レッサードラゴンとの対決
「反応が2つ?どういうことだ?」
「あの岩の向こうに大きい反応が1つあるんだけど、その隣に一回り小さい反応が1つあるんだ」
ジムが使った魔力感知の魔法は、有機物・無機物を問わずに魔力を有するものを発見するためのものだ。自分自身を中心に術者の能力に応じて範囲や感知できる数は変化する。もちろん、感知対象の魔力が大きいほどはっきりと補足できるので、レッサードラゴン程になるとどんな初心者でも見逃すことはない。
今、ジムが魔力感知で捉えた魔力の中で最大のものが目印としている岩の向こうにいた。これだけが他を圧倒しているのでレッサードラゴンであることは間違いないだろう。問題はその隣に寄り添うように存在する魔力だ。
「1匹じゃなかっただか?」
「知らないよ。魔力感知では魔力の存在とその大きさしかわからないんだ」
ボブの疑問にジムは使った魔法の概略を説明するという形で応えた。
「なら今度は、遠視で確認するんだ」
コリーの指示に従うために魔力感知の魔法を解除すると、ジムは遠視の魔法を使って岩の向こうに何があるのかを確かめようとする。
遠視の魔法は、魔力の塊を任意の場所に移動させ、その周囲の様子を視覚的に捉えるためのものだ。魔力感知と違って一点しか確認できないが、目視確認することができるので魔力感知よりも正確に対象物を調べることができる。
短い呪文を唱え終わると再び杖の先が淡く光った。目を閉じて遠視の魔法に集中する。
「うわ……」
遠視の魔法で岩の裏を確認しているジムがうめき声を上げた。何事かと全員がジムに目を向ける。
「どうした?」
「小さいレッサードラゴンがいる……」
「小さい?……子供か?!」
「うん、あれ、たぶん親子だよ」
コリーとジムのやり取りを聞いた全員が息を呑んだ。
ただの野生動物であっても子を持つ母親は厄介だというのに、子持ちドラゴンとなると一体どれだけになるのか。そんなことを想像して体を硬直させたのだった。
「狩人の話だとレッサードラゴンは1匹じゃなかっただか?」
「狩人が見たときには、たまたま見えない位置に子供がいたのかも知れないぞ」
「確かそのときのレッサードラゴンはじっとして動かなかったって話だから、卵を温めてる最中だったのかもな」
ボブの疑問をきっかけにトムとフレッドが話を始める。今そんな話をしても意味はないのだが、不安から逃れるためにあえてしゃべっていた。
「それよりも、これからどうするんですか。このまま戦うんですか?」
ルイスの質問に一瞬誰も答えられなかった。
子供のレッサードラゴンは親ほど強くはないだろうが、それでも人間よりかは強い。この子供が参戦してきたときに、自分達はどう対応するのかを考えておく必要があった。
「子供が後ろに隠れたままで戦いに参加しないなら、いないものとして扱えばいいだろう。でも、参加してきたら……」
「そのときは、俺達3人で子供を相手にすればいい」
フレッドが一瞬言い淀んだ先をトムが引き継いだ。どちらのパーティも相当苦しくなることは変わりないが、親同様に戦うとなれば相手をしないといけない。
「それで勝てる見込みがなさそうなら撤退だね。あ、レッサードラゴンの色は赤だよ。これは狩人の言った通りだ」
尚も遠視を続けるトムが追加情報を伝えてきた。
「よし、それじゃ行こうぜ!」
話し合いが終わったのを見計らって、ダニエルが戦斧を手にしつつ出発を促した。
方針が決まったところで、7人は森から出て堂々とレッサードラゴンに向かって進んだ。本来なら何らかの手段を使って不意を打ちたかったのだが、奇襲できるだけの手段がなかったので諦めたのだ。
「こ、怖いだなぁ」
「ボブ、ビビッてんじゃねぇ。大丈夫、俺達ならやれるって!」
先頭を歩くボブが弱音を吐くが、隣のダニエルが何とか奮い立たせようとする。
その2人の両脇にトムとフレッドが距離をおいて歩いていた。レッサードラゴンとの戦いが始まったら、その背後に回り込むためだ。
「みんなに掛けた魔法、ちゃんと効いてるかなぁ」
「お前が掛けた魔法は全部成功していたんだから、今更不安になるようなことを言うな」
ジムは、出発前に前衛4人の武器に魔力付与の魔法をかけ、更にわずかな効果しかないが、敵の攻撃から身を守るための魔力製の膜を全員にかけていた。これだけでジムの保有する魔力の半分以上に相当する。後は牽制の攻撃魔法をいくつか唱えられるくらいだ。
「怪我が酷いようでしたら一旦下がってくださいね。すぐに治療しますから」
魔法使い2人と同じ場所にルイスはいた。僧侶も間接支援職なのでここにいるのだが、前衛の誰かが酷い負傷を負うと治療するために前へ出ていかないといけない。
(もうそろそろだよな)
トムは森の境界と岩の中間点を通過してから改めて気を引き締めた。そろそろレッサードラゴンも気づいていいはずだ。
するとその直後、岩の陰から鱗に覆われたは虫類に似た顔がゆっくりと現れた。
「出た……」
誰とはなしに呟いた。
レッサードラゴンは近づいてくる7人を確認すると、一旦岩陰に顔を戻してすぐに姿を現す。全長15m程の体躯が7人の前にさらけ出された。
それは、おとぎ話の絵本や文献の挿絵に載っていた姿とほぼ同じだった。切れ長の目、鋭い歯が幾重にも並ぶ口、一撃で鉄をも引き裂きそうな爪、そしてそれらを支える強靱な肉体。体の大半は赤黒く光る鱗に覆われており、首と同じくらい長いしっぽは小さい岩なら簡単に砕いてしまいそうに思えた。
そんな伝説的な種族を目の前にして、7人は一瞬硬直してしまう。
次の瞬間、レッサードラゴンは天に向かって咆吼した。
それを合図に、7人とレッサードラゴンの戦いが始まった。
「おい、来るぞ!動け!」
レッサードラゴンの咆吼から最初に立ち直ったフレッドはそう叫ぶと、反時計回りにレッサードラゴンの背後へ回ろうとする。視界の隅にトムも動き出したのが見えた。
「ボブ、行くぞ!」
「お、おう!」
次に立ち直ったダニエルとボブがレッサードラゴンの真正面に突撃する。
「うっ、くそ!」
前衛の4人が動き始めたのを見て、コリーは自分が硬直していたのに気づいた。しかし、いつまでもじっとしているわけにはいかない。
「トム、前衛を支援するぞ!」
そう伝えると、コリーは氷矢-アイスアロー-を放つべく呪文を唱え始めた。
自分の咆吼にも怯まず動き出した人間達を見て、レッサードラゴンは次に攻撃しようと構えた。しかし、適度に散開している上に背後に回り込もうとしている人間が2人いたので、どれから蹴散らそうか一瞬迷う。
すると、その隙を突いて顔に鋭く冷たい何かが当たった。幸い鱗に当たったので何ともなかったが、攻撃を仕掛けられたレッサードラゴンは怒る。ただでさえ子育てで忙しいこの時期に、いつまでも人間の相手などしていられない。
レッサードラゴンは、まず正面からやって来る人間に対してブレスをはきかけた。本当は氷の矢を射かけてきた人間に浴びせたかったのだが、遠すぎたので諦めたのだ。
ブレスの種類は炎だ。縦幅に比べると横幅はずっと短いので、2人の人間を1度に範囲内には収められない。そこでレッサードラゴンは、首を横に振ることで炎を蛇行させて横幅を稼いだ。
すると、人間2人は無様に転がって自分のブレスから逃れようとする。当たりはしなかったがとても愉快だ。
次に自分の後ろに回り込もうとしている人間2人に意識を向けた。すると、道具を使って何か細長いものを飛ばしてくる。すぐに自分の鱗に当たったが何ともなかった。これは無視して良いだろう。
そう判断したレッサードラゴンは次の行動に移った。
自分が放ったボウガンが鱗にはじき返されるのを見て、トムは本当に勝てるのか不安になっていた。あくまでも陽動なので傷を与えられることはあまり期待されていないが、それでも自分の攻撃が無効だということを見せつけられると焦る。
「おい、大丈夫か?!」
しっぽの攻撃範囲から外れて次の矢をつがえながら戦士2人の様子を見ると、炎のブレス攻撃を避けるべく転がり回って避けているのが見えた。直撃は避けたようだが、あれではすぐに攻撃できない。
「くそっ!」
悪態をつきながらも次の矢の装填を終えたトムは、ボウガンを構えた。
レッサードラゴンがブレスを吐き終わった頃になって、ようやくジムもアイスアローの呪文を完成させられた。そしてそれをレッサードラゴンめがけて放とうとしたとき、その目がこちらを捉えているのに気づいた。
「え?」
「まずい、コリー、ジム、逃げて!」
ルイスの言葉で我に返ったジムは、こちらに向かって突き進んでくるレッサードラゴンに気がついて慌てて回避した。
自分を真正面から攻撃しようとしていた人間2人がブレスを避けるため移動した結果、氷の矢を放ってきた人間との間に遮るものがなくなった。自分を囲む4人の人間は大したことはないと判断したレッサードラゴンは、うっとうしい魔法を射かけてくる人間めがけて前進する。
すると、3人いた人間は左右二手に分かれた。一塊に行動してくれたらこちらも楽なのに、全く人間ごときが面倒なことをしてくれる。
それでも更に前へ進むとブレスの攻撃範囲に人間が収まる。そして、二手に分かれた人間のうち、攻撃できるのは1つだけだ。レッサードラゴンは迷わず2人いる方にブレスを吐き出した。
すると、1人は更に走って逃れたが、もう1人にはブレスを浴びせることに成功した。その人間は勢いよく燃え上がりながら地面を転げ回る。実に小気味良い。ブレス攻撃から逃れた方が動きを止めているのでそちらへ向かうと、慌てて逃げてゆく。
放っておいた4人の人間がこちらに向かってきていた。さてどうしようかと迷った瞬間、後頭部に何かが当たる。振り向くと、先程の片割れが何かを撃ってきたようだ。しかし、最初に顔に当たった氷の矢に比べると大したことはない。だからとりあえずは放っておこう。
「コリー!」
ルイスは逃げ遅れて火だるまになった仲間に声をかけた。早く火を消して治療しないといけない。
しかし、レッサードラゴンがこちらに向かってきたために全力で逃げる。
「おい、ルイス!コリーは?!」
合流したダニエルが仲間の安否を尋ねた。そうしているうちにもレッサードラゴンから目を離さない。
「ブレスを受けてやられた。たぶんもう……」
レッサードラゴンの巨体に遮られて見えないが、その奥にいるはずのコリーへ視線を向けてルイスが報告する。
「直接攻撃だけで倒すことになるのか……」
更に合流してきたフレッドが苦虫を噛み潰したような表情で独りごちた。自分のボウガンがほとんど効果がなかっただけに、その先の苦労が思いやられたのだ。
「おい、来るぞ!」
ダニエルが注意を促すと、フレッドとルイスはレッサードラゴンの方を見た。確かにこちらへ向かってやって来ている。
全員が慌てて散開した。
どうも人間は2つに固まったようだ。1つは真正面、もう1つは左後方にそれぞれ3人ずついる。どちらから相手をしてもいいのだが、やりやすい正面のやつから蹴散らすことにした。
こちらが前に進むと全員が散開する。どれを相手にしようか一瞬迷ったが、一番近い人間から片付けることにした。
尚もその人間に近づくと、逃げることを諦めたのか、その人間は逆に距離を詰めて来る。
レッサードラゴンとしては、ちょこまかといつまでも逃げ回られるのは嫌だった。だから、確実に仕留めるために人間の攻撃をわざと受けることにした。どうせ大したことはないのだから。
至近距離まで近づいてきた人間は脚を攻撃してきた。残念ながらこちらの予想よりも威力が強かったらしく多少傷を負ってしまったが、大したものではない。
それよりも、今の攻撃で完全に動きが止まったのを見計らって、そいつを咥えて持ち上げる。そして、明後日の方向に思い切り放り投げた。嘘みたいに投げ飛ばされた人間は、途中で2つに分かれながら地面に叩きつけられた。
弱い人間ならば、こんなものだろう。
レッサードラゴンの左後方に固まっていたボブ、ジム、トムの3人は、ボブの魔法とジムのボウガンで支援攻撃をしていた。しかし、ほとんど効果がないのか、レッサードラゴンの動きを止めることすらできない。
「あぁ、ダニエル……!」
レッサードラゴンの首が振られると共に何かが放り出された。それが何かわかったボブは呆然と呟く。
「ちくしょうぉ!」
「おい、ボブ、待て!」
トムの制止を振り切って走り出したボブは、一矢報いようとレッサードラゴンに攻撃を仕掛ける。しかし、その前に太いしっぽに吹き飛ばされて地面を転がった。
「ボブ、生きてるかい?!」
駆け寄ってきたジムがボブを助け起こす。本来なら魔法攻撃で支援しないといけないのだが、もうほとんど魔力が底をついているため、救助役として動いたのだ。
「くっ、あぁ、痛えぇ!」
「これ飲んで!」
ジムは自分の回復薬をボブに飲ませた。すると次第にボブの表情が和らぐ。
「すまねぇだ、ジム!」
「いいよ、それより……」
続いて言葉を発しようとしたジムであったが、次の瞬間、レッサードラゴンの咆吼を聞いて固まった。
「なんだ……?」
その咆吼を聞いて動きを止めたのはトムも同じだった。いや、目の前のレッサードラゴンも同様に固まって咆吼がした方角に頭を向けている。つまり、目の前の相手が声の主ではないということだ。
全員がその方向へ視線を向けた先には、もう1体の大人のレッサードラゴンがいた。
雌のレッサードラゴンは、その声を聞いた瞬間、雄のものだということに気がついた。その声がした方向に頭を向けると、果たして期待通りの姿がそこにあった。
怒り心頭の様子である雄は雌と視線を合わせると、後は任せろと言わんばかりにこちらへと近づいてきた。自分だけでも相手を撃退できるのだが、ここは折角やってきた雄に任せるとしよう。
そして、ふと人間の方に目を向けると、全力で森の方に移動していた。自分だけでも相手にならなかったのに雄までやって来たのだ。逃げるのは当然であろう。そうは言っても同情する気には欠片もなれないが。
逃げる人間を追いかける雄を見届けると、雌のレッサードラゴンは岩陰に戻った。そこには、1体の小さなレッサードラゴンが縮こまっていた。しかし、母親の姿を認めると、すぐに駆け寄ってくる。先程まで恐怖に震えていた分、母親に甘えたいようだった。雌のレッサードラゴンも自分の顔を突き出して子供をかわいがってやる。
しばらくそうしていると、雄が戻ってきた。子供と共にその姿を見ると明らかに不機嫌だ。恐らく人間を取り逃がしたのだろう。気持ちは自分にもよくわかる。
しかし、子供が嬉しそうに寄ってくると、その不機嫌な様子も一変になくなった。雌同様に顔を突き出して子供をかわいがる。
そうしてしばらく子供と戯れていた雄と雌だったが、やがてどちらともなく顔を見合わせた。ここにあのような攻撃的な人間がやって来たということは、今後も同様にやって来るに違いない。そうなると子育てどころではなかった。近いうちにどこかへ移動する必要があるだろう。
意見が一致したらしい雄と雌は軽く一声鳴くと、再び子供をかわいがった。




