002 気付けば使いこなしてる
三話目ッス!
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先程気付いたことだが、矢を射ってから目標に到達するまでに結構なタイムラグがある。
オレは、その少しの間に木田達の前に立ち、すぐに矢がくる方に目を凝らす。
「木葉!?」
「こーくん!!」
流と東が驚いたような声を出が、それに答えている時間はない。オレの目は、もうすでに迫り来る矢を視認しているのだ。
迫り来る矢に意識を集中させる。意識を集中させると、五感がさらに鋭くなっていき、体全体に意識が巡っていくのを感じた。自分の体を全て支配できているような感覚だ。
オレは太めの木の枝を握り直す。
「フッ!」
短く息を吐くと、迫り来る第一の矢を手に持った太めの木の枝で叩き落とす。
振り下ろした木の枝を素早く上に振り上げ、第二の矢を上へ跳ね上げる。
振り上げた木の枝を右側から左側へとスイングさせる。近いタイミングで放たれた第三、第四の矢はオレの左側へと流れていく。後ろで短い悲鳴が上がったが気にしている場合ではない。
残りの矢は二本。
迫り来る第五の矢を打ち払い、手首を返すだけで第六の矢も打ち落とす。
「ハア…ハア…」
急激に意識を集中させたためか、疲労感が半端ではない。だが、まあ剣なんぞ握ったこともないが、うまく迎撃できて良かった。
それに、単に視力が良くなっただけではないらしい。動態視力も良くなったみたいだ。
「あ、あの…桜井くん…ありが、とう……」
肩で息をするオレに後ろからお礼の声がかけられるが、オレはそれに返事を返すことはしない。いや、出来ないと言った方がいいだろう。なぜなら、もうすでに第三波が放たれたのだから。今度の矢の数は十本。先程よりも四本も多い。
「良いから茂みに姿を隠せ!!もう次の矢が来てる!!」
オレの切羽詰まった怒号に、今度はきちんと従ってくれるクラスメート達。
「お前達はまだ動くなよ!オレの合図で動いてくれ!」
後ろにいるクラスメート達にそう言うと、オレはまた木の枝を構える。
彼らに動くなと言ったのは、今から動くとオレが弾いた流れ弾が彼らに当たる可能性があったからだ。
迫り来る第三派。
ーーー弾く、落とす、流す、打ち上げる、弾く、弾く、流す、弾く、打ち上げる、弾く。
第三派も、なんとかいなすことが出来た。
「今だ!茂みに移動しろ!」
オレのかけ声を合図に後ろにいるクラスメート達は茂みに移動する。
だが、そのタイミングを狙ってか、またもや矢が放たれる。今度は数にして二十。それも、左右に展開してしまったクラスメート達を狙って、十、十に別れて放たれた。
ーークソッ!しくじった!
相手がこちらの位置を知っていて、遠距離攻撃が出来、かつこちらは迎撃手段を持ち合わせていないのに、この逃げ方は悪手だ。
オレは、どうするべきか迷った。だが、その一瞬の迷いが命取りだった。
矢の何本かはオレの横を通過していきクラスメート達にその内の何本かが突き刺さる。
「ぐあっ!」
「ぎゃあっ!」
短い呻き声を上げながら倒れていくクラスメート達。
オレは迷った末、人数の多い方へと今更ながら走っていった。
走りながらも、オレは迫り来る矢をいなし、叩き落とす。
オレが向かった頃には矢はもう数本しか迫っていなかった。何本かは外れ、何本かは当たり、何本かはオレが対処した。
苦しげに呻き声をあげるクラスメート達。オレはまた、どうするべきなのか迷ってしまう。
迷っている時間なんて無いのにまた迷ってしまう。
また、矢が放たれる音を耳が拾う。
ーーどうする!?自分一人なら対処が出来る。でも、他の奴等まで狙われたら庇いきれない!
だが、そんな杞憂も意味はなかった。なんせ、放たれた矢は全てオレの方に向かってきたのだから。
ーーどういうことだ?
オレは少なからず困惑しながらも、迫り来る矢に対処する。
呻き声をあげるクラスメート達の声の数を確認すると、矢が突き刺さった人数と一致する。奴等はまだ死んではいない。なのにオレの方に全ての矢が飛んでくる。奴等はもう動けないからいいのか?殺すのが目的じゃないのか?
よくよく矢の狙う先を見てみれば、全て手足のみだ。機動力を奪い、生け捕りにするのが目的なのだろうか?
そんな事を考えながらも、オレは矢を避けたり迎撃したりして対処する。
「ハア…ハア…ク、ハア…」
オレはあがった息を整える。わずか数分の間だが慣れない事の連続で疲れが来るのが早い。
多分だが、向こうはまだ矢のストックが多くある。そうじゃなきゃ、徐々に矢の本数を増やしていくなんて面倒で贅沢な使い方はしないだろう。向こうがそう思わせておいて急に接近戦に持ちかける算段と言うのも否定は出来ないが、現状それはあり得ないだろう。
なぜなら、向こうが矢を放っている場所から移動する素振りがないからだ。
オレはすでに彼らの居場所を音と匂いで正確に把握している。だが、オレはそいつ等の元まで行くことはかなわない。後ろに守るべき対象がいて、それでいてオレが向かったところで奴らに勝てるかどうかも怪しいところだからだ。あと、オレが行っている間に奇襲されるとも限らないしな。
だからオレはここを離れない。いや、離れられない。
オレはどうするべきかと思案を巡らせるが、一向にそれといって良い案が思い付かない。
ただ、幸いなことに、敵の攻撃は一旦止まっており考える時間はそれなりにある。
オレは、後ろで倒れているクラスメートを引っ張って安全な所に連れて行く無傷のクラスメート達を後目に、諦めずに思案を巡らせる。
何かいい方法があるはずだ。何か。何か。
だが、考える時間もそこまでで、オレの耳は弓の弦を引く音を捉える。オレは音のした方を向く。音のした方というのも、今まで弓が飛んできた場所から音がしたわけじゃないからだ。オレの耳は別の場所から新たな音源を拾ったのだ。足音が聞こえてこなかったことから、オレの音の聞き取れる範囲外から攻撃ポイントに入ったのだろう。
オレは内心で舌打ちをすると新たな方向から来る攻撃に対処しようと身構える。
ヒュンっと風切り音を耳が拾う。
だが、音がしてすぐにオレは拍子抜けする。
放たれた矢はオレではなく、今までオレを攻撃していた奴らの方に放たれたのだ。
オレは新しくきた奴らの方にも気を向けながら、今まで攻撃してきた奴等の方にも耳を向ける。
矢が放たれ数秒後。体を矢に穿たれたのか、苦悶の声を捉える。ドサッと言う人が倒れる音と、呻き声が続いていることから彼らはもう戦闘不能だろう。そう判断すると、オレは完全に意識を新しくきた奴らの方に向ける。
何の意図があって奴らを射抜いたのかは知らないが、奴らがオレの敵じゃないという保証はどこにもないのだ。オレは、気を抜かず、むしろ先程よりも気を引き締め新たに現れた敵に身構える。
奴らは、最初に攻撃してきた奴等とオレの間の距離よりも、その倍近く離れたところから奴らを射抜いたのだ。明らかに技量は今の奴等の方が上だ。
オレは、手に握られているボロボロになった木の枝を見る。何度も打ち付けたせいか、太かった木の枝は、削れ、擦り切れ、磨耗していた。後何回矢をいなすことが出来るのかは分からないが、寿命はそう遠くないだろうことは明白であった。
その事で、オレの中に焦りが生まれる。
どうする、さっき倒れた奴らの所まで行って武器をかすめてくるか?正確な距離は分からないが場所なら分かる。ずっと呻き声を上げているのだ、それを辿ればいい。
だが、その間に皆がやられてしまえば意味がない。いや、自衛手段を手に入れると言った点では意味はあるが、皆を、正確には流と東を守といった目的は果たせなくなる。
どうする!?
オレが焦燥にかられている間に、奴らは動き始めた。
矢を構えるのではなくこちらに歩みを進めている。
まずい。今来られたら確実にやられてしまう。クラスメート全四十人のうち十二人が怪我を負っている状態では満足に逃げきれない。
どうする!?
今日、何度目ともなろう選択をオレは強いられる。
オレが決めあぐねている間にも、奴らは徐々に徐々に距離を詰めてくる。
そして、決めることが出来ない間に奴らはついに姿を現してしまった。
茂みをかき分け来るのは白色の服と鎧に身を包んだ男女五人組であった。
オレは自然と気の棒を構える。他のクラスメートも奴等に気付いたのか、負傷者を連れてオレの後ろまでまわりこむ。
彼らの判断は正しいのだが、釈然としないものがある。
確かに、オレは彼らを助けたが、ずっと助けるわけじゃない。それに、彼らを助けたのは不可抗力だ。最初に怪我をしたやつの所に東が行ってしまったから助けただけで、彼らを助けたわけではないのだから。
とまあ、そんな事は今はどうでも良い。それに、結局は東が安全圏に移動してからも彼らを助けてしまったのだ。今更どうでもいいだろう。
そんな事よりも、今は目の前の五人だ。
「あれ?俺ら警戒されてる?」
「それはそうでしょう?なにせ彼らからしたら私達は見知らぬ怪しい人なんですから」
「まあ、そうなんだけどさ~あ?それでも、可愛い子に警戒されると傷つくわ~。て言うことでティラちゃん、今夜慰めて~」
「嫌です。そこらの木にでも発情してなさい。それに、不用意な言葉は慎みなさい」
茂みから出てきた五人は、特に気負った様子もなく会話をしながら歩いてくる。
それぞれ、栗色、赤、青、金、水色と実にカラフルな髪の色をしている。ずっと見ていると目がチカチカしそうだ。
五人の顔は、それぞれが違った雰囲気だが、綺麗に整っているのには変わりなかった。
そんな美形揃いの連中は、一通りのやりとりが終わると皆の前で木の枝を構えるオレに視線を向ける。
オレは、向けられた視線に若干怯みつつも、気丈に木の枝を構える。
木の枝を構えるオレに、栗色に緩くウェーブのかかった髪の少女が一歩、歩み寄る。
「驚かせてしまい申し訳無い。ワタシの名前はティラ。ティラ・レインだ。君達に危害を加えるつもりはない。どうかその木の枝を降ろしてくれないか?」
「それは出来ない。オレはあんたらを信用していないんでな。どうやらあんたらがオレらを攻撃していた連中を倒してくれたみたいだが…一体何が目的なんだ?」
「ほう。あの距離でワタシ達が奴らを倒したことに気付くとは…キミはなかなか出来るみたいだな」
「そんな事はどうでもいいんだよ。いいから、目的を言えよ」
オレの言葉に、ティラの後ろに控えていた赤髪の男が苛立った様子で一歩前に出る。
「助けてやったのに礼も無しかよ?あぁ?まずは礼の一つでも言ったらどうなんだよ?」
「あ、あの……ありが」
赤髪の男の言葉に、助けられたことに今更気付いたクラスメートの一人がお礼を言おうとした。それをオレは視線を向けるだけで制する。
オレの視線に、気の弱そうなクラスメートは短い悲鳴を上げていたが、知ったことではない。
オレがお礼を言おうとしたクラスメートを止めたのが気に入らないのか、赤髪の男が更に苛立つのが分かる。
「お礼なんて言う必要はない。こいつらがオレらを助けた理由をまだ聞いてない。善意で助けたのか。はたまた、オレらを奴等に奪われないために助けたのか…どっちだ?」
オレの言葉にクラスメートがざわめく。どうやら、わざと急所を外されていたことに気付いていなかったようだ。
「お前等はどっちなんだ。答えろよ」
返答次第では、対応を変えなくてはいけない。この五人を相手に勝てるとは思えないが、流と東を逃がすだけの時間は稼がなくてはいけない。倒せるようなら倒すが、多分無理だ。
ティラは更に何かを言おうとした赤髪の青年を手で軽く後ろに押し返す。
「そうだな。善意でもあるし、目的もある。だが、今はそれを話している時間はないんだ。近くにさっきの奴らの仲間もいる。ここではなく、もっと安全なところで話をしよう。勿論、君たちに危害を加えるつもりはない」
「…その言葉を信じろと?」
「信じるも信じないも、君達にはそれしか選択肢はないはずだよ?ここにいてもどうせ死ぬか、奴等に捕まって死ぬまでこき使われるかだ。ならば、君達のとる選択は一つしかないだろう?」
ティラの言葉にオレは言葉を詰まらせる。
実際、彼等はオレ達を助けてくれた。打算があるにしろ、助けてくれたのは事実だ。
それに、今はオレだけの話をしているわけじゃない。
オレは、チラリと後ろを振り返る。当たり前だが、オレの後ろにはクラスメート達がいた。彼等の視線はオレに向いており、その瞳の中には不安が見て取れた。
オレは、小さく嘆息した。
「お前等はどうする?これはオレだけで決めて良いことでもないし、オレが勝手に決めて良いことでもない。ましてやオレは、お前等の代表になったつもりも無いしな」
オレの言葉にクラスメート達は困惑する。困惑すると言うことは、オレに全て一任するつもりだったのだろう。自分の腹積もりが決まっていれば困惑なんてする必要もないのだから。
「悪いが少しだけ時間をくれないか?皆で話をしてから決めたい」
「…そうだな。少しだけであれば大丈夫だ。皆でよく話すと良い」
「ありがとう」
オレはそう言うと皆の方に体を向けた。