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白き鎧 黒き鎧  作者: つづれ しういち
第二部 第五章 流転
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8 生贄


 <黒き鎧>中央制御室の中で、ノエリオール王サーティークは深く下げていた頭をゆっくりと上げた。

 <白き鎧>の部屋の中では、ヨシュアをはじめ臣下の皆が固唾(かたず)を呑んでその姿を見つめている。ヨシュアはまだ零れる涙を拭いもせずに、じっとその制御装置(コンソール・パネル)を凝視している。


「残念ながら、『今すぐ』という訳には参りませんが──」サーティークが、もと通り画面の中のヨシュアの顔をまっすぐに見つめながら言った。「もし、ヨシュア公がお望みであるならば」

 彼の隣に立っていた内藤が、はっとしたように顔を上げてサーティークの横顔を見つめた。傍に居るヴァイハルトとマグナウトも同様だった。

「私に今後、王位継承者たる嫡子が生まれ次第、この命、貴方様の手にお委ねすることも(やぶさ)かではないと考えております」

 言って黒髪の王は再び、先ほどよりはやや軽い礼をした。

「へ、陛下……!」

 内藤がびっくりして声を上げた。

「おい……!」

 ヴァイハルトも憤然として、サーティークの胸倉を掴まんばかりの勢いだ。マグナウトだけはただじっと沈黙したまま、深い皺の奥の瞳に痛ましげな色を浮かべて立ち尽くしている。



 <白き鎧>にいるフロイタールの面々も、しばし唖然としてサーティークの言葉を聞いていた。

 画面からは、黒の王の落ち着いた声が流れ続けている。


『ただ、もしお許しいただけるのであれば。そちらとこちらの<鎧>について、まだいま少し、調べておきたいことがございます。できますればそれが解明され、両<鎧>が破壊されるまでだけでも、この命、私にお預け置きいただければ幸いです』


 言ってまた、黒髪の王は深く礼をした。

 それは何の裏も、偽りもない声音だった。

 サーティークの姿は凛として、そこに一切の欺瞞(ぎまん)も躊躇も存在しなかった。むしろそこには、こちらにいる佐竹同様の、何か真摯で、静謐な空気が満ちているように思われた。

 ヨシュアはじめフロイタールの面々は、しばし言葉を失って画面の中の王を見つめていた。

 と、画面の中の内藤が声を上げた。


『へ、陛下……、そんな……!』

 サーティークの黒いマントの端を握って、隣で必死に首を横に振っている。

『でもっ……だって、陛下だって……!』


 内藤の声は悲痛だった。佐竹はふと、そんな友人の姿を見て不思議な気持ちになる。

 今、この画面で見るサーティークは、どう見ても単なる「悪人」とは思えない。

 いやむしろ、その逆だ。

 こんな男があれほどの事を起こしてしまうからには、彼には彼の、心を引き裂くような何かが、それもあの<鎧>に関連した何かがあったと考えるのが妥当だろう。


(それを内藤は……知っているのか)


 画面の中の内藤はまた泣きそうな顔をして、佐竹とヨシュア、そしてサーティークを交互に見ながら、激しく首を振り続けている。


『やめて下さい……! そんなことっ、そんなこと、したからって……!』


 ヨシュアもまた、呆然としたまま言葉を失っている。

 ただあいかわらず涙を零しながらも、今は暗い瞳の色でひたすらに、じっと頭を下げたサーティークを見つめ続けていた。が、やがて自分の肩に置かれていたディフリードの手をそっと離させ、傍に立つ佐竹を見上げた。

 少年王の瞳が、「どうすればいい」と訊ねていた。

 佐竹はそれを見返した。が、無言のままだった。そんなことを、別の世界から来ただけのこの自分が決められるはずがない。ひとまず首を横に振った。この話は、一旦預からせて貰うのが最善だろうと思われた。

 長く重い沈黙のあと、ようやく絞りだすようにして、ヨシュアが声を出した。


「お気持ち、よく分かりました。サーティーク公」


 その声は掠れきっていて、平板に聞こえた。書かれたものをただ読んでいるかのようだった。サーティークが頭を上げた。


「ただ、その……。今すぐお返事はできかねます。一度、持ち帰らせていただいても……?」


 やっとのことでそう言って、ヨシュアは俯いた。今にも倒れそうな顔色だった。佐竹はさり気なく彼の背中に腕を回して、彼の体を支えるようにした。


『無論です。ごゆっくり、いかようにもお考え下さい』

 サーティークは少年王を静かな黒い瞳でみつめたまま言った。対照的なほど落ち着いた声音だった。

『ただ両<鎧>の破壊についてだけは、なんとしても貴方様のご了解と、ご協力をお願い申し上げたい。このことだけは、何を措いてもやり遂げねばなりません』


 ややぼんやりとした画面を通しても、その瞳が炯々(けいけい)として、凄まじいまでの意思の光を放っていることが知れた。


『この身のすべてを懸けた悲願なのです。どうか――』


 サーティークはまた深く(こうべ)を垂れた。

 ヨシュアは、黙って頷いた。そうして「後は任せる」と小さな声で佐竹に囁くように言うと、サーティークに向かって少し頭を下げてから、よろよろと<鎧>の扉へと歩いていった。

 ゾディアスがそれについて出ようとしたところを、ディフリードが片手を上げてとどめた。代わりに自分がついて出て行く。ゾディアスはちょっと肩を竦めてそれを見送ると、美貌の将軍のいた場所に改めてぐいと場を占めた。





 ヨシュアが退室するのを見届けてから、佐竹は改めて画面に向き直った。


「では、改めてお話を続けさせていただきます。<鎧>の破壊の前に、なにか調べておきたいことがおありとのお話でしたが。内容をお教えいただけますでしょうか」

『もちろんだ。そちらの意見も伺っておきたいしな』


 少年王が退席したことで、サーティークは少し態度を軟化させた様子だった。言葉遣いもいわゆる目下に対するものに変わり、少しにやりと笑っている。

 内藤は、男の隣でまだ不安げな顔で、マントの端を掴んでいる。彼に「大丈夫だ」と言うように笑ってみせ、手を離させてから、サーティークはあらためてこちらを見た。


『まずは、かの《兄星》の現在の動向だ。そちらも気にはなっているであろう?』


 佐竹はその言葉にはっとする。


(『兄星』……。そうか)


 この両<鎧>に関するあらゆる負の歴史のすべての元凶ともいえるのは、あの「兄星」だ。彼らが今現在どういう状況にあり、この「弟星」についてどう考えているかを知ることは、非常に重要な要件である。

 彼らがいまだ、こちらの星を利用しようと動いているようならば。<鎧>を早々に破壊してしまうわけにも行くまい。彼らに対抗しようと思えば間違いなく、この<鎧>の機能は不可欠になるだろうからだ。

 と、宰相ドメニコスがじわりと唇を舐めてから口を開いた。


「と、申されましても……。一体どのようにして、かの星のことを調べるのでござりましょうや――」

『なに、さしたる不便はない』

 黒髪の王がこともなげに言った。

『こちらの<黒き鎧>は、ナイト王殿のご協力により、すでに完全なる状態を取り戻している。こちらの<鎧>の機能を使えば、かの地の状況を観察するぐらいは造作もない。また数日、動力源の蓄積のために時間は必要だが、なんなら三日も頂ければ可能であろうよ』

「な……、なんと――」


 ドメニコスは絶句して、少し後ろに下がった。自分の頭の中を整理するような顔になっている。


『そして、もうひとつ。とあることがずっと気に掛かっていてな。<鎧>の中の、更なる詳しい調査をしたいと考えている』

「と、申されますと」

 佐竹が返すと、サーティークは少し言葉を切った。

『これについては、まだ確証はないので話ができぬ。今のところは《開いてみてのお楽しみ》ぐらいのことに過ぎぬのでな……』


 こちらの皆も、あちらのマグナウト翁とヴァイハルトも、また内藤もぽかんとした顔だ。みな不敵な笑みを浮かべた青年王を見つめている。この話を聞いたのは、この場の全員が初めてということらしかった。


『ただ、もし俺の考えどおりのことであったとすれば。恐らくは、そちらの国にとっても大いに喜ばしいことにはなろう。……と、それだけは申しておこう』


 謎だらけの台詞とともに、韜晦(とうかい)したような笑みを浮かべて、サーティークはちょっと会釈をして見せた。

 フロイタールの面々はどうにも煙に巻かれたような顔で、しばらく沈黙せざるを得なかった。ゾディアスなどはとうに思考することを放棄して、頭の後ろで手を組み合わせ、明後日の方を見る様子である。

 佐竹がようやくその沈黙を破った。


「ひとつ、質問があるのですが。よろしいでしょうか」

『なんなりと』


 即答するサーティーク。先ほどからずっと口許に笑みを浮かべている。

 どうやらこの王、佐竹と話をするのがことのほか(たの)しそうに見える。こちらの気のせいなのだろうか。


「『<黒き鎧>が完全になった』とのお話でしたが。つまり、こちらの<白き鎧>はいまだ不完全、ということでよろしいのでしょうか」

『ああ、そうなる』

「では、こちらを完全にするためには何が必要なのでしょう。また今後の活動において、こちらもそれを行なう必要はありましょうか?」

『く、はは……』


 いきなりサーティークが堪えきれなくなったように笑い出した。

 こちらの面々は一様に怪訝な顔になる。

 サーティークは愉しげに口許に手を当てて、しばらく笑声を上げていた。


『……なるほど。そなた、面白い』


(……何がだ)


 佐竹は佐竹で、つい半眼になって突っ込んでいる。もちろん心の中だけでだが。

 サーティークはすっと笑いを引っ込めた。


『そちらの<鎧>を完全にするか否か。それはそちらの決めることだ。実は先ほど申した案件について調べるためには、そちらの<鎧>の完全化は不可欠でもある。しかし完全にするためには、こちらの<黒き鎧>中の記録をそちらに投入する必要があるのよ』


(記録を、投入……?)


 佐竹は腕組みをして顎に手をあてつつ聞いている。

 つまりは、コンピューターに新たなデータを書き入れるようなものだろうか。


『具体的には<黒き鎧>に誰かが入り、その記録を()()に書き込む。その後、再び<白き鎧>に入る。……簡単に言えば、そういう流れだ』


 黒の王は、言いながら自分の頭を指さしている。さも、こともなげに言っているようだった。だが隣に立っている内藤がさっと顔色を変えたところを見ると、どうやらそんなにたやすい話でもないようだ。


『さすがに察しがいいようだな。左様。それほど簡単な話ではない――』

 佐竹の眉間に皺が寄ったのを見て取って、サーティークは少し苦笑した。

『まず第一に、それは<黒き鎧>の扉を開くことのできる者でなくてはならぬ。でなければ<鎧>に入った時点で、その者は有無を言わさず命を()られることになろう。つまりはわが王家の血縁者、またはそれにごく近い誰か……という話になろうな』

「…………」


 フロイタールの面々は、息を詰めて黒の王の映し出された画面を見ている。


『そして第二に。ここなユウヤはたまたま元の人格を取り戻し、<黒き鎧>から無事に生還した。とはいえ、次も必ずそうなるという保証はどこにもない、ということよ――』

 その声は淡々としていたが、有無を言わさぬ迫力を含んでいた。

『それゆえ、いま俺がこの<黒き鎧>に入るわけには行かぬ。まことに申し訳ない話ではあるが、俺はこの<鎧>を破壊し尽くすまでは、まだ死ぬわけにはいかんからだ』


 次第に話の終着点が見えてきた気がして、佐竹はゆっくりと視線を上げた。

 画面の中の青年王と、互いの視線がぶつかり合った。

 サーティークは少し黙って、じっと佐竹の瞳を覗き込むようだった。


『……わかったようだな? 《アキユキ》』

『……!』


 隣にいる内藤が、真っ青になって口許を覆ったのが見えた。

 黒の王はひたと佐竹の目を見つめ、至極ゆっくりと次の言葉を吐いた。


『そうとも。あの《ムネユキ》の息子であるそなたなら、恐らくは《黒き鎧の儀式》を完遂させることができよう――』

『だっ、駄目だっ……!』


 内藤が、大きな声で遂に叫んだ。


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