手は届いたが……
主坑道から外れると途端に坑道が狭くなる。大きな穴を掘るほどに坑道の強度に問題が出てくるのと、そもそも掘削技術が発達していないという事情があるためだ。この時代は穴を掘るのは基本的に人力なので、それ程大規模な掘削はなかなかできないのである。
そんな細い坑道を3人は慎重に進んでゆく。これ程奥になると誰かが人為的に配置していない限りモンスターとは出くわさないだろうが、中には無機物や微生物を主食にしたモンスターも例外的にいるので油断はできない。
「待って、そろそろだよ」
ジムが先を歩いている2人に声をかけた。その声は幾分強ばっている。
「この先か……」
事前にある程度地図を記憶していたトムは呟いた。
3人が手に入れた地図は、金塊のある場所までを記したものだったが、その金塊のある場所の手前に不自然なくらい大きな空洞が描かれていた。そしてそこには、金塊を守る番人として3体のゴーレムが配置されていると記されている。全て鉱山を採掘するための小型ゴーレムであったが、どうやらそれを番人として流用しているらしい。
「ゴーレムなんて高価なものを使って開発してたなんて、よっぽど大きな鉱脈だと思ってたのかな」
ゴーレムを作れるほどの魔法使いはそれ程多くないので、今も昔も大量生産はされていない。そのため、1体の価格は高くなってしまうのでそう簡単に購入できるものではないのだ。
「けど、何十年と開発するつもりなら、坑夫を雇うより安上がりになるんじゃないのか?」
トムが聞いた話だと、そう簡単に壊れないゴーレムは24時間働かせることができるので、長期間利用するのならば坑夫を雇うよりも費用対効果が良くなるとのことだった。基本的に一度魔力を通して起動してやれば、減衰した分の魔力をたまに補うだけでいいらしい。
「つまりそのゴーレムは、今は動いてないってことだか?」
難しい話はわからないボブは気になる点だけを2人に質問した。
「まぁ、理屈の上ではそうなるな」
塊にできるほどの金を採掘したのがいつかはわからない。しかし、話を信じるならば7年前に盗賊団が討伐される以前のはずだ。
「他に何か魔力を補う仕掛けがない限り、1年も放っておけば動かなくなるはずだよ」
「その仕掛けが怖いんだよなぁ」
動かないというのであれば無視していいのだが、動く可能性があるから厄介だった。
「生きてるゴーレムは額の部分の水晶が光っているからすぐわかるよ」
「この暗闇の中だから、目立つよな」
「もし生きていたら戦うだか。恐ろしいだなぁ」
基本的に今の3人にとってゴーレムとの戦いは荷が重い。しかしそれでも今回探索したのは、そのゴーレムが戦闘用ではなくて掘削用の小型だからだ。それが3体だけだと地図に描いてあったので何とかなると算盤をはじいたのである。
「さてと、それじゃ準備はいいか?」
「いつでもいいだよ」
トムの呼びかけにボブが応えた。2人ともその手にはメイスが握られている。
いつも2人は武器として剣を主体にしているが、今回はこのためにメイスを手に入れていた。魔法のかかった剣ならばともかく、トムとボブの持っている一般的な剣では、石製のゴーレムを攻撃しても刃こぼれするだけの可能性が高いからだ。相手が大きくないので、メイスで殴って削り倒す方針である。
「よし、それじゃ行こう」
ジムの言葉を合図に、全員が再び歩み始めた。
恐らく金塊を守るゴーレムのためにある空洞だと思われるのだが、この中に入ってもゴーレムは何の反応もしなかった。通路にいたときからずっと無反応だったゴーレムを遠巻きにしながら、3人はしばらくその様子を見る。
「動かないな」
「魔力切れだか?」
「たぶんね。壊れてくれてるともっと嬉しいけど」
ジムの言う通りであれば安心できるのだが、確認する術のない3人は壁際に沿って奥の通路へ向かうことしかできない。下手に刺激して起動させる必要はないのだ。
そもそも小型ゴーレムと呼ばれているが、それはゴーレムの基準で小型なのである。人から見て、成人男性よりも一回り小さい石製の物体は小型ではない。そんなものと戦いたいとは誰も思わなかった。
ゴーレムを避け続けて移動した結果、反対側の通路まで無事着くことができた。3人とも拍子抜けしたという以上に、戦わなくてよかったという安心感の方が大きい。
「よし!これで最大の難関は切り抜けたぞ!」
空洞から奥の通路へ少し移動したところでトムは嬉しそうに呟いた。
「そうだな!これであとはお宝に一直線だよ!」
「うーん、僕としてはもうちょっと歯ごたえがほしかったけどねぇ」
他の2人も緊張の糸が緩んだのか、トムに合わせて口が軽くなる。
「後はここをまっすぐ行くだけなんだよな?」
「そうだよ。そんなにかからないはずさ」
「へへ、楽しみだなぁ!」
ゴーレムを目にするまでの慎重さが嘘のように3人は浮かれていた。一本道なので不意打ちはないだろうが、良い傾向ではない。
しばらく歩くと、すぐに小さな空洞に着いた。半径3メートル程度の半球状の空洞だ。そしてその奥には、古ぼけた木箱が置いてある。
「おい、もしかして、これか?」
目の前に置いてある木箱を見下ろしながらトムは呟いた。
「うん、これに違いない!」
何度も地図と木箱を見比べながらジムは興奮気味に答えた。
「やった。ついにお宝を手に入れただよ!」
ボブは感動に打ち震えている。
「じゃ、早速開けよう!」
ジムの言葉に応じてトムが跪くと、慎重に木箱を調べた。ここまで来て罠にかかるなどという間抜けなことはしたくなかったので、じっくりと確認をする。
「うん、大丈夫。罠はなさそうだ」
一通り調べて問題ないことを確認したトムは、2人の顔を見上げながら自信ありげに答えた。
「なら早く開けてみるだよ!」
先程から落ち着きのないボブが興奮気味に急かした。その気持ちがよくわかるトムは、1度うなづくと木箱の蓋をゆっくりと開けた。
するとそこには、油紙に包まれた何かがいくつもあった。3人の期待は一層高まる。
「これだかぁ……うぉ、お、重てぇ!」
まるで吸い込まれるようにその塊を1つ取り出したボブが、にやつきながら呻いた。
「早く開けてよ!」
言われるがままに油紙を剥がしたボブはそれを見て感極まる。
「やった!ついにおらは大金を手に入れただ!」
「これで僕達は大金持ちに……って、あれ?」
ランタンを近づけてよりはっきりと確認しようとしたジムは、ボブが持っているものを目前にして顔をしかめた。
「どうしただ?嬉しすぎておかしくなっただか?」
「……いや、これ、金にしては赤すぎないかい?」
「へ?」
ジムの疑問にボブが惚けた返事をする。
「ほんとだ。金属には違いないが、これは……」
「金じゃなかったら、何だっていうだよ?!」
トムとジムの反応を見て何かがおかしいことを知ったボブは動揺する。
ボブの手にしている金属は、確かに金属としての光沢は放っているが、金というには赤みがかっている。
「これ、銅じゃない?」
「だよな。俺もそう思った」
顔を見合わせたトムとジムは呆然と呟いた。それを聞いたボブは情けない声をあげる。
「そんなぁ~!!」
そのとき、通路から騒がしい音が聞こえてきた。
3人は一斉に来た道の方を振り向く。しかし、松明やランタン以外の明かりがない坑内は暗闇のままだ。
「なんだ、この音……」
「ちょっと様子を見てくる」
そういうと、トムは松明を片手に通路へ近づいた。しかし、ゴーレムがいる空洞から音がするらしく、ここからでは何も見えない。
「くそ、行くしかないか」
覚悟を決めたトムはゴーレムのいる空洞まで戻ろうとする。するとどうだろう、突然1体のゴーレムが行く手を阻むように坑道の中央で仁王立ちしていた。その額の水晶は白く輝いている。
「な、なんで動いてんだ?!」
先程通過したときは無反応だったというのに、そのうちの1体がトムの行く手を阻んだ。そして、今も聞こえる音はその奥から聞こえる。
「ん?……これは!」
行く手を阻むゴーレムはなぜかじっとしたままだったので、ゆっくりと近づいてその奥に向かって目を凝らすと、他の2体が坑道の側面に何かを打ち付けている。一瞬、トムは何をやっているのかわからなかった。
「まるで穴を掘ってる……はっ、こいつら、天井を崩す気か?!」
よく見るとゴーレムの足下には支柱の残骸も転がっている。このままでは生き埋めだ。
「まずい!」
慌ててトムは2人のいる奥の部屋へ戻った。その様子を見た2人は不安そうな表情を浮かべる。
「どうだった、トム?」
「ゴーレムが動いてる!しかもあいつら、坑道の側面を掘ってやがるぞ!」
「何やってんだ、それ?!」
「天井を崩す気なんだよ、あいつら!」
それを聞いたジムとボブも血の気が引いた。
「ど、どうするだ?!」
「とりあえず、あいつらを止めないと!」
「よし、行こう!」
ジムが号令をかけると、銅塊を木箱の中へ放り出したボブを先頭にゴーレムが活動しているところへ向かう。
そうしてゴーレムのいる空洞まで辿り着いた。
「「「あれ?」」」
3人は不思議そうに辺りを見回す。空洞の中は以前通ったときと同じままだ。
「なぁ、トム。ゴーレムは動いてないだよ?」
「いや、けど、通路に穴を掘った跡があっただろう?!」
「確かに。最初はなかったよね」
ランタンを掲げつつ、ジムは木箱のある空洞へ続く通路に目を向けた。近づけてランタンで照らすと、採掘した大小の石や支柱の残骸が散乱している。
「これがあの音の原因か。トム、ゴーレムが動いたっていう証拠はないかい?」
「証拠って言われても……ああ、動いた跡はあるぞ」
ゴーレムの周囲を見たトムはすぐに異変を見つけた。地面に石がこすれたかのような跡があるのと、ゴーレム自身に酷い土埃が付いている。
「地面の足跡と土埃だ」
「そうなると、どうして動いたのか、そしてどうして止まったのか、だよね」
ジムは2人を見ながら独りごちた。
しばらく3人はその場で考え込む。しかし、これといった理由は思いつかない。
「何かゴーレムが動くきっかけがあったはずなんだよね」
「う~ん、何か罠にかかってただかなぁ」
「罠か……注意して見てたが何もなかった、はず」
見落としているものはないか3人で過去を振り返ってみるも、特にこれといったものは思い出せない。
「はは、まるでおら達がお宝を取っただから、ゴーレムが怒ったみたいだ」
考えてもさっぱりわからないとボブが最初に諦めた。こういう頭を使った作業は苦手なのである。
「まるでゴーレムが生きているみたいだな」
苦笑いをしながらトムが応えた。ゴーレムには生命などないので、そのようなことは起きない。
「けど、案外当たってるかもしれないね、それ」
「「え?」」
思案顔のジムが呟いた言葉に他の2人が驚いた。
「どういうことだよ?」
「中の銅塊を取り出したから、ゴーレムが動いたんじゃないのかなって思ったんだよ」
「あー」
「じゃあ今動いてないのは……」
「ボブ、手に持ってたあの塊って木箱の中に入れたんだよね?」
「え、あ、ああ、放り投げてだが……」
「それが本当なのか、1回試してみようぜ」
トムが推理の検証を提案する。他の2人もそれに賛成した。
ジムの推理だと、銅塊を木箱から取り出すとゴーレムが動き出し、坑道を掘り崩すということになる。これを試すには銅塊を取り出す役とゴーレムを見張る役が必要だ。そこで、銅塊を取り出す役目をジムが、ゴーレムの見張り役をボブが、そして確認役をトムがすることになった。
この確認役とは、ジムが銅塊を取り出すのを見届けるとすぐにボブの元へ移動し、ゴーレムが動いたのを確認すると再びジムの元へ戻って報告し、更にジムが銅塊を木箱へ戻すのを確認してからまたボブの元へ移動し、ゴーレムが止まったことを確認するのだ。最も疲れる役である。
「よし、それじゃ取り出すよ」
3人がそれぞれ配置につき、トムがうなずくと、ジムは木箱の中から銅塊を1つ取り出した。2人はしばらくじっとしている。
「もういいだろう。行ってくる」
最初にボブが取り出したときのことを思い出して充分に時間が経過したと判断したトムは、松明を掲げながらボブの待つ空洞へ向かう。すると、坑道の先から何やら音が聞こえてきた。
「おい、ボブ、どうだって、うわ!」
坑道を抜けて空洞へ入ろうとしたトムは、やってきたゴーレムと正面から鉢合わせて驚いた。思わず後ずさるトムであったが、一定の距離まで下がると、それ以上ゴーレムが進んでこないことがわかる。
「トム!早く止めてくれぇ!」
ゴーレムの奥からボブが叫ぶ。見ればゴーレムは先程と同じように2体が坑道の脇を掘り崩し始めた。
「ちょっと待ってろ!」
トムはすぐに踵を返してジムのところへ向かった。検証とはいえ、ゴーレムは実際に動いて穴を掘っているのである。長い間放っておくわけにはいかない。
「ジム!銅塊を木箱へ戻せ!」
「わかった!」
小走りで急いできたトムを見たジムは、手にした銅塊を木箱へ戻した。
結論はというと、ジムの推理は正しかった。やはりゴーレムは、木箱の銅塊と何らかの方法で関連づけられているようだったのである。ただ、それがどういった仕組みなのかまではわからなかった。
「でだ、これからどうする?」
「どうするって言ってもなぁ……」
「うーん」
しかし、3人にとってゴーレム以上に問題なのは、あの銅塊をどうするかだ。
「あれが金塊なら、何としてもゴーレムを倒すんだけどなぁ」
「銅塊だもんねぇ」
売ればもちろんある程度の額にはなるだろうが、何しろ1つ1つの塊が重い。ゴーレムをやっつけ、そして落盤の危険性がある坑内を何往復もする価値があるとは誰にも思えなかった。
「また微妙なもんをお宝にしてくれただなぁ」
「しょーがない。今回はこのまま引き上げるか」
「向こうの坑道の天井も崩れかかってるしね。仕方ないよね」
ジムは力なく崩落寸前の天井を見つめながら独りごちた。
しばらく未練があって残っていたものの、これ以上ここにいても意味がないと悟った3人は肩を落として帰路につく。
その直後、ゴーレムが崩そうとしていた坑道の天井が大きな音を立てて崩れ落ちた。