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勇者は勇者を見限りました(仮)  作者: 槻白倫
1 オレが見限るまで
11/18

010 衝突

 駆けだしたオレはあっと言う間に、シンを置き去り魔王軍に肉薄する。シンの驚いたような声が聞こえてきたが、今は振り返っている余裕はない。


 オレがシンを置き去りにするほどの速度で走れたのはひとえに加護のおかげだ。と言っても、オレの加護ではない。クラスメートの一人、《付与師エンチャンター》の加護を持った竹ノ塚のおかげだ。


 《付与師》はその名の通り付与をする能力だ。それは、ステータスの上昇だけでなく、相手にバッドステータスを付与することも出来るのだ。


 オレは、一度皆の元に戻ったところで竹ノ塚に速度を上げてくれるように頼んだのだ。その効力を発揮して今の速度を発揮している。


 オレの規格外の速度に魔王軍は思わず目を剥く。この規格外の速度のおかげで、オレが勇者だということは敵に知れているだろう。だが、それはいい。多分、速度アップ系の加護を持っていると勘違いしてくれているだろう。


「奴は勇者だ!早々に潰せぇ!!」  


 部隊長と思われる魔人族の号令でオレに敵が殺到する。だが、これは好都合だ。


「いいぜ、来いよ!」


 オレは剣を構え直し肉薄する。


「せあぁ!!」


 オレを迎え撃たんと槍を振るう魔人族。それをオレは呼吸音、目線、息遣い、衣擦れの音、重心のズレなどで予測して回避、反撃をする。


「がっ!?」


 オレの一撃で地面に沈む魔人族。オレは肉を斬る感触に思わず顔をしかめるが構わず進む。


「ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」


 ーーーかわす、いなす、斬る、突く、かわす、受ける、流す、斬る、斬る、斬る。


 オレは怒濤の勢いで魔人族も魔物も正確無比な一撃の下に切り捨てていく。


 オレの視界に仲間は映らない。映るのは敵と地面に沈む亡骸だけだ。


 血に塗れながら、吼え、叫び、哮りながらも突き進む。


 いつまで斬っても慣れない肉を斬る感触にもう顔をしかめることも忘れて斬り続ける。


 だが、その目には正気の色が見て取れて、正気を忘れての攻撃でないことを敵に知らしめる。


 その鬼気迫る瞳に、血塗られた容貌に、数々の同胞を屠った血色の剣に魔人族は思わずたじろぐ。


 そのたじろいでできた隙をオレが逃すはずもない。隙を見せた魔人族のその命をオレは無慈悲に断ち切る。 


 実質、オレ一人に蹂躙される魔王軍は見る見るうちにその数を減らしていった。


「邪魔だあぁぁぁぁぁ!!」


 哮りながら攻撃するオレの動きが急激にガクンと落ちる。竹ノ塚の《付与師》の効力が切れたのだ。


 それを好機と思ったのか、部隊長とおぼしき者が声を張り上げる。


「奴は能力切れだ!!今が好機!!一斉に叩け!!」


 その号令に志気高まった魔人族が殺到する。


 どうやら、オレの加護が速度アップ系の加護だときちんと勘違いしてくれたようだ。


 その事にオレは怪しくニヤリと笑う。


 オレの笑みに敵はゾクリと背中に走るものがあったのか、顔を恐怖にひきつらせる。


 だが、それでも気持ちを持ち直してオレに攻撃を仕掛けてくる。それも、オレの思惑通りだと言うことも知らずに。


 恐怖に鈍った剣はその速度を大きく失う。その精度も、威力も、覚悟も。鈍った剣でオレは斬られない。斬られるほど甘くもない。


「シッ!」


 短く息を吐き、敵の剣をかいくぐりその懐に飛び込む。 


「なっ!?」


 驚愕も一瞬。敵はオレの剣で首を断ち切られ命の花を散らす。


 そうして、次々と襲い来る敵をさらに打ち倒す。


「な、なんなのだ!!奴は一体なんなのだ!!」


 部隊長の叫びに答えるものは誰もいない。皆それどころではないし、また、その答えも知らないのだから。


 今は戦場の音がはっきり聞こえてくる。映像が鮮明に見える。匂いが遮られることなく匂ってくる。剣を握る手が否応無く肉を断つ感覚を伝えてくる。汗か血の味か分からないものが、口の中一杯に広がる。


 五感が戦場を感じさせる。


 オレが望まずとも感じさせる。


 イヤな感覚だ。


 人の死を身近で感じるこの場所は、多分ずっと好きにはなれないだろう。だが、それで言いいと思う。戦場を好きになったら終わりだ。オレの本能がそう告げてる。いや、本能だけじゃない。オレ自身もそう思ってる。


 戦場を好きという奴は、死が好きな奴だ。


 戦場には死の匂いしか感じ取れない。死の光景しか見れない。死の声しか聞こえない。死の味しか味わえないし、死の感触しか伝わってこない。


 生を実感できない。


 いや、相手を殺して自分が生きているという意味では生を理解は出来ているのだろう。相手を殺したから自分は生きているのだと。逆に、相手を殺さなくては自分は生きていられないのだとも。


 だが、戦場では生きた心地がしない。死に包まれているから生を実感できない。理解できても実感が出来ない。


 オレは最初の戦場を、死の香りが包み込む戦場を、生を実感できぬまま駆け巡った。      


 



「凄いな…木葉は……」


 俺は思わず感嘆の声を漏らしてしまう。


 その理由は至極簡単なもので、木葉の一騎当千ぶりに感嘆の声しか出ないのだ。


「本当に、凄いね…」


 隣に立つ東も、思わずと言った感じでこぼしている。


 他のクラスメートも木葉の様子に呆けている。


 だが、それも仕方のないことなのだろう。なにせ、自分達とは違うのだ。能力をいち早く発現させ、能力無しでも能力を使った東郷を圧倒できるほどの戦闘の技量。どれも、自分たちには持ち得ぬものだった。


 その、持ち得ぬものを木葉は持っていて、だからこそ、木葉は今前線で戦っていられる。


 前線で木葉が圧倒的な力を持って戦っているから、後方にて待機している俺達は出番がない。それは俺達だけじゃなくて、他の後方待機の騎士達も同じであった。


 木葉の活躍により、前線は予定より少数での戦闘をする事が出来ている。それはつまり、こちらにはまだ数に余裕があり、向こうはもうすでに戦力が乏しくなっているということだ。しかも、増援を送る判断を部隊長がしていないため、前線の戦況はこちらに大きく傾いていると言うことに他ならない。


 だから俺達は前線の攻防を呆然と見ていられる。


 だが、それは誰しもにとって良いことではない。少なくとも、俺にはそのことに不甲斐なさと、悔しさを感じていた。


 木葉に任せることしかできない自分に不甲斐なさを、木葉には決して吐かないと決めていた弱音を吐いてしまったことによる悔しさ。


 俺は、ある時から木葉には決して弱音を吐かないと決めている。それは、見栄とか木葉が自分より下だと思っているからとか、そういうくだらない事じゃない。


 俺は、小さい頃いつも木葉に助けてもらっていた。というのも、俺は昔、体が弱くていつもいじめられていた。俺はそれをしょうがないことだって思ってた。何故かはよく分からないが、しょうがないんだって自分に言い聞かせてた。でも、いくら言い聞かせても、辛くて悲しいことには代わりがなかった。


 でも、ある日、俺が一人で泣いていると木葉が優しく声をかけてくれた。最初は、少し戸惑ったけど、優しい木葉の声に俺は泣きながら今まであったことを話した。辛かったこと、苦しかったこと、全部、全部。


 それで木葉は、俺が全部話すと親には相談したのかって聞いてきた。俺は、体が弱いことで親に心配かけているからそんなことは出来ないと言った。そうしたら木葉は言ったんだ。俺に任せておけって。


 俺が弱音を吐いていたから助けてくれたというのもあるのだろう。だが、それ以前に木葉は優しいのだ。態度は相変わらずのぶっきらぼうで、粗暴なところもあるのだが、それでも優しいのだ。なんだかんだ言っても最後は助けてくれる。


 いつしか、俺は守られているうちに思った。このまま木葉に頼ってばっかじゃいけないと。木葉は優しいから、最終的には助けてくれる。でも、それだと木葉の負担にしかならない。


 だから俺は、少しずつ木葉に頼っていくのをやめた。木葉迷惑になりたくなかったし、何より、俺が木葉の負担になるのに耐えきれなかったのだ。だから今度は俺が木葉を助けるようになろうと思った。


 勉強も木葉より出来るように頑張った。体が強くなってからはスポーツだって頑張った。料理も、家事も、取りあえずいつでも木葉に恩返しが出来るようにって頑張った。


 そうしたら、いつしか木葉は俺を頼ってくれるようになった。俺はそれが凄く嬉しかった。だから、俺は木葉に頼られ続けようって頑張った。 


 なのに、今俺は木葉の戦いを呆然と見ていることしかできなかった。    

 

 木葉があの時のように任せろと言ってくれたときは、なぜだか分からないけどもう安心だと思った。


 その、安心だと思った自分が許せなかった。


 頼られる存在になろうと思った俺が、また木葉を頼るしかないということに腹を立てずにいられなかった。


 気がつけばクラスメートを死なせたくないと思っているといって前線に出ている木葉の背中を見つめることしかできない自分に腹を立てずにいられなかった。


 木葉に背をわせることしかできない自分に腹を立てずにいられなかった。


 でも、いくら腹を立てても現状が何も変わらないことも理解していた。


 俺は、思わずと唇を噛みしめる。


「なーくん?どうしたの?」


「あ、いや…何でもないよ」


 心配げに俺の顔を覗く東に微笑みかけてそう言ったが、東は納得していない様子であった。


「何かあったんじゃないの?」


「本当に何もないって。ほら、東。今は戦場にいるんだ。俺にばかり気を向けていると危ないぞ?」


「全く持ってその通りだよ西」


 俺の発した言葉に誰かが賛同する。


 見ると、そこには俺の友人来栖友春が立っていた。


「流の言うとおりだ。ここは仮にも戦場なんだ。いついかなる時だって気を抜いてはいけない」 


「そうだよ東ちゃん!気を抜いちゃダメだよ?今は木葉くんが頑張ってくれてるからこうして話していられるけど、いつ敵が来るか分からないんだからね?」


 友春の声に賛同するように、香山が声をかける。


「それにしても、木葉くん凄いね~あれだけの数をものともせずに突き進んじゃうなんて…私には怖くて絶対無理だよ」


 香山は木葉が戦っているところを怖々と言った感じで見つめそう言った。


 それでも、どこかのん気に言っているのは初めての戦場を見ているだけという事態が現実感を薄めているからなのかもしれない。


「こら薫。あんたも言ってるそばから気ぃ抜いてるよ?」


「いたっ!」


 香山の頭をこづきながらそう言ったのは香山の友人、竹ノ塚良子だ。


「ううっ…痛いよぉ良子ちゃん」


「気ぃ抜いてるあんたがいけないの。さっきも来栖が言ってたでしょ?ここは戦場なんだよ?」


「う~っ、分かってるよぉ~」 


 涙目でそう言いながら香山は頭をさする。どうやら本当に痛いらしい。


「…それにしても、本当に情けないねぇ…」


「え?何が?」


「何が?って…はあぁ…あんた何とも思わないわけ?」


「ん?」


 頭に疑問符を浮かべる香山に竹ノ塚はまたも盛大にため息をついた。


「いいかい?今桜井は、私達を守るためにあの手を血で汚してるんだよ?それがどう言うことか分かる?」


「え?…あ……」


 香山は今更それに思い当たったのか、一気に顔を青ざめた。いや、そう言えばと言う顔をしているので、思い出したといった方がいいだろう。彼女はあえて考えないようにしていたのかもしれない。


「あいつは今、私達のために異種族とはいえ人を殺してるんだ。それを何もできずに見ていることしかできない私達が情けないっていってるの」


「そう…だよな。やっぱり、俺達情け無いよな…」


「うん…こーくんだけが頑張ってるよね。私達のためだけにさ…」


 そうだ。木葉は俺達の為だけにやってるんだ。俺達を守るためだけにその剣を振るってる。そこには、木葉が皆を守りたいという気持ちはあっても、木葉自身の利益になるわけじゃない。 


「情けないよ。俺は木葉の親友なのに。見てるだけだなんて」


 俺がそう言うと、突然パンパンと乾いた音が鳴り響く。見ると、音の正体は友春だった。手が合わさっていることから手を打ち鳴らしたんだろう。


「落ち着きなよ。さっきも言ったけどここは戦場だ。戦場では何があるか分からないのが常だろ?もっと周りに気を配らないと」


「あ、ああ…その通りだな。悪い友春。何回も同じ事言わせてさ」


「いや、別に良いよ。それより、本当に気をつけてくれよ?気を抜いていると取り返しのつかないことになるかもしれないんだぞ?」


「うん、分かってーーー」


「例えば」


 友春はそう言うと一歩踏み出して、


「ーーーーーえ?…あっ……え?」


 東の胸を腰に下げた剣を抜き放ち貫いた。  


「こんなに…ね?」


 そう言って友春は悪意のある笑顔で微笑んだ。


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