好意的な態度
冒険者として初めての仕事に失敗したボブ、ジム、トムの3人は、冒険者という職業が甘くないということを思い知ることになった。
初心者でもできるはずの依頼がこなせなかったことで自信を失った3人は、まとまった数のゴブリン退治などで頭数を必要としている仕事を中心に依頼を受けるようになる。参加人数が多い分報酬額は少なくなるが、仮に自分達がうまくできなくても、他のパーティがカバーしてくれることを期待できるからだ。とりあえずは生活費を確実に稼がなくてはならなかったのである。
そうして何度も繰り返して参加することで次第に慣れてきた3人は、そろそろ自分達だけで依頼をこなせるのではと思い始めていた。何といっても一攫千金や立身出世を望んで冒険者になったのである。いつまでも人の下についているわけにはいかなかった。
1つ前の仕事が終わってから数日後、戦いで受けた傷と疲労を癒やした3人は、いつものように冒険者ギルドで仕事を探そうとしていた。
「ねぇみんな、そろそろ僕達だけで依頼を引き受けないかい?」
冒険者ギルドの一室へ入る前に、ジムが他の2人に提案した。それはボブとトムも薄々思っていたことだが、何となく言えなかったことだ。
「まぁそりゃ、俺もそろそろいいかなとは思ってたけど……」
「だろ?!じゃぁさ、今回からはそうしようよ。あるべき僕達の姿に戻るんだ!」
ジムは随分と大げさに言うなぁと2人は苦笑したが、惰性で続けていることを転換するきっかけを作ってくれるところはありがたかった。
「それで、どんな仕事を引き受けるだ?」
「もちろん、僕達にふさわしい……」
「あー、手短に頼む、ジム」
しゃべり始めたところでトムが簡潔に話すよう求めた。そんな2人をジムは悲しそうに見る。
「最近、あまり話を聞いてくれなくなったよね」
抽象論やあるべき論が大好きなジムが、何かにつけてそれらを持ち出してくることを組んでから2人は知った。そのため、最近はしゃべり始めたところで強制中断することを覚えたのだ。放っておくといつまでも話し続けるからである。
「で、どんな仕事だ?」
「……もう1回ゴブリン退治の依頼を引き受けようと思ってるんだ」
いささか肩を落としつつもジムは簡潔に話す。
それを聞いた他の2人は思わず顔を見合わせた。普段なら自分達の手に負えないようなことを平気で提案するのに、今回はやけに現実的だったからだ。
「随分とまともじゃないか」
「どうした、変なもんでも拾って食っただか?」
「君じゃないんだし、拾い食いなんてしないよ!そうじゃなくて、これはリベンジなんだ!」
「「リベンジ?」」
「そう!初めてやったゴブリン退治のことを覚えてるかい?結局、失敗しただろう?だから、もう1回僕達だけでゴブリン退治を引き受けて成功させるんだ!」
力説するジムの説明を聞いてボブとトムはようやく納得した。つまるところ、ゴブリンにやられっぱなしというのが我慢ならないらしい。
「ま、まぁ、ジムがそこまで言うんなら、ゴブリン退治でもいいけど、なぁ?」
「お、おう。おらは何でもいいだ」
稼ぎに見合った仕事であるのなら文句のない2人は、半ば押し切られる形でジムの提案を受け入れることにした。
どんな方針で仕事を選ぶのかということが決まった3人は、手分けしてゴブリン退治の依頼を探し回った。選ぶ仕事の傾向は初めての時以来変わっていないものの、最近は極端なものは少なくなってきている。
しばらく探してから良さそうな依頼書を持ち寄って、3人は再び集まった。
「よし、みんな集まったね。それじゃ、まずは僕のから見てもらうよ」
そういうとジムは手にしていた依頼書2枚をボブとトムに見せた。経験上、ジムが選ぶ依頼は敵が強すぎるので、2人はまず敵戦力の欄に目が行く。
「う~ん、これはまだ俺たちには早いだろう」
「おらも結構きついと思うだよ」
「えーそうかなぁ?僕達だってあれからかなり成長しているんだから、これくらいは相手にできるはずだよ」
ボブとトムが見た依頼書の敵戦力の欄には、大体ゴブリンが6~8匹程度とある。そして、未確認ながら魔法を使うゴブリンもいるらしい。
「ゴブリンの数は何とかなるけど、魔法を使えるやつがいるとなると、なぁ?」
「うん、前にそれで酷い目に遭っただろ。おら、あんなのはもう嫌だ」
以前、3人が大規模なゴブリン退治に参加したときに、たまたま魔法を使えるゴブリンと対峙したことがあった。そしてこのとき、ジムが魔法使い同士で対決したのだが、競り負けて眠らされてしまったのである。幸いなことに、危うくやられそうだったところを近くのパーティに助けられたが、それ以来、ボブとトムはジムの魔法使いとしての能力を疑問視しているのだ。
「ま、待ってよ。もうあんなことにはならないって。それに、あれっきりじゃないか!」
「けど、何となく不安なんだよなぁ」
トムの意見にボブもうなずく。まだ2人のトラウマは癒えきっていないらしい。
「じゃ、君のはどうなんだよ!」
「俺のか?これだよ」
そう言ってトムは、自分の探してきた依頼書2枚をボブとジムに見せた。3人の中で最もコストパフォーマンスの優れた依頼を探してくるだけあって、実に選びやすい内容だ。
「うーん、いつも思うんだけど、もっと冒険してもいいと思うんだけどなぁ」
「相変わらずいいの選んでくるだなぁ」
「今の俺たちには、こーゆーのが妥当なんだよ」
「まぁいいや。君が選んだ依頼書の内容はわかったよ。じゃ、最後はボブのを見てみよう」
ジムに促されたボブは恐る恐る依頼書を出す。ボブの選ぶ依頼というのは、ジムとは正反対で敵戦力は低めであるものの、同時に成功報酬も低いというものが多かった。
「あれ?割がいい……よな?」
ボブが差し出した依頼書を見て最初に反応したのはトムだった。いつも赤字になるようなものばかりを選んできたので、今回もそうだと思い込んでいたら違ったので驚く。
「これは、トムの依頼書よりも条件が良くないかい?」
「え?そうだか?」
選んできた本人が実はよくわかっていなかったので、トムとジムは思わず「おい」と突っ込みを入れた。
「ともかくだ。今回はこのボブのやつを引き受けるのが一番いいんじゃないか?」
「そうだねぇ。割の良さではこれが一番だよねぇ」
「おお、そしたら今回は、おらの持ってきたやつをやるだか!」
珍しくトム以上の依頼書を持ってきたことを喜んだボブが、本当に嬉しそうな笑顔になる。
「よし、それじゃ今回はこの依頼を引き受けよう!」
トムの発言にうなずいた3人は、そのまま受付まで行って手続を済ませた。
今回3人が引き受けた依頼元の村は、拠点としている地方都市から10日ほど離れた場所にある。前回が貧しい開拓村だったのに対して、今回は長く続いている歴史ある村だ。山の麓に中心となる村はあって、平野部に向かって畑が広がり、渓谷の奥には羊の牧草地があった。また、渓谷に向かって左側には森が山の麓に沿って広がっている。
主要な街道からは外れているので栄えているわけではなかったが、一見すると貧しそうでもない。飢饉が起きなければそれなりにやっていけそうな村だった。
「ふーん、なかなか風光明媚なところだね」
夏には貴族の避暑地になっていてもおかしくない風景をジムは楽しんでいた。別荘を持つというのもひとつの野望なのだ。
「そうだな。おらの村よりも豊かそうだ」
それに対して、トムは出身村との貧富を比べていた。これくらい豊かだったら、今頃は畑を耕していたんだろうなと思う。
行き交う村人の1人に村長宅を教えてもらって、3人は依頼人の代表者宅までやってくる。扉を叩いて出てきてもらった女に用件を伝えると、もうしばらくしたら帰ってくるので待って欲しいと返された。仕方がないので、村長宅の前で待つことになる。
「いや、もう慣れたけどね?けど、この扱いはどうにかならないのかなぁ」
何とも言えない表情でジムが呟いた。
初めてのゴブリン退治以来、何度も村からの依頼を受けていたが、概してよそ者の扱いは良くなかった。必要だからこそ呼んだので邪険にはされなかったものの、できるだけ関わりたくないという態度の村人は珍しくなかったのだ。
そのため、誰かを待つときは今回のように家の外で待たされる。知らない人を家の中へ入れるのに抵抗があるという気持ちはジムにもわかるのだが、どうにかならないものかと思ったのだ。
「今回の寝床はどこなんだろうなぁ」
「宿屋はなかっただな。なら、あの納屋じゃないだか?」
トムの独り言にボブは律儀に答えた。その指差した先には広くない納屋が母屋の隣に建っている。それを見たトムはがっくりと項垂れた。
宿屋がある村というのは基本的に街道沿いにしかない。そういったところは大抵酒場も兼用しているので、仕事の憂さ晴らしに1杯ということができる。しかし、宿屋がないとなるとありつける酒もない上に、寝床も良くて麦藁の上、悪ければ硬い土の上となることが多かった。
「結局野宿と変わんないんだよなぁ、あれ」
「屋根がついてるだけましだ」
「ボブみたいに体が丈夫じゃないんだよ、僕達は」
人足をしていたときに床で雑魚寝をしていたこともあって慣れたボブに対して、冒険者として働き出してからこういう経験をした2人の体はまだ完全に慣れていない。そのため、せめて人里にいるときはベッドで寝たいのだ。皆が野宿を避ける理由を働き出してから思い知ったジムとトムだった。
しばらく待っていると、頭が半ばほど禿げ上がった中年の男が山の手の方から降りてきた。ゆっくりと近づいてきた人物は、3人を見つけると丁寧な物腰で誰何してきたので、トムは自分達が依頼を引き受けた冒険者だと名乗る。すると、申し訳なさそうな表情をしながら村長も名乗り返した。
「いや、お待たせしました。ちょっと雑用をしていまして」
「いえ、そんなことないです。それでは早速ですが、依頼の件についてお話しさせてください」
「ゴブリンの奴らを退治してくれるって話ですよね。いいですよ」
村長の前向きな態度に内心安堵しながら、トムは必要な情報を聞き出そうとする。
この辺りの案配は、仕事を何度もこなしているうちにわかってきた。初回はよくわからないまま突撃したので痛い目に遭ったが、かつて依頼を合同で引き受けたときに、他のパーティがやっていたことを思い出しながら話を進める。
「依頼書には、ゴブリンが5匹ほどたまに襲ってくるってありますけど、どこからやってくるんでしょうか?」
「それがですね、山の奥と森の中の2ヵ所からなんですよ」
深刻そうな表情で村長は状況を説明する。
「最初はですね、村の奥にある牧草地で羊がやられたんです。追い払おうにも、羊飼い1人に対してゴブリン数匹ですからどうにもならなくて。それと、森の方なんですが、こっちは狩人が襲われたらしいんです」
「ふむ、2方向からですか。それは面倒ですね」
複数のパーティがいるなら二手に分かれるという手段もとれるが、3人だけのパーティではどちらか片方にしか対応できない。下手をすると、片方に対応している間に逆の方が襲撃されているということもありえる。
「それじゃ、ゴブリンが5匹というのは、1方向につき5匹ですか?それとも、2方向からのを合わせて5匹ですか?」
「1方向で5匹です」
「ああ、どうりで……」
トムはこの依頼の報酬が良い理由に納得した。
通常、ゴブリン5匹程度の退治を依頼する場合、その報酬額は銀貨20~40枚が相場だ。今回の報酬は銀貨80枚とあったのだが、2方向の数を合計すると10匹になるのでほぼ相場通りとなる。なので悪くはない仕事なのだが、どうせならもっと正確に書いて欲しかったとトムは思う。少なくとも、目の色を変えて引き受ける仕事ではなかった。
「それでは、その羊飼いと狩人に会わせてくれませんか。お話しを聞きたいので」
「それはもちろんですよ。羊飼いについては、明日の朝にご案内します。しかし狩人についてなんですが、今は猟に出てるんで2,3日後でいいですか?」
「そうですね。いないのでしたら仕方ありません」
トムはそれ以外にも色々と聞き出してみた結果、ゴブリンに遭遇したのは羊飼いと狩人だけで、村長以下他の村人は誰1人として見ていないということがわかった。また、羊飼いは月に1回くらい襲撃されているのに対して、狩人は2ヵ月前に1回だけということも判明する。
「なるほど、わかりました。それでは明日、羊飼いと会わせてください。それと、今日からしばらくこの村に泊まることになるんですけど、宿はありますか?」
「宿屋はないですけど、うちの家の裏手に宿泊用の部屋を用意していますよ。たまにゴブリンが出たときに、皆さんのような冒険者の方に使ってもらうために用意してあるんです。もちろん、タダというわけではないですが」
宿屋を見かけなかったことから、てっきり納屋で寝泊まりすると思っていた3人は意外な申し出に驚いた。思わずジムが食いつく。
「え、ちゃんとベッドもあるんですか?!」
「ええもちろん。手狭ですけど」
「それで、1泊いくらなんですか?」
「1人銅貨5枚です」
街道上の宿屋だと簡単な朝食付きで1泊銅貨10枚が相場だ。朝食抜きだと1泊銅貨5~8枚なので、ベッドで眠れるというのなら悪くない値段だ。
「なら食事は?」
「パンとスープで1食銅貨4枚です」
このような辺鄙な村で出されるものだから質は期待できない。そう考えると食事の値段は少し高いように思える。ただ、食糧事情が見た目ほど良くない可能性もあるので、それほどふっかけているという印象もなかった。少なくとも、貧しい村出身のボブはそういうことに敏感なのであまりに酷いと抗議してくれる。
「……わかりました。お願いします」
ちらりと見たボブが頷くのを見て、他の2人はその値段を受け入れることにした。
「ああそれと、他にも何か入り用なものがあれば言ってください。可能な限りこちらでご用意しますから」
これはありがたい申し出だった。必要なものと言っても今のところは何も思いつかないが、こちらに協力的な態度は素直に好感が持てる。
「助かります」
「それじゃ、早速部屋に案内しますね」
そう言うと、村長は3人を宿泊用の部屋に連れて行った。
3人が案内された冒険者用の宿泊施設というのは、納屋を改造したものらしかった。元々それ程広くないところに粗末なベッドが4つ置かれている。拠点としている地方都市の宿屋とは比べるべくもなかったが、藁葺きの地面で寝るよりはるかにましだ。また、それ以外に家具は小さな机と椅子が1組あるだけだった。。
本格的な仕事は明日からということで、3人は荷物を置いて装備を外した。銅貨4枚と交換でパンとスープを手に入れて、早めの夕食を取る。
「今のところ聞いている範囲では、大した仕事じゃなさそうだね」
「何言ってるだ。2ヵ所からゴブリンが攻めてきてるだよ?」
「確かにそうなんだが、森の方は2ヵ月前に1回っきりだからな。とりあえずはあまり考えなくてもいいだろう」
森の方のゴブリンを見つけられなかった場合、報酬をその分減額される可能性はあったが、それはそのとき交渉すればよいとトムは考えていた。まずは確実にいる方から問題を解決するべきである。
「村長も協力的な態度だし、今回はゴブリンの退治だけに専念できそうだよね」
「まったくだ」
村の一番の実力者である村長の態度によって、他の村人から受けられる支援の質と量が大きく変わる。そのため、村長が協力的だと非常に心強かった。
「さて、メシも食っただし、さっさと寝て明日に備えるだか!」
最初に食べ終わったボブは食器を机に置くと、ベッドに横たわった。体が大きいためベッドのサイズがぎりぎりだ。
「じゃ、俺たちも早く済ませるか」
「そうだね」
2人は残りの食事を食べ終わると、ボブ同様机に食器を置いてベッドに横たわった。