007 気付けば見られてました
オレが演習場の上にあがると、相手はもうすでに立っていたようで、遅れてきたオレにイライラしたように言ってくる。
「おせえよ桜井。修練中に女とちちくりあってるなんて随分と余裕だなぁ、ああ?」
敵意を隠しもせずにそう悪態をつくのは、クラスでも不良に位置づけされている非常に面倒臭い奴、東郷忠信だ。
オレは東郷の言葉に苛立つがそれを表に出さずに答える。
「ああ。生憎、誰かさんみたいに能力を自覚するのは遅くなかったんでね。他の奴らよりも余裕あるんだわ」
「なっ!……そうかよぉ…だったらお前は先輩ってことになるよなぁ?」
「ま、そうなるかな?」
オレがそう答えると東郷は下卑た笑みを浮かべる。
「だったらよう…加護の使い方もオレ達よりうまいんだろ?」
「…さっきから何が言いたいんだ?」
はっきりと物を言わない東郷の態度にオレは更に苛立つ。元々こいつは好きではなかった。その上でこの態度である。苛立つのも仕方ない。
「つまりよ…」
東郷はそう言うと手に持っていた模擬刀を場外に投げ捨てる。オレはその行動の意味を掴めずに困惑する。
「…胸を貸してくれってことだよ桜井ぃ!!」
東郷はそう言うと、腰に下げていた剣を抜くと、審判を勤める騎士の合図も待たずにオレに肉薄する。東郷の虚を突くいきなりの行動にオレは対応が遅れてしまう。しかし、オレの対応が遅れたのはそれだけではなかった。
ーーーこいつ、速いっ!
そう、東郷の速度が異常なまでに速かったのだ。
尋常じゃない速度で肉薄する東郷により振り下ろされた剣をオレは紙一重でかわす。
ーーーこいつ、加護使ってるのか!?
オレは距離をとるべく後ろに跳ぶが、それに余裕で追い縋ってくる東郷。
東郷の加護は分からない。と言うのも、東郷は加護を公表していないのだ。皆が連携をとるのに必要だと言っても東郷と東郷の取り巻き数人は頑なに拒否をした。
仕方がないとその場はそれで収めたが、やはり無理にでも気いておくべきだったかも知れない。
そんなことを考えながらも、オレは東郷の攻撃を紙一重でかわし、いなし続ける。模擬刀は木で出来ている為、真剣をそのまま受け止めることは出来ない。今も、いなすごとに木が削られていっている。木が削れるときに、剣が少しだけ模擬刀に食い込むので、その威力に引っ張られて体勢を少し崩してしまう。その隙を狙って、東郷はいやらしく追撃をしてくる。
東郷が一太刀振る毎に、場外からは小さな悲鳴が上がっている。騎士も何人かは止めに入ろうとしているが、取り巻き達がそれを邪魔している。
「おい!卑怯だぞ東郷!木葉に勝ちたいなら正々堂々戦え!」
流が声を張り上げて東郷を糾弾する。乱入してこないのは、自分が中途半端な実力しか持っていないのを知っているからだ。中途半端な実力しか無いのならば、乱入をすれば必ず誰かが怪我をすると分かっているからだ。
それでも、見ているだけは出来ないのか、東郷を糾弾してくれているのだろう。
「うるせえぞ!!外野は黙ってろ!!」
しかしこれは本格的にマズいかもしれない。
今のオレは防戦一方で唯一の武器である模擬刀はだんだんとその身を細くしていっている。
「だったら……ワタシが参戦すれば外野じゃないよね?」
痺れを切らした東がそう言って演習場にあがろうとする。
「来なくていい!!」
それをオレは大声を張り上げて制止させる。
「オレ一人でやる!」
「へへっ!カッコつけなくていいんだぜ?お仲間でも呼べよ!俺は負けねえからよぉ!」
オレのセリフに俄然やる気になったのか、東郷の攻撃が苛烈担っていく。
先程より数倍素早くなった東郷の剣が段々と俺の体を掠めていく。
「おらおらぁ!!どうしたよ桜井ぃ!!さっきから押されてばっかだぜぇ!?」
東郷の言葉にオレは小さく嘆息する。
「もういいか…」
「あ?」
「もういいかと言ったんだ。もう面倒だ。反撃するぞ?」
オレのセリフに東郷は一瞬ぽかんとした顔をする。がすぐに人をバカにしたような笑みに戻る。
「バカか!押されっぱなしのクセに強がってんじゃねぇよ!!」
オレは東郷の攻撃をよけつつ言う。
「お前は何か勘違いしてないか?」
「ああ?」
「オレは押されているんじゃない。押させてやってるんだよ。まさか、地力でオレをどうこうできてると思っているのか?」
オレがそう言うと、東郷は見る見るうちに顔を怒りに染めていく。
「俺はよ…俺はお前のその飄々としたいつも余裕ぶった態度が…いっつもムカついてたんだよおぉぉぉぉおおおお!!!!」
怒りに身を任せた攻撃だからか、東郷の攻撃は途端に避けやすくなった。
だが、オレは一つ東郷に物申したいことがある。
「オレは飄々ともしてなければ、余裕ぶってるわけでもない。ここに来てからは色んなことに手一杯だ」
「うるせぇぇぇええええ!!」
オレの訂正も気に食わないのか、更に激高する東郷。
そう言えば、反撃するといって反下していないな。何合か打ち合って、東郷の加護もだいたい予想はついた。もうこれ以上戦う意味もないな。
オレはそう考えると、反撃にでる。
「ふっ!」
東郷の見え見えの上段切りを、オレは模擬刀で横に反らす。反らしてからすぐに剣の上に模擬刀を押し付ける。そうすることで、剣は演習場の床に食い込み、オレの模擬刀も奴の剣に食い込む。自然と、上にもしたにも動かし辛くなる。
「なっ!?」
突然のことに驚愕する東郷に、オレは容赦なくがら空きになった胴体に拳を叩き込む。
「がはっ!?」
体が折れてくの字になった東郷の髪を、模擬刀を離した右手で掴んで固定すると、その顔に膝蹴りを叩き込む。
今度は衝撃で東郷の顔が上にあがり、また胴体ががら空きになる。
そこにオレは容赦なく回し蹴りを叩き込む。
東郷は勢い良く後方に吹っ飛び演習場の固い床にその背中を強かに打ち付ける。結構強く打ち付けたのだが、呻いているのなら大丈夫だろう。
「ふぅ…」
オレは一息つくと模擬刀を手に取り演習場を降りために歩き始める。が、途中であることに気づき立ち止まり、未だ呻き声を上げて苦しそうにしている東郷に振り返った。
「東郷。言い忘れてたことがあったんだが…」
聞こえてるのかなと心配になったが、目がこちらを向いているのでちゃんと聞こえているのだろう。
ちゃんと聞こえているので、オレは笑顔で言う。
「ちゃんと勉強になったか?」
「くっ!……お、まえぇ……………!」
「ああ、そうそう。オレ、加護一度も使ってないから」
「なっ!?」
オレの言葉に東郷だけでなく、クラスメートや騎士達も驚愕の声を上げる。
「まあ、お前の力不足だな。攻撃が単調すぎるし、激高すると更に単調になる。少し冷静になった方がいいぞ」
オレは最後にそれだけ言うと今度こそ演習場を降りた。
「こーくん!」「木葉!」「木葉くん!」
オレが演習場を降りると、東と流と香山、それに何人かのクラスメートが駆け寄ってきた。
「木葉くん大丈夫!?ああっ!怪我してる。きゅ、救急箱もって来なきゃ!」
「香山大袈裟だ。このくらい掠り傷だよ」
「そんなこと無いよ!結構血が出てるよ!」
「ああ、俺も手当して貰った方がいいと思うぞ」
「そ、そうだよこーくん!手当はした方がいいよ!」
そんな大袈裟なと言おうと思ったが、皆の目が真剣なものだったのでオレは黙って手当を受けることにした。
先ほど座っていたベンチに座ると、救急箱を取りに行ったクラスメートがちょうど戻ってきた。速くないか?と訊いてみたら加護を使ったらしい。そんなことに使わんでもいいのに。
心配する皆に囲まれながらオレは傷の手当てを受けた。なんだか、居心地が悪いな。
「皆…そんなに見つめられると、落ち着かない」
「皆心配なんだよ!我慢して!」
「え、お、おう…」
香山の謎の我慢して発言に、オレはたじろぎつつも許容してしまう。集団の後ろでは、竹ノ塚がからからと笑っていた。笑ってないで助けてくれよ竹ノ塚。
「ほら!上も脱いで!」
「え、おう…」
なぜか若干顔の赤い香山にそう言われ、オレは少し戸惑いつつも服を脱ぐ。確かに、上も怪我をしていたので抵抗はなかった。
「お、おおぉ~~~」
なぜか、服を脱ぐと簡単の声を上げられる。
「な、何?」
「へ!?え、い、いやあ…何でもないよお!?全然、何でもないよお!?」
明らかに挙動不審にそう否定する香山。と言うか、他のクラスメートもなんだか顔が赤くて鼻息も荒い。
「え、ちょ、怖い。やっぱ服着る」
「え、だだだだだダメだよ!!木葉くんは脱いでなきゃ!!」
「だってお前ら目が爛々としてて怖いんだもん」
「爛々となんてしてないよぉ!!や、や~だなぁ!!あ、服持ってるね!」
そう言うと香山はオレから服を奪い去る。
「じゃ、じゃあ、手当するよ?」
「いや、チェンジで」
「なんでぇ!?」
「だから目が爛々として怖いんだって!」
「いいから任せてよ!!ほら!!」
そう言うと香山は無理矢理に手当を始めた。
「い、痛いって!もっと優しく!ってか、流!お前こういうの得意だろ!変わってくれよ!」
乱暴な手当に耐えながらオレは流に助けを求めるが、流は肩を竦めるだけで手を貸そうとはしてくれない。
「ちょ!ああ、もういい!東!お前で良い助けて!」
それならばと東に助けを求めるも、東も東で意味深な笑顔を浮かべるだけで手を貸そうとはしてくれない。
「ああもう!痛いって香山!と言うかお前らも見てないで助けろよ!」
「大丈夫!痛くないよ!」
「痛いっていってるだろ!?」
「大丈夫大丈夫!優しくするよ!痛くないよ!」
「その言い方なんかやだなぁ!?」
こうしてオレは、騒がしくなりながら手当を受けた。
だから、気付かなかった。オレ達を見る憎悪の視線も、狩りとってやろうという獰猛な視線にも、気づくことはできなかった。
○ ○ ○
この間と同じ宵闇の支配する路地裏でまたもある人物は誰かを待っていた。今回は、ある人物も来たばかりなのか、遅い待ち人に苛立った様子はない。
ただ、この間と違う点があるとすれば、その人物から放たれるただならぬ待ち人に対してではない、誰にともしれず放たれる怒気くらいだろうか。
「…今日は随分とご立腹のようだね。裏切りくん」
この間と同じく、音もなく突然現れた待ち人。それにやはり驚くことはなく答える。
「…お前には関係ない、使いっぱしり……今日は早かったんだな」
お互いがお互いを皮肉の呼称で呼び合うが、これは彼らの挨拶のようなものだ。この間それが無かったのは、怒気が使いっぱしりと呼ばれた者に向かれていたからだ。
「今日は何もすることがなかったからね……それでだ…君の方はどうかな?」
「何もなかったなら早く来い………少し…厄介な奴が出てきた…」
「ほう…それは計画に支障をきたすほどかな?」
「そこまでじゃない!…とは思うが…一応、警戒はしておくべきだと思ってはいる…」
裏切りくんと呼ばれた人物は最初こそ強気に否定したが、その人物の危険度は私情を挟んで過小評価してはいけないと思い直り、自分の素直な考えを使いっぱしりに言って見せた。
裏切りくんの言葉に、使いっぱしりは鷹揚に頷く。
「それはいただけないな。その子は要注意しておかなくちゃいけないね。それで、名前は?」
「…名前なんて聞いたってお前が分かるわけ無いだろ。それより、特徴を教えてやる。っと言っても、外見もさほど目立つものじゃない」
「それじゃあ、どう注意すればいいんだい?」
「そいつは回避に長けている。矢や魔法、素早い奴の攻撃を難なくかわすやつがいたら、そいつが要注意人物だ」
「…やっぱり名前は聞いておくべきだね。戦場で仲間がポロリとこぼすかもしれないしね。で、その子の名前は?」
「…桜井木葉…こっち風に言えばコノハ・サクライだな」
「コノハくんか…うん、分かった注意しておこう。狩れそうだったらこっちで狩っておく」
使いっぱしりはそう言うと、話はこれで終わりだとばかりに裏切りくんに背を向ける。
「まて」
だが、その背中を裏切りくんが止める。
まだ何か?と言った風に振り返る使いっぱしりに、苛立ちを覚え軽く舌打ちをする。話を終わらせてもいないのに勝手に帰るこいつの神経が分からないのだ。
「…前に言った奴と、桜井はこっちで狩る。お前は手出しをするな」
「やれるの?」
「やれる!」
「…仲間なのに?」
「仲間じゃない!あんな奴ら…仲間なもんかっ!」
「ふうぅん…まあなんでもいいよ。やってくれればそれで。こっちの目的と外れない限りね」
使いっぱしりはそう言うと、今度こそ宵闇の中に姿を消した。
裏切りくんは使いっぱしりの消えた宵闇の中を睨み付ける。
「…絶対に殺してやる…あいつも…桜井も!」
裏切りくんはそう言うと、夜の路地裏に怒りをまき散らしながら宵闇に姿を消した。