男爵の鉱山跡
ブラウン男爵の鉱山跡へ行くには、3人が拠点としている地方都市から約2週間かかる。更に別の地方都市を経由して行くわけだが、この辺りはこの辺りで、やはり未開の地域に隣接している地方だった。
現在、3人は鉱山跡へ行くために最寄りの村で準備を整えていた。最近は落ち着いてきたものの、以前は鉱山跡に住み着いた盗賊団やモンスターに苦しめられていた村だけあって、売られている冒険のための道具などが充実している。また、男爵が鉱山開発を始めてからは未開地域へ探索する冒険者の拠点にもなっているので、村人は外来者に慣れていた。
「さて、これで必要な物は全部揃ったな」
目一杯膨れ上がった背負い袋を軽く叩きながらトムは他の2人を見た。
「鉱山の中に入るから、明かりはどれだけあってもいいだよね。やっぱり暗いところは怖いだなぁ」
買った松明やランタンに視線をやりながら、ボブは落ち着かない気持ちを吐き出す。洞窟や鉱山の中を本格的に調査したことがないので、奥深く侵入することが不安だったのだ。
「確かに怖いけどね。それよりも何があるのかわくわくするだろう?」
反対にジムはこれからの探検に期待を膨らませていた。早く出発したいという気持ちが出過ぎていて落ち着きがない。
「まぁ、俺も期待と不安の両方があるけどね。それよりも、明日の探索を前に最後の確認をしておくぞ」
気持ちは他の2人と同じながら、先にやるべきことを済ませるべくトムは話の流れを変えた。
「今日までに集めた鉱山跡に関する情報で重要なのは、まず、7年前に盗賊団が討伐されてからは誰も根城にしていないということだ」
「つまり、それから誰も入ってないってことだな?」
「いや、未開地に行くって偽って鉱山に行くこともできるんだから、正確には誰が入ったのかわからない、だろうね」
ボブの希望的観測をジムが否定した。特に村で情報を収集してみたが、誰も鉱山跡には興味を示していないのか、この7年間は鉱山にまつわる話は全く出てきていないらしい。
「だから、それを確認するためにも今回は鉱山跡に入らないといけない」
「そうだな」
「けど、中に入るにあたって問題が1つあるんだったよね。落盤が発生する可能性が大きいんだ」
村で情報を集めていたときに手に入れた話の1つである。鉱山開発をしていたのが50年ほど前までで、それ以後は盗賊団やモンスターが使っていたということだが、もちろん閉山後は坑内の整備は一切行われていない。そのため、坑内を支えている支柱が崩壊する可能性があるのだ。
「7年前の盗賊団討伐でも、坑内での戦闘中に落盤事故が発生したという話があったよな」
「それなら、今はもっと危ないだな」
「だからモンスターの不意打ちを避けるという理由以外でも、周囲の様子は見なくちゃいけないんだ」
ジムは周囲の警戒を怠らないようにボブを諭した。
「それと、金塊についての話なんだが、これはあんまり出てこなかったよな」
「まぁ、あんまり突っ込んで聞き回ることができなかったというのもあるけどね」
この村だけでなく、途中で通過した地方都市の冒険者ギルドや盗賊ギルドでもいくらか調べてみたのだが、出てきたのは討伐に関する記録ばかりだった。それならばと情報屋にも手を出してみたのだが、与太話くらいしか出てこなかった。本当ならもっと突っ込んで情報収集をしたかったところだが、あまり話を聞いて回りすぎると、その気になった誰かに先を越されてしまうかもしれないと思い、調査は中途半端で終わっている。
「けど、今更止めるわけにはいかねぇだよ」
「確かにね。こうなったら1回は中を調べないと気が済まないよ」
ジムもボブに同調する。それはトムも同じだった。
「よし、それじゃ今日はこれまでだ。明日に備えてさっさと寝よう!」
トムが話を切り上げると、他の2人はうなずいてベッドに潜り込んだ。
現在、この村からは3本の道が外に延びている。1本は街道へ繋がる道、1本は未開地域へ向かう冒険者によって踏み固められた小径、そして最後の1本は鉱山へ繋がっている今は使われていない道だ。
翌朝、3人は村を出発して鉱山跡を目指した。眩しい日差しを浴びながら、雑草があちこちに生えている道を突き進む。
鉱山跡へ続く道は、村を出るとしばらくして森の中へ続いていた。かつて鉱山開発をするときに切り開かれたのだ。今は誰も使う者はいない。
「こっから丸1日歩くだか。面倒だなぁ」
「まぁ、村がすぐそばになんてあったら、盗賊もモンスターも住み着かなかっただろうけどね。やっぱりある程度人里離れてないと、悪い奴らは住み着かないよ」
モンスターはもちろん、村や町を直接支配するのではなければ盗賊も人里がすぐそばにあるところに根城は作らない。
「そもそも、ブラウン男爵は金があると信じて穴を掘らせたわけだから、村が近くにあったら立ち退かせたかもしれないな」
結局は金を採掘できずに終わってしまったが、もし金鉱脈にぶつかっていた場合、当然鉱山を守らないといけない。そうなると、鉱山の周囲の警戒は厳重なものになっていただろう。鉱山の近辺から人払いをするのは当然といえる。
「お宝があるといいだなぁ」
ボブの呟きに、2人はうなずいた。
日がかなり傾き、山の向こうへ沈もうとする頃になって、3人はブラウン男爵の鉱山跡に着いた。赤い日差しさえ届かなくなってきているため周囲の暗さは増すばかりだ。
「うわぁ、思ってたよりも酷いな」
最初に口を開いたのはトムだった。閉山して何十年も経過しているのでまともではないとは予想していたが、実際にその朽ち果て具合を目にすると虚無的な感情がこみ上げてくる。
鉱山の入り口周辺には様々な建物があるものの、どれも相当痛んでいて中に入るのは危険そうだった。
「これは、建物は使えなさそうだね」
建物が利用できるのならばその中で一夜を明かそうと考えていたジムだったが、寝ている間に崩落したらたまらないと首を振る。
「これ、人の骨だか?」
ボブは地面のあちこちに散らばっている骨を見て顔をしかめる。7年前までは盗賊やモンスターに散々利用されていたと聞いていたので、当時に討伐された者達の骸だと推測した。
「ねぇトム、今日はどうする?」
「うーん、建物は使えそうにないしな。風をしのぎたいから、一旦森の端まで戻ろうか」
「そだな」
もうすぐ日が暮れる中、特に反対のなかったジムとボブはトムの意見に賛成した。
完全に日が没すると辺りは何も見えなくなった。盗賊達が根城にしていた頃までは多少明かりがあったのかもしれないが、今は3人がおこした焚き火だけである。
「鉱山の開発前もこんな感じだったんだから、元に戻っただけなのかもしれないね」
「ずいぶんと寂しい話だな」
「そうだが、感傷に浸る前に、明日どうするか決めよう」
視線を焚き火から2人に移したトムは、明日についての相談を3人に持ちかけた。
「どうするって、中に入るんじゃないだか?」
「建物はどう見ても近寄れないよね」
そのとき、鉱山入り口付近から何かが崩れる音がする。驚いた3人はしばらく身を強ばらせつつ他に異変がないか感じ取ろうとするが、これといって何もなさそうだった。
「ほらね」
ジムは得意そうに胸を張った。
「しかしそうなると、鉱山の中も相当危ないんじゃないか?支柱の木材なんて絶対腐ってるぞ」
掘り進めた坑内で落盤が発生しないようにするため、鉱山内には木製の支柱が張り巡らされているが、もちろん閉山後は傷んでも修復する者はいないはずだった。そうなると、中はモンスターがいる以上に危険ということになる。
「入り口近辺の支柱を調べてみて、大丈夫そうだったら中に入ろう。そして、もしダメそうだったら諦めようじゃないか」
「う~ん、諦めたくないだなぁ」
「そうは言っても、生き埋めは嫌だからな。それと、坑内を進んでいるときも、支柱がどうなっているか確認しよう」
お宝は確かに欲しいが、それ以上に命は惜しいというわけである。この意見にジムとボブは賛成した。
「よし、決まりだ。明日、絶対お宝を見つけようぜ!」
トムが決意を示すと、ジムとボブも嬉しそうにうなずいた。
明日はいよいよ、坑内の探索である。
翌朝、完全に日が昇ってから3人は鉱山跡の入り口へ向かう。昨日は日没前に到着したということもあって随分ともの悲しい風景に見えた鉱山一帯も、朝の明るい日差しを受けると全くその雰囲気が変わっていた。
「こうやって明るいと、普通の廃墟に見えるだな」
「何だよ、普通の廃墟って」
「神秘的に見えないってことじゃない?」
まるで遠足に行くかのような気軽さで3人は斜面を登ってゆく。こんなにのんきなのは、まだ何も起きないと確信しているからだ。
「さて、ここからだな。みんな、準備しよう」
鉱山跡入り口に着いた3人は、背負っている荷物を一旦地面に下ろす。ボブとトムは背負い袋から松明を取り出し、それに火を点ける。ジムはランタンにだ。多少手間取ったのはご愛敬である。
全員が再び背嚢を背負い直すと、ジムはポーチから以前もらった地図の写しを取りだした。全員ある程度地図の内容を覚えているが、間違いがないようにジムが確認するのだ。それと、この地図の写しは全員が持っている。何かあったときのためだった。
「それじゃ、行くだよ」
先頭のボブがゆっくりと鉱山の中へと入ってゆく。その次にトム、そして最後がジムだ。これは戦士、盗賊、魔法使いという肉体的な強さを基準とした常識的な隊列である。
鉱山跡の入り口はさすがに主坑道だけあって広かった。3人が横1列で進んでも問題ないくらいだ。通常、大規模かつ歴史ある鉱山でもない限りはこれ程広く掘らないのだが、ブラウン男爵は相当気合いが入っていたのだろう。
3人はゆっくりと進んでいくが、今のところおかしいところはない。聞こえる音は自分達の足音だけだ。中へ進むにつれて暗闇が3人を精神的に圧迫するが、それを松明とランタンの明かりが和らげてくれる。
「さすがにここまで来ると、骸はないな……」
トムは周囲を見回しながら呟く。入り口付近はかつて盗賊が生活していた跡やその盗賊達の骨が散乱していた。そして更に奥には、ゴブリンを始めとしたモンスターの死骸がいくつもあったのだ。全員が討伐されたわけではないだろうが、その大半は冒険者や騎士団に討たれたのだろう。
そして主坑道からいくつもの細い坑道が延びていたが、そのいくつかは落盤が発生して先に進めなかった。ひょっとしたらこの中に、人間やモンスターが埋まっているのかもしれない。
「支柱は意外と丈夫なのかな。あんまり傷んでいるところはないね」
「支柱の間隔が狭いから持ってるんだろうな。けど、やっぱり傷んでるところは傷んでる」
次第に幅が狭くなってきている主坑道ではあったが、坑内を維持するための支柱の間隔は入り口から変化はしなかった。酷い鉱山主になるとこの辺りの資材をけちって事故が多発する原因を作ったりするのだが、ブラウン男爵はそこまであこぎではなかったらしい。
しかし、長い間放置されているとどうしても弱ってくる部分というのはある。そういったところは、徐々に重みに耐えきれなくなってきたり、一部が崩壊して崩れてしまっていたりしていた。
「みんな止まって。ここからそこの細い坑道に入るよ」
何も起きないまま主坑道を歩き続けていたトムとボブは、ジムの呼びかけに反応して立ち止まった。
「お、ここだか?」
「結構歩いたな。思ってたよりも距離があった」
一息ついた2人は、ジムの指差した先にある細い坑道に目を向けた。
「そうそう、その坑道だよ。ここからはちょっと面倒だね」
「うへぇ」
「ちょっと奥まで行って、空気の流れをみてくるよ」
地図に描かれた坑道であることを確認したトムは、松明をかざしながら奥へ進んだ。
こういった鉱山や洞窟は奥へ行くほど空気が沈滞していることが多い。そのため、何も知らずに進むと気がついたら酸欠になっている場合があるのだ。そういったことを防ぐために、ボブとトムはランタンではなく松明を掲げていたのだ。これなら、酸素が薄くなってくると火勢が弱くなるという形ですぐにわかるという仕組みである。
「トムぅ、どうだぁ?」
「問題ない!行けるぞ!」
ボブの呼びかけにトムが応じた。
「ジム、行けるだよ」
「うん、聞いてた。それじゃ行こう」
空気が薄くて先に進めない可能性を心配していた2人だったが、今まで通り進めることがわかって安堵の表情を浮かべた。
「うわ、さすがに狭いだな」
3人の中で一番大きいボブが顔をしかめた。人1人が通れるだけの大きさはあったものの、高さはボブの頭の先より少し高いだけなのだ。
「頭ぶつけそうだ」
「気をつけろよ」
先頭をボブに譲ったトムは、すれ違いざまに気遣った。それにボブは笑顔で応える。
「よし、それじゃ進もうぜ!」
トムが2人に声をかけた。