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白き鎧 黒き鎧  作者: つづれ しういち
第二部 第四章 接近
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11 会談


『結論から言えば、一時停戦についてこちらに異存はない。ただ問題は、その条件になる。まずはそちらの考えを伺いたい』


 <白き鎧>の制御装置(コンソール・パネル)を通して、佐竹の落ち着いた声が流れている。

 内藤とヴァイハルト、そして宮宰マグナウトは、<黒き鎧>の制御装置に現れた短い黒髪の青年の画像を見ながら、その声を聞いていた。

 ヴァイハルトとマグナウトは、初めて見る佐竹の、そのあまりにもサーティークに似た風貌に少なからず驚いた様子だったが、特にそれには言及しなかった。


「あ、えーと。停戦条件ってことだよな? ええっと……」


 内藤が、また慌てて手許の資料をめくる。時々、隣にいるマグナウトが資料の場所を指し示すなどして助けになってくれている。


「『先にそちらの希望を(うかが)うように』と陛下は言ってる。できるだけそれに添う形にはするけど、もちろん限界はあるって──」

『……それはそうだろうな』


 佐竹は少し言葉を切り、隣に立つ美貌の将軍、そして白髪、鼻眼鏡の老人と少し言葉を交わしたようだった。


『では、先にこちらの希望を申し上げる。まずは、ここまででわが国が費やした戦費、及び戦死した兵の家族らへの補償を。次に、<鎧>の使用法に関する技術協力を求めたい。……それと、できれば、国王陛下ご自身による謝罪が欲しいが、いかがか』

「…………」


 内藤はちょっと絶句して、隣の二人を交互に見やった。

 ある程度予想はしていたことだが、精神的にきついものがあったのだ。こうして佐竹の口から明瞭に「フロイタール側」としての言葉を聞かされると、なにか自分たち二人までが敵対関係になったかのように思われた。それが、思った以上に内藤の(はら)(こた)えたのだ。

 マグナウトが「大丈夫」と言うように、内藤の背をまた(さす)るようにして言った。


「当然の要求にござりましょうな。が、ひとまず陛下ご自身よりの謝罪については保留といたしましょう。あとの件は一応、予定通りに」

「はい……」

 少し青ざめながら、内藤はパネルに向き直る。

「えっと、戦費の補償は、が……額面にもよるけど、できるだけ応じます。<鎧>の使用方法についても、なるべく協力する考えです。で……、最後の陛下の謝罪なんですけど。それだけはちょっと、本人に聞いてみないと、なんとも……」

 困りきった声そのままに、必死に言葉を紡ぐ内藤を、画面の佐竹がじっと見ていた。

『……了解した』

 言葉少なにそう言って、佐竹のほうでも少し、向こうの二人と何か話をしたようだった。


 以降はそのような感じで話を進め、補償の額面の折り合いをつけることになったが、これが意外と難航した。

 何より、まず互いの国の通貨が違う。

 ノエリオールからフロイタールへ支払う補償金の額は、一回の上限をノエリオールの国家予算の十分の一までとして、今後五年間支払い続けることになった。しかし、数百年ものあいだ国交のなかった両国の通貨は、当然ながらまったく別の物である。そのため、互いの通貨の為替レートから算出する必要があった。

 それも、基礎となるのは一定の広さの農地から取れる穀物の石高(こくだか)である。

 幸い、互いの国の長さの単位には大きな差がないらしい。そのため、農地の一定の広さはすぐに設定できた。次にはそこから取れる同種の穀物がいくらで取り引きされているか、それを基準として通貨の換算比率を算出せねばならなかった。


 なんとここで、内藤がもしもの時のためにと持ってきていた算盤が役立つことになった。

「え~っと、こっちの五十がそっちの四十七と同じってことは……」

 内藤が、珍しく難しい顔をして考え込み、羊皮紙の上で計算式を立てた。

「な、な、これでいいかな? 佐竹」

 羊皮紙をぺたっと<鎧>の画面に当てて確認する。腕組みをして口許に手を当てた佐竹が、ひとつ頷いたようだった。

『ああ、問題ない。だが、方程式よりは比を使ったほうが早いかもな。内項の積と外項の積……わかるか?』

「あっ、そか……」


 もちろん、周囲の高官たちは話の内容がほとんど分からず、一様にぽかんとした顔つきだ。画面の向こうとこちらとで、まるで珍獣でも見るような目で二人の交渉役を見つめている。


「ん~と、それじゃあ――」

 やがて、式が出来上がって内藤が計算に入った。

 佐竹は、いつもあまり感情を表に出さない彼にしては結構驚いた顔で、慣れた手つきで算盤の珠をはじく内藤を見つめている。

『……大したもんだな、内藤』

 ハイスペックの鬼のような友達からの心からの賛辞を受けて、内藤の顔はぱあっと輝いた。

「そっ、そう……? 別に、そんな大したことじゃないんだけどさ、はは……」


 苦笑して頭を掻く内藤を、制御装置(コンソール・パネル)のあちらでもこちらでも、青年将軍と老人とが驚嘆した顔で見つめていた。あちらでは佐竹が、こちらではマグナウトが、羽ペンで手許の羊皮紙にそのレートの値を急いで書き付けている。


『では、一回分の補償額はこちらの通貨で三万ギガス、ということで宜しいか?』


 最終的に佐竹がそう確認して、この議題は終了した。

 つまりフロイタールの通貨で言えばギガス金貨にして三万枚、日本円にして三億円という巨額の補償額が支払われるということになる。それを五年間繰り返すわけなので、総額十五億円ということになろうか。

 もちろん、十年近い進攻に対する補償としては決して多額ともいえないのだが、いかにノエリオールとて、ない袖は振れないわけだ。

 その分<鎧>操作の技術協力を惜しまない、ということで、この議題については一応の決着を見た。


 因みに、受け渡しに<鎧>の機能を使うかどうかの()り合わせでも、相当の時間を要した。

 金貨三万枚と一口には言っても、ギガス金貨を例に取れば、その一枚は日本の五百円玉の二倍以上の重量がある。これを三万枚運ぶと考えると、なんと全部で五百キロ近い重量になるのだ。これを、あの砂漠を越えて兵らに運ばせるのは過酷に過ぎるというものだろう。


 人が生きるには相当に過酷な環境の砂漠ではあるが、国を追われ、うらぶれた犯罪者や盗賊などの輩の集落はあちこちに点在している。当然ながら、道程が長ければ長いほど、そうした者らに狙われる危険も増すことになるのだ。受け取ったはいいが、そもそも無事に帰ってこられなければ意味がない。

 そんな訳で、まず考えられたのは、<鎧>の機能を使って、例えば「赤い砂漠」の真ん中で受け渡しをすることだった。

 しかしここで、ディフリードがふわりと怜悧な笑みを浮かべて提案した。


『なにも、砂漠の真ん中にせずともよいのでは?』

『そうですね。自分もそう考えます』


 即座に同意したのは佐竹だ。

 どの道、門が開いている時間には限りがあるのだ。たとえノエリオールが裏切って、そこに軍隊や暗殺部隊でも投入する気になったとしても、時間的な制約がありすぎて大した成果は望めないだろう。そもそも、フロイタール側が初めから、政府の要人などを<門>のそばまで行かせなければいいわけだ。

 最後にディフリードが、もう一度にっこりと微笑んだ。


『こちら側の国境という線はいかがでしょう? さすれば、こちらの<鎧>は使わずとも済みますし』


 フロイタールの宰相ドメニコスは相当悩んだ末、この案に同意した。

 つまり、互いに事前に場所と時刻を打ち合わせておき、<黒き鎧>だけを使用して、フロイタール側の国境、「赤い砂漠」の手前でその補償金の受け渡しを行なうということである。この案で、両国は最終的に合意した。

 その時点で、本来ならするはずだった、今後の<鎧>の扱いについて話し合うための時間はもう残されていなかった。そのため、残りの事案についてはやむなく次回に持ち越しということになった。

 こうして次回の会談の日時を約束し、第一回の交渉は終了した。



「じゃあな、佐竹……」

 内藤が、最後にまたちょっと泣きそうな顔になってそう言うと、画面の向こうの佐竹が静かに頷いた。

『ああ。……それとな、内藤』

「ん?」

 見返すと、佐竹はまっすぐに内藤を見つめていた。

『間違うなよ。お前と俺が、敵同士になった訳じゃない』

「え……」

 内藤は、一瞬自分の耳を疑った。

 佐竹はどうやら、最初の自分の様子から何かを感じ取っていたらしい。

「あ、うん……。わかってる。あ、それと!」

 佐竹が目を上げたのに引き寄せられるようにして、内藤は思わず画面に近寄った。

「お、お父さんの、ことなんだけどっ……!」

 佐竹が目を見開いた。

「ごめんな、俺……お前のお父さんのこと知ってるんだけど……。今は、言わない──」


 勘のいい佐竹なら、これだけ言ってしまえば大体のことに気付いてしまうことはわかっていた。だが、それでも内藤は彼にこれだけは言っておきたかったのだ。

 佐竹は、じっと物思いに耽るような目で静かにこちらを見ていた。


「これは、ちゃんと佐竹が、陛下から聞いたほうがいいと思うから。だから……」

『そうか。了解した』

 あっさりと返事が返ってきて、内藤はむしろ驚いた。

「佐竹……?」

『……気を遣わせて済まない』


 寡黙な友達はひと言そう言っただけで、微かに頷いてみせただけだった。

 佐竹の微妙な表情を最後に、<鎧>の制御パネルは光度を落とし、やがて元通り、何も見えなくなってしまった。



 ぼんやりとした光がゆっくりと制御装置から消えてゆくのを眺めながら、内藤はなんとも言えない思いが胸の底から湧いてくるのを止められなかった。

 本当なら、言ってやりたかった。

 彼の父が、ここで本当に立派に生きて、そして亡くなったのだと。


 うつむいて、つい溢れてきそうになるものを手の甲で拭っている内藤を、ヴァイハルトとマグナウトは少し見守っていたようだった。

「さっ、行こうか。ユウヤ殿」

 やがて青年将軍が、いつもの爽やかな声で言った。声も表情も、至極明るいものである。

「外でまた、同じ顔をした辛気臭(しんきくさ)い奴に会わねばならんかと思うとうんざりだが。ま、そうも言っていられんしな?」

 ちょっとおどけたように、軽く片目をつぶっている。

「左様、左様。爺いはもう、疲れ申したわ……」

 マグナウトも「やれやれ」とばかりにぽんぽんと腰など叩いている。

「あ、はい……」

 内藤も笑って顔を上げると、分厚い羊皮紙の束を抱えなおした。そうして、出て行きかけるマグナウトとヴァイハルトの後について<鎧>から出て行った。





 フロイタール側の<白き鎧>の中でも、しばらくは沈黙が流れていた。

 佐竹は(かげ)りを含んだ瞳のまま、じっと消えた画面を見つめていた。


 事情があまりわかっていないドメニコスは、不審げな顔でちらっとディフリードを見やったが、美貌の将軍は苦笑して、ちょっと首を振って見せただけだった。そうして佐竹をそこに残したまま、ドメニコスを促して外へ出ると、周囲の兵らに会談の終了を宣言した。

 兵たちは、万が一<鎧>からあのサーティークが飛び出してきた時のために配備されていた者らである。ディフリードの報告を受け、一同は一気に安堵した様子だった。

 彼らの先頭にはもちろん、巨躯の竜騎長ゾディアスが悠然と立っている。その幅広の肩には巨大な戦斧がかつがれている。


「おっし。んじゃまあ、帰るとすっかね?」


 ゾディアスの命令で、兵士数名が伝令のためヨシュアの隠れ場所へ走った。

 が、佐竹がすぐに出てこない。ゾディアスはちょっと片眉を上げた。目だけで「どうしたよ」とディフリードに尋ねるが、悪友はいつになく(かげ)った表情を見せ、美麗な目を伏せて首を横に振るだけである。


「陛下と先に戻っているよ。あとはよろしく」


 それだけ言って、ディフリードはドメニコスと共に行ってしまう。そのまま山を下りるらしかった。

 ゾディアスは自分の隊を副隊長の男に任せ、先に下山するよう命じると、しばしそこで待つことにした。

 <鎧>は、出てくる分には特に王の血を必要とはしない。ゆえに、入った人間がばらばらに出てくるのは問題ない。だが、獰猛な野生動物の多いこの山を一人で歩くのは、違う意味で危険を伴うのだ。


 ゾディアスがさほど待つ程のこともなく、佐竹は交渉用の書類を片手に、すぐに扉から現れた。彼が扉を出た瞬間、背後でその入り口は消えうせて、再びただの(くさむら)の状態に戻ってしまった。

 佐竹の表情は一見いつもと変わらぬ強面で、ただ静かなだけのようにも見えた。

 が、ゾディアスはそんな彼を溜め息混じりの顔で眺めた。「しょうがねえな」と言わんばかりだ。だが「遅いぞ」などと(とが)めることはいっさいなかった。

 佐竹が側までやってくると、男は黙って踵を返し、山の小道を下り始めた。



 森の梢を透かして、午後の木漏れ日がちらちらと足元に落ちている。

 戦斧を肩に担いだまま、もの慣れた足取りでその光の粒を踏みしめて歩いてゆくゾディアスの背中に、佐竹は黙ってついていった。

 時おり鳥の鳴き交わす声と、近くを流れるらしい小川の水音がするばかりだ。

 やがて十五分ばかり歩いたところで、ゾディアスが太い首を回し、斧の向こうから佐竹の方へと振り返った。


「あんま無理すんな? サタケ」


 それは、そんな体躯をした百戦錬磨の男が出しているとは思われないほど、深くて落ち着いた声だった。その鈍色(にびいろ)の瞳も、今は不思議な色を湛えている。そこにはかつて佐竹が戦慄を覚えたような、あの殺人者の風情は微塵もなかった。

 佐竹が不審な顔で見返すと、苦みばしった無骨な顔が、またこちらを向いて片目をつぶっていた。

 

「おめえだってまだ、じゅーぶん子供だってえの」


 それだけ言ってにやりと笑い、巨躯の男はまた、大股にずんずんと山道をおりて行ってしまった。

 佐竹はその場に少し立ち止まったまま、その背中を見送るようにしていた。が、やがて姿勢を正して、その背中に一礼をした。

 そうしてふと、なにかを(こら)えるようにして、楽しげな小鳥の声のする高い梢を少し見上げた。


「行くぜ」

 静かにゾディアスが声を掛けて、佐竹はそちらを見返った。

「はい。ゾディアス竜騎長殿」

 それだけ答えてまた沈黙し、佐竹も足元の草を踏みしめて、森の小道を下っていった。

 


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