011 異変
すみませんかなり遅れました!ごめんなさい!
友春は東の胸に突き刺した剣を引き抜くと、東は糸の切れた人形のように地面に崩れ落ちた。
「な、何してるんだよ!!」
俺は慌てて東に駆け寄った。
「お、おい東!東!!誰か、回復系の加護持ってる奴来てくれ!!魔法でも良い!!早く!!」
切羽詰まった俺の声に、周りの皆も漸く気づいたのか困惑した表情を浮かべる。
そんな皆に俺は苛立ちを覚えながら声を荒げる。
「早くしてくれ!!このままじゃ東が死んじゃう!!」
死んでしまうという単語に、漸く現実を理解したのか、皆の顔が青ざめていく。だが、顔を青ざめるだけでだれも手を貸してくれない。見れば足が小刻みに震えている。足が竦んで動かないのだろう。だが、そんなことは今はどうでもいいのだ。
「突っ立ってないで早くしろ!!」
俺が焦燥と苛立ちにかられて声を荒げても、誰の足も動かない。
「天海っ!!」
竹ノ塚の切羽詰まった声が俺を忘れていた現実に引き戻す。
竹ノ塚は叫び声を上げると同時に、俺と友春の間に割り込み、俺に振り下ろされた剣を手に持った槍で受け止めた。
「何してるん来栖!!私達は仲間でしょ!?」
思った以上の重たい斬撃に竹ノ塚は歯を食いしばりながらそう声を荒げる。そんな竹ノ塚の言葉に、友春は歪に口を歪めながら答える。
「仲間ぁ?仲間だって?…そんなこと、一度も思ったことはないよ!!」
振り下ろしていた剣を一度引き、竹ノ塚の横っ腹に蹴りを入れる友春。竹ノ塚は急な動きに反応できずにそのまま飛ばされてしまう。
「きゃあっ!」
「良子ちゃん!!」
竹ノ塚に駆け寄る香山に目もくれずに、友春は俺に暗い瞳を向ける。
「僕はお前等を仲間だなんて思ったことはない。特に、お前だよ。流」
「お、俺…?」
「そうだ!…僕がいくら頑張っても僕はお前に追いつけない。それなのにお前はそれをまぐれと言う……まぐれぇ?まぐれだって!?ふざけるな!!僕がお前に勝つためにどれだけ頑張ったかも知らないで、まぐれだなんて言葉で片付けやがって!!」
「友春…」
「それにこっちに来てからもそうだ!何故皆お前について行く?何でだ?僕はお前に勝った。それなのに皆なんで僕を見ないでお前を見る!!勝った僕じゃなくて、負けたお前を!!それに、桜井だってそうだ!何で今まで目立たなかったあいつがこっちに来て皆を引きつけるんだ!どうして僕じゃないんだよ!!」
髪を振り乱し、狂気に染まった瞳で声を荒げる友春に、俺は愕然とした気持ちで呟く。
「……そんな…そんな理由で…」
東を刺したのか。とは続けられなかった。
「そんなこと!?そんなことだってぇ!?」
友春は片腕で俺の首を掴み締め上げる。
「ぐっ!?…くふっ…かっ…」
「僕がお前の隣にいてどれだけ劣等感を覚えてきたか分かるか!?どれだけ周りに比較されてきたか分かるか!?分からないだろ!?いつもお前は僕に全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部ぜぇぇんぶぅっ勝ってきたんだからなぁ!!分かってなんかたまるかぁ!!!!」
「があっ!!」
激高した友春は俺を振り回し投げ捨てる。振り回されたときに腕に抱いていた東は俺の手から落ちてしまい、受け身もとれないまま地面に叩きつけられてしまう。
「ぐっ……うぅっ…………」
「はぁ、はぁ、はぁ……まぁ、いいよ。おい!時間だ!来い!」
友春は陣の後方にそう呼びかける。すると、今までそこには誰もいなかったはずなのに、陣の後方には二百人あまりの魔王軍が控えていた。
その中の黒ローブの人物が一歩一歩踏み出しながらこちらに近づいてくる。
「いやあぁ、うまくいったねぇ裏切りくん」
「その呼び方をやめろ使いっぱしりが」
「んふぅ~、こっちもそれをやめてくれないとやめる気はないかなぁ~」
おどけた調子で友春にそう返す使いっぱしりと呼ばれた黒ローブ。
魔王軍の者と親しげにとは言わないまでも、普通に会話をしているという事態に、クラスメートはおろか、騎士達も呆然と眺めている。
「な、何で友春が…魔王軍と…?」
俺の思わずと言った呟きに友春は不愉快感を露わに顔を歪ませながら言う。
「はぁ?まだ分かんないわけぇ?僕がお前たちを見限って魔王軍についただけだっての」
友春のその言葉に俺だけでなく周りの皆も困惑と驚きを隠せないでいる。
「僕を見てくれない奴なんていらないんだよ。見る目のないクズなんてさ」
友春はそう言いながら俺を振り回すときに落とした剣を拾い上げる。
「でも…流…お前だけはここで殺す。いや、お前だけじゃない。桜井も殺してやる」
「なっ!?」
「お前たちは、こいつと前線で戦ってる桜井以外は殺しちまってもかまわないよ」
そう言いながら友春はこちらに歩み寄ってくる。
友春の言葉を聞き、魔王軍も攻撃を開始する。それに、遅れながらも対応を始める騎士達。
だが、魔王軍の一人一人の強さが前線にいる奴らよりも強いのか、騎士達は見る見るうちにその数を減らしていく。そこで、俺は理解した。
前線で戦っているのが誘導で、こちらが本命だと言うことに。前線で戦っている奴らは強すぎず弱すぎずで、先鋒を引きつけ後方のものと引き離すための囮なのだ。
「今頃気づいたって顔だね。まあ、今更気づいたところで遅いけど、さ!!」
呑気に現状把握をしている俺に距離を詰めてくる友春。
「くっ!!」
俺は呻き声を上げながらも、友春の攻撃を剣で受け止める。咄嗟のことで体制を整えることができずに、友春の攻撃を受け止めることになる。
「ぐっ、くうぅ!」
俺は徐々に押されていく。
「ほら!押されてるよ!」
友春は押される俺に嬉々とした顔でそう言うと、さらに力を込めてくる。
「ほらほらほらほら!どうしたんだ!?さっきから受けてばっかじゃないか!!攻撃してきたらどうなんだよ!!」
その言葉とともに放たれる攻撃は、段々と苛烈さを増していく。
それに耐えきれなくなった俺は、後ろに跳びすさり友春と距離をおくと魔法を放とうとする。だが、
「無駄だってわっかんないかなぁ!」
少しだけ苛立ったような声音でそう言いながら、友春は加護を発動する。
「くっ!」
友春の加護は《魔法破壊》だ。俺の魔法頼りの加護、《魔法増強》では分が悪い。それを忘れていたわけではなかったが、とっさの判断で魔法を使ってしまったのだ。
頼れるものが魔法と加護だけの俺は、剣をあまり鍛えてない。だから、剣はそんなに強くもない。
ーーーーくっそ!加護を頼ってばっかのツケがこんなところで来るなんてっ!
これは、俺達全員に言えることだが、俺達は加護に頼りっきりだ。それは言わずもがな、加護が強力無比だからだろう。だから加護に頼ってしまって、地力を上げることを軽んじてしまった。
だが、これは俺達待機組に限ったことであって、今戦線で戦っている木葉はその限りじゃない。加速の加護を持った東郷に、加護無しで勝ったのは正真正銘木葉の実力だ。木葉はこのことを危惧して、地力を上げていたのだろう。
とにもかくにも、今の俺は加護無しで友春と戦わなくちゃいけない。
「加護無しで戦うって事はさあ!地力で勝敗が決するってことなんだよ!つまりお前じゃあ僕に勝てないって事なんだよお!!」
友春もそれが分かっているので、嬉々として俺に切りかかってくる。
俺は一度友春に負けている。その自信が友春の力の根源なのだろう。剣に迷いがない。
だが、その迷いの無い剣を別の場所で見せて欲しかった。俺を殺そうとするためじゃなくて。仲間を守ろうとするところで見せて欲しかった。
そのことが俺を無性に悲しくさせる。
「ほらあ!剣が鈍ってるよ!余計なことばっか考えてんじゃないよ!僕は眼中にないって事か?ああ!?」
そうだ。余計なことを考えている暇なんて今の俺にはない。早くこの場をおさめて東を回復させなくちゃいけないんだ!
だから…俺は!!
「殺す気で行くぞ!友春!」
俺の宣言に友春は獰猛な笑みを浮かべる。
「いいねいいね!やっと本気になってくれたね!」
友春の攻撃の威力も速度も上がっていく。友春も本気になったということなのだろう。
「友春!お前は、自分が何をしているのか分かっているのか!?」
「分かってるさ!!皆に僕の力を認めさせるための戦いをしているんだよ!!」
「皆認めてる!お前の強さも!お前の優しさも!認めてるんだよ!友春!!」
「じゃあなんで皆お前の方に集まっていくんだよ!?お前は陽向にいるからそんなことが言えるんだよ!!日陰にいる僕の気持ちなんて分かるかよぉ!!」
「誰もお前を日陰だなんて思ってない!!」
「いいや!ハッキリしてるさ!お前が輝けば輝くほど僕という存在は霞んでいくんだよ!!日陰に隠れていくんだよ!!お前の友人をやってたんだそれくらいお前よりも痛いくらいに理解してるんだよ!!」
怒りのこもった言葉と共に繰り出される攻撃に俺は耐えることしかできない。
覚悟は決めたと思ってた。でも、それでも、俺は友春に剣を向けられなかった。
言葉を聞くに従って、自分が間違ってるんじゃないかと思えてきた。自分には本当の友春が見えていないんじゃないかと思えてきた。
友春の目には確かな怒りがあった。それは誰かに操られたとかそんなものは感じられないほど、純粋で強い怒りだった。
これほどまでの怒りを、俺は友春から見つけだすことは出来なかった。
だから俺は間違っていたのではと思った。
「またあ!また鈍ってきてるぞ!どうしたんだ!?何を迷ってるんだよ!!この期に及んでまだ僕を切れないとかほざくつもりか!?」
「ああ、切れない!!切れるわけ無いだろ!?」
「戦えよ!!切れよ!!殺せよ!!僕が殺す気で行ってるんだ!!殺しに来いよ!!さっきの威勢はどうしたんだよ!!」
「俺は!俺が間違っていたのなら正したい!!それにはお前がいなきゃ正せないんだよ!!」
「っ!!ふっざけんなぁ!!」
恐らく、友春にとっての懇親の一撃が俺の剣を空へと弾き飛ばした。情けなく呻き声を上げながら、俺はその勢いに押され地面に尻餅をついた。
遠くで俺の剣が地面に突き刺さる。
取りには行けないだろう。そんな隙を友春がくれるとも思えない。
俺は諦観を持って友春を見据えた。
友春は息を切らしながらこちらに歩いてくる。
「…また僕の勝ちだ」
「…そうだな…」
友春には先ほどの激昂の色はなく、今はいつものように落ち着いていた。
「さっきお前が言ったことで訂正がある」
「…?」
「お前は間違ってないよ」
「じゃあ、何が…」
「お前は僕を陥れるつもりが無いのは知ってたさ。お前はお前らしく生きてきたんだよ。ただ、お前がお前らしく生きていくことで友人であった俺が日陰に入っていった。ただそれだけなんだよ。だからお前は間違ってない。間違いなんて一つもない。ただ僕が…お前が気に食わなかっただけだよ」
その言葉を聞いて、俺はふつふつと怒りが沸いてくるのを実感した。
「なら…」
「あ?」
「なら俺だけに言えよ!俺だけに攻撃しろよ!俺だけを標的にしろよ!皆を巻き込む事なんて無いだろうが!」
俺の怒声も友春はいつもの冷静な顔で受け止める。それが俺の怒りをさらに掻き立てる。
「今だって皆死にそうになってるんだよ!東だって早く治療しなくちゃ死んじゃうんだよ!」
「…僕は、お前が嫌いだ」
「い、いきなり何を」
「だからお前を好いてる皆も嫌いだ。お前に群がる皆が嫌いだ。お前と笑う皆が嫌いなんだよ。お前を中心にする全ての者が嫌いなんだよ。だから、お前の周りも全部殺すんだよ」
「な!?」
その言葉に俺は絶句するしかなかった。
俺がいけないのか?俺がいたから皆死んでしまうのか?
周りを見渡せば、魔人族と必死に戦っているクラスメート達。負傷者は当たり前だが出ている。
皆が負った傷も俺がいなければ負わなかった傷なのか?
「さてと…もういいや…言いたいことも言えたしさ…」
そう言うと友春は俺に向かって更に歩いてくる。
「じゃあ、辞世の句でも聞いておこうか」
「……」
「なんか言えよ…」
「…皆は…皆は殺さないでくれ…」
俺の言葉に、友春は呆れたように溜め息をついた。
「…無理だよ、バーカ」
そう言うと友春は剣を振り下ろした。
俺は思わず目を瞑る。
だが、来るべく痛みはやってこず、変わりに金属がぶつかり合う音が響いた。
俺は恐る恐る目を開けると、誰かが俺を庇うようにして俺の前に立っていた。
その背中には見覚えがあった。いや、見覚えがあったどころでは無い。それは俺がいつも見ていた、追いつきたいと思っていた背中だった。
「なにしてんだよ…来栖ッ!!」
「桜井ッ!!」
俺の悪友、桜井木葉だった。