最後まで丁寧に
村へ帰ると、まず村長に事の次第を伝えた。村を代表しての依頼人でもあったので報告の義務があったからだ。
「ああ、それは残念でしたね。まさか見つからないとは」
村長は残念そうな表情を浮かべる。
3人は少し驚いた。一般的にこういったときは罵声を浴びせたり不満を言ったりするものなのに、この村長はそういったことがなかったからだ。余程人ができているんだろうなと推測する。
「何の形跡もありませんでしたから、ひょっとしたらどこかに行ったのかもしれません。ともかく、山の方は一旦後回しにして、今度は森の方を調べたいんですが」
「わかりました。ちょうど狩人も帰ってきてますから、明日にでもご案内しましょう」
一言の不満すら言わなかった村長の態度に、3人は逆に恐縮した。
村へ帰ったその日は、この報告の後に山岳用の装備を返して納屋を改造した部屋に戻った。
翌朝、3人は村長に案内されて狩人の家に赴いた。こちらの家は村の外れ、森との境目近くにある。こちらも羊飼いの家同様村長の自宅から約20分くらいの距離だ。
扉越しに呼びかけてしばらく待つと、中から精悍な顔つきをした中年の男が姿を現した。服の上からではよくわからないが、贅肉とは縁のなさそうな体つきをしているように見える。
「こちらは、ゴブリンを退治しに来てもらった冒険者のトム、ジム、ボブの3人だ」
「トムです。よろしく」
代表してトムが狩人に挨拶をした。それに対して狩人も無骨ながら挨拶を返す。
「それじゃ早速ですけど、ゴブリンに襲われたときのことを教えてください」
「あれは……そうだな、2ヵ月くらい前の話だ。いつものように森の中で狩りをしてたら、ゴブリンが棒きれを振り回しながらこっちに向かってきたんだ。1匹だけだったんで持ってた弓で矢を撃ったら、驚いて逃げていったが」
「1匹だけ?他にはいなかったんですか?」
「ああ。あれから姿も見てないし、恐らくはぐれゴブリンだったんだろう」
この大陸のゴブリンは基本的に群れて行動するため、単体で行動するということは珍しい。もし単体で行動しているとすれば、巣穴を襲撃されて離散したゴブリンであることが多いのだ。
「ということは、今のところ森に危険なことはないということですか?」
「そうだ。まぁ、念のため調べてくれると嬉しいが……」
狩人の話を聞いている限りでは、森の方にゴブリンはいなさそうだ。ただ、何もしないで放っておくというのも気が引ける。トムは顔をしかめた。
「一応調べたらどうだろう。何もしないっていうのも気が引けるしね」
「そうだな。いないってわかったら、また山の方を調べたらいいだよ」
ジムとボブが、どうするべきか悩んでいるトムに声をかけた。山での捜索で空振りだったのが負い目になっているということもあって、2人も何かしたいという気になっているのだ。
「そうだな。2,3日森の中を見回ってみるか」
初めてのゴブリン退治のことが脳裏をよぎったが無視をして、トムは少し大きめの声で皆に宣言をした。すると、他の2人も賛意を示す。
それを村長は満足そうに、狩人は複雑な表情をしながら見つめた。
話を聞いた後、3人は村長宅へ戻って出発の準備をした。ほとんどなくなっていた保存食を村長から購入して準備を整える。そして、すぐに森へ入った。
狩人に教えてもらった森の目印を頼りに、3人はゴブリンの足跡がないか探索して回る。前回ほどではないものの、道に迷いながら森の中をさまよった。
しかし、山の調査のときと同様に何の手がかりも見つけられなかった。救いがあるとすれば、元々何もないと予想していたので落胆せずにすんだということくらいだ。
「うーん、まずいな」
トムは内心頭を抱えた。こうなると、再度渓谷を捜査しないといけないが、手がかりを発見できる気がしないのだ。
次第に焦りを強く感じるようになってきた3人が村に帰ってくると、ゴブリンがまた羊を奪っていったと村長が血相を変えて訴えた。
「え、いつです?!」
「昨日です!ああ、皆さんを森へ送り出したのは間違いでしたね……」
村長は悔しそうに顔をしかめた。どうも1日違いですれ違ったらしい。
しかし、悔しい思いをしているのは3人も同じだった。今まで何の成果もなかっただけに、直接村で撃退できれば大きな成果になったからだ。
「俺たちが村に到着する約2週間前に最後の襲撃があって、そのあと往復1週間かけて渓谷を探索した。そして、今の森の探索で3日かけたから、大体1ヵ月になるのか!」
トムの呟きを聞いて全員が弾かれたかのように顔を上げた。確かに、以前羊飼いが1ヵ月ごとに羊を奪われると言っていたことを思い出したのだ。
「しまったな。ゴブリンの巣を見つけることばかりに気を取られていて、襲撃してくることを忘れてたよ」
「そうだな。すっかり忘れてただ」
ジムとボブも視野狭窄になっていたことを恥じる。
「皆さん、悔やんでいても仕方ありません。これから討伐することを相談しましょう」
村長の励ましに少し気を取り直した3人は、羊飼いに再度事情を聞くことにした。
「あー、うん。確かに昨日羊を取られたよ」
いささかしょげかえった様子で羊飼いはしゃべった。
昨日の今日なので遠出をしていなかった羊飼いは、家の近くの牧草地で羊を放牧している。3人は放牧中の羊飼いに事情を聞いていた。
「で、今度は何匹のゴブリンが、どこから現れてどこへ去っていったんだ?」
「えーっと、今回も5匹くらいだったと思う。あっちの方からやってきて同じとこへ帰っていったよ」
羊飼いが言うには、今回は前回より山腹の場所を指差した。
「もっと山の手か……」
「引っ越しでもしただか?」
「巣穴の移動かい?確かにあるかもしれないね!」
何らかの理由で今まで使っていた巣穴が使えなくなったとすると、もちろん別の場所に新たな巣穴を作ることになる。もしかすると、そのために前回は巣を見つけられなかったのではと3人は考えた。ただ、それなら元の巣穴に何らかの生活の跡を発見できてもよさそうなのだが、3人ともそこまでは思い至っていない。
「よし、それなら今日すぐに準備して明日出発しようか!」
捜査の展望に希望が持てた3人はすぐに村長宅へ戻り、山岳捜査の準備に取り掛かった。以前と同様に装備一式を借りたり、保存食を買ったりしたのだ。
今度こそ巣穴を見つけるべく、3人は意気高く山を登った。
2度目の山岳捜査を始めて5日が経過した。
前回の空振りを教訓に、3人は捜査漏れがないよう丹念に探索していく。より標高が高く切り立った崖も多いことから、移動できる場所はかなり制限されていた。しかしそれは、ゴブリンの巣穴がある場所も限られるということでもある。そのため、3人は入れる場所はどこにでも入っていった。
今日の探索を打ち切った3人は、岩場の影に寄り添って風をしのいでいた。本当なら火も熾したいのだが、薪がないため不可能だった。
「おっかしいなぁ。なんで見つからないんだろう……」
探索疲れで憔悴しえいるジムが呟いた。今度こそ巣穴が見つかると思っていただけに、その気配すらなくて途方に暮れている。
「ほんとにゴブリンがいるだか怪しいだなぁ」
ため息と共に吐き出されたボブの独り言は、他の2人の疑念でもあった。これだけ探しても見つからないということは、ここにも巣穴はないということになる。しかしそうなると、羊を奪っていったゴブリンはどこに去ったというのだろうか。
「なぁ、ジム。放浪の民みたいにさまようゴブリンなんているのか?」
「いや、聞いたことないね。どこかの巣穴を追われて、次の巣穴を見つけるまでなら可能性はあるけど」
ゴブリンはあくまでも定住型のモンスターである。しかしそうなると、ますますわからない。
「なぁ、2人とも。ゴブリンの巣穴を見つけるのも大切だけど、おら、そろそろ路銀が心配になってきただよ」
荷物の中から路銀の入った袋を取りだして中身を確認していたボブが、不安そうに2人を見た。
駆け出しの冒険者で引き受けた依頼の成功率も高くない3人は、元々蓄えが少ない。そこへ今回の出費が重なったせいでかなり苦しいのだ。確かに今回の依頼を成功させたら一息付けるが、現状ではゴブリンを見つけることすらできていない。このままでは依頼を全うできずに無報酬で帰ることになる。ここから地方都市へ帰るまでの路銀と次の仕事が見つかるまでの生活費、それに次の仕事先までの路銀のことを考えると、もうほとんど余裕はない。次に村へ帰ったらどうするのかを考えておく必要があった。
「くそっ!こんなはずじゃなかったんだけどなぁ」
悪態をついたトムは、大きなため息と共に項垂れた。
その後数日をかけて村へ戻ってきた。今回の探索も前回同様に成果なしである。そしてそれを村長に報告しなければならない。
「村長。今回の探索なんですが……」
「その様子ですと、ダメだったようですね」
3人の雰囲気から察した村長が、言いにくそうにしていたトムの後を受けてしゃべる。今回はさすがにため息くらいは出た。
「いや、本当に申し訳ないです」
「見つからないものは仕方ありませんね。それで、次はどうされるんでしょうか?」
「それなんですが……」
一旦言葉を句切って、トムは改めて話す。
「今回は、ここまでにしたいと思います」
「どういうことですか?」
「実は、私たち3人とも路銀の手持ちが少なくて、これ以上捜査を続けられないんです」
それを聞いた村長は何も言えずに黙る。
「本当はもっと捜査を続けたいんですが、このままですと私たちの生活もままならいんで、引き上げさせてもらいたいんです」
結局3人は正直に捜査を続けられない理由を話すことにした。情けない理由ではあったが、このまま捜査をしてもゴブリンを見つける自信がなかったので、本当のことを話して終わりにしようと思ったのである。
「まぁ、そういう理由でしたら仕方ありませんね」
肩を落とした村長ではあったが、3人を責めはしなかった。
「本当に申し訳ない」
「いえいえ、ご苦労様です。それで、お帰りはいつですか?」
「明日の朝にします。ですからもう一晩泊めてください」
「もちろんです。ごゆっくりどうぞ」
穏やかな表情で村長はトム達3人に応じた。
翌朝、ボブ、ジム、トムは朝食を取った後、眩しい朝日とは反対に暗い表情を浮かべて村を去った。ゴブリン退治のリベンジをするべく乗り込んできた3人であったが、残念ながらそれは果たせなかったのである。
一方、村長は3人とは逆に非常に晴れ晴れとした笑顔だった。ゴブリン退治の件がなければ、3人の門出を祝っているかのようである。村長はそんな表情でいつまでも見送っていた。
「村長、こんなところにいたのか。何をしてるんだ?」
村長を探していたらしい狩人が、干し肉の塊を担いでやってきた。村長は笑顔のまま振り返って答える。
「ああ、あの冒険者どもを見送っていたところだよ」
「……帰ったのか」
狩人は村から外界へ伸びている道の先を眺める。その先には豆粒くらいになった3人の姿があった。
「今回もぎりぎりまで搾り取ってやったよ。奴ら、生活費にも事欠きそうだと泣き言を言ってたんだ。まったく、愉快だねぇ」
そういうと村長は大笑いした。
それに対して狩人は顔をしかめる。なぜなら、今回のゴブリン襲撃の話は嘘だということを知っていたからだ。
村長は、嘘の依頼を冒険者ギルドに出していたのである。
「村長、いくら以前酷い目に遭わされたからって、他の冒険者にあんな……」
「何を言うか。どうせ冒険者なんてのは食い詰めたごろつきの集まりなんだ。こうやって世間の厳しさを教えてやらんと、俺たちのような真っ当な人間が苦労するばかりだ!」
力を込めて話す村長を前に狩人は押し黙った。
数年前、ゴブリン退治にやってきた冒険者が、羊飼いの証言を元にいくら山中を探しても巣穴が見つからなかったので羊飼いを調べたところ、虚言癖があることがわかったのだ。当時は村長もゴブリンの襲撃が羊飼いの嘘だとは知らなかったのだが、収まりのつかないそのときの冒険者達が羊飼いと村長をかなり殴ったのだった。
このとき以来、村長は冒険者嫌いとなり、虚言癖の治らなかった羊飼いを利用して冒険者を騙し、その路銀を巻き上げるようになったのだ。しかし、ばれるとまずいので、年に1度か2度だけしかしないし、本物の襲撃と混ぜてやっている。本当の襲撃は森か畑の向こうの平地からしか来ない。
ちなみに、狩人がゴブリンに遭遇したという話は本物だ。直前に冒険者が依頼したゴブリン退治を果たしたらしく、その生き残りに遭遇したのではというのが狩人と村長の結論だった。
「まぁ、連中のことなどどうでもいい。それで、何の用なんだ?」
「……ああ、干し肉ができたんで、買い取ってほしい」
「おお、そうかそうか!わかった。それじゃ家にいこう」
そういうと村長はくるりと背を向けて自宅へ向かって歩き出した。それに続いて狩人も歩き始める。
しかし、ふと足を止めて振り返り、外界へ通じる道の先を見つめる。そこにはもう冒険者達の姿はなかった。