事前準備は入念に
レッサードラゴンを討伐するために集まった7人は、打ち合わせの2日後に出発するべく都市の城門前に集合した。早朝なのでまだ人は少ない。
「はい、皆さん。それじゃ薬を配りますよ」
6人は、その場でルイスから銀貨2枚と交換で回復薬を受け取る。ちなみに、教会への支払いはルイスが既に立て替えていた。
治療呪文を唱えられるルイスがいるにもかかわらず回復薬を用意したのは、僧侶が1人しかいないからだ。戦いが長引く程に負傷者を治療する機会が増えていくはずなのだが、7人という集団に治療できる僧侶が1人という人数に不安を覚えたのである。ルイスの治療が間に合わないときのためのものだった。
「よぉし、準備はできたな。それじゃ行こうぜ!」
ダニエルの力強い声と共に7人は、クック子爵の領都に向かって出発した。
拠点としている地方都市を出発してから5日後、一行は昼過ぎに無事クック子爵の領都へ到着した。都市の規模は7人が拠点としている都市とほぼ同じな上に構造も変わらない。面白味がないといえば確かにそうだが、都市の内部構造を把握しやすいというのは何かと楽である。
「さてと、それじゃ、俺は盗賊ギルドへ行ってきて情報を集めてくる。トムは冒険者ギルドで何かないか探してくれ」
「わかった」
「なら、私とジムは魔法使いギルドへ行ってレッサードラゴンについて調べてくる」
「そうなると、私は教会で話を聞いてきますね。期待できないですけど」
フレッド、コリー、ルイスの3人は、宿の部屋に荷物を置くと、自分達でできることを確認し合った。
「部屋での荷物番は、おらとダニエルだか」
「『酒場で情報収集』してぇなぁ」
部屋に荷物を置いているからといって安心はできない。そのため、必ず1人は留守番している必要がある。しかし、それは退屈な作業なのでダニエルは嫌がった。
「それじゃ僕が留守番するよ。正直疲れてるんだ……」
この中で最も体力のないジムは、この5日間の旅ですっかり疲れ果てていた。倒れるほどではないものの、休めるのなら休みたいというのが本音だ。
「いくら魔法使いだといっても、体力がなさ過ぎるだろう……」
「まぁいいじゃねぇか!ボブ、一緒に行こうぜ!」
「うん。じゃ、任せただよ、ジム」
コリーは呆れていたが、酒が飲みたいダニエルは嬉しそうにジムの提案を受け入れる。
「よし、それじゃ行動開始だな。日没までに戻って成果を報告しよう」
トムが最後をまとめると、皆は一斉に行動を開始した。
日没後、帰ってくるのが最も遅かったダニエルとボブが戻ってくると、7人は宿屋の下の酒場に集まった。
「よぉ~し、それじゃ自分の成果を報告しようぜぇ!」
散々飲んできたらしいダニエルが酔っ払った頭をふらつかせつつ、打ち合わせの開始を宣言した。
「まず、おら達だけど、レッサードラゴンが現れたっていう噂くらいしかなかっただ」
「他には?」
「ダニエルがずっと飲みっぱなしだったくらいだよ」
「いいじゃねぇかぁ、たまにはよぉ!」
すっかりできあがっているダニエルに代わって、ボブが昼間の成果を報告した。
「教会で聞いて回りましたが、何もありませんでしたね。ただ、誰かがレッサードラゴンに襲われたという話もありませんでしたので、まだ被害は出ていないんでしょう」
「不幸中の幸いってところだね」
したり顔のジムがうなずく。ここに来て何かしらの被害がでたとなると、領主の私兵が出てくることになる。そういった面倒はできれば避けたかった。
「盗賊ギルドでも大した情報はなかった。こうなると、まだ目立った動きはないのかもしれないな。トム、そっちはどうだった?」
「同じく何もなしだった。それと、レッサードラゴンの討伐依頼は一時的に止めてもらったよ。そのときに聞いたけど、まだ誰も手をつけてないらしい」
「これでゆっくり討伐できるってわけだ」
依頼者の希望により複数の冒険者ギルドで同時に依頼を出す場合、依頼を引き受けたパーティが別のギルドで出されている募集を一時停止させることができる。依頼人からすると不満があるだろうが、足の引っ張り合いで依頼が達成できなくなるのを防ぐためだ。
「最後に私からだけど、レッサードラゴンについて特に真新しい情報はなかったよ」
そういうと、コリーは右手に持ったコップに口をつけた。
「結局は有力な情報はなしか。あ、けど、まだ誰も手をつけてないというのが確認できたよね」
「他の都市でも依頼が出ているかもしれないから油断はできないけど、そう慌てる必要もなさそうだ」
ジムのまとめを聞いたコリーが感想を口にする。
「結局のところ、現地に行ってみないと詳しいことはわからないか」
「ま、いつものことだな!」
ため息と共に吐き出したフレッドの言葉をダニエルは混ぜ返した。
「なら話はこれでお終いだな。明日ここを出発して現地に向かおう」
「「「「「「おう!」」」」」」
トムのまとめの言葉に唱和した6人は、腹を満たすべく食べたい物を次々に注文した。
現在、7人はレッサードラゴンが存在していると思われる場所から最寄りの村に滞在している。何の特徴もない開拓村だ。昨日に到着し、村長宅の倉庫と馬小屋で一夜を明かすと、最新の情報を手に入れるべく関係者に話を聞いて回った。
「うーん、新しい情報はなしか……」
トムは渋い顔をして独りごちた。
村長の付き添い付きで何人かの村人に話を聞いて回ったが、自分達の知らない情報は手に入らなかったのだ。
「そりゃ、わざわざレッサードラゴンなんて見に行かねぇよなぁ」
「この近辺までやってこないとそんな機会はないでしょうね。その時点で村は大損害を受けてるでしょうけど」
ダニエルとルイスが思ったことを口にする。見たところ被害は受けていない上に、話をしても危機感は狩人以外にはまるでなかった。
「目撃者の狩人もじっくりと観察したわけではないらしいから、見間違いという可能性もあるんだよねぇ」
「俺達にとっちゃそれが最悪だよな」
肩をすくめてため息をついたジムに対して、渋い表情のままのトムが応えた。
「でも、行くしかないだよね」
「その通りだ、ボブ。何にせよ、行ってみないとわからないからな」
いつも戦っているような相手ではないのでフレッドは緊張している。できれば少しでも情報がほしかったが、現状ではどうにもならない。
「考えてもわかんねぇなら、もう行こうぜ!」
「君はいつも考えていないだろう……けど、その通りでもあるんだよね」
「だろう?」
たしなめきれなかったコリーにダニエルがにかっと笑い返した。つられてコリーも力なく笑う。
「確かにこのまま考えていても始まらないな。とりあえず現地に行こうか」
フレッドの言葉に全員が頭を縦に振ると、荷物を取りに村長宅へ戻った。
村で有力な手がかりを得ることができなかった7人は、聞き取り調査を切り上げてレッサードラゴンの生息地に向かった。あらかじめ狩人から聞いて簡単な地図を作成していたおかげで、視界の悪い森の中でもあまり迷わないで済む。
「いやぁ、初めてのゴブリン退治のときを思い出すだなぁ」
「何があったんだ?」
「あのときも狩人から話を聞いて地図を作ったんだけど、それでもやっぱり森の中で迷っただよ」
暇つぶしにしゃべり始めたボブの話にダニエルが食い付いてきた。当然、他の5人にもその声は耳に入る。
「おい、その話はやめろ」
「そうだ。何だってよりによってその話なんだい?!」
もちろん、恥ずかしい思い出であるためトムとジムは止めに入るが、他のメンバーは興味をそそられる。
「ああ、ゴブリン退治に失敗したときの話でしたっけ?」
「ルイス、何でお前知ってんの?!」
「以前、ボブから聞いたからですよ」
「お前言いふらしてんのか?!」
途端に一行は騒がしくなる。本来は周囲を警戒していないといけないはずなのだが、全員きれいさっぱり忘れているようだ。
「地図を作っても迷ったってことは、森の中を歩き慣れてなくてまっすぐ進めなかったか、聞き取りをした相手との時間感覚や距離感覚のずれを考慮しなかったか、それともそのどちらともかだな」
にやにや笑いながらフレッドがトムに視線を向けた。
「しょうがないだろ。初めてだったんだし」
「まぁ、そのくらいにしておきましょう。フレッドにも似たようなことはあったじゃないですか」
「ちょっ?!」
「へぇ、そりゃ聞きたいなぁ」
ルイスの助け船を足がかりにトムは反撃に転じた。
「はいはい、もっと静かに。周りを警戒しないといけないことを忘れちゃダメだよ」
ぱんぱんと軽く手を叩いたコリーが皆に注意を促した。それを受けて全員が静かになる。
「いけねぇ、忘れてた」
「はは、つい、ね?」
苦笑しつつも皆は我に返る。そして、それまでと同様に周囲を警戒し始めた。
森の中で一夜を明かした一行は、更に森の奥へと進んでいった。野営地から出発するときに、目的の場所は遠くないことを確認していたので、前日とは違って誰もが真剣な表情である。さすがにこれからの相手のことを考えると、自然に気合いが入るようだ。
そうして尚も数時間進むと、ついに目的の場所に到達した。証言では森から出た山の麓にいたらしいので、まずは森の中から隠れつつ様子を見る。
「向こうの開けた場所に目印となる岩もあるから、ここで間違いないわけだが……」
フレッドが地図と実際の地形を見比べてみる。
森の中から正面の開けた場所を眺めると、狩人が目印としている岩があった。話によるとその近辺にレッサードラゴンがいたらしいのだが、見渡せる範囲には何もいない。
「ジム、魔力感知で周囲に魔物がいないか調べて」
「わかった」
コリーの要請に応じると、ジムは目を閉じて何事かを呟いた。そして、呪文を唱え終わると同時に杖の先が淡く光る。今回、ジムは魔力探知を使って周囲を索敵した。相手がどこにいるのかわからないので、まずはその場所を確認するためだ。
「いた!あの岩の向こう……でも、反応が2つ?!」
ジムの言葉に全員が驚いた。




