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勇者は勇者を見限りました(仮)  作者: 槻白倫
1 オレが見限るまで
9/18

008 気付けば初陣

 いつもと変わらずに朝食を取り終え、演習場にて修練に勤しんでいると、演習場に慌てた足音が駆け込んでくる。


「で、伝令です!!」


 慌てた様子で駆け込んできたのは、騎士団の伝令部の人だった。


「ど、どうした?」


 近くにいた騎士隊長のリンドさんが、伝令部の人に何があったのかを訊く。その、慌てようで分かるが、何かただならぬことがあったのは想像に難くない。


 息を整えると、伝令部の人はそう長くない内容を、けれど口早に言った。


「ま、魔王軍が攻めて参りました!!」


「なっ!?」


 その知らせに、聞いていた皆が驚愕をあらわにする。


「そ、それは真か?」


「ほ、本当です!ドールト荒原で陣を布いているとのことです!」


「現状は分かった。国王はなんと?」


「すぐに兵を徴集して、迎え撃てとのことです。そして戦線に勇者様方も加えろとのことです」


「勇者様方を戦線に加えるのは、些か早い気がするが…国王の命であれば致し方あるまい。分かった。至急隊を整え進軍すると国王に伝えろ」


「了解です!」


 リンドさんがそう言うと伝令部の人は駆け足で演習場を後にした。リンドさんはオレ達に向き直ると言った。


「皆、魔王軍が攻めてきた!これから迎え撃つにあたり、勇者様方にも戦線に加わって貰うことになった!だから、急いで準備をしてくれ!」


「わ、分かりました!」


 リンドさんに皆を代表して流が答えた。 


 オレは内心で舌打ちをした。


 ーーーくっそ!こんなタイミングでか?状況的に考えても、オレ達の事が的に知れ渡ってるってことだ。そんで、強い力を持つ前にオレ達を早い内に摘み取ろうって魂胆だろうよ。もしくは、最初にオレ達を襲ってきた奴らみたいに生け捕りにするのが目的か…何にせよ、狙いがオレ達であるのは明確なはずなのに、なんで国王はオレ達を前線になんか出すんだよ!


 ーーーオレ達に実戦経験を積んでほしいってんなら確実に時期尚早だ。未だ大した力も付いていないんだ。オレ達より戦闘経験がある奴らをどうにかできるとは思えないし、そんな思い上がりをするほどクラスメートものぼせた連中でもない。


 ーーーくっそ、どうする!?オレ達がこの国に属してしまった以上オレ達は国王の命には従わなくちゃいけない。結果的に行くことには変わらないんだ。今は、生き残る打開策を考えないと!


 オレがこの状況の打開策を思案している間も、演習場内はクラスメート達の不安と言う感情が渦巻く。昨日、強気に絡んできた東郷も不安そうな顔をしている。


 そんな重たい空気の中、パンパンと手を叩く乾いた音が響いた。音の方を見ると、手を叩いたのはどうやら流らしい。


「皆、訊いてくれ!」


 その声で、皆の不安にざわついていた声が止む。流はそれを確認すると口を開いた。


「皆が不安なのは分かる。俺だって不安で一杯だ。でも大丈夫だ!」


 何を根拠に。オレは素直にそう思った。オレ達はここに来て日が浅い。そのため、守るべきこの国のことをよく知ってもいなければ、仲間になる騎士団の強さがどれくらいなのかも知らない。それなのに、流は、何を根拠に大丈夫だというのだろうか?


「大丈夫、俺達は生きて帰れる!だって、俺達には木葉がいるんだから!!」


「は?」


 流の言葉にオレは思わず間抜けな声を出してしまう。


 いやいやいや。ちょっと待って欲しい。  


 だが、オレの混乱もよそに、流は言葉を続ける。 


「木葉がいれば俺達は百人力だ!誰にだって負けない!」


 我に返ったオレは、流の言葉に慌てて返す。


「い、いや、ちょっと待ってくれ!オレがいるからって勝てるとは限らない!第一、相手は魔人族なんだぞ!?戦闘に特化した種族だ!!ひよっこのオレがいたところで勝てるかどうかなんて望み薄だ!それに訓練だけで実戦なんて数踏んじゃいない!むしろ足を引っ張る結果になる!オレがいるから勝てるだなんて楽観視はやめろ!」


 オレは必死にそう言った。魔人族は、体内に魔力を多く有した種族だ。そのため、多く有した魔力を制御するために体は強靭で強固なものになっている。しかも、何度も実践を場数を踏んできた戦士だ。訓練したてのオレが勝てる通りなどあるわけがない。


 その事は流もよく分かっているはずだ。流は頭が良い。その事が分からないとは到底思えない。だが、流は純粋な瞳をオレに向けて言う。


「木葉、お前は自覚すべきだ!お前はオレ達の中で一番強い!それに騎士の人も言っていた!お前ならば魔人族にも引けを取らずに戦えるって!」


「買い被りすぎだ!三週間前まではただの高校生だったんだぞ!?そんな短期間で歴戦の猛者どもに並べるはずがないだろ!?」


「そんなこと無い!お前は特別なんだ!もっと自分の力をーーー」


「す、ストップ~~~~~~~~~っ!!」


 白熱するオレ達の言い合いに、東の待ったがかかる。


「ふ、二人とも落ち着いてよ!今言い合ってたって何にもなんないでしょ?今は戦う準備だけしよう?ね?」


 何とかして宥めようとする東。その目は戦う前に分裂しそうなオレ達を前に不安で揺れていた。


 それを流も気付いたのか、オレと二人、バツの悪そうな顔をする。


「…はあぁ……ああ、分かったよ。言い合いはもうしない」


 オレがそう言うと、東はホッとしたような顔をする。


 だが、オレはそんな東に、いや、皆に訊かなくちゃいけないことがあったことを東の不安げな瞳を見て思い出した。


「なあ、皆」


 オレの呼びかけに、すでにオレに注目が集まっていた状況なので、皆の視線はちゃんと集まっていた。


 皆に訊かなきゃいけないことは、至極当たり前の事実だ。その事実を皆が自覚しているかは分からない。いや、多分している。それを含めての皆の不安げな視線なのだろう。


「皆は…人を殺せるのか?」


 オレ言葉に、皆はオレに向けていた顔を俯かせた。今更気づいた、と言った表情の者がいないことからやはりその事は考えていたようだ。そして、皆の俯く姿がオレの質問への答えになっていた。


 ちなみにだが、多分オレは殺せる。初日に獣を斬ったあの感覚オレは覚えてる。肉を断つ感触は今でも思い出す。だが、それだけだ。獣を殺してしまったことへ対する罪悪感なんざ浮かんでこない。これは多分人を斬っても同じだ。肉を斬るイヤな感触に顔をしかめるだけだ。だが、それもいずれ慣れるだろう。


 でも皆は違う。肉を斬る感触も知らなければ、命を絶つ感触も知らない。そんな奴らが戦線にでても初めてのイヤな感触に戸惑って足を引っ張るだけだ。


「…やっぱり、今回の進軍について行くのはやめた方がいい。オレから宰相さんにーーー」 


「悪いがそれは無理だ」


 オレが宰相に掛け合おうと言う言葉を、リンドさんが遮る。


「これは国王の勅命だ。拒否権は無い」


 そう言うリンドさんにオレは間髪入れずに噛みつく。


「でも、無理だ!何の経験もない皆を戦場に配置するなんて自殺行為だ!他の騎士の足も引っ張る結果になる!無駄に犠牲者が出るだけだ!リンドさんだって分かってーーー」


「分かってる!!」


「ーーーっ」


 オレは、初めて聞くリンドさんの荒げた声に、思わず言葉を飲み込む。


 リンドさんの表情は堅く、何かを我慢するような顔だった。


「俺だって、出来ればそうしている。だが、国王の命は絶対なんだ…分かってくれとは言わない。だが、納得してくれ」


 その言葉で、リンドさんがどれだけ本気でオレ達の事を思ってくれているかが分かった。変えたくても変えられない悔しさに歯噛みするリンドさんに、オレは押し黙るしかなかった。


 オレは苛立ちに歯噛みする。


「愚王がっ…!!」


 今は、そんな悪態しか口をついて出てはこなかった。




   

 場所と時間は代わり、ドールト荒原に向かう行路をオレ達は進軍していた。

 

 結局、準備をすませたオレ達はすぐに進軍した。


 オレ達の配置は、陣の後ろの方であった。これはリンドさんの配慮であった。


 オレは、噛みついたことを謝り、配置に対してお礼を言ったが、リンドさんは浮かない顔のままだった。


 行軍するクラスメートの顔も浮かないままで、この一帯だけどんよりとした雰囲気が漂っていた。


「なんだ、湿気たっ面してんな~」


 そんな雰囲気の中、場に似合わない明るい声がオレにかけられた。声をかけてきたのは、初日にオレ達を助けてくれた赤髪の青年、シンであった。


「あぁ、あんたは…」


「どうした?雰囲気重いけどよ?」


 軽い感じでそう言って、シンはオレの隣に並んだ。


 あんたこそ、初日とは打って変わって態度が違うなとは言わなかった。今はそんなことを言う気分でもなかった。


 彼等とは、初日以降会っていなかった。その間に彼に何かあったのかもしれない。そんなどうでも良いことを考えながら、オレは無言でシンの隣を歩いた。 

  

「本当にどうした?…あっ、分かったぜ。お前ら不安なんだろ?そうだよなあ。うん、分かるぞ。オレも初陣はお前等みたいだったもんな~」


「何であんたは、そんなに気楽なんだ?」


「んあ?だって慣れてるしなぁ~それに、後ろ向きになってたら生き残れるもんも生き残れないぜ?前向きに、今何ができるかを考えねえとよ」


 シンの言葉に、オレは思わず絶句してその顔をまじまじと見てしまう。まじまじと見つめるオレに、シンは思わずと言った感じで半歩身を引く。


「な、何だよ?」


「い、いや…あんた、そんなことも言えるんだなって」


 いかんせん最初の印象が強すぎたのか、シンがそんな気の利いたことが言えるとは思っていなかったのだ。


 シンもそれが分かったのか、バツが悪そうな顔と心外だと言ったような顔をする。器用な奴だ。


「まぁ…あんときゃあ悪かったよ…お前等も急な出来事でパニックになってたのに、突っかかっちまってな…」


 頭をガシガシと掻きながらオレとは目を合わせずにそう言うシン。


「いや、オレも余計なことを言った自覚はある。オレの方こそすまなかった」


「…んで、お前が……はぁ…まあいいや。んじゃあおあいこってことで、な?」


「ああ、おあいこだ」


 オレが同意すると、シンはふっと勝ち気そうな笑顔を見せた。


「それじゃあ、オレは戻るわ。じゃあな!」


 シンはそう言うと自分の元いたところに戻っていった。オレに謝りに来ただけのようだ。 


「木葉」


 心の中で、シンの評価を良い奴に変えていると、不意に声をかけられる。振り向かなくても分かる。オレを木葉と呼び、この聞き慣れた声。オレは振り向きながら相手の名前を呼ぶ。


「なんだよ、流?」


 オレの少し後ろを歩いていた流は、オレが首だけで振り返るとオレの隣まで移動してきた。オレとしても後ろにいられたままだと話しづらいので助かる限りだ。 


 流は、申し訳なさそうな顔をして少しだけ下を向いている。流が、何に対して申し訳ないと思っているのかは、今となっては理解できている。


「すまない…」


「…気にするなっつってもお前はそう言うことは気にするんだろ?」


「ああ…」


「じゃあ許すよ。このまま戦場にまでそれを引きずられても面倒だ」


「…ありがとう」


 流が、何を謝っているのか。それは、先ほどの皆に対して行った演説だろう。オレがいれば負けないとかいうやつだ。


 最初の内は何を言っているんだこいつはと思って思わず噛みついてしまったが、落ち着いてきた今となっては分かる。あれは、皆の志気を高めるための言葉であったのだ。死ぬかもしれないという不安を拭うための言葉だったのだ。


 まあ、不安を拭える英雄に何故オレに白羽の矢が立ったのかは、おそらくオレが一番最初に能力を発現させたからだろう。それに、成り行きとはいえ皆を守ったという実績もある。皆の心を支えるのにはうってつけの英雄像だ。まあ、その英雄も所詮は偶像なのだが。


 だが、それも失敗に終わってしまった。オレの人を殺せるかと言う発言もさることながら、オレの自身の評価に対する低姿勢っぷりにもだろう。


 今、皆が進軍するこの一帯はお通夜のような雰囲気が漂っている。


「実はな…俺もお前に縋りつきたかったんだよ…」


 沈黙のみが支配する時間を流が終わらせる。 


 オレは流の言葉に驚愕に目を見開く。


「俺も…こっちに来てからずっと不安だったんだ。宰相の言葉に二つ返事で返したのも、正義感とかじゃない。安全そうなこの国から追い出されるのが怖かっただけなんだ」


 オレは、流が吐露する不安の言葉を一言も言葉を発さずに聞く。いや、言葉を発さなかったんじゃない。発せなかったんだ。


 オレが流と生きてきた間に、オレが流に不安の感情を吐露する事はあっても、流からオレに吐露することはなかった。オレ以外に吐露したこともあったかもしれないが、オレには絶対にしなかった。 


 そんな流が初めてオレに不安を吐露したということが、オレにはとても衝撃的であり、なぜだか、嬉しくも感じた。


「だから俺も、お前を祭り上げて自分を安心させたかったんだ。お前がやる気になってくれて…お前なら、本当にやってくれて…それで皆無事に帰ってこれる……そう、思いたかっただけなんだ……」

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