005 気付けば三週間
話を早く進めるために結構すっ飛ばしてます
早いもので、オレ達がこちらに来てから三週間が経っていた。
オレは今、悠々自適に王宮内に設けられたら図書館で本を読んでいる。勿論、娯楽小説とかなどではない。この世界の、主に、勇者に関わる事を読んでいるのだ。
オレは宰相の話を聞いたとき、ある幾つかの条件を付けた。そのうちの一つが蔵書などの閲覧許可だ。昔の記録から少しでももうすでに懐かしく感じてしまう故郷、日本への帰還方法を探るためだ。
早く帰還したいオレは、日課として行われる訓練を早々に切り上げて今日も今日とて、本の虫になっている。夕暮れ時の図書館には今はオレ一人しかいない。
ここで調べている内にオレ達、勇者という存在について分かったことが少しある。
オレ達勇者は、よくある勇者召還という方法でこちらに来たわけではないこと。強制的にこちらに引き寄せられて来てしまったという事。そして、世界を超えるさいに、強制的に付与される加護というもの。オレの鋭くなった感覚も加護によるものだろう。そうそう。オレは鋭くなった感覚というのも面倒なので、加護に名前を付けた。と言うか、オレがつけたわけではないのだが、気に入ったので使っているといった感じだ。オレの加護の名前は《五感回避》だ。シンプルでわかりやすい。
とまあ、こんな感じで他の皆にも加護が付与されている。宰相がオレらを国に置きたかったのはこの加護欲しさだろう。ただ、オレらの事をどうにかしたいというのも本心のようだ。宰相は分かったことがあると、紙面に纏めてオレに渡してくれる。オレはその事に感謝しつつも、こちらを利用しようという腹を持った宰相を一応の警戒をしている。まあ、最近ではその警戒も薄れてきている。その理由というのがーーー
「あ、こんなところにいたのね」
オレ一人しかいない図書館に声が響く。オレ一人しかいないと言うことは必然的に声の主が用のある相手はオレと言うことになる。
紙面から顔を上げて声のした扉の方を見る。そこにはクラスメートでも仲間でもある少女、香山薫が立っていた。
香山とは、向こうでは時々ではあるがたまに話をしたりしていた。だが、こちらに来てからは、香山はよくオレの所に来ては他愛のない話をしている。
香山の加護は《看破》と言って、相手の考えていることがある程度、簡単なことなら分かるらしい。その加護で宰相の言うことに嘘がない事をオレに教えてくれた。そのため、宰相に対するオレの警戒が薄らいでいっているのだ。
「ま~た本の虫になってるの?」
人好きのする笑顔でそう問うてくる香山にオレは紙面に視線を戻しながら答える。
「ああ。一刻も早く帰りたいからな」
「そんなに…急がなくても良いと思うけどな…」
「そんな事無い。家族とか、親戚とか、皆心配してる。香山にだって、そういう相手いるだろ?」
「いないよ」
オレの言葉に驚くほど早く返ってきた答えに、オレは思わず紙面から顔を上げて香山を見やる。
香山は少しだけ悲しそうに微笑みながらオレの元まで歩いてきてオレの隣に座った。
「いないよ。私には、一人も。家族も、親戚も、私に無関心だから…」
「………そうか……すまん。悪いことを聞いたな」
オレが踏み込んで良い話ではないと判断してオレは即座に謝罪をした。だが、香山にとってはそうではないらしく、いいのいいのといってから話を続けた。
「私ね…小さい頃はお姉ちゃんがいたんだ。私よりもずっと可愛くて、ずっと優秀なお姉ちゃん」
「私よりもって事は、香山は自分の事を可愛いと思ってるのか?」
「もう!茶化さないで!…私に似てなくて、お姉ちゃんはとっても可愛かったってことよ!」
どうせ私は可愛くないですよーだ、と一人愚痴る香山。実際には香山は十分に可愛い。十人中八人は可愛いと言うだろう。だが、その事実を彼女いない歴=年齢のオレに言えるわけもなく黙っていると、香山は拗ねたような顔をした。
「もう!そこは、嘘でも可愛いよって言う場面だと思うな…」
「あーカーイイーカーイイー。これで良いか?はい、続きをどうぞ」
「心がこもって無いにもほどがあるよ!…まあ、良いけど…」
若干、顔を赤くした香山はそれを誤魔化すかのように咳払いを一つすると話を続けた。
「それでね。いたって言ったのは、お姉ちゃん、もう死んじゃったからなんだ……私がね、小さい頃に何でも出来るお姉ちゃんが羨ましくって、家族で川遊びに行ったときにわざと溺れたふりをしてお姉ちゃんを困らせようと思ったの。それで、いざやったら本当に溺れちゃってね。お姉ちゃんが慌てて私の所まで泳いできて私を助けてくれようとしたの。でもね、実はお姉ちゃん、泳げなかったみたいでさ……それでも、無我夢中で私の所に泳いでこようとしてね結局お姉ちゃんも溺れちゃって」
そこで香山は口を噤んだ。それ以上は言わなくても分かる。香山が助かって、香山のお姉ちゃんが死んでしまったのだ。だが、一つ解せないことがある。
「それで、なんでお前が家族から嫌われる理由になるんだ?」
状況的に見れば、両親には溺れた妹を姉が助けに行って溺れた、と言う風にしか見えないはずだ。それだけで家族をそんなに毛嫌いするだろうか?
「…ちっちゃかった私はね、全部話しちゃったの。辛そうに泣くお母さんとその肩を抱くお父さんも見てられなくて。そしたら、その日から家族からは距離を置かれるようになっちゃってね…そりゃそうだよね…嫉妬でお姉ちゃんを殺しちゃう子なんて、憎みこそすれ、可愛がるなんて無理だよね」
なるほど、そういう事情だったわけか。
「なんで…それをオレに話したんだ?」
「…よく…分かんないや…ふふっ、桜井くんが聞き上手なのかもね?」
「そんなわけあるか。オレは一度話を区切った。それなのに何ではなしたんだ?」
「……」
「…だんまりなら、それでもいいけどな」
「うん…そうだね……私ね、桜井くんのことが好きだよ」
「は?」
香山の何の脈絡も流れも関係無く放たれた告白にオレは思わず呆けた声を出してしまう。
いや、急に何言ってんの?
オレの疑問もよそに香山は続ける。
「私ね、ずっと桜井くんが好きだったの。ずっと…向こうにいるときから…ずっと…」
「は…いや…今それは関係ないだろう?」
やっとのことで絞り出すことの出来た言葉は存外間抜けなものであった。だが、それも致し方ないことだろう。なにせ人生初の告白を何の脈絡もなく受けたのだから。
「ううん。関係あるよ。向こうにいるときもこっちに来てからも…ううん、こっちに来てからは、もっと、もっと桜井くんは格好良くなった。それに、誰も追いつけないくらい強くなった。私、戦ってる桜井くん見てて思ったよ?すご~くかっこいいなあって。他の子もね同じこと言ってたの」
「いや、だから…それとこれになんの関係が?」
「だからね?好きな人には、全部知って貰いたかったの。こんな話、重いかもしれないけど、こっちに来たからもう関係ないかなって…だから話す気になったの」
香山はそう言うとオレと距離を詰めてくる。元々、椅子に座っているだけだったので、そう広くもない二人の隙間はすぐに埋まる。
「ねぇ…私じゃ、ダメ?」
香山はそう言うとオレの目をジッと見つめてくる。そこでオレは気付いた。気付きたくはなかったが気付いてしまった。
オレは香山の肩を掴むとグイッと押し返した。
オレの行動に目を丸くする香山。だが、その仕草も数秒。すぐに泣きそうな笑顔になる。
「や、やっぱり…私じゃダメか…へへっ、ゴメンね…迷惑かけちゃって」
「ああ…今のお前とは付き合えない。いや、そんな目をしてる奴とは、誰とでも付き合うつもりはない」
「へ…目…?」
香山はそう言うと自身の目元を触る。
「いや、目自体に異常があるとかそういう訳じゃない。香山がオレを見る視線に問題があるんだ」
「視線?」
訳が分からないといった風に首を傾げる香山。やっぱり自覚がなかったか。
「お前は勘違いしているよ。オレは強くないし、誰も届かない高見に登った訳でもない。そんな事は正気に戻ればすぐに分かるはずだ」
「い、いやだなぁ!私は正気だよ?何言ってるのかな桜井くんはぁ」
おかしそうに笑ってみせる香山にオレは真面目な視線を向ける。すると、香山は徐々にその笑顔を引っ込めていく。
「やっぱり…私、変なのかな?」
「ああ、変だ。お前…と言うより、大多数の奴はお前のようになってると思う」
「…根拠は?」
「オレをかっこいいと思った時点でアウトだ」
オレが至極真面目にそう言うと、香山は一瞬ぽかんとした表情をすると、プッと堪えきれなくなったとばかりに噴き出す。
「ふふっ、な、何それ?そんなのが根拠なの?」
「笑うな。大真面目な根拠だ」
「うん。ゴメン。笑わないよ」
だが、そう言った香山の口角は先ほどよりも少しばかり上がっていた。それが少しだけ気になったが、先ほどのように落ち込まれるよりは良いかとそのまま放置する。
「まあ、そうだな…お前の状態を細かに説明するのも面倒だ。簡潔に説明すると、お前のオレに対する感情は恋なんかじゃない。ただの依存だ」
「依存?」
「ああ、依存だ。お前、いや、お前達はこの世界に来て少なくない不安を抱えている。この世界に適応できるのか?この世界でやっていけるの?魔王軍と戦わなくてはいけないのか?とな」
「う、うん。確かに…不安だよ」
「そんな不安なときに思い出したのが、初日にオレが皆を守ったということだ。他の皆が何も出来ない中、オレが皆を守った。それがお前達にはオレを特別視する切っ掛けになった。そうしてお前達はオレへの感情を、強者に対する依存としてではなく、恋として認識してしまったんだ」
「ぁ…」
オレがすべて言い終わると香山は小さく声を漏らす。どうやら、少なからず思い当たる節があるようだ。
「そっか…うん、そうなのかも……私は、桜井くんを守ってくれる対象として見てたのかも…」
「…」
「ご、ごめんね?こ、こんな、勘違いしちゃって。桜井くん…傷ついたよね?自分を、依存の対象としてしか見てもらえなくって…」
「いや、別段気にしてない。こんな状況だ、精神が安定しなくて当たり前だ」
「それでも、傷ついたよね?桜井くん、私を押し返すとき悲しそうな顔してた」
「していない。気のせいだ」
「それは嘘だよ」
オレの否定に香山は即答で返す。そのとき、少しだけ香山の目が光ったような気がした。恐らく気のせいではないだろう。
オレは思い当たる節を見つけると、顔をしかめながら言う。
「《看破》を使うのは卑怯じゃないか?」
「ごめん。でも、やっぱり傷ついてたんだね。本当にごめんなさい」
「もう良いって。その代わり、他の奴にもお前みたいなのがいそうだったそれとなくフォローしといてくれよ。こう言うのはもう面倒だ」
「うん、分かったよ」
そう言うと香山は椅子から立ち上がる。
「私、もう行くね。えっと…いろいろありがとう」
「気にするな」
「ううん、気にするよ。今度何か埋め合わせさせてよ」
「いいって。面倒だし」
「それじゃあ私の気が済まないの!」
妙に押してくる香山にオレは溜め息を吐く。
「分かったよ。気が向いたら何か頼むよ」
「うん、了解。それじゃあね!」
そう言うと香山は今度こそ立ち去ろうと扉まで歩き始める。それを最後まで見送ることなく、オレは途中になっていた紙面に視線を戻す。
「あ!」
香山は思い出したようにそう声を出すとオレに振り返る。オレは視線だけで何?と問い掛ける。
「あの、言い忘れてたけど。私達を守ってくれたとき桜井くんをかっこいいと思ったのは嘘じゃないよ?それは他の子も同じだと思う」
香山の思いがけない言葉にオレは自然と顔が赤くなる。
「か、からかうなよ。言い忘れたのはそれだけか?」
「ううん、後一つ。…あのね、一つだけお願い事していい?」
「…オレに叶えられる範囲だったらな」
「そっか、それは良かった」
オレの返事を聞くと香山は嬉しそうにはにかんだ。
「あのね、もし…もし私が、依存としてじゃなくて…本当に、本当に桜井くんのことを好きになったら…そのときは私の気持ち受け止めてくれる?」
「な!?」
香山のお願い事にオレは思わず絶句する。
だが、すぐに正気に戻ると赤くなった顔を見られないように少しだけ俯きながら言う。
「まあ、気が向いたら…な」
「本当?それじゃあ、そのときは気を向かせてあげるね!それじゃあね!」
そう言うと、今度こそ香山は図書館を去っていった。
オレは香山が去っていった扉をしばらく見つめていたが、思い出したように紙面に視線を戻した。
「ああいうのは…ずるい…」
オレは何ともなしにそう呟いた。