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勇者は勇者を見限りました(仮)  作者: 槻白倫
1 オレが見限るまで
13/18

012 勇者は勇者を殺す

「桜井ィ!!邪魔すんなよなぁ!!」


「邪魔するさ!お前、自分が何やってんのか分かってんのかよ!」


 オレはそう言うと来栖の剣を弾き飛ばし腹に拳を叩き込む。


「がはっ!?」


 体をくの字に曲げながら、二歩三歩と後ろに下がる来栖。その姿は明らかに隙だらけだ。しかし、オレは隙だらけの来栖に追撃を加えない。


 来栖からは何があったのか事情を聞かなくてはならないのだから。


 それよりも、オレには他にやらなくてはいけないことがあった。


 周りを見渡せば、魔人族と戦っている騎士やクラスメートがいる。先ずは皆を助けなくてはいけない。


 そう思い一歩踏み出そうとするオレに来栖が剣を振り下ろす。


「なに余所見してんだよ桜井ィ!!」


 音で来栖の行動を察知していたオレはそれを簡単に避ける。


「邪魔ばっかしやがって!お前もムカつくんだよ!クソがッ!」


 完全に頭に血が上っている来栖の攻撃は全て単調で、能力を使わなくても避けることが出来た。


 オレはしらけた目を来栖に向ける。


「お前。よくそんな実力で裏切ろうと思ったな…」


「なん…だとおぉっ!!」


 オレの言葉で来栖の攻撃は勢いを増していく。だが、勢いが増すだけで、剣筋は単調だ。そんななんの捻りもない攻撃を受けるほど、回避特化型の能力をもつオレは甘くはない。


「実力も無い癖に、お前はなんで裏切ろうなんて思ったんだ?」


「黙れぇえ!!」


「今お前は、勝てると思った流としか戦ってない。他は皆あいつ等頼りだ」


「黙れって言ってんだよ!!お前だって、加護が無ければなんにも出来ないだろうが!!」


「でも加護という力はある。それにオレは一騎当千とまでいかなくても、一人でおよそ百人は殺せる。事実、今も殺してきた。オレなら皆が束になっても勝てる自身がある。オレは、誰かに頼らなくちゃ裏切れないほど弱くはない」   


「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!」


 勢いの増していた攻撃は、だんだんとその勢いを無くしていく。スタミナ切れだろう。肩で息をしている来栖の攻撃は、もう子供でも避けられるほどのものになっていた。


 オレはそんな来栖の攻撃を軽く避けると、来栖の体に拳をねじ込む。


「ぐはっ!………ちぐ…しょぉ……」


 来栖の意識を刈り取ることに成功したオレは、流の方に向かう。


「大丈夫か?」


「あ、ああ。ありがとう木葉」


 流に手をさしのべると、流はオレの手を掴んで立ち上がる。


「流は、来栖を頼む。奴には聞かなきゃいけないことがあるしな。殺されないようにしといてくれ。オレは、皆のフォローに向かうから」


「わ、分かった」


 流の返事を聞き終わると、オレはすぐに駆け出す。


 最初は、流を一人にするのは早計だったかとも思ったが、流の加護は魔法の威力を上げてくれるものだ。直接手を下すのには抵抗があるかもしれないが、遠距離攻撃であれば、その感覚も少しは減るだろう。


 オレはそんな思考をしながらも、ざっと戦場を見渡してみる。


 今回、戦場に来たのはおよそ千五百人。その大多数を前線に送った。本来であれば、敵の出方をうかがい、後衛を三分の一ほど残しておき、状況が変わり次第後衛を投入するといった作戦であった。


 だが、オレの勢いがよく敵を次々と屠っていったため、魔王軍に焦りと恐怖の色が見て取れたのだ。そのチャンスを逃すまいと、一気に畳みかけるために後衛を多数投入した。


 そのため、後衛は三分の一の半数。およそ二五〇人しかいないのだ。  


 新たに現れた魔王軍の数はおよそ二百人。数の優位はこちらにあるが、力の優位はあちらにある。だから、多少こちらが数が多かろうともそれもものともしないだけの力が向こうにはある。


 戦の早期決着を謀った指揮官の判断は正しい。オレが同じ立場でもそうしただろう。だが、今回はそれが裏目に出てしまった。


 まさか内通者がいるとは思ってもいなかったのだから、それも仕方のないことだろう。


 オレがこちらに戻って来れたのは、前線が終局に向かいつつあるからだ。敵の数も大きく減らせた。だから、すぐにこちらにも援軍が来るだろう。だが、それを待っていたら、こちらの被害は甚大になる。こちらも、早期決着を謀るべきだ。


 オレはそう考えを纏めつつも、敵を次々と屠っていく。


 前線で戦っている魔王軍よりかも個々の実力が強いといっても、そこまで差違はない。少し上かなと思う程度だ。


 そう言えば、オレは魔人族を倒すのは無理だ無理だと言っていたが、実際そんなことはなかった。加護無しでは明らかに勝てないが、加護を十分に使いこなせればなんと言うことはない。


 それを思うと、どこの国も、加護持ちの勇者に拘る理由が分かった気がした。加護が有るのと無いのでは戦力が大きく違う。出来ることも変わってくる。なるほど、勇者を囲いたいと思う愚王の気持ちも理解できる。


 そこまで考えると、今回勇者を戦線に加えた理由も分かってくる。


 勇者の力を誇示したかったのだろう。これだけの力を自国は抱えていると、他国ないしは魔王軍に示したかったのだ。


 つまりは、自分の力をひけらかしたいだけの子供のやることだ。恐らく愚王の事だから他国への牽制になるとかは考えてない。そんなことを考えられるようであれば、今の実力もつききっていない時期に勇者を戦線に加えるなんて愚行はしない。皆が愛想を尽かしていくのも頷ける。


 こんな国すぐにでも反乱で滅んでしまってもおかしく無さそうだが、なまじ権力だけは大きい者が相手だ。しかも自分のお抱えの貴族連中もいると来ている。向こうは裕福な暮らしをして、体力もある。武道にも精通していて知略もある。だが、こちらは十分にご飯にありつくことも出来ず、戦う力も武器もない。これでは反乱を起こそうにも負けが目に見えている。


 なるほど、そのための異常な税制の底上げか。本当にイヤらしい奴だ。


 おっと、随分と思考が横道に逸れた。


 とにかく今はこんなことを考えてないで戦いに集中しないとーーーー集中しないと?


 そこでオレはおかしな事に気づく。


 オレは、今まで思考を他のことに逸らして全く集中していなかった。


 つまりは、全く集中しないでオレは戦っていたことになる。


 そう結論がでると同時にオレは理解する。オレにとってはこれは単純作業になっていたのだと。殺しが集中しなくてもできる単純作業になっていたのだと。


 そう考えると、オレは全身に寒気が走る。


 ーーーーオレは、何の考えも無しに敵を殺したのか?


 ふと止まると、オレは今まで走り抜けてきた道を振り返る。そこには数多の死体が転がっていた。


 周りを見渡せば、敵の数も半分以上減っていた。それに、目に見て敵の志気も下がっている。


 志気が下がった理由は簡単だ。次々と殺される仲間に、次々と殺していくオレに恐怖を抱いたからだ。

 

 ここまでくれば、こちらも数の優位で敵と渡り合える。それは良いことだ。これ以上犠牲が酷くならなくてすむ。それに、オレはもう戦わなくてすむ。気持ちの面でも戦力面でもこちらが優勢だ。オレがいなくても何とかなる。


 だから、オレは立ち尽くした。


 いや、それだけではない。それだけが理由ではない。    


 殺人を作業として行っていた自分に思わず呆然としてしまったのだ。


 オレは誰かを守るためには殺せると思っていた。実際殺せた。


 殺したことに罪悪感とかを持ったり嫌悪感を抱いたりするかもしれないと思っていた。実際、人殺しを嫌だとは思った。

  

 でも、嫌だと思っていた事を、オレは事も無げに行っていた。自覚も無く、殺していた。


 カタカタと音が聞こえる。嫌に響くその音は、オレの剣から聞こえていた。正確には、手が震えてそれが剣に伝わり剣が震えて音を立てていたのだ。


 オレがそれに気づいたのは、全てが終わった後だった。


 こうして、最初の戦争は幕を閉じた。


 残りの魔人族を掃討した後、勝ち鬨の声が荒原に響き渡った。クラスメートの数人もその声を上げていた。涙を流す者。勝ちを喜ぶ者。安堵に崩れ落ちる者。血の臭いに耐えきれずに嘔吐する者。様々な様子を見せるクラスメートを、オレの能力でオレはオレに否応無く知らしめる。


 様々な様子を見せるクラスメートであったが、共通することもあった。それは、皆が生きているという事を喜んでいることだ。  


 本来であれば、オレはその光景に安堵し歓喜していただろう。だが、今のオレにそれはない。あるのは、人殺しを作業として行っていた自分に対する恐怖だけだ。


 オレは、今も敵を殺したことを後悔はしていないし、それが必要なことだったことも分かっている。だから、そこらへんは気にしてはいない。オレが気にしているのはーーーー


「木葉!」


 オレは流の声にはっとして意識を周囲に向ける。


 木葉を見れば、木葉は安堵の表情を見せていた。


「終わったな…良かった…皆……死んでないよ。東も…一命を取り留めた。良かった…本当に良かった」


 目にうっすらと涙を溜ながら流はオレに歩み寄ってくる。


 流の話す内容に気になる部分があったのだが今はそんなことはどうでもよかった。 


「来るなッ!!」


 オレは近付いてくる流に思わず怒鳴りつけてしまう。


 流は、オレの言葉に驚いたようにその場に止まる。周りの連中もオレの声に反応し、こちらを見てくる。


「……木…葉?」


「っ…あ、いや…すまない。…少し気が立ってたみたいだ…悪い」


 オレは言葉に詰まりながら慌てて取り繕う。


「い、いや。びっくりしたけど、大丈夫だ。………そうだよな。木葉はあんなに無理したんだから、気が立ってて当然だよな…」


「…すまない」


「いや、良いって」


「……そう言えば、東がどうとか言ってたよな?あれはどういう?それに、なんでお前は来栖と戦ってたんだ?」


 オレの言葉を受け、流は辛そうな顔をしながら話を始めた。


 来栖が実は魔人族と裏で繋がっていたこと。その来栖の裏切りにあい東が胸を貫かれたこと。そして魔人族が表れたこと。そうして来栖と戦っているうちにオレがやってきたこと。その他、来栖の裏切りの理由などを聞いたりした。


 オレは、その話を聞き愕然とするしかなかった。


 だってそうであろう?


 オレは信じていた。信じていたんだ。それなのに…


「……なあ流…」


「なんだ?」


「これが…お前が守りたかったものなのか?」


「ーーっ!?」


 オレの言葉に流は目を見開く。     


「お前は…こんなものを守ろうと思ってたのか?」


「こんなものって…木葉、お前」


「オレが人を沢山殺してまで、守る必要があったのか?」


「違う!木葉!守る必要はちゃんとあった!お前は正しい!だからーー」


「じゃあ何でオレが守ろうとした奴が、オレに剣を向けたんだよっ!!」


 オレの叫びで、オレ達から注意がそがれていたもの達も一斉にオレ達の方を向く。そのもの達は戦いに勝ってからの高揚した気分を、オレ達を見て一気に下げる。


 だが、そんなことはオレの視界には入っていなかった。


「なあ、本当に守る価値があったのか?オレが命を張ってまで守る価値があったのか?」


「あった!守る価値はあるんだ木葉!!俺も、友春のことは想像もつかなかった!!だから友春のことは例外でーー」


「例外なんてあるもんかよ!!コイツ等だって腹じゃあ何考えてるかなんて分りゃしないだろうか!!来栖が例外じゃなくて、オレやお前が例外かもしれねえだろうが!!」


「そんなことはない!!」


「そう思ってたお前が、来栖に裏切られてんだろうが!!」


「ちょ、ちょっと落ち着けよお前等!」


 オレと流の言い争いを見かねたシンが仲裁に入る。その後ろにはレンもいた。と言うか、初日にあった全員がいた。


「初陣の後で気が立ってるのも分かるけどよ、いったん落ち着けって」


「シンは黙っててくれ。これはオレと流の問題だ」


「そういうわけにも行かねえだろ。このままここで喧嘩なんかされたら、今後の仲間としての関係にも亀裂が入るかもしれねえ。もっとよく周りを見てみろ」


「だから何だよ。そんなことどうでもいい」


「どうでもいいって…お前なあ!」


「っく、ククク、アハハハハハハハハハハハハハハハ」


 オレとシンの押し問答がヒートアップしそうになったとき、突如としてその場のある種の緊迫した雰囲気に似つかわしくない笑い声が響く。


 皆が、怪訝な表情で笑い声の聞こえた方向を見ると、その笑い声の正体は、オレが気絶させた来栖だった。


 来栖は人を食ったような笑顔で楽しそうに笑っていた。


「ああ~はっはっはっはは~……あ~おかし」


「何がおかしいんだ来栖」


 オレは怒気を込めて来栖を睨み付ける。だが、来栖はどこ吹く風と笑顔のままだ。


「おかしいってほんと。仲間割れなんてしちゃってさ~あ。あ~面白い」


 縄で縛られていなければ、手をバシバシと叩いていそうなほど笑う来栖にオレは更に苛立つ。


「お前。自分の立場が分かってんのか?」


「捕虜でしょ?それくらい分かってるって。バカにしてんの?」


「バカにしてるのはそっちだ。捕虜なら立場弁えて黙ってろ、裏切り者が」


 シンも来栖の態度に苛立っていたのか、怒気を押さえ込むこともなく言い放つ。


「はあ?そっちこそ話に入ってこないでくれるかな?ボクは桜井と話してるんだけど?」


「黙れって言ってんのが聞こえねえのか?次喋ったら殺すぞ?」


「やってみなよ」


「よし分かった。殺す」


 シンはそう言うと剣を抜き放ち来栖に向かって歩いていく。


 だが、当然それはレン達によって止められる。


「よせシン!落ち着け!お前がキレてどうするんだ!」


「そうよ、落ち着きなさい」


「離せ!コイツ裏切り者のくせして調子に乗りやがって!」


「あ~あ~うるさいな~静かにしててよ低脳野郎」


 来栖も誰かが止めに入ってくるのが分かっていたのか、余裕な態度を崩さない。


 すると、流がシンと来栖の間に入り、来栖に声をかける。


 シンも、その様子を見て、一度落ち着きを取り戻す。


「…なんで、裏切ったんだ」


「はあ?聞いてなかった?戦ってるときに話したじゃん。お前等全員ムカつくから殺そうと思ったんだよ」


「…それは、本心なのか?」 


「本心だよ。なんなら、香山の"看破"でも使ってみたら?」


 来栖がそう言うと、流は香山に視線を向ける。香山は突然のことに少しだけ戸惑っていたが、すぐに真剣な表情になるとコクリと頷いた。


 流はそれを見ると、来栖に向き直り、再度問う。


「お前がオレ達をムカつくからって理由で殺そうと思ったのは、本心か?」


「本心だよ?」


 流は来栖の答えを聞き終わると、香山の方を向く。香山は少し泣きそうな顔になりながら言う。


「…嘘、言ってない」


 香山の言葉に流は一瞬目を見開いた後、すぐにつらそうに顔を歪ませる。


 多分、操られているとかに一縷の望みをかけたんだろう。操られているだけならば、多分"看破"で見抜ける。


 だが、結果は違った。奴は嘘をついていない。とどのつまり、本当にオレたちを殺そうとしたのだ。


「…シンさん。友春から情報を聞き出すために、連れて帰りましょう。ここで殺すのは早計です…」


「…ああ、分かってるよ」


 シンも、つらそうな流の表情を見て、来栖を殺す気が失せたのだろう。大人しく剣を鞘に戻した。


 そのことに、ホッとしたような顔をする流。

 

 だが、それも束の間だ。


 なぜなら、ここにはこいつを許してない奴がちゃんといるのだから。それに納得できない奴が、いるのだから。


「…来栖」


「あ?」


「死ね」


「は?」


 その言葉が来栖の最後の言葉になった。


 理由は簡単だ。オレが来栖の首をハネたのだから。


 周りから悲鳴が聞こえる。おそらくクラスの女子だ。だが、それ以外にも絶句する者がいることを、オレは感知していた。


 だが、そんなことはどうでもよく、今のオレが思うことは一つだけだった。


 くだらない、と。  

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