宝の地図
ボブ、ジム、トムの3人が冒険者になってから1年が経過した。相変わらず依頼の達成率は低いものの、何とか廃業せずにすむ程度には仕事をこなせている。同じ時期に冒険者となった者達の中には、向いていないと判断して冒険者をやめたり、あるいは戦闘や事故で死亡したりしていることを考えると、底辺なりに頑張っているといえるだろう。
そうやって下を見て自分達を慰めている3人であったが、ふと上を見ればいくらでもいる。特に自分達と同じ駆け出しの冒険者の成功した話というのは、内心無視しきれるものではない。同じギルドの出身者の集まりに顔を出したときなどは、大抵その話で持ちきりとなる。
3人はつい最近にそのような会合があったので参加してきたばかりだ。酒宴の後半は仲の良い者や似たもの同士で集まってそんな話をするので、翌日はその話を酒の肴にすることが3人の恒例となっていた。
「おらと一緒に訓練を受けてたやつにテッドっていうのがいるんだが、先輩のいるパーティに入れてもらって、あちこちの遺跡でモンスターをやっつけてるって言ってただなぁ」
「例えばどんなモンスターだい?」
「えーとだな、確か、サラマンダーやゴーストをやっつけたって言ってただ」
「へぇ、いいなぁ!」
「1年間でそんな奴を相手にできるほど強くなれるのか?」
「テッドは一番すごかったからなぁ。けど、何度も死にそうになったとは言ってただよ。あ、それと、魔法のかかった武器は先輩に借金をして買ったって言ってただな」
ボブの話によると、その先輩のパーティは結構無茶をするところらしく、テッドの技量を割と無視して連れ回しているらしい。
「そういえば、僕の知り合いもモンスター狩りで死にそうになったって言ってたなぁ。だけど、やっつけたモンスターが集めてた物の中に宝石があったって言ってたっけ」
「持ち主には返さなくてよかったのか?」
「結局、出所がわからなかったから皆で分けたそうだよ。結構な臨時収入になったらしい」
「おお、一攫千金じゃねぇだか!」
自分が望んでいるような展開の話を聞いてボブが興奮した。酒にあまり強くないため、少量で酔っ払ってしまっているというのもある。
「僕達そういうのに縁がないもんね……で、トムは何か面白い話はあったかい?」
「そうだなぁ。トーマスっていう友達がいるんだが、ギルドを出たら一緒に冒険しようと約束してた別ギルド出身の仲間とパーティを組んでるって言ってたな」
「それで?」
「ちょっと前に、別の街で殺人事件に巻き込まれて大変な目に遭ったそうだ。一時は犯人と間違えられたけど、何とかパーティだけで解決したらしい」
「おお、それはすごいだなぁ」
トムは、自分よりもずっと頭が良くて機転の利くトーマスの顔を思い浮かべた。訓練中に何度も助けてもらったことを思い出す。
「やっぱりこういう話を聞くと、僕達ももっとすごい冒険をするべきだと思うよね!」
「まぁ確かになぁ」
普段ならもっと地に足の着いた依頼をこなすべきだと諭すトムであったが、知り合いの活躍を聞いた後だけにジムの主張に同調した。やはりトムも大冒険はしたいのだ。
「なんかいい話はないだかなぁ」
ジョッキを呷った後にボブは呟いた。
「ねぇ、みんな。いい話があるんだけど」
数日後、いつも利用している宿屋直下の酒場で夕食を取り始めた3人の会話は、ジムから始まった。
「「いい話?」」
「うん。見た瞬間『これだ!』って思ったね」
そう言って取り出したのは1枚の地図だった。どこかの洞窟について描いてある。黒いインクを使って乱雑に描いてあるため読み取りにくい。
「なんだこれ?」
「宝の地図さ!」
「「宝の地図ぅ?」」
またしてもボブとトムの声が重なる。
「それ、どこから手に入れたんだよ?」
「へへ、ちょっと知り合いに譲ってもらったのさ」
「それはすごいだね!」
ボブとトムは正反対の反応を示した。単純に感心しているボブに対して、トムは疑いの視線を投げかけている。
「知り合いって、魔法使いのか?」
「ああ。正確には、その魔法使いが参加しているパーティのリーダーだけどね」
ジムは胸を反らせて上機嫌に話した。たまたま冒険者ギルド近くでばったりと出くわし、雑談をしていたときに宝探しの話になったのだ。ジムが羨ましそうにしているのを見かねたそのパーティのリーダーは、それならとこの地図をくれたのだった。
「へぇ、随分と優しい奴なんだな」
「世の中捨てたもんじゃないだな!」
ジムへの皮肉を真っ正面から受け止めたボブを、トムはジト目で見た。
「ちょっと前に知り合ったんだ。たまに騙されるほど人がいいリーダーなんだよね」
「それは褒め言葉になってないぞ、ジム」
思わず脱力したトムが指摘した。
「でも、そうなるとこの地図は信用できるだね?」
「う~ん、まぁ少なくとも、ジムを騙そうとしているわけじゃなさそうだな」
トムとて興味がないわけではない。騙された可能性が低いのならば、一考する余地があるように思えた。
「おら、こういう話は大好きだなぁ」
「で、この洞窟はどこにあるんだ?」
「わからない。そのリーダーも知らないって言ってたから、これから探さなきゃ」
さも当然のようにジムは言ってのけた。これでは地図の信憑性がないも同然だったのでトムが驚く。
「おい、待てよ。思いっきり怪しいぞ、その地図」
「何言ってるんだよ。怪しくない宝の地図なんてあるのかい?」
確かにその通りと一瞬言葉に詰まったトムだったが、すぐに立ち直って反論しようとする。
「いや、だからそういうことじゃなくてだな……」
「それなら、その地図が怪しいかどうか調べたらいいだよ」
本日2度目の横やりを入れられたトムはボブの顔を見た。
「……まぁ、確かにそうなんだが」
「生活に余裕がないことくらいは僕もわかってる。だから、他の依頼の合間に調べて、行けそうだと思えたら探索すればいいじゃないか」
「おらもそう思う」
何が何でも今すぐに行こうと主張していた1年前よりはかなり落ち着いたジムの意見に、トムは反論しにくかった。更に、ボブも賛成していて余計に反対しにくい。
「まぁ、俺だって行きたくないわけじゃないしな」
「へへ、なら決まりだね」
ジムは得意そうに胸を張った。
それからしばらくは、生活費を稼ぐために3人はいくつかの依頼をこなした。成功したり失敗したりと相変わらず安定はしなかったが、一応収支は黒字なのでお宝探索の資金は何とか貯まってきている。
そしてその合間を縫って、ジムとトムは地図について色々と調べていた。ジムは図書館でそれらしい書物を読み漁り、トムは盗賊ギルドの無料で読める資料から手を付けた。ちなみに、ボブは調べ物が苦手なので、その間は臨時の日雇い作業で生活費を稼いでいた。
地図を譲ってもらってから1ヵ月が経過した。手分けして調査した成果を3人で話し合うということを何度か繰り返した結果、おおよその見当を付けることができた。
「ブラウン男爵の鉱山跡、だか?」
てっきりモンスターの住み着いた洞窟だとばっかり思っていたボブは、人の所有物だとわかって面食らった。所有者がいるのなら探索するのに許可がいる。
「ああ、ここに金鉱脈があるという山師の話を信じた男爵が、60年ほど前にこの辺り一帯を自領として鉱山開発をしたんだ。けど、全財産を突っ込んだこの事業は失敗して男爵は破産している」
この話を突き止めたのはトムだった。山関連の言葉を足がかりに洞窟や鉱山についての資料を調べていて発見したのである。盗賊ギルドが日々記録している事件や事故の資料から見つけたのだ。地図の端に書いてあった『B男爵』というのが決め手だった。
「で、最初はゴブリンなんかのモンスターが住み着いては冒険者に討伐されるというのを繰り返してたんだけど、そのうち盗賊が根城にしては近くの騎士団の討伐を受けるようにもなったんだよね」
ブラウン男爵の鉱山跡ということがわかってから、ジムはその鉱山跡に関する記録があるか冒険者ギルドの記録を調べていった。すると、何度かモンスターや盗賊の討伐依頼が出されていることがわかる。
「けど、それだと討伐されておしまいだ。中は空っぽだと思うだが?」
「これだけだとね。けど、この鉱山跡には1つ噂があるんだ」
「うわさ?」
「そうなんだ。それはね、実はこの鉱山はもう少し掘ったら金脈にぶつかるって話なんだよ。で、実際にそれを試して金を手に入れた山師がいたらしいんだけど、盗賊に知られて奪われた上に殺されたそうなんだ」
「ダメじゃねぇだか」
「で、その盗賊も騎士団に討伐されたんだけど、その金塊は鉱山跡のどこかに隠されたままらしいんだよね」
「その話は盗賊ギルドでも確認してる。盗賊団が騎士団に討伐されたのが7年前の話だそうだ。そして、金塊が出てきたという話は未だにない」
「つまり、まだ鉱山跡にあるだか?!」
「可能性はゼロじゃないよね」
掘り出し物の案件になりつつあると思ったジムは、得意そうにボブへ言葉を返した。
「けど、それじゃこの地図は誰が描いただ?」
「うーん、それは調べきれてないんだよなぁ」
「似たような地図が冒険者ギルドにあったからこれだとわかったんだけど、この地図そのものについてはわからないままなんだよね」
冒険者は依頼を達成したときにそれをギルドへ報告することになっているが、そのときの資料に該当地の地図が含まれることがある。これは、どこかで入手したものだったり、依頼を引き受けた冒険者が描いたりと様々だ。ジムの言う似たような地図とは、これを指している。
「これが調べた結果だ。あとは行くかどうかなんだが……」
トムはそこで言葉を句切って2人を見た。
「怪しいと言えば怪しいけど、こういうのって、情報が確定した時点で手遅れになるんだよね」
一番確実なのはそこに何かが確実にあるという証拠を掴むことだが、そんな決定的なものを掴んだ時点で掴んだ人物が最初に調べているだろうということだ。つまり、ジムは動くなら今だと言っている。
「おらも行ってみたいだな!」
「2人とも言うと思ったよ」
トムは苦笑しながら2人を見た。
こうして3人は、ブラウン男爵の鉱山跡に向かうことになった。