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白き鎧 黒き鎧  作者: つづれ しういち
第二部 第五章 流転
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3 惑星(ほし)の歴史


 クロイツナフト、ノエリオール宮。

 夜も更けゆく王の執務室で、サーティークの「講義」は続いている。

 いよいよ、次なる話が始まるようだった。


「少し待て」


 黒髪の青年王はそう言って、ついと内藤たちのいる側へやってくると、壁に設置されている黒板のようなものの前に移動した。

 縦横一メートルばかりのその板は、表面が紺色で滑らかに(なら)されている。やはり白墨のようなもので文字を書くなどするための物らしい。


 サーティークはそこに、まずは大きく地図を描いた。

 上と下の両側の端、つまり惑星の極に近いあたりにはそれぞれ海がある。内藤は密かに心の中で、北ではその海を「果ての海」と呼んでいたのを思い出した。

 サーティークはそこに陸が始まる線を描き入れて、それぞれの縁あたりにばつ印を入れ、脇に<鎧>と書き入れた。さらに、恐らく赤道付近と思われるあたりに斜線を入れて塗りつぶすようにする。これが「赤い砂漠」を意味するらしかった。


 ただし、ノエリオールの人間が描く地図であるため、上が南で下が北、ということになっている。つまり内藤からすると、多少不思議な感じのする絵なのだった。

 これだけ見ると、フロイタールもノエリオールも、東や西にどんどん進んでいけばぐるりと惑星を一周して戻って来られそうだ。だが実際には巨大な地溝帯や(そび)え立つ険しい山脈が存在していて不可能だ。そこから先は到底、人の移動できる場所ではないのだという。

 ひと通り地図を描き終えて、サーティークはまた口を開いた。


「<白>と<黒>は知ってのとおり、この地の北と南に大いに隔たって設置されている。古代文書の歴史記録によれば、それはこの弟星を植民地として利用していた時代からだったとある」

 サーティークは言いながら、地図の上部と下部をそれぞれに指し示している。

「広さは今ほどではなかったらしいが、当時からすでに『赤い砂漠』は存在しており、人馬での踏破は難しかった。移民者の方は分からんが、少なくとも罪人どもは、あの砂漠を越えて<鎧>同士を接続、連携させるのは困難だったと思われる」

「な、なるほど……?」


 地図を睨みつつ、ヴァイハルトが難しい顔で頷いた。

 佐竹同様、相当頭の切れるサーティークのことである。彼の説明では、凡人がすぐに理解するのはなかなか難しいようだった。マグナウトも珍しく額に皺をよせ、じっと国王の「講義」に聞き入っている。

 内藤はなにげなく手を挙げた。


「あの~、先生」


 が、言ってしまってからはっと気づいた。こんな学校みたいな講義を聞いているうちに、つい高校生気分に戻ってしまっていたようだ。

 見ればサーティークもあとの二人も、妙な顔をしてこちらを見ている。かあっと耳が熱くなった。


「っじゃなくって、陛下。あの、いいですか……?」

「ああ。なんだ」

「えっと、移民の人たちは『兄星』から自分で来た人たちなんですよね? だったら車とか、飛行機とか……」

 途端、あとの三人がさらに奇妙な表情になった。聞いたこともないような単語が飛び出たからだろう。

 それを見て、内藤は「あ、そうか」と立ち上がった。


「ええっと、つまり──。陛下、ちょっといいですか……?」


 サーティークが頷いたのを見て、内藤も黒板の前に立つ。

 白墨を受け取ると、隅に車と飛行機の簡単な絵を描いて見せた。決して絵など得意でない内藤の描いたものだ。自分で言うのもなんだけれども、それは相当、ひどい出来だった。

 あとの三人は眉を(ひそ)めて、その珍妙な絵を眺めている。


「えっと、俺たちの世界では当たり前だったんですけど。空を飛んだり、馬よりもっと速い機械の乗り物とか、たくさんあってですね……。そういうものがあったら、別に<白>と<黒>の行き()も、そんなに難しくなかったはずなんですよね……」

 言いながら、白墨を持った手を地図上の北と南で往復させる。

「ほほお……」

 マグナウトが驚嘆の声を上げた。ヴァイハルトも同様の表情である。


「もちろんあの『兄星』は、俺たちよりもずっとすごい技術を持ってたみたいなんで。もっと便利な乗り物もあったんじゃないかな、って。だから移民の人たちは、あの『赤い砂漠』は関係なく、北と南をわりと自由に行ったり来たりできたんじゃないかな~って。そう思いました。ごめんなさい。それだけです……」


 言い終わると、内藤はまたそそくさと自分の席、つまりマグナウトの隣にちょこんと戻った。


「ご慧眼だ」

 サーティークが面白げに苦笑する。

「そして、さすがユウヤ先生だ、分かりやすい。<鎧>の<門>を開けば済むような話だと思うかもしれんが、いかんせん、<鎧>の稼動時間も動力源も有限だからな。しかも弟星が『流刑地』となって以降は、その場に『鎧の稀人』がいなくては扉も開くことは適わなくなった。となれば、実際にそれら別の手段で砂漠を越えて移動したことも多かったに違いない」

 言いながら、青年王は地図上の南と北を行き来する線をさらに何本か描きこんで見せた。

「ただ罪人どもだけは、移動を制限されたことだろう。彼らは恐らく、身ひとつでこの地に堕とされたのであろうからな──」


 年数にしてどれぐらいのことかは分からない。だが、しばらくはそうした時代が長く続いた可能性は高かった。

 つまり移民者と罪人とは、この星の黎明期、立場が相当に異なっていたということだ。罪人たちは移動できる範囲を制限され、決まった土地でしか暮らすことを許されなかったことだろう。それも恐らく、痩せた利用しづらい土地だったのではあるまいか。

 要するに、弟星における人類の開闢(かいびゃく)期、かれらは階級を異にしていたわけだ。


 そうして「兄星」が移民らの帰還を強制的に遮断したのち、そのどこかの時点で、「兄星」の為政者たちはそれら移民者たちの高度な移動手段をも破壊、または使用不能にしていったのではあるまいか。もちろん、彼らを「兄星」に戻らせないため、かの<鎧>同士の行き来を自在に行なわせないようにするために。

 それはつまり、<鎧>をそれまでのようには連携させず、自由に使いこなすことを制限したということだろう。


「ここからは俺の推論になるが。その頃から、おそらくはこの地の秩序に混乱が生じたはずだ。事実上、それまで様々に優遇されていたであろう移民者と、虐げられた罪人どもの垣根が取り払われた。その()起こることといったら──」


 サーティークが諦観しきったような瞳で言葉を切ると、部屋の中にはしばしの沈黙が流れた。

 内藤は知らず、背筋が寒くなるのを覚えた。


「暴動と……反乱か」

 口を開いたのはヴァイハルトだった。その声は暗澹たるものだった。

「秩序の乱れ。階級の消失。そして混沌……。となれば当然、略奪や大量殺戮も──」

 マグナウトも俯いたまま、重苦しい声で言う。

 サーティークも二人の言葉を(うけが)うように頷いた。


「そうだろうと、俺も思う。そしてその混乱の中、己が身を守るために、罪人の長とも言うべき立場だった『鎧の稀人』は、自らを<鎧>の守護者、管理者以上のものにせざるを得なかった。『自分たち一族を殺せばこの世が滅ぶ』というのも、そうして考え出した、保身のための苦肉の言い逃れだったのであろう」

 王の声にはいまや、苦いものが大量に含まれていた。

「またそこには、<鎧>の機能を使えば、自分たちはこの地の人々全てを滅ぼすことができるという、脅しの意味も多分に含まれていたに違いない」


 その黒水晶のような瞳には、空虚な色が浮かんでいる。


「そうやって俺の父祖は、その『鎧の呪詛』と共にこの国の王となった……。忌々しくもな」

 吐き捨てるように言い放ち、持っていた白墨を放り出す。

「フロイタール側の王族の始まりも、おそらくは五十歩百歩といったところであろうよ──」


 内藤は先ほどから、もはや目を見開いて絶句したままだ。


(そういう……ことか)


 その混乱のゆえ、また移動手段の消失のゆえに、この数百年、いやそれ以上の年月(としつき)、両<鎧>は互いに連絡を取り合うことも難しかったのに違いない。

 そのまま北は<白き鎧>の管理者が王となってフロイタール王国となり、南は<黒き鎧>を擁するノエリオール王国となった。

 サーティークの推論は続く。


「二つの<鎧>に収められた歴史記録は、以降、長い年月のために次第に乖離(かいり)していったはずだ。その差が開くにつれて性能も徐々に鈍磨していったと考えられる。二つの<鎧>は連携してこそ、その真の力を発揮するのだからな」


(な、なるほど……)


 内藤は、今までの人生の中で恐らく最高に頭を使って考えている。

 そしてそれが、あの時「ナイト王」が<黒き鎧>に消えたことで一気に元に戻ったというわけだ。


「じゃ……じゃあ、陛下」


 気がつけば内藤はまた、つい高校生が先生にするようにして手を挙げてしまっていた。また変な顔をされるかと思ったが、意外にサーティークは普通に目顔で頷いただけだった。それを確認して口を開く。


「その、戻った性能って……? 今までできなかった、どんなことができるようになったんです?」

「そう。そこよ」


 サーティークがにやりと笑った。ようやく話が戻ってきて、急に心から楽しげな顔になる。老人もヴァイハルトも、いまや息を詰めるようにして彼を凝視している。


「ユウヤ。完全体となった<鎧>はな。要は、『復活』するのよ」


(ふ、復活……?)


 内藤は息を呑んだ。

 サーティークはもはや、満面の笑みである。


「そうとも。かの『兄星』から掛けられた、いわば呪詛のような(ひとや)から解き放たれてな──」


 言ってばさりと黒いマントを翻し、サーティークは窓辺のほうへと大股に歩み寄った。その場で腰に手をあて、窓外で大きな顔をしている「兄星」をこれでもかと言わんばかりに睨みあげている。


「考えてみれば、当然よ。万が一『兄星』から、なんらかの理由で誤って権力者の親族でも堕ちた場合のことを考えればな。奴らにも、なにがしかの『保険』が必要であろう?」

 そして、かの星へ叩き付けんばかりにして、一気に言い放った。

「完全に<鎧>の機能を殺してしまったのでは、彼らにも先々、危惧すべき事態が起こらぬとも限らんではないか──!」


(……!)


 内藤は、これ以上ないほどに目を見開いた。


(そ、そうか……!)


 思わずソファから腰を浮かせ、ただもう言葉もなく、黒いマントを流した王の背中を穴の開くほどに見つめる。


「つまり……つまり!」


 あとの言葉は、振り向いたサーティークが引き取った。


「もはや、『兄星』の呪縛は存在しない。<黒き鎧>の機能を使えば、『兄星』であれ、どこであれ──」

 きらきらと閃く黒曜石の瞳が、内藤の瞳とぶつかりあった。

「そうよ。お前の元いた世界であれ! 自在に移動することが可能なのよ……!」

「……!」

 内藤は両手で口を覆った。


(さ……、佐竹っ……!)


 瞬間、どっと溢れ出たもので視界が熱く霞んでしまう。


(帰れるかも……しれない?)


 自分はともかく、彼だけでも。


(元の世界に、帰れるかも……!)



 崩れ落ちるようにしてソファに座り込み、両手で顔を覆ってしまった内藤の背を、マグナウトが心より言祝(ことほ)ぐ顔でそっと叩いた。


「ようござりましたな……。ようござりました……!」


 それだけ言うのがやっとのように、老人も声を詰まらせている。

 内藤の肩が激しく震えて、堪えきれなくなった声が指の間から漏れ出した。 

 サーティークとヴァイハルトは少し嬉しげに目を見交わして、少しの間そんな二人を眺めていた。やがてヴァイハルトは王と目だけで何事かを示し合わせると、マグナウトにそっと声を掛けた。


「……爺様。そろそろ」


 老人は即座にその意図を解して頷き返し、まだ顔を覆って泣き止めずにいる内藤を気にしつつも、ソファから静かに立ち上がった。



 内藤がふと気付くと、マグナウトとヴァイハルトはもう退室した後だった。

 執務室に、内藤とサーティークだけが残されている。王は窓辺に寄りかかって腕を組み、外の風景を眺める風情だ。


「あ。すみません、お、俺も――」

 慌てて涙を拭って立ち上がる。

「あ、ありがとう、ございました……」

「ユウヤ」


 一礼して退室しようとするところを、サーティークが呼び止めた。

 内藤は立ち止まって振り向いたが、青年王は姿勢もそのままで、すぐに言葉を続けようとはしなかった。


(……?)


 改めて見つめると、サーティークがゆっくりとこちらを向いた。その目には、なにか言いようのない色が宿っている。が、その正体が何であるのか、内藤にはわからなかった。

「あの……?」

 が、サーティークは少し笑っただけだった。

「……いや。大したことじゃない」

 なにか、自嘲するような笑みだった。

「はあ……」

 何のことやら分からずに、内藤はきょとんとする。

 サーティークはちょっと押し黙ったが、なんとなく言いにくそうに、小さく咳払いをした。


「ユウヤ。本当にいいのか?」

「え?」

 首を傾げて聞き返す。サーティークは少し黙ってこちらを見つめた。

「お前は元の世界に戻らなくてもいいのか? 本当に」 

「…………」


 内藤はちょっと困った笑顔になって、小さく何度か頷き返した。

 気持ちは変わっていなかった。

 自分が元の世界に戻ったとしても、家族を困らせることに変わりはない。ほんの数ヶ月こちらにいただけの佐竹とは、もはやまったく事情が違う。


「……そうか」


 サーティークはやや目線を下げ、床の一点を見るようにしていたが、やがて目を上げ、(かす)かに笑った。


「そう言えば。先ほどのこと、礼を言う」


(え?)


 唐突な礼がきて、いったい何を言われたのか、内藤にはすぐには分からなかった。


「懐かしい音を聞かせてもらった──」


 短く言って、サーティークはまた窓外に目をやる。


(……あ。もしかして──)


 そういえば自分は先ほど、つい彼を胸のあたりに抱きしめてしまったのだった。

 が、きっとそのことを言われているのだと思い至った時にはもう、サーティークは踵を返し、内藤の脇をすり抜けていた。そのまま大股に扉のところへゆき、自らそれを開けて体をこちらに向ける。

 「もう戻れ」という意味なのだろう。そう理解して、内藤は躊躇(ためら)いながらも外へ出た。


「あの、陛下──」


 振り返って訊ねようとしたが、サーティークは「何も言うな」とばかりに自分の唇に指を当てて見せた。

 そして少し笑って頷くと、静かに目の前で扉を閉じた。


(陛下……?)


 閉じられてしまった扉を前に、内藤はしばらく立ち尽くしていた。

 そしてその時、なんとなく分かった気がした。

 サーティークは、まだすべてのことを話してくれた訳ではないのだと。


 勃然(ぼつぜん)と浮かぶ兄星が、

 光の粒を散り敷いたような夜空を背にして、

 窓の隅からそっと内藤を見下ろしていた。

 


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