006 気付けば接近している
宵闇が支配する夜の王都のとある路地裏である一人の人物が立っていた。その人物は誰かを待っているのか、先ほどから同じ場所にいる。待ち人が来ないのかその場を行ったり来たりして、時折盛大に舌打ちをしていた。
「やあ、待ったかな?」
石畳を踏む音を響かせもせずに誰かが近付いてくる。その事に先ほどから待っていた人物は驚くこともなく、逆に待っていたとばかりに近付いてきた者を見ると言った。
「遅いぞ!いつまで待たせるんだ!」
声を潜めて、だが、しっかりと糾弾するような声音で待っていた人物は言う。
「すまないね。私も下準備があってね」
「フン!まあいい。…で、準備の方は完璧なんだろうな?」
「それはもう。ただ、予測の事態というものもある。例えば…勇者とか、な?」
「フン。それならば心配はいらない。奴らはそこまで強くはない。この目でしかと見た。多勢に無勢な上にここの技量もまだ荒削りだ」
「それは重畳。それならば計画を進行させてもかまわなそうだね」
「ああ、問題はない」
「フフフッ、それでは手はず通りに頼むよ。裏切り勇者くん」
そう言うと、遅れてきた謎の人物は来たときと同じように音もなく路地裏の闇に消えた。
それを見届けると、残された人物もその場を離れた。
○ ○ ○
香山の勘違い告白騒動があってから翌朝。オレは朝食をとりに食堂へと向かった。
今オレ達が住まわせて貰っているのは、騎士団の騎士達も利用している騎士寮だ。王宮の方にも食堂はあるのだが、朝は騎士寮の敷地内に備え付けられている食堂にで朝食をとるのだ。
食堂に着くと、すでに多数のクラスメート達が騎士達に紛れて食事をしていた。男女が一緒にご飯を食べているのは、騎士寮が男子寮と女子寮で別れていても食堂は一つしかないからだ。
オレはお盆に乗った朝食を食堂のおばちゃんから受け取る。
「おお?今朝は眠そうだね~いっつも寝起きは良さそうなのに珍しいね~」
「ああ、昨日は寝付けなかったんだよ」
昨日の香山が最後に言った台詞が頭から離れずに一人悶々としていたら結構夜中まで起きることになってしまったのだ。
「おばちゃんは今日も変わらず元気そうだね」
「そりゃあご飯をいっぱい食べてるからね!気持ちのいい朝はおいしいご飯から!今日も残さないでたんと食うんだよ?」
「あーい」
オレはそう言うと空いている席を求めて歩き出す。
「あっ!木葉く~ん!」
すると、誰かから声をかけられる。声の方を見やればそこには香山がいた。
香山は元気よくこちらに手を振ると、隣が空いてるとジェスチャーを送る。
正直、昨日の今日で隣に座るのは恥ずかしかったが、ここで断っても印象が悪いのでオレはしぶしぶと香山の方まで歩いていく。
その歩いている間にオレにはいくつもの視線が集まる。おのれ香山め。不用意に大きな声で呼び止めおってからに。
香山の元まで着くと、オレは隣に座る。
「おはよう木葉くん」
「ああ、おはよう…って、その木葉くんってのはなんだ?」
「え、いや…何と言われても…迷惑…かな?」
「いや、迷惑じゃないが」
「ふふっ、ならいいよね?」
「あ、ああ…」
笑顔で押し切られては断れる通りがない。オレは押され気味で承諾すると香山はよっしゃと小さくガッツポーズをとった。
「おーおー、お二人さ~ん。いつの間にそんな仲良くなったのよ~?」
目の前でオレ達の様子を見ていたクラスメートの、竹ノ塚良子は面白そうなものを見つけたと言った表情でそう聞いてきた。
「いや、別にーーー」
「ふっふ~ん。内緒だよ~」
竹ノ塚の言葉を否定しようと口を開こうとすると香山に遮られてしまう。
「香山。オレが喋ろうとしてたんだが?」
「ノンノン、そうじゃないよ木葉くん」
香山はそう言うとオレの前で人差し指を横に振る。その仕草に若干イラッとしながらもこたえる。
「なにが?」
「もう!私が下の名前で呼んでるんだから、木葉くんも下の名前で呼んでってことだよ」
「いや、別に付き合ってるわけでもないんだしそんなことしなくても良いだろ?」
オレがそう言うと香山の目が怪しく光った。
「今、そんなこと思ってなかったよね?」
「ぐっ…な、何のことかな?」
「今、香山の下の名前何だっけ?って思ってたでしょ?」
「くっ!《看破》を使うなんて卑怯なっ」
「ひっどお~い!私の名前覚えてなかったの!?薫だよ!か・お・る!薫製の薫だよ!」
そんな朝から騒がしいことこの上ないオレ達のやりとりを聞いて竹ノ塚はからからと笑う。
「竹ノ塚、笑ってないで何とかしてくれよ」
「ええ~?いいんじゃないの~?名前くらい呼んであげてもさ~あ?」
「付き合ってもない女子を名前呼びとかこっぱずかしいわ」
「その割には、西は名前呼びのようだけど?」
竹ノ塚の当然ともいえる疑問にオレは鷹揚に答える。
「あれは女じゃない。女というより、妹に近いな」
「ええ~?アタシ妹なの~?」
オレの言葉に後ろから声が上がりオレは驚いて肩をビクリと震わせる。
後ろを見やると、そこには、少しだけ不満顔の東とおかしそうな顔をしている流、東の友人の伊里野優美と流の友人来栖友春がいた。まあ、いたのはその四人だけではなく、クラスメートも何人かいたのだが、今オレ達に意識を向けているのはその四人だけだ。
「ああ、お前は妹だ。誕生日もオレの方が早いしな」
「それはそれで嬉しいけど、なんか女として意識されないってのも悔しいな~」
「それはお前、生まれた場所とタイミングが悪かったと思うほか無いな」
「まあ、こーくんに意識してもらっても嬉しくとも何ともないんだけどね」
「それじゃあなんだよさっきのえ~?は」
いつもの調子の東に溜め息を吐きつつ、オレはいただきますと手を合わせてから、食堂のおばちゃんが作ってくれた美味しい朝食をパクつく。うん、うまい。
オレはおばちゃんの方を向くと、おばちゃんもちょうどこちらの方を見ていたらしく目があった。目があったオレは美味しかったぜと言う意味を込めてサムズアップする。するとオレの意をくんでくれたのか、おばちゃんも笑顔でサムズアップしてから厨房に消えていった。うん、いい味してる。料理もおばちゃんも。
そんなことを思いながら美味しい朝食に舌鼓を打つ。向こうの世界では朝食にあまり意味をなしてはいなかったがこちらの世界にきてから朝食の大切さを身にしみて理解するようになった。うん、朝食めっちゃ大事。
隣を見ると、香山も大人しく朝食を食べていた。うん、静かで大変よろしい。
すると、向こうもオレが見ていたことに気付いたのかオレの方を向くとニッと笑った。オレはそれに反応することなく無言で食事に戻ると、隣から「照れてる照れてる」と嬉しそうな呟きが聞こえてきたので、オレは無言で香山の皿からおかずを一品奪い去った。オレが奪い去ったおかずが好物だったのか、悲痛な声を上げていたが気にしないことにした。
その光景を微笑ましそうに見ていた竹ノ塚に、少しだけ釈然としなかった。
朝食を取り終わるとオレ達は早速戦闘訓練を受けていた。今日のメニューは一対一の模擬戦だ。
オレは今行われている流対来栖の試合を見ていた。
そんなオレの横に竹ノ塚が腰を下ろした。
「どっちが勝つと思う?」
「言うまでもないが、あえて言ってやるよ。流だ」
「根拠は?」
「悪友の勘が告げてる」
「なにそれ?」
オレの答えがお気に召したのか、竹ノ塚はからからと笑う。
オレはよく笑う奴だな~と竹ノ塚を見てると、竹ノ塚はなぜかドヤ顔をして言ってきた。
「何見とれてるん?あ、もしかして、惚れた?」
謎のドヤ顔が結構ムカついた。
「んなわけあるか。オレは清楚な感じの子が好きなんだ。ザ・現代っ子のお前はタイプじゃない」
「そうかい。それなら、薫はドストライクだろ?」
「あいつは…そうじゃない…あいつにも話したが、そうじゃないんだ…」
オレの答えになっていない答えに、竹ノ塚は愉快そうな笑顔を引っ込め、優しそうな笑顔をした。その表情の変化に少しだけドキッとしてしまう。これがギャップというやつだろうか?多分違う。
「それは本人から聞いたよ…その事については私からも礼を言うよ。ありがとう、桜井」
直球で礼を言われたオレは気恥ずかしくなりプイッと顔を逸らす。
「…オレは…事実を言っただけだ。別に、香山のことを思って言った訳じゃない」
「それでも、気が向いたら薫を受け入れてくれるんだろ?それだけで十分だよ」
そんなことも話していたのかと、オレは小さく嘆息する。
「気が向いたらだ。必ずじゃない」
「それでも、受け入れてくれるんだろ?今のあの子にはそれだけで十分なんだよ」
「お前は…あいつのこと気付いてたのか?」
オレの何気ない質問に、竹ノ塚は悲しげに笑う。
「いや…恥ずかしながら気づけなかったよ。言い訳にしかならないけど、私も自分のことで手一杯だった。あの子に回してやれる余力は無かったね…」
「そうか…まあ、それはしょうがないんじゃないか?」
「私としては、親友である薫の力になれなくって情けない限りだよ」
「…たとえそうだとしても、お前の気持ちだけで香山は救われてると思うぞ」
オレがそう言うと、竹ノ塚は俯きがちだった顔を上げオレに向き直る。だが、すぐにその顔を逸らすと、少しばかり投げやりに言った。
「そんなわけ無いだろう?肝心なときに何も出来なかったんだ。私の気持ちどうこうで薫が救われてるとは思わない」
「…香山は、オレに真実を言われてショックを受けたと思う。でも、竹ノ塚がそうやって香山のことを思ってくれることで、香山は自分が一人じゃないって分かったと思う。頼っても良い友人が近くにいることにも気づいたと思う。今、こんな状況だから、香山にとってはそれはとても心の支えになることだと思う。だから、竹ノ塚が香山を思う気持ちで、香山は救われてるんだと思うよ」
随分と長くこっぱずかしいことを、がらにもなく言ってしまったことに少しだけ恥ずかしくなり誤魔化し気味に頬をポリポリと掻く。
横目でチラリと竹ノ塚を見ると驚いたように口をぽかんと開けている。
オレは小さく呻き声を上げる。やっぱりがらにもないことを言うんじゃなかったと、軽く後悔をしていると突然、竹ノ塚がふっと笑う。
「ふ、ふふふっ」
「な、なんだよ?」
「いや、なんだか、人に無頓着だった桜井がそんなことを言うとは思わなくてね…でも…そっか……私が少しでも薫の支えになってたんなら、嬉しいねぇ…」
「そうだな…オレにしては珍しいと思うよ」
「ふふっ、桜井の気まぐれに感謝だね」
竹ノ塚がそう言った直後、丁度目の前で行われていた試合が終わった。結果はーーー
「あちゃ~負けちゃったね~天海」
竹ノ塚の言うとおり流の負けだった。
オレは予想外の展開に呆然としてしまう。
そんな呆然としているオレに竹ノ塚は言う。
「どしたん?」
「あ、いや…なんか、あいつは色々出来るからさ。負けたことが意外って言うか…なんか、信じられないっていうか…」
「ん~まあ、桜井が思ってるほど天海が完璧超人じゃないってことだね~」
「ん、まあ、そうだよな。あいつにも得意不得意はあるよな…」
オレはそう言うと試合の終わった二人を眺める。
流は負けたことが悔しかったのか、とても悔しそうな顔をしていた。それをクラスメート(主に女子)が慰めていた。
一方来栖は数人の友人に嬉しそうにはにかみながらなにやら会話をしていた。
今回の模擬戦は加護を使った戦闘に慣れるためのものだ。流の加護は《魔法増強》だ。その名の通りすべての魔法の威力、効力を増強させるものだ。対して来栖の加護は《魔法破壊》だ。こちらもその名の通り、相手の魔法を破壊するものだ。
そうそう。この世界にもやはり魔法というものがあるらしいのだ。それを知ったときには少なからずテンションがあがったものである。
まあ、それはいいとして。冷静に考えれば、二人の加護の相性は悪かったと思う。片や魔法を強化して、片や魔法を破壊する。うん、全く対局にあるな。
お互いに実質的に加護が意味をなさない場合は、本人の地力が物を言うだろう。来栖は元々運動神経が良い。それに、流が使えない魔法を使えると言う大きなアドバンテージがある。
これは流が負けて当然だな。
今のオレ達の地力には大した差は無い。運動部が少しだけ秀でてると言った感じだ。地力だけの勝負だったら、帰宅部の流には少々キツいだろう。
そんなことを思っていると、今度はオレが模擬戦を行う番になった。
「オレの番っぽい。んじゃあ、行ってくる」
オレは竹ノ塚にそう言うと立ち上がる。
「ん、いってらっしゃい。あっ、桜井」
「ん?」
オレが振り返ると、竹ノ塚は見たこともないくらい魅力的な笑顔でオレを見ていた。その笑顔にオレは思わずドキッとしてしまう。
「ありがとうね」
「だ、だから。礼はいいって」
「ううん、違うよ。私も、少し楽になった…だから、ありがとうね」
「お、おう…」
オレは照れて赤くなる顔を見られないようにすぐに顔を前に向ける。
早鐘を打つこの鼓動の理由は、決してギャップとかそう言うものではないと思う。
あんな笑顔も出来るんだなと思うと、オレは早足に演習場に向かった。