貧すれば鈍する
結局、3人はテッドの道具屋で売らなかった。どうせ売るなら少しでも高い方が良かったので、古物商を探すことにしたからだ。
3人は古物商が集まる一角に向かって歩いている。そこはテッドの道具屋から離れたところにあった。
「でもなぁ、この棒、本当にただの金属なんだか?」
手にした金属製の棒を何度も見ながらボブは独りごちた。
あれから相談を終えると、テリーに金属製の棒だけ鑑定を依頼したのだ。どんな結果が出てくるのか期待して待っていると、はっきりとはわからないと返されて3人は戸惑った。何でも、棒の端に刻まれた紋章が原因で正確に鑑定できないらしい。そして、その紋章についてもはっきりとはわからないということだった。
「結局、何にもわからなかったんだよなぁ」
「テリーも申し訳なさそうにしてたよね」
「鑑定料が4分の1になったのが救いだな」
鑑定したからといって必ずしも対象物についてわかるとは限らない。中途半端にしかわからなかったり、全くわからなかったりする場合もある。そのときの対応は鑑定士によってまちまちだ。テリーの場合は、きちんとわかったときは満額、中途半端な場合は2分の1、全く何もわからなかった場合は4分の1という値段設定だった。
「けど困ったね。もう鑑定料はこれ以上かけたくないよねぇ」
「テッドの腕は悪くなかっただよな。なら、今度はもっと腕の良い鑑定士に見てもらわないといけないだな……」
「でもそうなると、鑑定料も跳ね上がるんだよなぁ」
常に懐事情が厳しい3人にとって、1つの物に2度以上の鑑定料をかける余裕はない。
ただ、棒に刻まれた紋章のせいで鑑定ができないということは、それだけ強力な魔法がかかっているということである。それはすなわち、高額な物である可能性が高いということだ。
「価値のあるものなんだろうけど、次に鑑定してもらって全てがわかる保証がないのも問題なんだよね」
「それと、例え価値があるとわかっても、鑑定料に見合ったものとは限らないっていうのが一番不安なんだよな」
「赤字は困るだね」
結局のところ、3人が抱えている不安はその点に尽きる。究極的には黒字の幅は重要ではないのだ。
「ともかく、まずは古物商を一通り巡ってからだな」
トムはそう締めくくると、この話を一旦打ち切った。
3人は古物商の集まる一角に着くと、その界隈をざっと一通り歩いて回った。単に冷やかしでやって来たときとは違って目が真剣だ。
ここにやって来る前に、道具屋のテッドやその息子テリーから、堅実な商売をしている古物商や腕の良い鑑定士を何人か教えてもらっていた。何らかの足がかりがないと、どこから手をつけていいのかわからないからである。
「うーん、色々教えてもらったのは良かったんだが、どこも高いなぁ」
「腕が良くて真っ当な商売をしてるんだから仕方ないよね」
「やっぱりそういうところはお客が多いだなぁ」
教えてもらったところをのぞきに行くと、予想通り鑑定料は高めだった。不正な利益を上げずに商売をしているのだから、その分正規料金が高くなるのは仕方ない。ただ、その値段は今の3人にとっては少しきついというだけだ。
しかし、さすがにテッド達の紹介したところだけあって、寄ってきている客に怪しい者はいない。真っ当な商売をしているので、真っ当な客ばかりが集まっているのだろう。
「教えてもらった店なら、今のままで売ってもちゃんとした値段で買ってくれそうに見えるだな」
「確かにそうなんだけどな。問題なのは、そのちゃんとした値段っていうのがいくらなのかということだ」
適正な値段で買い取ってくれるというのはもちろん重要だが、それ以上に赤字にならないということが大切である。
「考えているだけじゃ何も解決しないから、とりあえず話をしてみようよ」
「……そうだな。そうしよう」
ジムの提案にトムはうなずいた。
しばらく相談してから3人が選んだのは、あまり流行ってなさそうな店だった。選んだ理由は、店主とゆっくり話ができるからである。テッド達から紹介された古物商の1人だったので、信用面のことはあまり気にしていなかった。
「いらっしゃい」
「遺跡で手に入れた戦利品を売りたいから、見てもらえないかな」
3人は店に入ってまっすぐカウンターへやって来ると、代表してジムが店主に話しかけた。他の場合だと大体交渉はトムが引き受けるのだが、古物関連の店はジムが交渉をすることが多い。
「あ、これだよ」
「どれどれ……」
ボブがカウンターに置いた戦利品3つを店主は丁寧な手つきで見てゆく。その様子は非常にのんびりとしていて、あまり真剣に見ているようには見えなかった。
「この銅像と腕輪はそんなに価値のあるものじゃないね。もうある程度市場に出回ってるから。問題はこっちの棒なんだけど……んー、なんだろね?」
「道具屋のテッドさんのところのテリーに鑑定してもらったんですが、よくわからないって言われたんです」
「ああ、あの子か。失敗したんだな」
テリーと面識のある店主はジムの話を聞いて苦笑した。
「確か、棒の端に刻まれた紋章が原因で鑑定できないって言ってたよな」
「おらもそう聞いただ」
「これか……そうなると、こいつを解除しないと鑑定できないんだな」
棒の端にある柄のようなものを見ながら店主は呟いた。その顔は渋い表情を浮かべている。
「つまり、解除のために別料金が必要になるということですか?」
「そうなるね」
店主の返事に今度は3人が渋い顔をした。鑑定料だけだと思っていたら、かかっている魔法を取り除くための解除料も必要なことが判明したからだ。
「ど、どうするだ?」
「どうするって言われてもな……」
トムとボブは顔を向けて言葉を交わす。まさか鑑定料以外にも出費があるとは思わなかったので、何も考えていなかった2人はそれ以上言葉が出てこない。ちなみに、解除料は鑑定料と同額に設定されているのが一般的だ。
「あー、これ、今のままで売ったらいくらになります?」
「え、鑑定しないまま?……いや、そうなると一般的な金属よりもいくらか上回るくらいしかつけられないよ?」
てっきりかかっている魔法を解除して鑑定すると思っていた店主は、ジムの意外な申し出に驚いて返事をした。
「俺達、懐事情が厳しくて、その金を払うのが辛いんですよ」
ジムに視線で相談を受けたトムは代わりに自分達の事情を説明する。その表情は何ともいえないものだった。
「まぁ、そういう事情があるんならこっちもこれ以上は言わないけど。多少無理しても鑑定した方がいいと思うんだけどね」
「うーん……やっぱり、そのまま買い取ってもらえますか」
トムとボブの視線を気にしつつ、ジムがゆっくりとした口調で店主に自分達の意思を示した。途中でどちらかが止めに入るかも知れないと考えていたジムだが、2人とも何も言わなかった。
「わかった。それじゃこの3つをこのままで買い取ろう」
3人の顔を1人ずつ見ながら店主は言葉を返した。
「この銅像と腕輪が2つで銀貨5枚、こっちの金属製の棒が銀貨8枚だな」
その値段を聞いたトムとジムは脳内で妥当か計算する。銅像と腕輪については、骨董としての価値はどちらにもわからなかったが、金属としての価値を考えると悪くない。そして、金属製の棒については、材質が不明なのではっきりとは言えないが、2人が予想していた値段の5割増しだったのでどちらも内心で驚く。
「おお、思ってたよりもずっといい値段がついただな!」
ポーカーフェイスで話を進めようとしていた2人は、のんきにこちらの内心をばらすボブに渋い表情を見せた。もう少し買い取り価格を上げようと思っていたのに、それがやりにくくなる。
「はは、正直だな!まぁ、これでも相場よりずっといい値段だから、そう思うのも無理はないけどな」
そんな3人の様子を見て店主は苦笑していたが、商売となると手加減はなしのようだ。3人に対して朗らかに接しつつ、値段交渉をしにくくなるよう釘を刺してくる。
「あ、うーん……」
「懐事情が厳しいって言ってたし、テッドの知り合いって言ってたから、この値段をつけたんだよ」
店主は、3人が何かを言う前に言葉を更に加えて反論しにくくする。さすがにテッドの名前を持ち出されると言い返しにくい。
「そうですね。じゃ、それでお願いします」
一瞬トムと視線を交わした後、ジムは早々に交渉を打ち切った。最初につけられた値段が思ったよりも良かったので、余計なことをしゃべって話をこじらせることはないと判断したのである。
「よし、それじゃ交渉成立だ。はい、銀貨13枚な」
「……ありがとうございます」
上機嫌な店主から銀貨を受け取ったジムの表情は微妙だった。ろくに交渉できなかったことに思うところがあったからだ。
しかし、思ったよりもいい値段がついたことに3人は安堵した。
それから数日後、古物商の店主の元に道具屋のテッドがやって来た。道具屋で引き取った品物の中で骨董としての価値があるものを売ったり、何か売り物がないか見たりするためだ。
「テッドか。その袋に入っているのは売り物か?」
「そうだよ。そろそろ倉庫が手狭になってきたからね。処分したいんだ」
そういうと、テッドは手にしていた袋をカウンターにおいて中身を取り出していく。大小様々な大きさの物体がカウンター上に並べられていく様子を、店主は興味深そうに眺めていた。
「今回は何か面白いものはあるのか?」
「うーん、そうだね……これなんかどうだろう」
テッドは1つの杭のようなものを取り出す。一見するとどこにでもあるような杭にしか見えない。
「先月引き取ったんだが、かすかに魔力を帯びていてね、どうも小動物を寄せ付けない効果があるらしいんだよ」
「ほう。一体何に使うんだ?」
「さぁ、はっきりとしたことはわからないけど、食糧の入ってる倉庫なんかには使えるんじゃないかな」
「ああ、確かに……けど、俺のところに持ってくるようなものか?」
店主は古物商である。話だけを聞いていると、別のところに持って行くべき品物に思えたのだ。
「それが、遺跡に打ち付けてあったやつを引っこ抜いて持って帰ってきたらしいんだ。だから、一応あんたに調べてもらいたかったんだよ」
「なるほどな。わかった。調べてみよう」
事の次第に納得した店主は、奥にいる鑑定士に杭のようなものを渡した。
「そうだ。これを見て思い出したんだが、先日、あんたのところからやって来た冒険者がいてな、戦利品を持ち込んできたんだ」
テッドの方を見るなり、突然何かを思い出した店主は数日前の出来事を話しかけてきた。
「数日前……トム達のことかい?」
「さぁ、名前までは聞かなかったな。銅像と腕輪と棒を持ってきた3人組だ」
「ああ、それじゃやっぱりトム達だ。古物商を紹介してくれって頼まれたから、ここも教えておいたんだよ」
「そうか。客を紹介してくれたってわけだ」
「はは、お互い助け合わないとね」
「さてと、鑑定が終わったようだ。ちょっと取りに行ってくるよ」
鑑定士に呼ばれた店主はテッドから離れて鑑定士と言葉を交わす。すると、杭のようなものを手にして戻ってきた。
「こいつは、あんたが言ってたように小動物を避けるための魔法がかかった道具みたいだな。市場にもいくらか出回ってるから……そうだな、銀貨30枚でどうだろう?」
「へぇ、悪くないね」
テッドもテッドなりに調べた結果、一応市場に出回っていることは知っていた。ただ、他にも何かあるのではと考えて古物商に持ち込んだのである。
「それじゃ、鑑定料を差し引くと……」
「ああ、今回はいいよ。客を紹介してくれたからな」
テッドが店を構えてからの付き合いとなる店主は、ごくたまにこういったことをしてくれる。大抵は価値のある物を持ち込んだときなのだが、実は今回に関してはトム達が売った金属製の棒が理由だ。買い取ってから鑑定した結果、希少金属であることが判明し、それが何十倍もの値段で売れたからである。
「いやぁ、悪いね」
「なに、お互い様さ」
生活費や資金繰りに困って鑑定しないまま価値ある品物を売り払う客はたまにいるが、今回は正にそれだった。トム達3人には多少の同情はするものの、一応忠告はしておいたのでそれ以上は何とも思っていない。しかし、その3人を紹介してくれたテッドについては、長年の知り合いということもあって何かお礼がしたいと店主は思ったのだ。
「それじゃ、残りの品物も鑑定しようか」
「ああ、頼むよ」
そういうと、店主は鑑定士をカウンターに呼びつけた。




