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冒険者に失敗はつきものです。  作者: 佐々木尽左
Level2 狼少年の使い方
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証言の真偽

 村に到着した翌日、3人は朝食を取った後に村長の案内で羊飼いの家に向かった。山腹の牧草地で羊の放牧をしているため、その家は山の麓にある村から更に上へ登らないといけない。

 たっぷり20分は山を登ったところに目指す家はあった。山頂からの吹き下ろしの風を避けるために家は岩陰に作られている。見た目は粗末であったが充分に手入れされていた。

 家の前に着くと3人は一旦そこで立ち止まり、村長が扉の前まで進んで羊飼いを呼んだ。2度目の呼び声で中から人が出てくる。

 「あ、村長さん。おはよう!」

 出てきたのは、見た目はまだ十代の少年だった。3人と同じか少し年下のように見える。暮らしぶりは貧しいらしく、衣服は薄汚れたものを身につけていた。一見すると苦労していそうに思えるのだが、そう感じさせないのは明るい性格のおかげなのだろう。

 「ああ、おはよう。今朝はゴブリン退治をしてくれる冒険者を連れてきたんだ。それで、襲撃されたときのことを聞きに来たんだよ」

 「この人達が冒険者?いいよ、何でも聞いて!」

 簡単な挨拶を交わした後、早速トムは聞きたいことを尋ねた。

 「最後に襲撃されたのはいつ?」

 「え~と、2週間くらい前かなぁ」

 「ゴブリンは何匹くらいだった?」

 「え~と、4匹か5匹……いや、6匹だったかな?」

 「狙われたのは何?」

 「羊だよ。1ヵ月ごとに1頭ずつ取られていくんだ」

 ここだけ羊飼いの声が小さくなる。やはり大切な財産を取られるのは辛いのだろう。

 いくつもの質問をして他にわかったことといえば、ゴブリンは3,4匹で羊飼いと牧羊犬を牽制している間に、残りが適当な1頭を見繕って奪ってゆくというものだった。しかも驚いたことに、羊を殺して引きずりながら奪い取ってゆくと思いきや、1頭の羊を自分達の都合のよい方向に追い立てながら去って行くらしい。

 「ゴブリンが羊を追い立てるなんてできるだか?」

 「知らないよそんなの。羊なんて飼ったことないし」

 トムの後ろで話を聞いていたジムは、ボブに質問されて戸惑っていた。

 「それで、ゴブリンはどこからやって来て、どこへ去って行ったのかわかる?」

 「渓谷の奥の方から来て、去って行くのを見たよ」

 そう言いながら羊飼いは牧草地の奥を指差した。ここから牧草地を抜けて更に奥となると完全に山中だ。少なくとも生き物が住むのに適しているようには見えない。

 「これだけ見晴らしが良かったら、ゴブリンを見かけた時点で羊を逃がせないのかい?」

 「羊は何十頭っているから、そう簡単には動かせないよ。それに、この家の近くにもやってくるから、逃げる場所なんてないし」

 「村の人と協力をして追い払うってのはできないだか?」

 「う~ん、いつ来るか決まってたらできるかもしれないけど、わかんないしね。みんなだって自分の仕事があるんだから、ずっと頼むことなんてできないよ」

 ジムとボブが思いついた質問を横合いから投げかけたが、どうも被害を回避するための対策は立てづらいようだ。

 「……結局は退治するしかないんだよな」

 今までの話を聞いていたトムは、顔をしかめながら呟いた。

 「皆さん、何とかなりそうでしょうか?」

 横でやり取りを見ていた村長は3人に心配そうな顔を向ける。今はまだ羊だけで済んでいるが、他にも被害が及ぶかもしれないとなるとその不安も納得できた。

 「ええ、まぁ何とか……」

 「大丈夫です。必ず僕達が退治して見せますよ!」

 トムが答えようとしたときに、ジムが横合いから胸を張って返答した。ジムはこうやって頼られるのが好きらしく、後先考えずに引き受けることが多かった。今回はどのみち引き受けるので影響はないが、たまに無茶な難問を引き受けるからたまらない。

 「ともかく、とりあえず必要なことは聞けたので、これから調査します」

 引きつった笑顔を浮かべながら、トムが話の最後をまとめた。


 羊飼いへの聞き込みが終わると、3人はまずゴブリンが去って行ったという牧草地の奥へ行くことにした。

 その場で村長と別れると、放牧するために羊の群れを移動させる羊飼いと共に渓谷沿いに山麓を移動していった。まるで雲のような羊の群れを、牧羊犬が忙しそうに駆け回って追い立てていく。その後ろから羊飼い、そして3人が続いた。

 しかし、村長宅から羊飼いの家までもそうだったが、長時間歩くとこの斜面が地味に体力を奪ってゆくので厄介だ。羊飼いは慣れているため何ともなさそうだったが、鎧を着込んでいるボブや体力のないジムには特に辛そうだった。それに、3人の予想以上に広い牧草地が追い打ちをかける。ゴブリンの去って行った付近へ行くのに、まさか1時間以上も歩くとは思っていなかったのだ。

 「ここだよ!この先からゴブリンはやってきて羊を持って行くんだ」

 羊飼いの指差した先を3人は完全にばてた表情で見た。結局1度も休まずに歩いたのだ。

 「この先か……」

 3人の中で一番余裕のあるトムが呟いた。その先は草の色が減り始め、すぐに岩ばかりとなっている。

 「もし村に帰るんだったら、早めに帰った方がいいよ。暗くなったら山は危険だからね。それと、山の天気は変わりやすいから気をつけて!」

 「わかっただ」

 羊飼いに最も近かったボブが返事をした。他の2人もうなずく。

 今日の牧草地はもう少し先の山腹だからと言い残して、羊飼いは3人と別れて羊の群れについて行った。


 「さて、とりあえずは目的地に着いたわけだが……」

 「まずは一休みしよう。僕はもう足がパンパンだよ」

 本当に辛そうにジムが提案した。こんな泣き言を言うのは初めてのゴブリン退治以来だ。あのとき森の中で迷ったこともトムとボブは同時に思い出す。

 「そうしよう。おらも一休みしてぇ」

 「わかった。俺も疲れてるしな」

 3人は岩場まで移動して適当に腰を下ろす。風が多少きついが、火照った体にはちょうど良かった。

 そこから更に奥の渓谷を眺めてみたが、別段変わったところはない。というより、ここから更に歩いて行かないといけないわけだ。見える範囲では行けそうに思えるのだが、どう見ても今まで以上に辛そうである。

 「ゴブリンの巣ってどのくらい先にあるのかなぁ」

 「さぁな。けど、ここなら1日かそこらだろう」

 ジムの疑問に対してトムが答えた。

 ゴブリンからすると、巣の安全のためには人里はできるだけ遠い方が良い。しかし、襲撃するとなると当然近い方が良い。その兼ね合いから、大体は村落から2,3日のところに巣を構えることが一般的だ。しかし、トムの予想はそれよりも更に短い。

 「どうしてわかるだ?」

 「あの羊飼いが奪った羊を追い立てながら巣へ帰っていくって言ってただろ?羊を追い立てながらこの岩場を何日も歩けないだろう」

 「確かにそうだね」

 トムの推測にジムもうなずいた。確かに、こんな岩場を何日も歩くのはゴブリンも辛いはずだ。

 「けど、何か変だとおらは思うんだが……」

 「何が?」

 珍しく思案顔のボブにジムが尋ねる。

 「ゴブリンは毎月1回羊を奪っていくって話だけど、羊1匹で1ヵ月も食っていけるだか?何か他にも食いもんがあるだかなぁ?」

 予想外の質問にトムとジムは固まった。近くに森があるなら木の実などを拾って食い繋ぐこともできようが、こんな山腹には良くて雑草しか生えていない。ゴブリンが草を食べて飢えをしのげるというのならば話は別だが、そんなことは聞いたこともなかった。

 「ジム、どう思う?」

 「どうって、調べてみないとわからないよ……」

 ジムの言葉は尻切れトンボとなった。倒すべき敵が目の前にいるということしか考えていなかったジムは、そんな些細なことまで気が回らなかったのだ。

 「とにかく、もう少し先まで行って様子を見てこよう。今のままじゃ何もわからない」

 トムはそう言うと立ち上がった。他の2人もそれに倣う。

 そうして3人は更に奥へと入っていった。


 この日は一旦村に帰るつもりだった3人は、羊飼いの忠告通り調査を早めに切り上げた。そのためあまり深入りはできなかったが、軽く調べた範囲では渓谷沿いに岩場がずっと続いていそうだということがわかった。しかし、ゴブリンの痕跡は何も見つけられなかったので、更に奥へ行く必要があると3人は判断した。

 しかしそうなると、山岳用の旅装を整える必要がある。3人の旅装は街道を旅するものなので、不足している分を融通できないか村長に相談した。

 「そういうことでしたらご心配なく。こちらでご用意していますよ」

 にこやかに村長は請け負うと、干し肉などの保存食や防寒マント、それに杖など必要な道具を一式用意してくれた。

 「随分準備がいいですね」

 「ええ、以前にも言いましたが、たまにゴブリンを退治しに来てくれる冒険者のために備えてるんですよ」

 しかし、やはりこちらも料金を必要とした。保存食のような消耗品は1ついくらで購入し、防寒マントや杖などは1週間いくらで借りるという塩梅だ。ジムの顔が引きつり、ボブは感心しているような呆れているような顔で呆然としていたが、背に腹はかえられなかった。

 「さて、これで準備はできたわけだ」

 夕食を食べ終わったトムは、ベッドに寝転びながら呟いた。

 山岳用の装備を借りるのに馬鹿にならない賃貸料を支払うことになったが、法外な値段でもなかったので我慢した。今回はいつもに比べて出費が多い。

 「明日から山登りかぁ。きつそうだよねぇ」

 「そうだな。おらは鎧があるから重くてかなわねぇだよ」

 「更に借りた荷物も背負わないといけないしね。今回は特に大変だよ」

 経路は渓谷に沿って山麓を歩くというものだが、場所が傾いている上に緩やかに上り下りすることになりそうなので、3人にとってはかなり辛い移動となりそうなのだ。特に体力のないジムは泣きそうである。

 「さっさと終わらせて、森の方に取り掛かろうぜ」

 見かねたトムがジムを慰める。

 狩人に会う都合がつかないため、森の方は後回しとなっていた。定期的に襲われる山の方を先に片付けてから、森の中を探索するつもりである。

 「さて、それじゃさっさと寝るだか」

 食事が終わり、やることのなくなったボブが机に食器を置くと、自分のベッドで横になった。それに続いてトムも横になる。

 「うわ、みんな早いじゃないか」

 まだ食べ終わっていなかったジムは、多少急いで食事を進めた。


 翌朝、3人は完全装備で牧草地の奥にあるというゴブリンの巣を探すために村を出た。

 昨日羊飼いについて行ったときにわかったことが、山腹を歩くのは平地を歩くよりもかなり苦しいという事実だった。そこで、3人はかなりゆっくりと歩くことにした。ばてないようにするわけだ。

 「確かに辛いけど、これなら何とかついて行けるよ」

 早速最大限に杖をつきながらジムは呟く。顔は引きつっていたが、一応2人に遅れることなく歩いていた。

 村を出発した初日は、渓谷の奥へ進むことに専念した。途中にゴブリンの巣があるという可能性はもちろんあるのだが、それは低いと判断したからである。

 そして2日目からは、本格的に周囲を探索しながら進むことになった。今まで以上に歩みが遅くなってしまうが、ここから先にゴブリンの巣があると予想していたので、巣穴を見逃す方が問題だからである。

 「さてと、ここからが勝負だな」

 「うう、意外と冷えるね」

 やる気充分のボブに対して、ジムは予想以上の冷え込みに震えていた。山中で野宿というのは初めての体験だったので、朝晩の冷え込みについて知らなかったのである。

 愚痴っていても始まらないので3人はすぐに行動した。切り立った崖の麓に巣穴がないか、あるいは丘の向こうに巣はないか丹念に見てゆく。山地は移動場所が限られているので、体力と相談しながら思いつくところはできるだけ調べていった。

 「それにしても、何を好きこのんでこんな辺鄙なところに巣なんて作ってるんだか」

 「ゴブリンの考えることなんて、おら達にはわかんねぇだよ」

 たまに話をすることで気を紛らわせながら根気よく見てゆく。

 しかし、2日目は何も見つけられなかった。徒労に終わったので3人は肩を落としたが、翌日も調査しつつ渓谷の奥に進んでいった。

 「おかしい。何の痕跡もないぞ」

 3日目の夜、焚き火に当たりながらトムは首を捻った。この日も結局何も見つけられなかったのだ。

 「どっか見落としてただか?」

 「それはないと思うよ。そもそも洞窟や住めそうな場所が見つからなかったんだもん」

 固いパンを噛みながらジムがボブに力なく言葉を返した。森と違って巣の作れる場所は限られているため、見逃した可能性は低いということである。

 「なぁ、これからどうするだ?」

 「う~ん……あと1日だけ、奥を探してみようか。ジム、どうだろう?」

 「そうだね。普通なら2,3日離れた先に見つかることが多いから、あと1日、ざっと調べてみようか」

 手ぶらでは帰りたくない3人は、もう1日だけ探索することにした。

 しかしこうなってくると、以前ボブが言った言葉が気になってくる。羊1匹で1ヵ月も食べていけるのかという疑問だ。今まで調べた範囲では、食べられるような物はなかった。ゴブリンはどうやって生活しているのだろうか。

 そんな疑念を抱きながら4日目も渓谷を探索したのだが、やはり何の手がかりも見つけられなかった。今までと違ってあまりに手応えがなさ過ぎて、皆が焦燥と疑念にとらわれ始める。

 結局、3人は成果を上げられないまま村へ帰ることになった。

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