情報収集と作戦会議
レッサードラゴンを討伐することにした7人は、二日酔いの頭を抱えつつ、早速翌日から準備を始めた。
盗賊であるフレッドとトムは、まず冒険者ギルドでレッサードラゴン討伐の依頼を受ける手続を済ませた。あまり戦力が少なすぎると受け付けてもらえないので、パーティ代表としてトムも一緒に手続をする。
「はい、それではこれで書類を受理します。詳しい内容はこの資料を読んでください。尚、質問については現地の冒険者ギルドにてのみ受け付けてますので、ご理解の程お願いします」
わかりきった形式通りの説明を聞き流すと、2人は資料を手に取って受付から離れる。そして部屋の隅で回し読みをした。
「隣の領主か。場所は遠くなさそうだな」
「旅費が少なくて済むのは助かるな」
「さて、一通りの事情は把握できたところで、盗賊ギルドに行こうか、トム」
「別の角度からの情報があるといいよな」
現地でも調査はするものの、現状でも手の届く範囲の情報を集めるのに2人は余念がない。大きな仕事をするときは、小さな情報でもしっかりと集めるべきである。
有力な情報が出ることを期待して、2人は足早に冒険者ギルドを後にした。
「う~ん、お客さん。物を大切に扱うのはいいことなんですが、さすがにこれは買い換えた方がいいんじゃないですかねぇ」
とある鍛冶屋にて、ボブは装備の点検のため剣の状態を調べてもらったところ、壮年の鍛冶師からそのように助言された。それを自覚していたのか、ボブは苦笑いをする。
「あ~、やっぱりそうだか。だいぶこき使ってたもんなぁ」
「ははっ、ちょうどいい買い換え時じゃないか!」
同じように武器の状態を確認しに来たダニエルが、機嫌の良さそうな笑顔でボブの肩を叩いた。励ましているのか揶揄しているのか、今一よくわからない。
「この剣より1つランクが上の武器ってあるだか?」
「そうですねぇ、ちょっと待ってくださいよぉ」
微妙に語尾を伸ばす鍛冶師は、そう言うと奥にある武器を取りに行った。
「これからでかい仕事をするんだから、そうでないとな!」
「ダニエルの戦斧はどうだっただ?」
「ああ、問題なかったぞ。ま、丈夫なのが取り柄だからな!」
力任せに武器を振り回すダニエルにとって、武器の強度は非常に重要である。そこで、以前に多少無理をして上等な戦斧を購入していたのだ。
「ボブ、お前も今度の仕事のことを考えたら、いい武器を買っといた方がいいぞ!」
「うん、おらもそう思う」
そう言うと、ちょうどいくつかの武器を持ってやって来た鍛冶師と向かい合って、真剣に吟味し始めた。
一方、ジムとコリーはレッサードラゴンとの戦いに備えて、使える魔法の確認とどのように相手をするべきかということを話し合っていた。とは言っても、実際にはジムの能力を確認するという意味合いの方が大きかったりする。
「現状の能力としては、攻撃呪文は大体通常の3分の2程度の威力か」
「そうだね。それと、いくつか使えない呪文もあるけど……」
思案顔のコリーに対してジムは居心地が悪そうである。通常なら覚えているはずの呪文が使えなかったり、使えても平均よりも威力が弱かったりするのだ。事実確認をしているだけなのだが、自分が低能だという事実を突きつけられてしまうため、どうしても落ち着けない。
「まぁ、今回に限っていえば、使えない呪文はどうせ使わないからいいだろう。それよりも、攻撃呪文の威力が低いっていうことの方が問題だな」
「コリーはどうなの?」
「私?私は人並みだね。飛び抜けて優秀ではないが、ダメってわけでもない」
「そうなると戦力として見たときは、大体1.7人分くらいか……」
ジムはそう言って渋い表情を浮かべる。
「酷い言い方だけど、自覚できているならいい。あとは、その事実を基にして作戦を立てればいいんだからな」
「ということは、コリーが魔法攻撃の中心で、僕は補助か牽制かなぁ」
「基本的にはそうなるな。他にも、レッサードラゴンについて調べておかないと」
地方都市くらいの大きさになると、小さいながらも魔法使いギルトというものがある。そこでなら、ドラゴンの情報について何かしら手に入れられるはずだった。
「何にせよ。まずは作戦を立てるために敵の情報を集めないとな」
「まずはギルドだね」
そういうと、2人はドラゴンについて調べるために魔法使いギルドへ向かった。
3日後、一応前準備に一区切りがついた7人は、ダニエル達が宿泊している宿屋が経営している酒場に集まった。夕食を兼ねた打ち合わせである。
「おっし、それじゃ始めるか!」
全員が席に着いたとたんに、ダニエルがレッサードラゴン討伐の打ち合わせを宣言した。
「じゃ、まずは俺達からだな。討伐依頼の手続きは3日前に済ませたのは知ってると思うが、盗賊ギルドで調べたこともまとめて話すぞ」
一旦話を区切って皆の顔を見ると、再びフレッドは口を開く。
「討伐依頼を出したのは、隣の領主のクック子爵だ。対象はレッサードラゴン1体。理由は、村の生活圏に近い山麓に住み着いたからだ。ここまではみんな知ってるよな」
冒険者ギルドから受け取った依頼内容の概要を要約するとこうなる。これについては既にトムとフレッドが皆に知らせているため周知の事実だ。
「問題は現在の状況なんだが、レッサードラゴンは1体だけらしい。あと、村の生活圏に近いところに住み着いたって話だけど、まだ村人に被害は出てないそうだ。それと周辺の概略だが、最寄りの村から山の麓までは1日で、その間には森がある。村近辺の森で木の実なんかを取る分には問題ないそうだが、狩人はさすがに怖くて森の奥まで行けないらしい」
その気持ちは皆にもよくわかった。間違っても1人のときに鉢合わせたくない相手である。
「誰がレッサードラゴンを見つけただ?」
「その狩人らしい。そのときはその場にじっとしてこちらを睨むだけだったから逃げることが出来たそうだ」
「レッサードラゴンの大きさはどのくらいなの?それと属性は?」
「大きさは平均的なものらしい。全体が赤っぽかったっていう証言から、属性は火の可能性が高いだろうな」
ボブとジムの質問にトムが答える。
「赤っぽいか。土の可能性も考えておいた方がいいのかな、コリー?」
「だろうね。たまに見分けにくい色をしてるやつもいるからな」
基本的に竜は火、水、土、風の4属性のどれかに属する。そして、それに合わせて色も赤、青、茶、緑と見た目で大体わかることが多い。しかし、中には赤茶や青緑といった見分けにくい色をした竜もいるので、その見極めは慎重にしないといけないのが常識とされていた。
「討伐隊はまだ出ていないんですか?」
「ああ。まだ村に被害が出ていないからな。だから俺達みたいなのにお鉢が回ってきたってわけだ」
トムの返答にルイスは納得した。
自分の領地に実害が発生すると領主は自前の軍備で対応しないといけなくなるが、今回のようにまだ被害が出ていない場合は、冒険者ギルドに討伐依頼を出す。理由は非常に実利的で、討伐隊を出せばその成否にかかわらず損害を受けるのでそれを避けたいというのが最大の理由だ。それに、報酬は実際に討伐したパーティにだけ出せばいいので、冒険者が何人死んだとしても領主には関係ない。冒険者を使うというのは、非常に経済的な選択肢なのだ。
「で、俺達はどうやってレッサードラゴンを倒せばいいんだ?」
依頼の全貌がある程度わかったところで、ダニエルは一番気になる点を質問してきた。いざ戦いが始まると正面に立つのは戦士なのだから当然ともいえる。
「基本的にドラゴンという種に通常の武器で攻撃してもほとんど効果はないよ。ドラゴンの鱗が堅すぎるからね。だから、何らかの魔力を帯びた武器でないと攻撃の効果は期待できない。そこで、戦闘前に僕が皆の武器に魔力を付与するよ」
「私は攻撃魔法で直接みんなを支援して、ジムは補助魔法で間接的に支援するつもりだよ」
魔法には、術者の能力に応じて増減するものと、1度発動してしまえば誰が唱えても同じ効果を発揮するものがある。基本的に攻撃魔法には前者が多く、補助魔法には後者が多い。そこで、このような役割分担としたのだ。
ここにいる全員がジムの能力を知っているので、この役割分担に誰も異論はなかった。
「それと、レッサードラゴンといっても全身はやっぱり堅いからね。基本的に胴体は攻撃しない。代わりに、僕達魔法使いの魔法と盗賊2人でレッサードラゴンを攪乱して、その間に戦士2人でまず脚を攻撃して動きを止める。それから、首と頭を皆で集中攻撃するんだよ」
「ブレス攻撃はどうするだ?」
竜という種で最も有名な攻撃の対策についてボブが質問をする。
「極力ブレス攻撃をさせないか、回避するしかないな。少なくとも、私達の魔法や装備でどうにかなるものじゃない」
真正面からブレス攻撃を受けたときの対策を取れるのは一部の上位冒険者だけだ。中堅以下の冒険者でどうにかなるなら、ドラゴンスレイヤーの称号に冒険者は大きな価値を見いださないだろう。
「ああ、そうだ。出発はあと最低1日待ってくださいね」
「どうしてだ?」
「今、教会で回復薬を調合してもらってるんですよ。明日にはできあがるんで、皆さんに1つずつ配りますね」
丁寧な言葉でルイスが皆に伝える。
「おお、タダだか!それは嬉しいだね!」
「残念ながら銀貨2枚と交換です。せめて原価分だけでも教会に渡さないといけないんで」
「ま、そりゃそうだな」
ボブとルイスのやり取りを見てフレッドが苦笑する。さすがにボブの発言は都合が良すぎだった。
「その回復薬の効果はどのくらいなの?」
「1本丸々飲むとどんな傷でも全快するそうです。ですから、銀貨10枚以上の価値があると思いますよ」
気になる効能を尋ねたジムは感心する。そんな高価な物を銀貨2枚で手に入れるなんて余程のコネがあるに違いなかった。
「すげぇな!これはもうレッサードラゴンを倒したも同然だな!」
「気が早すぎるだろうに」
のんきにはしゃいでいるダニエルにコリーは呆れていたが、そのコリーにしても何とかなるのではと楽観しているところはあった。
「そうなると、出発は2日後ということになるが、それでいいか?」
「そうだね。とりあえずはこれでいいよ」
トムが全員の顔を見回すとジムが応じた。他の5人にも異論はなさそうである。
「よし、そうと決まったらメシだ!」
先程から空腹で落ち着きのなかったダニエルが、打ち合わせの終了を宣言する。皆も苦笑しつつも受け入れて、注文を取り始めた。




