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白き鎧 黒き鎧  作者: つづれ しういち
第二部 第四章 接近
103/141

10 鎮魂


「あの~。何度も聞きますけど。ほんっと~に俺なんかが、交渉役でいいんですね……?」


 分厚い羊皮紙の(たば)をあちこちひっくり返しながら、騎乗した内藤が何度目かの確認をした。心細げな声である。手にしているのは、宮宰マグナウトらに作ってもらった交渉用の資料だった。もちろんそこには、<黒き鎧>の操作方法なども書き込まれている。


「くどい。次に聞いたら、その口に猿轡(さるぐつわ)を噛ませるぞ、貴様」


 前をゆく愛馬・青嵐に乗った黒髪の王が、一言(いちごん)のもとに言い放った。以前にここへ来たとき同様、彼は黒い軽鎧に黒マントの出で立ちである。

 「猿轡なんかかまされたら、交渉役が務まりませ~ん」とは思ったが、内藤はもちろん黙っていた。この長髪で黒髪の、佐竹とそっくりの顔をした国王に、そうそう口答えなどできるはずがない。

 いや内藤の場合、その佐竹にも滅多なことでは口答えなどできなかったが。


「こらこら。大事な『交渉役』殿(どの)に、あまり無体(むたい)なことを言うんじゃないよ」


 内藤の隣で馬を歩ませているヴァイハルトが、苦笑交じりにそんなことを言う。この男はいかにも武官らしく、銀色に輝く金属鎧に黒マントの姿だ。

 その後ろから宮宰マグナウトが、いつもの文官服にマントを羽織っただけの姿でとことことついてきていた。なんとなく、ご本人と雰囲気の似た小柄な馬を駆っている。


 ノエリオール南方辺境、<黒き鎧>に向かう森の中である。

 こちらの「対フロイタール交渉班」は、総勢せいぜい十名ほどだった。

 ある程度までは馬を使い、途中で下馬して、あとは徒歩になる予定だ。つまり、ちょうど前回、内藤がここへ連れてこられた時にもそうしたように。

 途中、馬の見張りのための兵を一人残して、一行はそのまま<黒き鎧>を目指し、山の小道を登っていった。


「マグナウト様、大丈夫ですか……?」

 内藤が声を掛ける。一行の中で間違いなく最高齢であるマグナウトのことを心配してのことだった。内藤はつかず離れず、老人のそばを歩いている。

「おお、ユウヤ殿。恐れ入りまする。いやはや、老骨にはなかなかの山道でござりまするなあ……」


 「歳は取りたくないものでござりますな」などと笑いながら、マグナウトはその口ぶりとは裏腹に、意外な健脚ぶりを見せていた。呼吸もさほど乱れている様子はない。

 やがて、山に入って一刻ほども過ぎた頃。

 先頭を歩いていたサーティークが足を止めた。


「……ここだ」


 内藤も彼に追いつき、少し周囲を見回した。

 前回、フロイタールから拉致されてここへ来た時は、周りを見る余裕もなかった。だがやはり今見ても、特にどうということもない森の中である。

 内藤自身、あの時「次にここへ来ても絶対に見つけられない」と思ったものだったが、あちこちの(くさむら)を見てみても、<鎧>がどこにあるものかさっぱり判別がつかなかった。


(でも……、ここで)


 八年前。

 今は緑の草木が健やかに生い茂るばかりのこの場所で、確かにその惨劇は起こったのだ。

 あちこちに兵士たちの遺体が転がり、王太后ヴィルヘルミーネも体を切り裂かれて息絶えていたこの場所を、サーティークは血まみれになった愛する人を抱き、よろよろと歩いていったのに違いない。


「…………」


 内藤はしばし言葉を失い、周囲をそっと見渡した。

 そこここに、小さな山の草花が咲いている。それらは何も知らぬげに、さやさやと風に身をまかせて揺れているばかりだった。

 内藤は、手にしていた羊皮紙の束をそばの岩の上にちょっと置いた。そうして、体の前でそっと手を合わせて目を閉じた。

 マグナウトが、急に静かになった内藤を隣から見上げて、はっとしたようだった。そうして自分も、胸の前で手を組み合わせて(こうべ)を垂れた。


 サーティークが黙って振り返り、そんな内藤を静かに見ていた。 

 ヴァイハルトも、少し何かを(こら)えるようにして高い梢を見上げていた。

 周囲の兵らも、王たちのそんな様子を感じ取って押し黙り、それぞれに胸に手をあて、頭を垂れて、しばしのあいだ沈黙していた。


「……さあ。<鎧>を開くぞ」


 やがて、静かにサーティークがそう言うと、皆は目を開け、頭を上げた。

 内藤も目を上げて、彼がぱちりと腰の刀の鯉口を切るのを見ていた。ほんの少しだけ親指を傷つけると、サーティークはそのまま目の前の叢をすいと掻き分け、現れた石版に押し当てた。

 音もなく、そこにぽかりと穴が出現した。

 背後の兵らが、思わず「おお」と声を漏らす。今までこの場に来るものは、こちらの国でも決して多くはなかったのだろう。


 兵たちは外で待たせて、サーティークは内藤とヴァイハルト、マグナウトだけを伴って<鎧>の中に入っていった。

 「交渉班」はサーティークを除く三人なのだが、彼は事前に<鎧>の操作方法そのほかの説明をしておく必要があるため、一旦中に入ることにしたようだった。

 狭い通路を抜け、前回、内藤が目を覚ましたあの中央制御室らしき部屋に辿りつく。

 内藤はここで、また再びその場に向かって手を合わせた。

 あとの三人も、しばし沈黙して黙祷したようだった。


 目を開けてから、内藤はあらためてその部屋を見渡した。

 サーティークの過去の話を聞いてからここへ来ると、その内部が随分と綺麗にされていることにあらためて驚かされた。

 血みどろになっていたはずの制御室の床は綺麗に拭き清められ、そんな惨劇があったことなど微塵も感じさせない。血の匂いなども、まったくしなかった。


 実は内藤は、前回こそ動転していて何も気づかなかったけれども、この部屋で交渉役を務めるにあたり、その惨劇の痕跡を少しでも感じたら気分が悪くなってしまうかもしれないと心中密かに恐れないでもなかったのだ。

 もともとこの世界の人間ではなく、しかもただの日本の高校生に過ぎない内藤である。そういう出自の人間として、内藤もやはりご多分に洩れず、血は苦手だった。

 第一それは、ほんのわずかの出血とはわけが違うのだ。しかし、どうやら何とか、その心配はいらないようだった。


 (ひそ)かに安堵の吐息をついた内藤に、目ざといサーティークはすぐに気づいたようだった。そして、苦笑顔で内藤を見返した。

「痕跡はあるまい? 安心したか」

「えっ? ……は、はい……」

 驚いて思わずうなずく。そんな内藤を、マグナウトもヴァイハルトも小さく微笑んで見つめていた。どうやらみな、同様の心配をしてくれていたようである。急に申し訳ない気持ちになった。

「あっ、あのっ……。ご、ごめんなさい――」

「謝るな。さて、では始めるぞ」

 あっさりそう言って、サーティークは<鎧>を起動させ、あれこれとその操作法を内藤たちに伝授し始めた。



 ある程度の説明が済むと、サーティークは内藤を見返った。内藤はまだ羊皮紙の書類と首っ引きで、制御盤(コンソール・パネル)の操作法を確認している。それもどうやら、ここの言葉では<言霊の壁>とかいうらしかったが。

 ぽす、と自分の頭に彼の手が置かれたのに気づいて、内藤は書類から目を上げた。


「ではな。よろしく頼むぞ、『ナイトウ交渉官殿』」

「あ。は、はい……」


 ややおどけたような瞳のまま、まるで子供にするようにしてぽすぽすと頭を軽く叩く。サーティークはあとの二人にも軽く頷いて見せると、そのまま大股に部屋から出て行った。

 内藤は、自分の頭にちょっと手をあてた。目を(しばたた)かせ、彼の出て行った方を見る。

 佐竹と同じ顔をしてこういう真似をされると、どうも調子が狂っていけない。


「……さて。予定の時間まであと少しだな。交渉内容の最終確認でもしておくかい?」


 ヴァイハルトが、恐らく故意にであろう明るい声でそう言った。それを合図に、内藤はマグナウトと共に交渉内容の確認にとりかかった。





 交渉開始の刻限は、その日の朝、十時ごろだった。

 地球の時刻とは異なるため、正確なところはわからない。だが、太陽の上がっている様子からして、大体そのぐらいということである。


 フロイタール北方辺境。その山中にある<白き鎧>の中では、すでに佐竹とディフリード、それに宰相ドメニコスが、しばらく前からノエリオールからの連絡を待ちかねていた。

 佐竹とディフリードは<言霊の壁>とよばれる制御盤の前に立ち、高齢のドメニコスだけはその真ん中で、持ち込んだ椅子に座っている。


 突然、ううん、とごく微かな機械音がして、ぽうっと<言霊の壁>が光を帯び始め、三人は緊張の面持ちで目を上げた。

 それは初めのうち、ちょうど壁にうつした幻灯絵のように、薄ぼんやりとした画像に見えた。それが次第に鮮明になり、人の姿らしきものがぼうっと浮かび上がるに及んで、ドメニコスは思わず「おお」と感嘆の声を漏らした。

 まず、ひどく緊張した不安げな顔の内藤の顔が映し出され、その背後に精悍な将軍らしき青年が立っているのが分かる。彼ら二人の前に、小柄な白髪の老人の姿が見えるに及んで、佐竹は言葉を発した。


「こちら、フロイタール<白き鎧>の交渉班だ。聞こえるか?」

 画面の中の内藤が、はっとして顔を上げた。

『佐竹っ……!? あ、ああ、うん! 聞こえるよ……!』

 音声は、さほど雑音も入らず明瞭だった。

『あ、あれ……? でも、映像が……』

 内藤が困った顔で、隣の老人や青年と共にあれこれと操作盤をいじっている。フロイタール側は、これで三分ばかり待たされた。

『あ! これか……。見えた! そっちはどう? こっち、見えてる……?』

「こちらも見えている。問題ないようだな?」

『う、うん……!』

 安堵したらしい内藤が、こちらを見てふと嬉しげな顔になった。

『佐竹……!』

 にこにこ笑って、すぐにくしゃっと泣き顔になる。こちらにいた時より大分髪を切ったらしく、地球にいた頃の感じに近くなって、内藤は高校生の頃に戻ったようにも見えた。

『ほらほら、ユウヤ殿。泣いている時間はありませぬぞ?』


 優しげな声がして、画像の中の老人がこちらを向いた。老人の手が内藤の背中を軽く叩いている。それを見て、佐竹は少々呆れてしまった。どうやら内藤、随分とあちらの王宮で可愛がられているようである。


『ノエリオール王宮にて宮宰を務めおりまする、マグナウトと申しまする。本日の話し合い、どうかよしなにお願い申し上げまする』

『同じく、ノエリオール王国軍天将、ヴァイハルト。以後よろしく』


 内藤を挟んで老人の反対側に立った、爽やかで貴公子然とした青年が自己紹介した。

 美形で男の色気を醸し出しているところはこちらのディフリードと同様だったが、与える印象はまったく違う。敢えて言うならば、あちらのほうが明らかに、()()の二枚目という感じである。

 こちらの宰相ドメニコスも立ち上がって口を開いた。


「申し遅れました。フロイタール王宮、宰相ドメニコスと申しまする。此度(こたび)の話し合い、こちらこそどうぞよろしくお願い申し上げまする」

「フロイタール王国軍竜将、ディフリード。本日は、どうぞよろしくお願いします」


 ディフリードはにっこりと、ただ一人妖艶な笑みを浮かべ、長い銀髪を払うようにして小首を傾げて見せる。そんなこちらの将軍を、初対面である向こうの二人はちょっと呆気に取られたように見つめていた。


『え? これ男? ……ほんとに? ユウヤ殿』などと、ヴァイハルトと名乗った青年がこそこそと内藤に耳打ちしている音声さえきれいに拾ってしまっている。


(……聞こえてるぞ、おい)


 佐竹は半眼になりつつも内藤に向き直った。


「内藤。そちらの<鎧>の交信時間はどのぐらいになる」

『あ、えーと……』

 彼はごそごそと手元の資料らしきものをひっくりかえす様子である。

『一刻半……っていったら、えーと、大体三時間ぐらいってこと……かな?』

 あまり自信のなさげな返答だったが、佐竹はその時間の長さの方に驚いた。


(三時間……? そんなにあるのか――)


 どうやら、ノエリオールの<鎧>研究は相当進んでいるらしい。


「……そうか。では早速、本題に入ろう。まずは、先日そちらから申し出のあった一時停戦についてだが――」


 佐竹のそのひと言で、みなは一様に姿勢を正した。

 そうしてようやく、第一回の二国間交渉が開始された。

 


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