なぜ、0で割れない?
「これからどうしよう? 」ぼくは思わず呟いた。そこは名も知らない小さな公園のベンチだった。「死ぬしかないか……」
何をやっても上手く行かない。数学は得意だし偏差値も悪くなかったのに“二流”といったら褒めすぎの大学にしか入れなかったし、就職も“連戦連敗! ”。何とかもぐりこんだ会社も半年で潰れた。付き合っていた彼女との初めてのセックスも上手く行かず、それ以来しっくり行かなくなった。
背は180cmあるし、顔だっていい。「イケメン」とよく言われる。
でも、本番に弱いのだ!!
「ゲームに参加しませんか? 」当然、そう声を掛けられた。そこにいつの間にか見知らぬ女が立っていた。美人だがどこか不自然だ。人間ではない。ロボット? あるいは異星人?!
女が続けて言った。「勝者になれば全ての悩みは解消されます」
「いいだろう」と、ぼくは言った
次の瞬間、ぼくは見知らぬ部屋にいた。窓から月が二つ見えた。赤い血のような真っ赤な月と、透き通るような白い月。外は冷たい氷の世界だが、薪ストーブの火が赤々と燃えていて暖かった。
そこは地球でないことは確かだった。
部屋にはあの女とぼくと同い年くらいの若い男がいた。男は背が低く、顔も……。“残念!! ”
女が言った。「我が国王が疑問をもたれた。“何故、数Nに0をかけることが出来るのに、0では割れないのか? ”あなた達にこの問題の回答を説明した欲しい」
「ぼくは数学者じゃない……」と残念な男が言った。“ふん! 負け犬め!”と、ぼくは思った。“数学なら勝てる”とも思った。
「国王は難しい理屈は求めておられない。勿論、理路整然として理論でも構わないが、とんちでもいい。我が国が“なるほど!”と納得されればいいのです。“そう定義されているから”は駄目です。……。国王はあなた達の現状、悩みを把握されていて、勝者の現状・悩みを解消してくださいます、国王の名誉にかけて! 」
「敗者はどうなるのですか? 」と残念な男が言った。
「良い質問です」と女が言ったが、次の瞬間ぼくは別室にいた。
頭上から女の声がした。やはり薪ストーブが赤々と燃え、壁際には薪がつまれていたが残り僅かだった。部屋の隅には丸太。このままでは使い物にならない……。「これより3時間差し上げます。テーブルの上の筆記用具を自由に使ってください。それから食事もしてください」
目の前に筆記用具と某中華料理チェーン店のセット料理が載ったテーブルが出現した。それから某社の生ビール! “我が国王”はぼくの好みまで承知なのだ! 壁にモニターがかかっていて、あの男が途方にくれて座っているのが見えた。
「ひょっとすると、これが最後……」頭上の女の声が途中で途切れた。
可愛そうに“何故、数字Nに0をかけることが出来るのに、0では割れないのか? ”に、あの残念な男は手も足もでないのだ! この問題、単純だが難しい問題なのだ
ぼくは鉛筆を手にとり、約30分で書き終えた。その後、ゆっくりと食事を取った。食べ終わるとデザートにアイスが出現した。それもぼくは美味しく食べた。モニターのあの残念な男は相変わらず途方にくれて座っていた。可愛そうに食事もとっていなかった。
ぼくは勝利を確信した。
壁時計が後10分を告げた。モニターのあの残念な男は暖炉の火を呆然と見つめていた。食事はそのまま。ぼくは、再びぼくの勝利を確信した。ついに、本番での勝者になるのだ。
ぼくは言った。
“x=yとします。①両辺にxをかけると x2=xy ②両辺からy2を引くと x2-y=xy-y ③因数分解すると(x+y)(x-y)=y(x-y) ④両辺を(x-y)で割ると x+y=y ⑤x=yなので2y=y ⑥両辺をyで割ると 2=1 あり得ない結論です……。数学的に正しいはずのステップを積み上げたのに、明らかに間違った結果に達しました。 どこがいけなかったか? ……。 実はステップ④で0で割っている、x=yなのx-yは0です。 やってはいけないこと、できなことをしたから誤った結論に達したのです。以上です。
今度はあの残念な男だ。
でも、あの残念な男は妙に落ち着いていた。ぼくはふと不安になった。
「今、薪ストーブが赤々と燃えていますが、薪が底を着こうとしています。ストーブの反対側には丸太が積まれていますが、このままではストーブにくべるわけにはいきません。斧で丸太を割って薪にする必要がありますが、ここには斧がありません。チェンソーもありません。では、どうするか? 薪を床に叩きつける? そんな事をしても、床に跳ねた丸太が自分の足に当たり怪我をするのがオチで、“丸太を割る”という問題の解決にはなりません。“斧やチェンソーなどの道具が無かったら丸太を割れない”、つまり“何も無かったら丸太を割れことが出来ない”。
何もなかったらマキは割れない。何もない、つまり「0」では割れない。以上です。
「なるほど! 」と誰かが大声を上げた。
こうして、ぼくは残念な男に負けた。それも、ぼくが最も得意とする数学の分野で!
ぼくは一週間後、銀行強盗に入り失敗し人質をとり挙句警察官に射殺された。実は国王が「数学的には君の方が正しい」と言って、もう一度、最後のチャンスをくれたのだ。で、そのチャンスにも失敗したのだ。
今となっては国王が善意からチャンスをくれたのか、悪意があったのかは分からない。
その日の夕方、アベックが男の就職祝いの夕食を楽しんでいた。男はあの残念な男(?)で女はぼくが愛した女だった。
ぼくの説はネット上から「永野数学塾長日記」2=1の証明(0で割ってはいけない理由)を参考にしました。
ありがとうございました。