを見やって、今度は佐竹に向かって必死に首を横に振っていた。

「…………」 

 佐竹は厳しい瞳のまま、青年王の穏やかな相貌を見返した。

「両<鎧>が共に完全体となることで、我々の未来(さき)も見えるようになるかも知れぬと……?」

『そういうことだ。どうか、前向きに検討して貰いたい』


 サーティークが最後にまたにやりと笑った。そうして内藤の頭を抱きしめたまま、もう片方の手でさりげなく<鎧>を操作したらしかった。

 内藤はまだぼろぼろと涙を零しながら、必死にこちらを凝視している。サーティークは彼の頭を抱きこむようにしてこちらを見つめ、微笑んでいる。

 やがて二人の姿は、静かに画面から消えていった。



「……さって。そんじゃま、戻るか。サタケ」


 光の消えた制御盤の前で立ち尽くした佐竹の背中に、ゾディアスが軽く声を掛けた。まるで世間話でもするような風情だった。

 佐竹の握り締めた拳がかすかに震えている。それを目の隅に捉えていながら、巨躯の男は敢えて何も気づかぬ風で、いつものように巨大な拳で彼の胸元をどやしつけた。


「とっとと戻って、メシにしよーぜ、メシに。腹が減ってちゃ、いい考えなんて浮かばねえわ」


 鋼の筋肉が盛り上がった丸太のような腕を、ぐいと佐竹の首に回す。有無を言わさずそのまま引きずっていき、ぐいぐいと<鎧>の入り口に向けて歩き出した。

 佐竹は何も言わず、鬼の竜騎長にされるままになっていた。それでもまだ、じっと何かを考え続けているようだ。

 それにちらっと視線を走らせて、ゾディアスは苦笑した。


「ま、考えりゃいいってもんでもねえけどよ。時にはあれだ、『ともかく動け』ってこともあらあな──」


 「な?」とまた片目をつぶって見せ、分厚い手のひらでばしばしと佐竹の頭をはたく。そうしてやけに明るく哄笑したかと思うと、ゾディアスは佐竹を引きずるようにして、大股に<鎧>の出口から出て行った。



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