仕事探しと実際の仕事
「さて、自己紹介も終わったし、仕事を探そうか!」
改めて簡単な自己紹介を済ますと、トムは明るい口調で2人に次の行動を促した。とりあえず目の前の問題が1つ片付いたので上機嫌だ。
「それはいいけど、どんな依頼を受けるつもりなんだい?」
下手な仕事を引き受けてはたまらないと考えたジムは即座に反応した。1人のときに探していたように、冒険者らしい依頼にこだわるつもりだ。
「うーん、おらはとりあえず金が稼げたらいいけどなぁ」
特にこだわりのない、というか、そもそも何も考えていないボブは思いつくままつぶやいた。
「そんな考えじゃ駄目だよ。僕たちは冒険者なんだから、それにふさわしい依頼と報酬を手にするべきなんだ」
「そ、そういうもんだか……」
真剣な表情でジムに詰め寄られたボブは思わずのけぞる。何気ない一言で諭されるとは思いもしなかった。
「ジム、ちょっと押さえて、な?」
「あ、ああ、すまない」
「それじゃ、冒険者にふさわしい依頼ってどんなんだ?」
トムが2人の間に割って入ってジムを引き離してくれたのを機に、ボブは質問してみる。
「それは、こう、なんて言うのかな。街から街を渡り歩いて悪い奴をやっつけたり、遺跡や洞窟に眠るお宝を見つけたりするようなやつさ!」
文字通りふんぞり返るように胸を反らせて、ジムは自分の考える冒険者にふさわしい依頼について説明した。いずれも子供の頃に見聞きした児童向けの物語が源流だ。
一攫千金を夢見て戦士となったボブは、お宝という言葉に反応して顔を綻ばせながら首を縦に振った。反対に、トムは何とも言えない表情のまま反応に困る。
「……例えば具体的に、どんな仕事なんだ?」
とりあえず糊口をしのげれば何だって良かったトムは、無茶なことを言い出さないか不安に駆られながらジムに聞いてみた。
「そうだなぁ。例えばゴブリン退治なんてどうだい?」
「「ゴブリン退治?」」
思わず2人は聞き返した。
ゴブリンとは、地方でよく見かけるモンスターの一種だ。普段は森や山の麓の洞窟などを根城にしており、時折近隣の農村などを襲っては食料や家畜などを略奪して生計を立てている。そのため、冒険者ギルドには襲撃してくるゴブリンを駆逐してほしいという依頼が数多くあった。そして、そのゴブリンは単体では大して強くないため、駆け出しの冒険者が糊口をしのぐために駆除依頼をよく引き受けることでも有名だ。
「あ~、あれかぁ」
かつていた自分の村でも冒険者にゴブリン退治を依頼していたことをボブは思い出した。見慣れない人間が何人か来たかと思うと村長と何やら話をし、森に入っていった姿が印象的だった。
「まぁ、悪くはないなぁ」
大上段に構えて話をするからどんな内容なのかと心配したトムであったが、蓋を開けてみると至極真っ当な話なので肩透かしを食らった気分となる。しかし、突飛もないようなことを主張されるよりかはましだった。
「どうだい、冒険者にふさわしいだろう?」
何やら色眼鏡を通して冒険者という職業を見ていることに一抹の不安を感じるトムだったが、提案そのものに異議はない。
「わかった。じゃぁそれにしよう」
「おらもそれでいい」
こうして3人は、ゴブリン退治の依頼を中心に仕事を探すことになった。
ゴブリン退治をするという方針が決まると、3人はゴブリン退治の依頼書がまとめて置いてある場所でどれがいいか探し回った。何せ年中よく発生する依頼なので数には困らない。
では、どんな依頼でもいいのかというと、事はそう簡単ではない。報酬やゴブリンの数と質など条件は千差万別だからだ。そのため、一口にゴブリン退治の依頼といっても、ピンからキリまである。
3人はまず依頼書を個別に探し、それぞれが目星を付けた依頼書を持ち寄って、どれがいいか皆で相談することにした。
20分ほどして再び集まると、それぞれが選んできた依頼書を見ながら検討を始める。
「じゃ、まずおらのを見てくれ」
最初はボブからだった。良さそうだと思って選んだ3つの依頼書を他の2人に見せる。
「どれどれ……何だこれ?」
「うわ、やっす!……こっちは赤字か」
ジムとトムは依頼書を見てすぐに声を上げた。それぞれ予想していた内容と違うからだ。
「これ、どういう基準で選んだの?」
「とりあえず、最初だから簡単なやつを取ってきただが……」
ボブは依頼を選ぶ基準として『難易度の低さ』に重点を置いていた。報酬はもちろん大事だが、まずは戦うことに慣れるべきだと考えたのだ。冒険者として一人前になるまで、普段は人足の仕事をして依頼があったら冒険者として働くことを考えていたのである。
「おいおい、これじゃ生活していけないぜ!こっちなんて満額もらっても村までの路銀にならねぇじゃん!」
「それに、いくら僕たちの初めての冒険だからって、あまりにレベルが低すぎないか?ゴブリンが1,2匹って……もうちょっとまともなのにするべきだよ」
「それじゃ、どんなのがいいんだ?」
自分の選んだ依頼を反対されたボブは困り果てて聞き返した。命あっての物種だとボブは思うのだが、どうもそうとは限らないらしい。
「そうだね、こういうのが僕たちの門出にふさわしいと思うんだ」
そう言ってジムが差し出した1枚の書類を見て、2人は目を見開いた。
「え~、これは……ちょっとゴブリンの数が多すぎないだか?」
「いやいやいや、無理だろう?!ゴブリン10匹以上って!」
依頼書の内容を見ると、ゴブリンの数は10匹以上確認されているとある。報酬はその分大きいが、そもそも自分達だけで解決できるとはトムとジムには思えなかった。
「そうかなぁ?」
「せめてこれくらいにしようぜ」
最後にトムから差し出された2枚の書類を見た2人の反応は微妙なものだった。
「これがちょうどいいくらいだか?」
「う~ん、ちょっと物足りなくない?」
「何言ってんだよ、冒険するにしてもちゃんと生きて帰ってきた上に、生活できなきゃダメだろう。だから、まずは仕事をこなせるのかってことと食っていけるのかってことに注目すべきだ。これならゴブリン5匹以下で報酬も悪くないし、ここから遠くないから路銀も大してかからない。いいことずくめじゃないか」
「ああ、なるほど」
なにもわからないボブは、トムの説明を聞いて素直に納得した。ボブとしても冒険者としての収入だけで生活していけるのならばそれに越したことはない。それに、もともとそれ程深く考えることが苦手なので、このように流れるような説明を聞くと反論できなくなってしまうのである。
「まぁ、君の言うことも一理あるけど、もう少し冒険してもいいと思うんだけどね」
一方、ジムは報酬面よりも敵に対してこだわりを見せている。自分が3人の中で最も優秀であることを示したいがために、多くの敵を魔法を使ってやっつけて活躍したいのだ。
「うーん、どうしたもんかな……」
意外とまとまらないことに戸惑いながらも、3人は更にどの依頼を受けるべきなのかを話し合った。
結局のところ、3人はトムの持ってきた依頼書の1つを引き受けることにした。ボブとジムの持ってきた依頼書の内容はあまりにも極端なので引き受けられない、ということをトムがジムに対して熱心に説得した成果である。
そして、ジムが心変わりしないうちにと、トムはすぐに冒険者ギルドの受付で手続を済ませた。ここで再び揉めるわけにはいかない。
翌朝、3人は冒険者ギルドの前で待ち合わせた。昨日パーティを結成したばかりなので、3人ともばらばらの宿に泊まっていたからである。
「へへへぇ、やっと冒険者らしくなってきただなぁ」
一番最初に待ち合わせ場所に着いたボブは、今から始まる冒険に思いをはせながら顔をだらしなく緩ませていた。
「おい、その締まりのない顔をなんとかしなよ」
次いでやってきたジムはボブに苦言を呈するが、自分も似たものだったりする。ようやく念願叶って冒険者として出発できることが嬉しくて仕方ないのはジムも同じだ。内心にやけっぱなしである。
「お、もう来てたのか!」
その後しばらくして、トムが姿を現した。見た目は普段通りであるが、やはりどこか浮かれている。
「これで3人揃ったわけだね」
「へへ、いよいよ出発だな」
「そうだな。じゃ、行こうか!」
皆でうなずき合うと、3人は目的の村へ向かって歩き出した。
この日は快晴で、暑くも寒くもない絶好の日和であった。
3人が向かったのは、冒険者ギルドのある地方都市から歩いて4日のところにある村だ。すぐ近くには森がある。最近、その森からゴブリンが村に現れるようになり、収穫した作物をかすめ取ったり、子供に襲いかかろうとしたりして困っているとのことだった。
村に入ると、まずは依頼内容を確認するために、近くにいた村人に村長宅を聞き出してそちらへ向かう。
たまたま自宅で作業をしていた老村長は、やってきた3人を自宅前で出迎えた。
「おお、あんたらがゴブリンを退治してくれるんか」
「はい、そうです!」
胸を張り、自分達こそが村の英雄なんだという態度でジムは返事をした。それに対して、村長は暖かく迎えてくれる。
「依頼内容は、村を荒らすゴブリンのねぐらを襲撃して、駆除してほしいということですよね。報酬は銀貨30枚」
トムの口調は仲間内で交わすような雑なものではなく、丁寧なものだ。
「そうじゃ」
「ゴブリンのねぐらはどこにあるかわかりますか?」
「いや、森の中としかわからん。わしらはやってくるゴブリンを追い払うのが精一杯だじゃからな。悪いが、あんたらが自分で探してくれ」
「ゴブリンは何匹くらいで、そしてどのくらいの頻度で襲ってきますか?」
「数は3匹か4匹くらいだったかのぅ。襲われる回数は、月に1回か2回くらいじゃ」
ここまでは依頼書に書いてあった通りである。
「他には何か、変わったことはありませんか?」
「う~ん、よくわかんねぇな」
その後もいくつか質問してみたが、有益な情報はこれといって得られなかった。
仕方がないのでトムは村長への質問を諦めた。
「それじゃ質問はこれでおわります。それで、今晩私たちはどこに泊まればいいですか?」
既に西日が強くなってきているため、さすがに今から森の中へ入るわけにはいかない。捜索は明日からだ。
「ああ、それなら、あそこに馬小屋があるじゃろ。あの中の一番右端を使ってくれ」
村長が指さした先には確かに三方が壁で囲まれた馬小屋があった。それを見てジムは驚いて声を上げる。
「え、宿屋はないんですか?!」
「街道から外れた開拓村に、そんな上等なもんはねぇなぁ」
「じゃぁ、食事は?!」
「メシか……そうだな、パンとスープで1食分、銅貨2枚でどうじゃ?」
「え、お金取んの?!」
「悪いがこっちも余裕がないんじゃ。勘弁してくれ」
驚いて矢継ぎ早に質問するジムに対して、村長は済まなさそうに答える。トムとしてもまさか村内で野宿同然なんてことになるとは思っていなかったので、呆然としていた。
「村長さん、わかった。じゃぁそうする」
「「えっ、ボブ?!」」
ボブが真っ先に提案を受け入れたことにトムとジムは驚いた。
「おらの村でも似たようなもんだったよ。この村を見てると、これで精一杯だと思う」
「あんたもどっかの村にいたのか?」
「うん、メシが食えなくて都市に出ちまったけどね」
「それは大変じゃなぁ」
同情した村長がボブを哀れむ。しかし、それ以上のことは何も言わなかった。
その夜、3人は馬小屋で寝ることになった。見知らぬ珍客に驚いた隣の馬が最初は落ち着かなかったが、しばらくすると慣れたのかすっかりおとなしくなったので、騒音で眠れなくなるという心配はなくなる。しかし、家畜の臭いにはなかなか慣れることができない。
「まさかこんなことになるとはなぁ」
トムはそう独りごちると、村長宅から買ったパンの最後のひとかけらを口に放り込んだ。
「絶対におかしいよ。僕たちはこの村のために働くんだよ?なのにこの扱いはどうなんだ!」
思っていた扱いとかなり異なることにジムは憤る。
「村でのよそ者の扱いなんてこんなもんだ」
屋根があるだけましとでも言うような口調でボブが慰めた。
「あーあ、宿代が浮いた……って思うしかないよなぁ」
「僕は納得できないよ!」
1人はあきらめの言葉を吐き、もう1人は不満の感情を吐き出す。何にせよ、扱いは変わらなかった。
「ともかく、明日は森の中を探索するところからか。路銀も少ないし、早く見つけられるといいなぁ」
「ふん、こんな依頼さっさと終わらせて、次の冒険をしなきゃ!」
尚も愚痴るトムとジムであったが、この依頼を引き受けないと冒険者としてどうにもならないということは自覚している。そのため、しばらく言いたいことを言っていたが、そのうち静かになった。